「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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『瞬く間に全員切り伏せる』とか『動きが見えないレベルのスピードで全滅させた』とか冒険者相手にやらないでくださいベルディアさん、ホーストさん


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 ダクネス曰く、今王都には二つの防衛線があるらしい。

 一つは、街の包囲によって街から逃げられなかった人が集められた避難所と、それを潰そうする魔王軍、それに抵抗する冒険者達の戦線。

 そしてもう一つが、王城を攻め落とそうとする幹部と、それを食い止める騎士達の戦線。

 

 前者には勇者と呼ばれる人間も何人か合流していて幾分余裕があり、ダクネスは前者から後者の戦線へと移動する最中であったとか。

 むきむきはそれを聞き、ダクネスと共に後者の戦線へと向かった。

 

「張り直すぞ、『デコイ』!」

 

 道中敵と遭遇しても、ダクネスが敵の攻撃を引きつけてくれるだけで、先程までの戦いとは比べ物にならないほどに楽だった。

 防御を彼女に任せれば、むきむきは攻撃に集中できる。

 ダクネスを狙う敵をむきむきが背後から攻撃することもできるので、敵の殲滅速度までもが飛躍的に上がっていた。

 

(やりやすい!)

 

 むきむきが攻撃直前の敵を倒せばダクネスが防御しやすくなり、ダクネスが敵の攻撃を引きつけることでむきむきが攻撃しやすくなる、攻撃と防御の相乗効果。

 敵の攻撃が減ったことでダクネスは残念そうな顔をしていたが、むきむきは何故彼女が残念がるのかよく分からない。

 

「あの、僕何かヘマしたでしょうか……」

 

「いや、そんなことは無い。敵の攻撃が生温いと思っただけだ」

 

「か、かっこいい……!」

 

 この窮地において"余裕のあるかっこいい台詞"にも聞こえるその言葉に、むきむきのダクネスに対する敬意が急増していく。

 

「新手だ、来るぞ!」

 

 正面からハンマーを持った獣面人体の魔王軍兵士、空からワイバーンが迫り来る。

 王都外部からの侵入モンスターを迎撃する者が減ってしまったことで、空から流入して来るモンスターの数も爆発的に増えていた。

 

 地上の敵の攻撃はむきむきが、空の敵の攻撃はダクネスがそれぞれ受けに行く。

 振るわれる兵士のハンマー、そしてワイバーンの爪。

 むきむきの強靭な筋肉に打撃は通らず、ダクネスの硬い防御に爪は刺さらない。

 

 カウンターで振るわれたむきむきの豪腕がワイバーンを、蹴撃が魔王軍兵士を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

「よし!」

 

 むきむきはタフだが、ダクネスは硬いのだ。

 ゲーム的な表現をすれば、むきむきはHPが滅茶苦茶高くDEFがかなり高い。ダクネスはHPがかなり高くDEFが滅茶苦茶高い。そういうタイプ分けに近い。

 肉体強度だけで防ぐタイプと、職業スキル鎧の効果を併用して防ぐタイプは、一見似ているようでも細部が違うのだ。

 

 敵の攻撃の種類によって、この二人が受けるダメージは異なる。

 なら、受ける攻撃は分担して選べばいい。

 拙いものだがこの二人の間にも、連携というものが生まれていた。

 

「ふぅ、しかし全体的に敵のレベルが高いな。ええと、むきむき殿」

 

「呼び捨てでいいですよ。あれ、もしかしてダクネスさんはそんなにレベル高くないんですか?」

 

「高くもないが低くもない。アクセルの町基準で中の上程度だ」

 

 ダクネスのレベルを聞いて、むきむきは一つ思いつく。

 その思いつきは、先を急ぐという行為と並行して行えるものだった。

 彼らは先に進み、また戦闘を行い、勝利する。だが今度は、むきむきが敵にトドメを刺していなかった。

 

「トドメを!」

 

 トドメはダクネスが刺し、よって経験値もダクネスの方に行く。

 

「レベルは上がりましたか?」

 

「まさかこの状況でレベル上げをすることになろうとは……!」

 

 レベルの上昇でダクネスのステータスが上昇し、ダクネスは得たスキルポイントも防御力上昇のために費やした。

 彼女の硬さが、また上がる。

 

 じっくりレベル上げする時間はない

 敵が魔王軍であるため、安全にレベル上げを続ける余裕もない。

 あくまで、上げられるタイミングで上げていくというだけの話。

 それでも、むきむきがトドメと経験値を譲ったことは、かなり大きな効果があった。

 

