「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」 作:ルシエド
『軍規模でその能力を配下にかけることができる』
『幹部クラスの兵士を即席で生産できる』
とか言われる魔王の娘
むきむき達は休息も取らず、即座に帰国することを選んだ。
アイリスのピンチに、じっとしていられるわけがない。
エルロードは彼らに国を救ってもらった恩を軽く見ていない。
だが、その恩を歓待という形でゆっくり形にする時間がないことも、分かっている。
「間に合うかも分からんぞ、むきむき」
「間に合うかもしれないでしょ、レヴィ」
少年の中にイエローを倒した時ほどの熱はない。
あんな一過性の感情の爆発は長続きはしない。
されども、今の彼の心の中には、長続きする感情の高ぶりがあった。
(……アイリス)
ベルゼルグは、エルロードに状況説明と救援要請の連絡を送った。
それと同時に、国の手紙に相乗りする形でアイリスの手紙も届けられていた。
アイリスが手紙を送った相手は、三人の子供の紅魔族。
『来ないで下さい』
むきむきは何度もその手紙を読み返す。
アイリスは「助けて」という言葉を手紙のどこにも書いてはいなかった。
『あなた達が戻って来ても、何も変わりません。
それに、今からではきっと間に合いません。
きっと戻って来てしまえば、無為に無駄死にすることになります。
私には分かります。この戦局は、むきむきさんが十人居てもひっくり返りません』
アイリスはベルゼルグの王女として、無いに等しいか細い希望にすがりつき、他国に助けを求めていた。
同時に"ただのアイリス"として、希望が残る小さな希望にすがりつき、むきむき達が助けに来ることを拒んでいた。
『だから、来ないで下さい。
気に病まないで下さい。元気に笑って生きていて下さい。
そして……叶うなら、私のことを覚えていて下さい。ずっと、ずっと』
自分のことを覚えていてくれる友達が、世界のどこかで生き続けていく。
アイリスは、自分に残された
『私のことを"友達"として覚えてくれている人が居れば……
私のことを覚えてくれている人が生き残ってくれれば……
私は、それだけで満足です。こんなに幸せなことはありません』
何度手紙を読み返しても、少年はこのくだりで体に力が入ってしまう。
『どうか、生きて下さい。
私の望みは助けてもらうことではなく、あなた達が生き残ってくれることなのです』
ベルゼルグ組四人の心は今、一つだ。
"アイリスを絶対に助ける"という想いで、彼らの心は一つになっている。
「世話になったな。お前達はこの国の英雄のようなものだ」
「レヴィ、そんな大袈裟な……」
「大袈裟なものか、ドラゴンスレイヤー」
ドラゴンに魔王軍。この世界でも指折りに有名な人類の敵対者を打倒したことで、紅魔族御一行、ひいてはベルゼルグの評価は爆発的に高まっていた。
王子は彼らが帰る前に、その借りを一つでも多く返そうとする。
「何か望みはあるか? 俺にできることならなんでもしてやるぞ」
「うーん……あ、そうだ」
けれど、むきむきが望んだものは形にならないものだった。
「立派な王様になってください、王子様」
そして、山ほどの金を積み上げるよりはるかに難しいことだった。
「一番面倒臭くて難しい望みを言うんだな、紅魔族」
王子はその願いを聞き届け、苦笑し頷く。
レヴィに立派な王様になりたいだなんて願いはなかったが、国を救った男からの、親しい友人からの願いだ。
その願いくらいは叶えてやろうかと、そう思っていた。
「僕は友達が色んな人にバカバカ言われてるの、ちょっと嫌だよ」
「だろうな。お前はそういう奴だ」
どうやらむきむきは、レヴィを馬鹿にする人が居ることをちょっと気にしていたらしい。
レヴィがバカ王子と呼ばれなくなる日が来るのか、あるいは馬鹿と呼ばれたまま玉座につくのか。それは誰にも分からない。
レヴィは横目でラグクラフトを見る。
ラグクラフトはいつも通りのポーカーフェイスだったが、どことなく落ち着きにかけるように見えた。
立派な王様を目指すなら、この宰相よりも高みに行くか、最低でもこの宰相に並ばなければならないだろう。
高いハードルだ。
されども、王子は挑むことを恐れてはいない。
宰相が居なけりゃ居ないで自分の力で上手くやってやろう、と思えるくらいの気概が、ここ数日で王子の胸の中に宿っていた。
「むきむき! もう馬車行けるわよ!」
「分かったよ、ゆんゆん!」
ゆんゆんが呼びかけて、むきむきとレヴィの別れの時間も終わりを告げる。
