「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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プリンターなどで紙を複数枚送信するのがファックス
紙を一枚だけ送るのがファック
あなたにその紙を送信するのがファックユー
ファックズマ?
クズマさんはファックしてあげないから愛されるクズマさんなんですよ(慈愛の笑み)


三章 「君は、なんのためにこの世界に転生してきたの?」
3-1-1 ハゲ「お前ごときが佐藤和真に勝てると思うな」


 彼の名前は佐藤 和真。

 結構前にこのアクセルの街に来た冒険者である。

 いや、その言い方は正しくない。

 彼はこの街に来た冒険者、というよりは"この世界に来た転生者"と言うべき存在。

 

「なんで異世界転生したのに毎日土木作業してんだよ俺達はぁ! オイコラアクアぁ!」

 

「なんで私が責められなくちゃならないのよー!」

 

 されど冒険者らしくもなく、転生者らしくもなく、冒険にも出ずに日々日雇いの仕事・バイト・内職で食い繋ぐ、一風変わった少年だった。

 

 彼は前世において、ひきこもりの少年。その後なんやかんやで死亡。

 「転生特典上げるから別の世界に行ってみない?」と女神アクアに言われ、「ほらさっさと選んで! 私も暇じゃないのよ!」と煽られ、「じゃあお前で!」と女神を特典に指定。

 号泣する女神を引っ張り込みつつ、この世界に転生したイレギュラーだ。

 先日魔王軍を撤退させた光とやらは、この際に発生したものである。

 

「いい? 私は女神なの。偉大にして清廉なる水の女神なのよ!」

 

「だからなんだってんだ?」

 

「私の小さいミスくらいは水に流しなさいってことよ! 水臭いわね!」

 

「そうかそうかじゃあ水と油ってことで俺達お別れだな!」

 

「待って! 私昨日お酒飲みすぎてて一文無しなの! 魚心あれば水心でしょ!?」

 

「……元女神のお前を見てると、水は低きに流れるって言葉の意味がよく分かるわ……」

 

「元って何よ! 私は現在進行形で水の女神様よ!」

 

 ところがこの女神、かなりのポンコツであった。

 「もっと別なもん貰っときゃよかったぁ!」とカズマが叫ぶくらいには。

 持ち前の幸運と小器用さ(手先の器用さに非ず)でそこそこ上手く世渡りしていこうとするカズマであったが、この女神は様々な技能が人間離れしているというのに、それがまともな結果に繋がらないという正真正銘のポンコツ。

 商品の叩き売りをすれば宣伝で商品を消滅させ、飲食店で働こうとすればジュースをうっかり綺麗な真水に変え、カズマから聞いた詐欺商売を悪意なくやらかしそうになったこともあった。

 

(なんで俺はこいつを見捨ててないんだ……)

 

 カズマも何度この女神を置いていこうかと考えたか分からない。

 けれども、そのたびに見捨てることを決めきれない。

 本気で彼女を見捨てようと一度は考えるのも、その後"しょうがねえなあ"と思い直して彼女を引きずりながら歩いて行くのも、どちらも彼の本質である。

 

「とりあえずギルドに行くぞ。

 毎日日雇いの仕事して、飯食って、馬小屋で寝る繰り返しを脱却する!

 せっかく異世界に来たんだ、異世界っぽいことして金稼いで、生活を改善するぞ!」

 

「賛成! 魔王も倒さないといけないからね!」

 

 とりあえず命の危険が無い程度に冒険して、異世界っぽいことをして、楽しながら楽しい日々を送りたいと思っているニート気質なカズマ。

 魔王を倒さないと、世界を救わないと、人々を守らないと、という意識は持っているくせに、たびたびそれを忘れるポンコツ気質なアクア。

 一応カテゴリ的には世界を救う勇者の一人、勇者を導く女神の一柱なのだが、今の二人を見てもそう思う者は一人も居ないだろう。

 

「本日もアクセルは道行く人皆元気ね。

 よかったわ、あんな無茶苦茶な転送でアクセル近辺に辿り着けて……」

 

「初心者冒険者が最初に行く街、だったっけか。

 なら俺達でもこの近辺のモンスターくらいは行けると思いたいが」

 

 ここはアクセル、始まりの街。

 全ての冒険者はここに始まり、世界に散っていくと言われる街だ。

 この周辺にしか出ないような弱いモンスターは初心者のカモとなり、初心者用の装備を販売する武器屋や道具屋が自然と集まり、初心者に懇切丁寧に接する冒険者ギルドが存在している。

 街の治安はとても良く、それなりに活気があり、そこそこ人も多い。

 ギルドに向かうカズマ達も今、黒髪の魔法使いらしき少女達とすれ違った。

 

「昨日いいクエスト成功しましたし、一ヶ月くらい遊んでても収支はプラスな気がするんですが」

 

「それにしたって大盤振る舞いしすぎでしょ!