 魔王軍という経験値ソースを得て、ダクネスの頑丈さがモリモリ増していく。

 

(僕が言えたことじゃないけど、凄いな。

 そこまでレベル高くなくても、もう多分幹部級と渡り合える防御力って……)

 

 魔王軍がダクネスを傷付けるペースより、ダクネスに魔王軍の攻撃が効かなくなっていくペースの方が早い。

 おそらく同じペースでレベル上げしても、身体能力が万遍なく上がっていくむきむきより、防御力を特化して伸ばすダクネスの方が防御力の上がり幅は大きいだろう。

 敵味方どちらから見ても、ダクネスは異質な存在だった。

 

「ダクネスさん、また新手が来ます!」

 

「むしろ望むところだ! さあ来い! もっと来い! もっと攻めて来い!」

 

 ダクネスが敵の剣の振り下ろしを受け、むきむきがその腹を蹴り飛ばす。

 投げられた槍はダクネスの首に当たり、刺さらず落ちて、拾ったむきむきがそれを投げ返す。

 巨躯の魔王軍がダクネスを掴んで投げ飛ばそうとするが、彼女は力強くビクともせず、手こずっている内にむきむきに殴り飛ばされていた。

 

 筋肉と金髪。筋肉鎧に金属鎧。攻と防。二人は互いを高く評価する。

 

(この人、強い)

(この男、強い)

 

(防御に徹して、仲間を守るこの姿。

 昔絵本で見た騎士様みたいだ。

 きっと高潔な精神に、騎士の理想みたいな力を宿してるんだろうなあ)

(これでサディスト気味だと最高なのだが。

 ああ、このたくましい筋肉に痛めつけられたい……!)

 

 性騎士たる狂性駄(くるせいだあ)・ダクネスはブレない。

 筋肉マンに対する筋肉マゾだな、と言っていいほどにブレない。

 クルセイダー・ダクネス。彼女の正体は大貴族令嬢ダスティネス・フォード・ララティーナ。

 ベルゼルグの変態貴族の一角たる、ドの付く(エム)だった。

 

 敵から攻撃されれば気分はToLOVEるダークネス、大発情。

 叩かれるたび変な声を出すティネス。

 今はまだむきむきから立派な騎士だと思われているが、事実が発覚するのも時間の問題だろう。

 このブラックマゾシャンガールの面倒臭いところは、彼女の思考と行動がマゾの鑑であると同時に、騎士の鑑でもあり貴族の鑑でもあるというところにあった。

 

 こんなんでもダクネスは、真面目に王都を守ろうとしているのである。

 

「敵が強くなってきましたね」

 

「幹部が近いのかもしれないな。

 昨日も今日も、このアンデッドが厄介だったのだ。

 生半可な破壊では死なない。

 そのくせ一切のターンアンデッドが効かない。どうなっているのやら……」

 

 幹部が居るであろう場所に近づくにつれ、分かりやすく出現するアンデッドの強さが増していく。

 

(この分だと、この先に居るのはおそらくアンデッド系幹部……だけど、やっぱりこの強さは)

 

 むきむきはターンアンデッドが効かないアンデッドを踏み潰し、先日イエローから聞いた『魔王の加護』のことを思い出す。

 女神から得たものを強化できるのであれば、部下も強化できるのではないか。このアンデッドはそうやって強化されたのではないか、と思ったのだ。

 

(魔王の一族の能力は、自分以外を強化するって認識でいいのかも)

 

 名もなき魔王軍が密集している所を避け、細い脇道を抜けて大通りへ。

 王都正門と王城正門を一直線に繋ぐ大通りに出て、そこから魔王軍と王城戦力がぶつかる場所に移動しようとする二人。

 そして、そこで。

 

「ほう」

 

 彼らはとうとう、魔王軍の幹部の一人とエンカウントした。

 

「骨の有りそうな奴がまだ残っていたか」

 

 二人から見て、王城のちょうど反対側。

 破壊された王都の正門を遠く背にするように、その不死者は立っていた。

 黒鎧の騎士。

 イスカリアにどこか似た、首無しの騎士。

 馬を傍らに控えさせ、己が首を小脇に抱え、片手には人の血に濡れた大剣を携えている。

 

 今まで感じたことのない雰囲気。

 隙の無い佇まい。

 イスカリアと比べても一段上の威圧感。

 じわりと滲む強者の魔力。

 