「死ぬなよ、むきむき」
「死なないし、死なせたくないんだよ、レヴィ」
少年二人は、握った右の拳を持ち上げて。
「またな」
「うん、また」
拳の背を軽くぶつけ合い、それを別れの挨拶とした。
「よし、行こう! 皆、馬車の中では何かに掴まってて!」
普通の馬車ではエルロードからベルゼルグまで十日以上はかかる。
そこでゆんゆんが馬の代わりに別の生物を使い速度を底上げすることを提案し、めぐみんがむきむきの肩に乗って疾走することを提案。
そして二つの案が合体し、むきむきが馬の代わりに馬車を引っ張って走ればいいじゃん、という合体作が生まれていた。
「こっちは大丈夫、むきむきも頑張って!」
「最高のスピードを見せてください!」
「平然とあなた達受け入れてますけど絵面レベルで変ですからねこれ!」
「出発!」
むきむきは三人を乗せた馬車を引き、走り出す。
馬より速く、虎より力強く、竜より猛烈に引いて走る。
レヴィが用意したエルロードで一番性能が高い馬車を補強した馬車が、その無茶苦茶なパワーに悲鳴を上げていた。
ほんの僅かな時間で、むきむき達は地平線の向こうへと消える。
「……最初から最後まで、とんでもないやつだった」
最後の最後まで気持ちのいい豪快さを見せられて、レヴィは思わず笑ってしまった。
部下の報告を、クレアは一言一句聞き逃さないよう聞いていた。
「報告します。王都の水源は全滅です。全て毒が投げ込まれています」
「報告します。王都の墓は全て荒らされました。
おそらく、共同墓地の死体は全て急造のアンデッドにされたものと思われます」
「報告します。内通者が実在する可能性は高いと思われます。
でなければ情報の漏洩に説明がつきません。
作戦室関係者は全員身元はハッキリしているのですが……」
「内通者の推測予想が届きました。
ドッペルゲンガー、洗脳系の創作魔法の存在も示唆されています」
「報告します。国軍の負傷脱落率が四割を超えました」
「報告します。死の宣告を受けた将兵が脱走を行い、その部下もつられて脱走を……」
「報告します。魔王軍に更なる増援が投入された模様です」
「報告します。陛下と第一王子様の消息は不明。
前線に投入していた主力軍の被害状況も不明。
参戦していた勇者達も同様です。ただ、残党狩りが行われており、生存は絶望的かと」
王都ベルゼルグは今、最大の危機に直面している。
(憎たらしいな、魔王軍め。
私とアイリス様の愛おしい毎日をこんな形で壊すとは……
貴様らを片付けられる力が私にあったなら、一人残らず皆殺しにしていたところだ)
現在、王都は魔王軍に完全に包囲されている。
魔王軍は圧倒的な数の差を利用して、昼夜問わず王都に攻撃を仕掛けてきていた。
人間側は毎日どころか毎時のペースで魔王軍に削られて、休む暇もなく追い詰められている。
しかも、魔王軍は数だけが問題ではなかった。
毒使いのハンスを初めとして、魔王軍の中でも厄介な能力を持つ者達が雨霰と投入されている。
「ターンアンデッドが通じないベルディア配下のアンデッド軍。
魔法が通じないシルビア配下の強化モンスター軍。
毒の軍に、悪魔の軍、鬼の軍……ダメだな、崩せる場所がない」
魔法が効かないモンスターが最前列で壁となって後続の仲間を守ったりもする。
空を飛ぶモンスターが空を飛べないモンスターを運び、王都の外壁を守る人間の頭上から落としたりもする。
テレポートを使える魔王軍が先行して侵入し、王都内部をテレポート先に登録することで、後方から仲間をテレポートしての侵略ルートを構築。テレポートという名の橋頭堡を確保している一幕も見られる。
魔王軍は数も厄介で能力も厄介、そして連携も厄介だった。
「ですがクレア様、私達にはアイリス様がついてますよ!」
絶望的な状況。されど、ここにもまだ希望は残されていた。
「ですな! 姫様が居れば魔王軍も恐るるに足らず!」
「今日も王女様が剣を振れば、敵はただ吹き飛ぶだけでした!」
「アイリス様さえ居れば、幹部にだって負ける気はしません!」
今日、王都は正面門を突破されていた。
王都になだれ込む魔王軍を前にして、誰もが諦めた、その時。
第一王女アイリスが出陣し、聖剣を振るって魔王軍を押し返したのだ。
アイリスは魔王軍幹部を含む魔王軍を時に拮抗、時に圧倒し、魔王軍に多大な被害を与え膨大な人の命を救ったという。
その後魔王軍との戦闘は13時間絶え間なく継続されたが、アイリスは何度かの休憩を挟みつつ連続で出撃し、魔王軍からの集中攻撃を捌きつつ孤軍奮闘。