 めぐみんは節約する頭があるのに、どうしてそう派手にやるのが好きなのよ……」

 

「あ、露天にマナタイト結晶が……」

 

「話聞いてる!?」

 

 足を止める理由もなく、彼らは進む。

 そうして、冒険者ギルドに足を踏み入れた。

 

(冒険者ギルド……随分久しぶりに来た気がするな)

 

 カズマとアクアがここに来たのは、初日に来た時以来だろうか。

 自分に冒険者の才能が無く、アクアには馬鹿みたいに才能があって、アクアだけがギルドに大歓迎され、妙に萎えた気持ちになったことを、カズマはよく覚えている。

 

「ちょっとカズマ、人多いわよ。行列よ」

 

「並べばいいだろ」

 

「ええー、カズマは行列ができるラーメン屋に並ぶタイプ?

 信じられないわ。あんなの時間取られるだけで大した味じゃないわよ。

 待ち時間のつまんなさなんていう退屈を、この私に押し付けるっていうの?」

 

「待ち時間の長さに耐えきれず親に駄々こねる幼児かお前は」

 

 なんとかアクアをなだめるカズマ。

 二人してギルドの受付前に並んだが、アクアはじっとしてられないのか手慰みに芸の練習を始めている。

 手のかかる子供を連れている保護者の気分で、カズマも気まぐれに耳をすませてみた。

 

「だからな、むきむき」

 

「おいダスト」

 

「まあまあキースさん」

 

 すると、列の傍のテーブルから声が聞こえてくる。

 盗み聞きという失礼な行為をしていることに気付かれないよう、横目でそちらを見ると、筋肉ムキムキの大柄な男が一人、その対面に金髪と黒髪の軽薄そうな男が二人居た。

 筋肉ムキムキの男はあまりにも大きく、席を立ったら3mあるかもしれない、と思ってしまうほどだった。

 カズマは驚きの声を上げそうになるが、それをぐっと堪える。

 

 話を聞いている限り、その三人はむきむき・ダスト・キースという名前であるようだ。

 

(あだ名か? むきむきが本名とかないよな普通……)

 

 どうやら、ダストという男が二人を巻き込んでナンパの成功法を考えているらしい。

 

「あー、彼女欲しい。何故ナンパ成功しねえんだ」

 

 俺だって欲しいわ、こんな駄女神じゃなく可愛くて優しくて有能なヒロインが欲しいわ、彼女欲しいのがお前だけだと思ってんじゃねえぞ、とカズマは心中にてクズ力全開にその男を罵った。口には出さない。

 すると、金髪の男の対面の筋肉男が返答する。

 

「あの、ダスト先輩に彼女ができないのは、"可愛い彼女が欲しい"と考えてるからなのでは?」

 

「は?」

 

「いや、なんというか、"君が欲しい"で揺らぐ人は居ても……

 "可愛い彼女が欲しいから"で口説かれて、応える女性っていらっしゃるんですか……?

 それ『可愛くて優しいなら誰でもいい』って思ってるってことですよね?」

 

「ぐあああああああああああッ!!」

 

(ぐあああああああああああッ!!)

 

 ダストという男に向けられた痛烈な言葉の刃が、カズマにも刺さる。

 『あの人が好きだ』という気持ちと、『彼女欲しい』という気持ちには天地ほどの差が存在する。

 後者は"無条件で俺を好きになってくれる美少女居ないかな"というニュアンスを含んでいることも多く、ダストのような異性関係に飢えている者や、カズマのように能動的に恋愛行動を起こさないくせに恋愛やエロに多大な興味がある者が持つことが多い。

 総じて、『彼女欲しい』は恋愛未経験者か、浮気性の人間がよく口にするということになる。

 

 ダストへの言葉は、何故かカズマにもぐさりと刺さっていた。

 

「お前が男とも女とも上手くやれてる理由がなんとなく分かるな」

 

「え? あの、キース先輩、会話が繋がってないような気が……」

 