 魔王軍の幹部で『デュラハン』とくれば、そんな者は一人しか居ない。

 

「……ベル、ディア」

 

「俺のことを知っているようだな。

 俺もお前のことを知っているぞ……イスカリアの仇よ」

 

 ベルディアが抜いた剣を地に突き刺す。

 小さな衝撃が剣から広がり、僅かに周囲の地面を揺らした。

 地を揺らす刺突にダクネスが驚き、けれどもむきむきは動じることなく、名乗りを上げる。

 

「我が名はむきむき、紅魔族随一の筋肉を持つ者。

 父の名はくらぶべりー。母の名はみっか。この名に聞き覚えは?」

 

 その名乗りを耳にして、ベルディアの思考は一瞬停止し、すぐさま喜楽一色に染まる。

 

「そうか、そうか、お前はあの二人の息子か!

 あの勇敢なる者達に子が居たのか!

 あの二人に死を与えた時のことはよく覚えているぞ!

 いや、道理だ。紅魔族も世代交代はあって当然だな」

 

 紅魔族は大昔に作られた人造人間だ。

 繁殖力も低いわけではなく、魔王軍以外に敵も居ない。

 病死等、戦い以外で死にやすい要素があるわけでもない。

 むしろ皆が高レベルな分、常人よりはるかに死ににくいと言える。

 

 なのに、彼らが未だに小さな里に収まる程度の人口しか持たないのは、その分どこかで戦死しているからだ。

 死んで、生まれて、世代交代。

 不死者であるがゆえに、そういうサイクルがあることを失念していたベルディアは、面白そうに笑っている。

 

 少年は笑えない。

 

「お前が……!」

 

「仇討ちか? ならば受けるぞ。俺にも仇討ちをする道理はある」

 

 ベルディアはむきむきの両親を殺した。

 むきむきはベルディアの弟・イスカリアを殺した。

 二人は互いが互いの仇。

 イスカリアと戦った時の気持ち、イスカリアに師を奪われた後の感情が胸の奥に蘇り、むきむきはまた悪鬼に近付いていく。

 

―――頑張ったから、泣いてるんだよ

―――あなたがどんな道を選んでも、私は嫌いにはなりませんよ

 

 そんな彼を、引き戻す言葉があった。

 深呼吸。続けてもう一度深呼吸。

 頭を冷やして、むきむきは無理矢理に自分を落ち着けていく。

 

「違う。僕は仇討ちに来たんじゃない。

 お前に対する怨みなんて、どうでもいい。

 僕は僕の過去のためじゃなく、彼女の明日のためにここに来たんだ」

 

「何?」

 

「アイリスのために、戻って来たんだ」

 

 先の名乗りは復讐者の名乗り。

 その名乗りを塗り潰すように、むきむきは今の自分の心を表す名乗りを上げる。

 

「我が名はむきむき! 紅魔族随一の筋肉を持つ者!

 王女アイリスの友である者! 友の生きる場所を守る者!」

 

 人と魔王軍の戦争は、怨恨を中心に動いているものではない。

 この世界の戦争は、怨みや復讐心でドロドロとはしていない。

 何故そうなったのか。

 この世界に根付く、地球とは異なる精神性とはなんなのか。

 転生拒否で世界が滅びそうになるほど人が魔王軍に殺されている世界で、怨恨や復讐心の奴隷となっている者が多数派になれず、生存競争として戦う側面の方が強いのは、何故なのか。

 何故、復讐で戦う者達がスタンダードでないのか。

 

 今のむきむきの在り方には、その答えの一片がある。

 

「いいだろう! かかってくるがいい、紅魔族!」

 

「行くぞ!」

 

「援護する!」

 

 聖騎士と共に、少年は死霊の騎士に拳一つで殴りかかった。

 

 

 

 

 

 その戦いを、魔道具の双眼鏡で遠くからレッドが眺めている。

 あんまりにも味方が優勢なもので、彼は様子を見つつサボっていた。

 

「宿命の対決というやつか」

 

 物語ならばこういった戦いは正義の勝利に終わり、復讐は一つの区切りを迎え、次の物語が始まるものだ。

 だが現実でそう上手くは行かないことを、レッドはよく知っている。

 この世界で『正義が勝つ』ほどあてにならない言葉もないと、彼はよく知っている。

 

「さあどうする紅魔の少年。

 倒せるチャンスは今しかないぞ?