ロクな戦力が残っていなかった王都にて、決定的な被害を出さずに終わらせたという話だ。
「王都は包囲されて民も逃がせない。
なけなしの戦力で四方八方を防衛しないといけない。
そのため、街中に敵が入ってきてもまともに処理できませんでした……
あの時は本当に、アイリス様がかつて魔王を倒した伝説の勇者様に見えたものです」
アイリスに感謝し、崇め、敬意を抱き、その強さと慈悲深さに全幅の信頼を置く貴族達と騎士達を、クレアは軽蔑の目で見ていた。
「お前達、アイリス様が今日、幹部シルビアに吸収されかけたことをもう忘れたのか?」
「―――!」
「今最後の王族がやられれば、士気は0に等しくなるぞ」
ヴァンパイアがむきむきにその脅威を語っていた幹部、シルビア。
その名が出ると、今日の戦いであった一幕が思い出されて、彼らの高揚はかき消える。
今日の戦いの夕方頃に、疲れが見えたアイリスが、魔王軍幹部の奇襲であわや吸収されかけたという事件があったのだ。
「アイリス様が掴まって吸収されそうになったのは、疲労が原因だ。
街中という繊細な力の制御が必要とされる場所が、精神力を削る。
無数の敵を一気に吹き飛ばさないといけないという前提が、魔力を削る。
長時間の全力戦闘の継続が、体力を削る。アイリス様にも限界はある」
この戦場におけるアイリスの戦いは、マラソンに近い。
自分が戦っている間だけ戦いが成立し、自分が休んでいる間は押し込まれてしまう戦い。
自分が一時間奮闘して押し返しても、30分休めばチャラになってしまう戦い。
現状をどうにかするには休みなく何時間も戦い続けねばならず、食事の時間や睡眠の時間さえ時間の無駄遣いに感じてしまう。
体も心も休めないまま戦い続け、疲労でふっと気が緩めば、シルビアの吸収のような一発で終わってしまうスキルが飛んで来る。
最悪なのは、アイリスの奮闘で助かる命があまりにも多く、アイリスが休憩することで失われる命があまりにも多い、この状況だった。
「そういえば、アイリス様は丸一日戦い詰めでしたな……」
「しっかり休んで……と言いたいところですが……」
「アイリス様が抜ければ戦線は二時間保ちません」
「そ、そうなのか!? 奴らは昼夜問わずに来ている。
それでは、アイリス様は二時間眠る余裕さえ無いのでは……!?」
「ようやく状況が飲み込めて来たか、莫迦者。
第一! 我らの役目は王族の守護! 王族だけ矢面に立たせてどうするッ!」
今は戦いも小康状態なため、アイリスが抜けてもギリギリ保っている。
クレアはアイリスを三時間は眠らせたいと考えているが、それも難しいかもしれない。
「いいか、アイリス様は王冠なのだ! その役割は汚れ一つなく輝き続けること!
泥をつけるなど以ての外! 傷付けるなど論外だ!
王冠が頑丈だからといって、王冠で敵を殴りつけて平気な顔をしているバカがいるか!」
「うっ」
「奴らは、明らかにアイリス様を削ってから仕留めようとしている。
我々がアイリス様のお荷物になれば、アイリス様も容易に落ちるぞ」
「ど、どうすれば……?」
「全員、死ぬ気でやれ。まずは決死隊を募る」
ダン、とクレアは拳をテーブルに叩き受ける。
「決死隊の指揮は私がやろう。ベルディアを始めとする面倒な駒を、これで抑える」
「しかし、そんな部隊に志願する者など……」
「ベルディアに死の宣告を当てられた者達が居るだろう。全員参加させる」
「なっ……!?」
「私の名前で通達しろ!
一週間後に無様に死ぬか、今日ここで格好良く死ぬかの、二つに一つだと!
一週間後も生きられるかもしれない者達のために、お前達の命をくれと!」
「クレア様、死ぬ気ですか!? いけませんぞ、シンフォニア家のご令嬢が!」
「……私は貴族だ。
平民より多くの権利を持ち、平民より多くの責務がある。
死なねばならない時に死ぬのも、責務の一つだ。
いつでも必要とあらば戦死してやろう。
お前達も、必要とあらばその命を使い切る覚悟を決めておけ」
しん、と部屋の中が静まり返る。
クレアの言葉に思う所がある者も多いようだ。
でも死にたくはない、と思っている貴族の姿もちらほら見える。
クレアは死を覚悟している。アイリスの負担を減らすためなら自分の命を投げ打つことさえ躊躇わない、騎士の鑑だ。
王に仕える貴族の鑑。少女を愛するロリコンレズの鑑。
彼女は全くブレることなく、騎士で貴族でレズだった。
「クレア様、朗報です!」
「どうした!」
「冒険者です! 他の街の冒険者ですよ! 援軍が来てくれたんです!