「でなきゃ持たざる者のダストも、持てる者のお前との付き合いは継続してないだろうさ」

 

「……?」

 

「おーいダスト、光明は見えたか?」

 

「あ、ああ……心のダメージは深いが……

 突破口は見えた……! もう俺に女関係で隙はねえ……!」

 

「……そこまで自信を持ってしまったか、ダスト」

 

 カズマは聞き耳を立てるのをやめた。

 

(これ以上聞いてたら俺が死ぬかもしれない)

 

 列が進んで、カズマは初日にギルドで受け付けをしてくれた巨乳の女性と再会する。

 

「ようこそ、冒険者ギルドへ……あ、カズマさんにアクアさんじゃないですか!」

 

 前に居たカズマ……ではなく、その後ろのアクアを見て、受付の巨乳の女性が目を輝かせる。

 アクアはこれでも女神だ。腐っても女神。腐った水の女神様の潜在能力は高く、ギルドカード作成時にとてつもないポテンシャルを見せつけていた。

 ギルド視点、アクアの方を歓迎するムードになるのは当然のこと。

 

(この人の名前は……ルナ、だったっけか)

 

 カズマはとりあえず、右も左も分からないこの状況での最善策として、ギルド員の知恵と判断を借りることにした。

 

「俺達が受けられそうなクエストで、オススメのってありますか?」

 

「そうですね……今ならジャイアントトードの討伐が、それにあたるのですが……」

 

 はっきりしないルナの物言いをカズマが怪訝に思うと、横合いから謎のモヒカン男が会話に入ってきた。

 

「やめときな、坊主」

 

「! あんたは……?」

 

「俺はしがない通りすがりの男。それより忠告だ。

 何の装備も持ってない駆け出しの中の駆け出しがやるには、今は厳しいぜ」

 

「『今』は?」

 

「カズマさん、今のジャイアントトードの生息圏には、ゴブリンが出るんです」

 

「ゴブリン? あのRPGの序盤雑魚筆頭の?」

 

 カズマはネットゲーム等で初心者が適当にやっていても倒せるような、日本のゲーム界における典型的なゴブリンを脳裏に浮かべる。

 

「ゴブリンって雑魚じゃないんですか?」

 

「防具も揃ってない時期の、初心者中の初心者だと厳しいですね。

 ゴブリンは人間から奪った錆びた刃物等を装備しています。

 これに切られると、破傷風などの感染症を起こします。

 解毒魔法で治すこともできますが、病死になると自然死扱いとなり、蘇生もできません」

 

「怖っ」

 

「ですが、初心者の登竜門の一つですよ?

 他のモンスターと比べれば、危険度は低い方です」

 

 この世界でも雑魚ということに変わりはない。

 けれども、今のカズマの力では勝てそうにもないということもまた事実。

 敵が強いというより、カズマが弱いのだ。

 

(異世界転生者って序盤はもっとイージーだった気がするんだが……)

 

 序盤くらいは楽させてくれよ、とカズマは脳内で世界を恨む。

 

「冒険者とアークプリーストだけでジャイアントトード討伐ってのもな。

 せめて前衛職もう一人か、金属鎧持ち一人入れた方が安定するだろうよ」

 

「仲間……仲間か」

 

「気を付けな、ひよっこ冒険者。あばよ」

 

「ああ、サンキューおっさん!」

 

 謎の男は去って行った。

 謎の男は謎だから謎の男なのだ。

 謎の男とルナの説明を聞き、カズマよりよっぽど死ににくく、カズマよりはるかに戦闘技能を多く持っているくせに、ビビっているアクアがカズマの服の裾を引く。

 

「カズマさんカズマさん、今日はやめておかない?

 もっと雑魚っぽいモンスターだけが居る時期に来ましょ?」

 

「お前は自分のことも俺のこともまだ分かってないのか」

 

「? どういうこと?」

 

「俺には分かる。

 "明日やろう"と決めてその明日にもやらなかった経験が多い俺には分かる。

 今ここで"明日やろう"と先延ばしにしたら、多分一ヶ月くらいはやらないぞ」

 

「うわっ、自覚のあるクズ発言……!」

 

「言っておくが、お前もそういうタイプだからな?」

 

 この二人はこの二人だけで日々を送らせると、連鎖的に・連動的に駄目になるタイプ。

 

「でもどうするの? 私、カズマさんに命預けるとか嫌よ」

 

「慌てるな。俺にいい考えがある」

 