 魔王の娘が街中まで能力を飛ばしていない今しかない。

 魔王の娘が王都に足を踏み入れれば、その時点でゲームセットだ」

 

 魔王の娘によって強化された魔王軍幹部は、尋常な手段では倒せない。

 王都に攻め込まれている今こそが、最大のピンチでチャンスなのだ。

 

「幹部様は私達のようにはいかないと思うがね」

 

 無強化状態の幹部を、むきむき達が倒せるかどうかは別として。

 

 

 

 

 

 幹部を甘く見ていたわけでない。

 甘く見たことなんて一度もない。

 むしろ実力は高めに見積もっていた。

 むきむきの魔王軍幹部に対する実力想定は、大抵の冒険者より高いものであったと言っていい。

 

 なのに、ベルディアの実力はその推定を遥かに上回っていた。

 

(―――る)

 

 名剣の類である大剣の一閃。

 むきむきの右拳が思い切り剣の側面を殴り、振り下ろされた剣の軌道を逸らす。

 ベルディアはすぐさま切り返して第二撃。

 むきむきが振った右拳はまだ戻って来ていない。

 

(―――される)

 

 第二撃の切り上げを、むきむきは右膝で蹴って逸らす。

 無理な姿勢から、身体操作技術で十分に乗せた膝蹴りが、即死をかわす。

 ベルディアはすぐさま切り返して第三撃。

 右拳は戻り切っておらず、右膝を打った直後の姿勢立て直しもまだおわっていない。

 

 速さに、根本的な差がありすぎた。

 

(―――殺される)

 

 むきむきは自ら転ぶような動きをして、体のひねりだけで左拳を打ち出す。

 第三撃もギリギリで弾いて、地面に転がった。

 だがむきむきが立ち上がる気配も見せない内に、ベルディアは素早く剣を切り返して第四撃。

 

 むきむきは腕の力だけで跳ねて避けたが、その額を剣がかする。

 ベルディアが剣を四度振るうのにかかった時間は、一瞬未満。

 しかもここからの切り返しも速く、跳ねたむきむきの足が地に着くその前には、第五撃が放たれていた。

 

(―――何もできないまま、殺される!)

 

 地球の剣士の剣速は、速ければ剣先の速度で時速150kmとも言われる。

 スキルにはスキルレベル1でも貧弱なニートに鉄の剣を片手で軽々振らせるだけのブーストがあり、レベルには莫大なステータスブーストがあり、職業にも同様のブーストが存在する。

 始まりの町アクセルの上層冒険者がレベル30~40台。

 このレベルの冒険者であれば、当然地球の剣士の五倍や六倍程度の剣速では収まらない。

 

 そしてベルディアは、()()()()()()()であれば何人同時にかかってこようと、一瞬で全員を処理できる。

 仮に、数人同時にかかってきたとする。ベルディアがそれを一瞬で全員切り捨てたとする。その場合、前述の冒険者の剣速×人数の速度が、その時ベルディアが振るった剣速の最低速度となる。

 

 もはや時速で換算することが馬鹿らしくなるレベルのスピードだ。

 喧嘩で『人は複数の敵に囲まれたら終わり』と言われるのも、『それで勝てるのは余程の化物だけ』と言われるのも、相応の理由がある。

 戦闘者に囲まれても剣一本で勝てるという時点で、『格』が違うのだ。

 

 むきむきの知り合いでベルディアに剣速で勝てそうな人間は、それこそアイリスしかいない。

 

(この、剣速が!)

 

 先程数の暴力に辛酸を舐めさせられたむきむきだからこそ、この『数の暴力を蹂躙できる速度』に驚嘆せざるを得ない。

 四方からの同時攻撃を無傷でしのぐには、敵の四倍の速度がなければならない。

 ベルディアは敵の四倍の速度を出すことを苦にもしない。

 それだけの剣技が、魔技と呼ぶべき技巧があった。

 

 遮二無二、少年は光の手刀を放つ。

 

「速く振ることのみを意識した手刀など、当たるか!」

 

 その手刀はベルディアの攻撃速度を凌駕していたが、それだけだ。

 速いだけで柔軟でも巧緻でもなく、連続する技の一つでもなく、流麗に繋げられる攻勢でもない。

 手刀は剣の腹でふわりと流され、カウンターの剣閃が回避した少年の肩を切り裂いた。

 

 もう何度死を覚悟したことか。

 それでも彼が死んでいないのは、ひとえに『最強の盾』が味方に付いているからに他ならない。

 