冒険者ギルドが募集をかけて、テレポートで外から王都に冒険者を送って来てくれたんです!」
「……! 本当に命知らずで腰が軽いな、冒険者という人種は!」
クレアのその言葉には、二つのものが込められていた。
貴族間の常識として在る、冒険者という職業を卑賤のものと見る認識。
そして人生経験から来る、冒険者というものを少なからず評価する気持ち。
今日は後者の方が大きい。毎日危険なクエストをこなし、西へ東へと飛び回る冒険者達の一部は、王都防衛というクエストに我先にと飛び込んで来てくれたようだ。
「私自ら礼を言いに行く! その命知らずな冒険者どもはどこだ!」
「こちらです!」
"まだやれる、まだ戦える、負けてたまるか"と、クレアもまた、この世界の住人にふさわしいたくましさを見せていた。
外部からの冒険者の参入で、また王都陥落予定終了時間が先延ばしになったと、DTレッドは深く溜め息を吐いた。
「紅魔族、アクシズ教徒、冒険者、王族……
魔王軍の邪魔になるものは大抵パターン化してきたか」
王都の危機を察知した紅魔族は、テレポートで飛んで来て魔王軍に一発かましてきたが、それを読んでいた魔王軍の別働隊が里に侵攻。
紅魔族は里を守るために帰還せざるを得なくなり、以後は里の周囲で魔王軍の別働隊としのぎを削り合っている。
アクシズ教徒はアルカンレティアからの観光ツアーの途中、偶然魔王軍の侵攻を察知し、腹が減ったと魔王軍の運搬食料を強襲強奪していった。
そのついでに女神アクアの教えを思い出し、食いきれなかった分の食料その他諸々に火を放って、魔王軍の兵站を壊滅状態に追い込んでいた。
おそらく、今日一番に魔王軍に痛手を与えている者達である。
この世界では図々しい奴、ふてぶてしい奴、図太い奴、日々笑えている奴、たくましい奴、頭のおかしい奴が強い傾向がある。
その傾向の体現者で、どこにでも湧いてきて、魔王軍を見つけると寄ってくるアクシズ教徒は、控え目に言って突発的災害に近いものだった。
「一日で終わる、と思っていたが……これなら二日半はかかるな」
本当にこの世界の人間はしぶとい、とレッドは眉間を揉んでいる。
「魔王様のご息女が出撃するぞー!」
人間はこの戦局をひっくり返せるのか?
いや、無理だ。
ここには魔王の娘が居る。
「流石魔王の娘。最前線で王族と転生者とずっとやりあっていただけある」
魔王、そして魔王の娘には、『共に戦う仲間を強化する』能力がある。
その辺の雑魚モンスターを、王都援軍に来た冒険者が苦戦するレベルにまで強化する。
リザードランナーレベルのモンスターを、王都の騎士を倒せるレベルにまで強化する。
紅魔の里周辺に生息するモンスターを、高レベル貴族を圧倒するほどに強化する。
この軍の上澄みである名も無き数十人の手練れを、幹部クラスにまで強化する。
「転生者共が言ってたな。どっちがチートか分からねえ、って」
魔王の娘はじっくり確実に攻めている。
決着を急がず、逆転の目を残さないようじっくり詰ませていてる。
戦力面にも隙がなく、戦術面にも隙がない。
レッドが気楽に戦場を眺めていると、アイリス王女が『魔王の娘に強化された複数人の魔王軍幹部』に追い込まれ、敗走する姿が見えた。
「総戦力の差だな。これではどうしようもない」
敵拠点を攻め落とすには防衛側の三倍の兵力が要るという。
逆説的に言えば、防衛側は局所的には戦力を三倍化することができるとも言える。
その上で言えることがある。
今の王都戦力を三十倍化しても、拮抗するかは怪しかった。
「やはり時間の問題か」
レッドは自分の出番が無さそうな流れに舌打ちし、つまらなそうに酒を飲み始めた。
アイリスが敗走し、冒険者の援軍を咥えた王都防衛軍が小細工を積み上げ抵抗し、魔王の娘が時折前に出るだけでそれが瓦解していく夜。
そんな夜を、むきむきが引く人力馬車が疾走していた。
「はぁ……ハァ……ハァッ……!」
馬が引いて十日以上かかる道のりを、むきむきは驚くべきことに一日でほぼ踏破していた。
馬車の重み、初めての馬車引き、道中にモンスターが居たことも考慮すれば、常識外れの移動速度であったと断言できる。
「気候がベルゼルグっぽくなってきた気がしますね」
「めぐみん、心臓に毛が生えてるの?
これから大変な戦いになりそうなのに、私は戦う前からまいっちゃいそうよ」
「爆裂魔法でまとめて吹っ飛ばしてやればそれでおしまいでしょう?