「攻めるなら私を攻めろ!」

 

 ダクネスが何度めかも分からない割り込みをして、ベルディアの攻撃を受ける。

 素早さのステータスがダクネスだけ低いため、むきむきとベルディアが本気で競ると彼女は度々置いて行かれてしまうのだが、それでも追いついて二人の間に体を割り込ませていた。 

 

「ありがとうございます、ダクネスさん。

 あなたが居なければ終わってました。

 ダクネスさんみたいな凄い騎士様が居てくれて、嬉しいです」

 

「ふふっ……そんなに褒められると、罪悪感で死にたくなってしまうじゃないか」

 

「え?」

 

「さあ、行くぞ!」

 

 急所を守りながら体ごと割り込んでくるダクネスは、自分の意志で動き回り仲間を守る盾のようなもの。

 しかも相手がいくら速かろうが、ダクネスには関係が無い。

 ダクネスは攻撃を弾くのではなく、受けているため、相手の速さに付いて行く必要がないからだ。

 

「流石に王都までくれば、ここまでの猛者も要るか」

 

「無駄口を叩いている余裕があるのか?

 もっと来い! どんと来い! 私はこんな攻撃では物足りんぞ!」

 

「威勢がいいな、人間!」

 

 むきむきとダクネスは、共に凄まじい耐久力を持つ。

 そうそう傷付かず、傷付いてもそうそう倒れない。

 そんな二人の体中に、ベルディアの斬撃の跡が痛々しく刻まれていた。

 だが、その傷と引き換えに得たものもあった。

 

(動きが良くなってきた。さてはこの二人、普段から共闘していないな)

 

 ダクネスとむきむきの連携が、対ベルディア用に洗練されてきたのだ。

 むきむきはダクネスを置いていかないよう動き、むきむきとダクネスは常に互いをカバーできる位置に居続ける。

 むきむきのせいでダクネスが落とせず、ダクネスのせいでむきむきが落とせない。

 そうなると、ベルディアの攻撃力と速度でも致命傷を狙うことが難しくなってきた。

 

(この紅魔族も構えが変わってきた、

 腕をコンパクトに畳んで、ワンモーションで拳を撃てる姿勢。

 自分からは仕掛けず、俺の斬撃を待つ受けの動き。

 俺の体全体の動きを見て、斬撃にいち早く反応できる目もある)

 

 むきむきの動きもまた、対ベルディアに最適化され初めている。

 ベルディアには一対一なら圧倒したまま殺せる自信があったが、この二人のセットはとにかく頑丈だった。

 ダクネスは硬く、むきむきはタフ。剣だけでは致命傷が遠い。

 

 されど、ベルディアに焦りはない。

 ベルディアには要所で使う切り札がまだ温存されている上、そもそもこの戦いは魔王軍が圧倒的優勢だ。

 "自分がやらなくても頼れる仲間が勝ってくれる"という認識があり、信頼がある。

 無理をしてでも勝ちに行かなければならないむきむき達とは、そこが違う。

 

 その余裕が崩れたのは、王城に群がる魔王軍達が、上級魔法で片っ端から落とされるようになってからだった。

 

「何!?」

 

 空から、地から、ベルゼルグの中心にトドメを刺そうと群がる魔王軍。

 それを切り裂き、叩き落としていく上級魔法の連発連打。

 王城の外壁に登るゆんゆんの姿をむきむきの超視力が捉えるも、ゆんゆんの方は遠くで戦うむきむきの姿が見えていないようだ。

 ゆんゆんは誰かに勇気を貰わずとも勇敢に戦っていて、友達として王城をアイリスの代わりに守っていて、本人が意図せぬ形でむきむきの背中を押していた。

 

 遠く王城を背にして、むきむきは頬の切り傷を親指で拭う。

 

「運が良かったね、ベルディア」

 

「何がだ?」

 

「あの魔法を撃った子がここに居たなら、お前は死んでいた」

 

「……随分と自信満々に言うな」

 

「自信じゃないよ。僕が信じてるのは僕じゃない。僕の仲間だ」

 

 むきむきが思うままに吐き出す台詞を聞いて、ベルディアは何かを思い出すように、どこか懐かしそうにくっくっくと声を漏らす。

 

「理解した。お前は確かにあの二人の子だ、よく似ている」

 

 ベルディアは死が詰まったその指で、己が鎧の胸を掻く。

 切り札を温存したままに、騎士はその指をパチンと鳴らした。

 