ゆんゆんは無駄に胸を大きくした分度胸は大きくなかったみたいですね! 無駄に!」
「戦闘で急に追い詰められたりすると誰よりも慌てるくせにこの言いよう……!」
むきむきが馬車を引き、レインが爆速で走る馬車の空気抵抗を風の魔法で消失させ、めぐみんとゆんゆんは馬車内で待機。
「むきむきさん、流石にそろそろ休みましょう。今日はここまでです」
「ま、まだっ……行けますっ……!」
「あなたが行けても、あなた以外がきついと思いますよ」
「っ……分かりました」
このスタイルで丸一日走り詰めだったのだが、流石に全員体力が厳しい。
一日全速力で走り続けたむきむきは勿論のこと、弱めの風の魔法とはいえ一日魔法を使い続けたレイン、かなり揺れる馬車に一日乗り続けた二人の少女。
全員がかなりの体力を消耗していた。
もう夜も遅い時間だ。
このまま王都に到着しても、疲労から犬死にしかならない。
むきむきは辛そうに馬車を止め、誰も彼もが大なり小なり心の中に焦りを抱えて、晩御飯と就寝の準備を始めた。
「間に合うでしょうか、レイン」
「分かりません。ただ、間に合う気はします。冒険者ギルドの情報が正しいのであれば」
めぐみんとレインの会話が、馬車が停められた川べりの水面に溶けていく。
「冒険者ギルドの人と出会えたのは、幸運でしたね」
王都の危機に、冒険者ギルドは西に東にと駆け回っていた。
筋肉乗用車マッスリングカー、略してマリカーの爆走ロードにも、ギルドが人を大勢動かしていた影響でギルド員が居た様子。
魔王軍包囲網の外側で諜報活動を行っていたギルド員から説明を受け、むきむき達は今の王都の状況をかなり正確に把握することができていた。
無知に無策に突っ込んでいたら、全滅していたかもしれない。
「私達エルロードを出た時点で、王都包囲が完了してから半日経過。
そこから私達がこの人力馬車で一日移動。
おそらく、明日朝一番で出て、王都までかかる時間が二時間強」
「王都が持ち堪えてくれていることを信じましょう」
真面目な空気の中、ふと川の水面を見て、そこに映ったレインのスカートの中を見ためぐみんが一言。
「レインってパンツの趣味だけは地味じゃないんですね」
「!?」
ロリのくせに黒下着のめぐみんが言えたことではないが、彼女はその辺棚に上げていた。
ゆんゆんは自分の所持スキルポイント、習得可能スキルを見比べ、少し迷ってからポイントの一部を得意魔法に振って強化する。
「『ライト・オブ・セイバー』」
そして岩に試し撃ち。
岩は綺麗に両断され、その切断面の滑らかさは磨き上げられた石膏像のよう。
光の魔法は目に見えて強化されていたが、ゆんゆんはどこか不満そうだ。
「うーん……」
ゆんゆんの魔法は爆裂魔法ほどではないが強力で、魔王軍にも十分通用する。
だが、彼女が求める領域にはまだ届いていない。
里の大人の中でも強い者が放つライト・オブ・セイバーは、魔法抵抗力が極めて高いモンスターを仕留めることもできていた。
この魔法は使用者の技量次第で何でも切り裂ける万能切断魔法。
彼女が愛用するのも、彼女がこのレベルでは納得していないのも、納得の攻撃魔法なのだ。
「ゆんゆん、ご飯出来たよ。先食べる?」
「あ、うん。いただきます」
むきむきに呼ばれて、ゆんゆんはその隣に座る。
少年は米、肉、野菜を椀に盛って、ソースをかけて少女に手渡した。
「私ももっと頑張らないとね」
「何を?」
「そりゃ……その、色々と。めぐみんには負けてられないもの」
(……ちょっと羨ましいくらい、二人は『ライバル』だなあ)
むきむきにはライバルが居ないため、こういう二人の関係を見るたび、ちょっと羨ましく思ってしまう。
「じゃないと、いざって時に頼りにされるのがめぐみんだけになっちゃう」
ただ、これは今までのものとはちょっと毛色が違う対抗心だった。
具体的には、『三人』が『二人と一人』になってしまうことを恐れる気持ちから生まれた、己を高めようとする対抗心だった。
「僕はゆんゆんを普段から頼りにしてるよ?」
「めぐみんの次にじゃないのー?」
「ええぇ、そういう言い方されると肯定も否定もしにくいんだけど……」
「そりゃそうよ、だってそういう言い方をしたんだもの」
むきむきの性格上、めぐみんがゆんゆんより上、ゆんゆんがめぐみんより上、といった物言いはできない。
どちらかが明確に上だったとしても、そうは言えない。
ゆんゆんのこの言葉は、ただのいじわるだ。
「一番最初の友達を、頼りにしてないわけないよ。
辛い時には傍にゆんゆんが居てくれたって、僕はそう思ってる」