「ならば、こちらも一手進めさせてもらおう」

 

 地面の下から、物陰から、暗がりから現れ馳せ参じるアンデッド達。

 出現地点はむきむき達の背後であり、ベルディアとの連携で挟撃されかねない位置であった。

 

「! アンデッド!」

 

「さあ、どうする?」

 

 ベルディアに集中すればアンデッドに後背を突かれる。

 ダクネスをベルディアに当てむきむきをアンデッドに当てれば、むきむきがアンデッドを殲滅する前にダクネスが死ぬ。

 その逆にすれば、むきむきが斬り殺された後ダクネスも殺される。

 迷う時間はなく、むきむきは己が直感に従った。

 

「ダクネスさん、背中をお願いします!」

 

「分かった、だが無理はするな!」

 

 ダクネスにアンデッドを任せ、むきむきは単身宿敵へと立ち向かって行った。

 

 

 

 

 

 むきむきは自身の全てを、眼前の敵に集中する。

 他の何も見ない。周囲への警戒も捨てる。自分の中にある全てのものを、目の前のベルディアにぶつけることを決めた。

 斬撃が飛び回り、地に足付けた少年の拳がそれを弾いていく。

 

 音さえも消える集中。

 周りも見えない集中。

 目の前のベルディアだけを見て、その斬撃をひたすらに弾き勝機を探し続ける集中。

 むきむきの全てを積み上げても、その心がベルディアとの宿命の戦いに相応しい熱を帯びていても、ベルディアを真正面から突破できるだけの力は得られない。

 

 瞼が切り飛ばされた。

 腕の肉が削ぎ落とされた。

 脇に深い斬撃が刻まれた。

 肩の骨を刃先が抉った。

 

(アイリスに、言わないと。言ってあげないと)

 

 それでも止まらず、心臆さず、怖い思いを踏破する。

 ここまで助けに来た一人の友達を想って、拳を叩きつけ続ける。

 死の恐怖は、イスカリアの時に『感情の爆発』で、イエローの時に『自らの意志』で、既に乗り越えていた。

 

(僕だって思ってる。

 アイリスに覚えていてもらいたいって思ってる。

 僕のことを覚えてるアイリスに、生きていて欲しいって思ってる)

 

 血で片方の目が見えなくて。

 手の甲は切られて骨が見えていて。

 震える足は、ぶっころりーがくれた靴が支えていてくれて。

 

(僕らは友達で、思いは一つ。

 だったら助け合おう。同じ場所を目指そう。そうしたら、一緒に―――)

 

 いつ死んでもおかしくないのに、いつまでも死なない。

 拮抗は続く。むきむきが殺されないまま続く。

 それはむきむきが奮闘していたからだけではなく、周りが見えないほど集中していたむきむきの近くで、別の者が剣を振るっていたからだった。

 

「……え」

 

 いつの間にか、誰かがそこに居る。

 誰かが二人、そこに居る。

 振るわれる二つの剣を、ベルディアが必死に防いでいるのが見えた。

 気付けば、ベルディアは逃げるようにして飛び退っており、むきむきとその二人の人物を興味深そうに眺めている。

 

「急に横槍が入ったかと思えば……見覚えのある顔が二つ。さて、お前達の名はなんだったか」

 

 一人は金の髪、(あお)の瞳の少女。

 一人は茶の髪、黒の眼の少年。

 

「魔剣の勇者、ミツルギ」

 

「ベルゼルグ第一王女、アイリス」

 

 魔剣が煌き、聖剣が輝く。

 

「ここが死に場所じゃないはずですよ、師父」

「さあ、立って」

 

 少女は青い顔で、弱々しい声で、それでもどこか嬉しそうに、むきむきに手を差し伸べる。

 

「勇者様、アイリス……うん!」

 

 むきむきはその手を取って、むきむき、ミツルギ、アイリスの三人が並び立つ。

 

 全員が疲労困憊満身創痍。だが、気合だけは十分だった。

 

「面白い……ならば俺も全力を尽くそう!

 汝に死の宣告を! お前は一週間後に死ぬだろう!」

 

 死の宣告を三人が避け、ダクネスも三人と合流し―――第二ラウンドが、始まった。

 

 

 




 むきむきがベルディアを前にして精神的な成長を見せたシーンで、「むきむきも成長したな」と思った読者さんは普通にいい人。「精神の成長のせいで感情が爆発しなかったのか、それで勝てたかもしれないのに」と思った人はカズマさんタイプになれる素質があります

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