「……」
そのいじわるに、少年の掛け値なしの本音が返って来る。
ゆんゆんはなんだかちょっと嬉しそうだ。
「じゃあもっと頼っていいのよ?」
「え、今以上に?」
「私は、友達に頼ってもらえた方が安心するのよ!」
「ぐ、グイグイ来る! ゆんゆんの友人関係の距離感の無さが全開になってる!?」
話が進む。
夜が更ける。
日付が変わる。
日付が変わる深夜の時間帯に、アイリスは部屋で一人目を覚ました。
「……ここは……痛っ……」
アイリスは痛む体を動かして、ベッドから体を起こす。
体には包帯が巻かれていて、着ている服も戦闘用の服ではなく普段から着ている寝間着。
どうやら戦闘から帰った直後に、寝不足と疲労と消耗とダメージが重なって、城で気絶してしまったようだ。
包帯が巻かれてはいるが、体の表面に傷は無い。回復魔法の効果だろう。
この包帯は体表の怪我ではなく、体の奥に刻まれたダメージ、及び消耗した魔力を回復させるために巻かれている特殊なものである。
アイリスを傷物にしないために、最大限に手を尽くした者達の尽力が、そこかしこに見られた。
「! 四時間も寝てしまっていたなんて……急いで戻らないと!」
アイリスは急いで服と包帯を脱ぎ捨て、戦闘用の高耐性・高防御の服を身に着けていく。
そして、その手が止まった。
「……恐ろしい敵でした」
魔王軍の恐ろしさを思い出すたび、手が止まる。
だがその恐怖はすぐさまアイリスの勇気にねじ伏せられて、消えてなくなる。
彼女にとって恐怖は自分を縛るものではなく、何が自分の命を脅かすものなのかを忘れないための指標であり、自らの意志で制御できるものだった。
指差されるだけで死を運命付けられるベルディアの指先から必死に逃げた恐怖。
それを、死の宣告を正確に見切る判断力に変える。
バインドスキルからの吸収という恐るべき連携を見せてきたシルビアの恐怖。
それを、バインドと吸収両方に的確な迎撃を行える冷静さに変える。
邪神様と呼ばれていた女性の、連続テレポートからの連続魔法を紙一重でかわした恐怖。
それを、広範囲に向ける警戒心に変える。
「あ」
一つ一つ恐怖を潰して別の何かに変えていくと、着替えの途中の少女の肘がテーブルの上のものにぶつかった。
平凡なコップ。
友達ならおそろいのものを揃えよう、とゆんゆんが言い出して、四人で同じものを揃えたコップだ。ゆんゆんが街で買った安物だが、大事な想い出の品。
その隣には割れた花瓶を無理矢理に修復した花瓶。
めぐみんとアイリスがうっかり割ってしまった花瓶で、二人で怒られないようこっそりと直した花瓶だ。これもまた、大切な想い出の品。
その横には、花と草で編んだ冠がある。
むきむきが器用に作ったもので、中庭の花と草で作られたこれは、レインの魔法で長持ちするよう保存されている。
言うまでもなく、これも彼女の宝物。
アイリスは花の冠を頭の上に乗せ、鏡の前でくるりと回る。
彼女の戦闘用の服は実用性も高いが、デザインもドレスのように美しい。
花の冠と相まって、今の彼女はとても可愛らしかった。
"王の冠を乗せることがない、
「ふふっ」
もう会うことはないだろう、とアイリスは遠き地の友人達に思いを馳せる。
彼女は死を確信し、死を覚悟していた。
そこに悲しみはあるが、絶望はない。
宝物の花の冠を置いていき、彼女は戦場へと向かう。
王女としての責務を果たすため、彼女はここで自らの全てを費やすつもりでいた。
最後の最後まで、この街の人々を守るために全力をぶつけようとしていた。
守れるものがあるのならそれでいい、と彼女は思っていた。
「エリス様。どうか皆に、私に、この国に、幸運を……」
このまま燃え尽きてもいいとさえ、彼女は思っていた。
それから、数時間が経過した。
むきむき達はあまりにも早く、あまりにも遅く、ベルゼルグ王都へ到着する。
王都を取り囲む無数の魔王軍。
巨大で頑強だった王都の壁は無情にも突破され、街の中にも魔王軍がなだれ込んでいた。
街中で抵抗している者、壁周辺で魔王軍の流入を食い止めている者、王都の外で決死の抵抗を行っている者、それらが散発的に見える。
「王都は落ちかけで王城はまだ落ちてない、って塩梅か……!」
むきむきが引く馬車は止まらず突き進む。
このままでは魔王軍の分厚い布陣が邪魔になって、王都の中には辿り着けもしないだろう。
ならば、ここは彼女の出番だ。
数を揃えようが、質を上げようが、その爆焔は全てを焼き尽くす。
「光に覆われし漆黒よ、夜を纏いし爆炎よ。
紅魔の名の下に、原初の崩壊を顕現せよ!
終焉の王国の地に、力の根源を隠匿せし者、我が前に統べよっ!」
めぐみんは自分に制御できる範囲で、極限まで破壊範囲を広げに広げる。
(威力も範囲も凝縮させず、出来る限り広範囲を、ムラ無く均等に吹き飛ばすように―――!)
むきむきの肩の上から、めぐみんは爆裂魔法を放った。
「『エクスプロージョン』!」
世界を抉り取る爆焔。
空の上から見下ろしたなら、魔王軍の布陣そのものが吹き飛ばされたかのようなその火力に、誰もが開いた口が塞がらないだろう。
めぐみんの爆裂は戦国時代の戦争にミサイルを撃ち込むようなもの。
過剰な火力は、ただの一発で魔王軍の包囲網の一角を崩壊させる。
王都に駆け込む人力馬車を止めるものは何もなく、彼らは一気に王都深くまで辿り着いていた。
「では、事前の打ち合わせ通り、状況に合わせた動きをしましょう!
むきむきさんは王都内部に入った敵将の打倒を!
斬首戦術で敵侵攻を食い止めつつ、そこで敵を食い止めて下さい!
私達はクレア様と合流し、追って状況に合わせて動きます!」
「了解!」
むきむきが抱えていためぐみんをゆんゆんに渡し、ゆんゆんとレインは王城前の陣地に移動。
そこで指揮を取っているクレアと合流した。
「クレア様!」
「レイン、さっきのはお前か!
いや、助かったぞ。魔王軍が立て直しにかかりきりになったおかげで、こちらも立て直せた」
大貴族の令嬢であるクレアが相当にズタボロになっている姿を見て、レインは驚く。
クレアも同様に、地味で有名だったレインがあれだけ派手なことをしたことに驚いていた。
とはいえ、それは脇に置いておく。
今はそれどころではないからだ。
「アイリス様は?」
「アイリス様の助力は期待するな。
あのお体で、昨晩から戦いすぎた。
体に傷は残らなかったが……この戦いに復帰するのは、もう無理だ」
砂の城が崩れるのを止めようとしても、結局城は崩れてしまうのと同じように。
徐々に、徐々に、状況は悪くなっていく。
むきむきは街中に侵入した雑魚モンスターを蹴散らしながら、この軍を率いているはずの『街の中を担当する』敵将を探し回る。
地を走ればゾンビに骸骨。
屋上を飛び回ればワイバーンにグリフォン。
空にも地にも、魔王軍の魔の手が所狭しとひしめいていた。
(敵の数は多すぎるから、全部相手にしてたら絶対に押し潰されるとレインさんは言ってた。
でも、僕が一人で機動力を最大に活かせば可能性はあるとも言っていた。
大将首を奇襲で仕留めるくらいしか、質も数も劣る僕らに勝ち目はないと……!)
雑魚は相手にしたくない。けれど数が多すぎて、相手せざるを得ない。
(雑魚は無視して……)
一体倒している内に、二体追加される。
二体まとめて倒すと、三体追加されている。
相手にしていられなくて逃げると、逃げた先には四体居て最終的に七体に囲まれる。
(無視……)
レインの忠告は忘れていない。
レインの指示通り動こうともしている。
だが、それを念頭に置いてもどうにもならないほどに、魔王軍の攻め手が苛烈すぎた。
「無視……できない!」
じりじり、じりじりと、数の問題で思うように動けなくなっていくむきむき。
弱い敵は一撃で仕留められるが、強い敵は一撃で仕留めるのも難しい。
次第に逃げても振り切れる&一撃で倒せる雑魚が減って、逃げようとしても振り切れない&一撃では倒せない敵がむきむきの周囲に残るようになる。
(マズい……マズい!)
周囲の強い個体全部の攻撃を捌きながら、強い個体を一体一体倒そうとしても、そうして時間を使っている内に新しい敵が追加されてしまう。
これが、数の暴力だ。
むきむきの行動速度を100とすれば、敵の攻撃を受けずに処理できるのは速度1の敵100体、速度10の敵10体、速度100の敵一体が限界だ。
今むきむきの周囲には、速度40~80程度の敵が8体。
少年はあちらこちらに跳び回り、三体以上の敵を同時に相手にしないようにして、なんとか数の暴力をしのぎつつ豪腕で敵を殴り壊していく。
「ああ、もう!」
むきむきが仕留め損ねた敵が後方で回復してもらい、戦線に復帰している。
本来ならむきむきと戦えないような魔王軍の兵士が、支援魔法と数の暴力でむきむきの足止めを行う。
魔王軍は『軍』だった。
犠牲を出しても、連携で戦術的な目標を達成するのが軍である。
(こんなことしてる場合じゃないのに……!)
以前戦った千の魔王軍とは明らかに格が違う。
むきむきの周囲を取り囲む魔王軍の中には、魔王軍幹部の直属の部下と思わしき強さの敵がチラホラと居た。
そんな彼らでも、むきむきとタイマン張れば即座に潰されるだろう。
だから、張らない。一対一では戦わない。連携で動きを封じに来ている。
名も無き魔王軍の兵士達による、魔王軍の勝利と人類の滅亡という夢を目指した、強者を仕留めるがための決死の連携だった。
「―――!」
その連携が、今実を結ぼうとしている。
むきむきの手足が三体の魔王軍の頭を吹き飛ばし、それと同時に三体の魔王軍が少年の背後を取った。
背後を取った魔王軍の手には、肌を腐らせる魔剣、肉体の防御を無効化する魔剣、状態異常をランダムで発生させる魔剣が、それぞれ握られていた。
(っ、腕か足を一本か二本、くれてやるしかないかな……!)
かわせないタイミングで振るわれる、食らえば追い詰められる魔剣。
この魔王軍の者達は初めからこれを狙っていたのだろう。逃げられない状況を作り、そこに魔剣を叩きつけることにこだわった。
むきむきを単独で動かし、他に誰も付けないことでむきむきの機動力を最大限に活かし、敵将を単独で討ち取って貰うというレインの策は完全に裏目に出てしまった。
左腕と左足を犠牲にすることを決め、むきむきは右拳を握る。
敵の魔剣に切られることを前提に、カウンターで拳を敵の頭を殴り潰そうとして――
「『デコイ』!」
――『彼女』の背中を、その日初めて目に焼き付けた。
敵の意識と敵意を引きつけ、攻撃を引き付けるクルセイダースキル・デコイ。
むきむきと魔王軍の間に割って入った女騎士が、肌を腐らせる魔剣を鎧の胴で、肉体の防御を無効化する魔剣を大剣で、状態異常の魔剣を鎧の方で、それぞれ受ける。
ビクともしない。
状態異常も起こらない。
守る対象に傷一つ付けさせない。
鋼鉄の要塞を思わせる、そんなクルセイダーだった。
「ふぅ。ギリギリ間に合った、といったところか」
魔王軍が連携して勝利を目指すのであれば、人が助け合って勝利を目指したっていい。
「間一髪だったな」
「ありがとうございます。助かりました」
「何、この街に居るということは、同じものを守ろうとする同志だ。当然のことさ」
女騎士は金の髪を揺らし、大剣を振るう。
大剣は全く当たる気配を見せなかったが、高い筋力で振るわれる大剣は牽制には十分過ぎる。
魔王軍は一斉に飛び退り、彼らから距離を取った。
なんと頼もしい背中か。
そのクルセイダーの背中を見ていると、『自分は守られている』という安堵が、むきむきの胸の奥に自然と湧き上がってくる。
先日イエローが死の恐怖をむきむきに叩きつけたばかりだが、この女騎士がむきむきに与える安心感は、ちょうどそれの対極にあたるもの。
テイラーというクルセイダーの背中に見たものとは違う、けれどもどこか似たものを、むきむきはその背中に感じていた。
「お姉さん、背中を任せてもいいですか?」
「ああ、任せろ。私は守りにだけは自信があるんだ」
「っと、大事なことを忘れてました。あなたのお名前は?」
ここは地獄の一丁目。
人類の存亡がかかった苦境の分水嶺。
「私の名はダクネス。
王都を守る、その戦いで。
筋肉の鎧持つ少年は、『守る』ことにかけては最強なその人に、背中を預けた。
前回のイエローの攻撃判定って要するにダクネスのおっぱいのことなんですよ。
ダクネスの体には矢も刺さらない。でもおっぱいは柔らかい。腹筋は硬い。これはどういうことなのか?
ダクネスのおっぱいは刀をガキンと弾きますが、カズマさんが揉めば柔らかいわけです。
ダクネスの処女膜は防御力高すぎてカズマさんの攻撃力じゃ貫通できないんじゃないか、って心配はこのすば読者の十人中九人が思ったことがあると思うんですが、心配ご無用というわけです。
カズマさんのち■んち■ん丸で攻撃判定が出ない限りは大丈夫なはずです。あの世界が慈悲深いと信じ、攻撃判定が出ないことを信じましょう。
カズマさんのち■んち■ん丸の攻撃力が低いとか、そういう論理的な理屈付けが可能なはずなのです。