「うわっ、なんかなんとなく失敗しそう……」

 

「まあ聞け。こういう時には王道がある。

 善意と時間が余ってる、ランカーとかじゃない、強いけど上を目指してない奴を探すんだ」

 

 カズマの提案は、ネトゲで言うところの、結構強いのに初心者指導に熱心な人・姫プレイヤーに貢いでしまう人・ギルド運営に夢中になってしまう人を探すというもの。

 要するに、『ソロでやっていけない人』で、『善意と時間に余裕がある人』で、『"ありがとう"を他人から貰うだけで満足してしまう人』を仲間に引き込むというものだった。

 

「やるぞアクア、寄生プレイだ!」

 

「カズマさーん!?」

 

 

 

 

 

 寄生プレイ。

 強いプレイヤーとチームを組んで頼りきり、他人頼りにできることにあぐらをかき、いつまで経っても向上心を見せず、周囲から嫌われるプレイスタイルの通称だ。

 カズマが嫌うプレイスタイルの一つだが、背に腹は代えられない。

 彼は生きるために、誇りを捨てる覚悟を決めたのだ。

 

 他人に寄生する決意をしてしまったとも言う。

 

「というわけでルナさん、俺達の面倒見てくれそうな冒険者って居ます?」

 

「あの、ちゃんと自立する意識は持ってくださいね?

 冒険者ってよく死ぬ職業ですから、PTって高頻度で入れ替わるんです。

 誰かに頼りきりだと、仲間が死んで新PTを組む時困るのはカズマさんですよ?」

 

「ははは、そんな大袈裟な」

 

「……まあ、いいです。ええと、今ギルドに居る人なら……」

 

 よし上手くいった、とカズマはほっと息を吐く。

 

「カズマ、自分達で募集かければいいんじゃないの?

 他の冒険者はあそこの掲示板で募集かけてるわよ?」

 

「甘いぞアクア。それは残酷な異世界トラップだ」

 

「残酷な異世界トラップ……!?」

 

「そういうのやるとな、一見いい人そうな奴に誘われるんだよ。

 で、騙される。

 女はエロエロされて殺されて、男は復讐者ルートに行っちまうんだ」

 

「なんですって!? この私に手を出そうだなんて、なんて不敬な……!」

 

「初心者狩りテンプレートだな」

 

 だがギルドの受け付けを一回通せばそういうこともないはずだ、とカズマは得意げにドヤ顔をする。

 そして期待した。

 心配事がなくなれば、次にするのは期待だろう。

 

(俺の知る異世界転生なら、ここで美少女で頼れる先輩冒険者が……)

 

 カズマはまだこの世界のことをよく知らない。

 ゆえに、"前世の時に持っていた異世界イメージ"をまだ持っている。

 それが時間経過で失われるものであったとしても、今はまだカズマの中にある。

 

「……え」

 

 そのため、その巨人がぬっと目の前に現れたことで、カズマは凄まじいギャップ・ショックを叩きつけられていた。

 

「で、デカっ……!?」

 

 アクアが思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 筋肉の鎧に包まれた大男。

 人間でありながらそのサイズで在るということのインパクトは、お台場ガンダムを初めて見た人間のそれに似ている。

 カズマがアクアを肩車しても、この巨人の身長を超せるかは怪しい。

 アクアもアホ面を晒しているが、カズマもまた空いた口が塞がらなかった。

 

「むきむきさん、その二人の新人をよろしくお願いします」

 

「分かりました、ルナさん」

 

 ギルド職員として、ルナは『人格的に信頼できて』『新人の命をアクシデントから守ってくれて』『強く』『面倒見のいい』人物をセレクトしていた。

 カズマの予想通り、その人物は今現在、善意と時間が有り余っている人物でもあった。

 

「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者、最強の魔法使いの仲間が一人……」

 

 お前はどこのボスキャラだ。

 その物々しい名乗りは何だ。

 肉体の威圧感が凄まじいぞ。

 と、色々言いたいことがカズマとアクアの脳内を駆け巡るが、デカくゴツい肉体の威圧感に押し込まれてしまう。

 

 初見のカズマとアクアに対し、この外見のインパクトとこの名乗りのインパクトは、あまりにも大きすぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何はともあれ、先輩冒険者のむきむきを加えた、カズマパーティの初めてのクエスト受諾が行われた。

 カズマとアクアも、気圧されていたのは最初だけ。

 さっさと自己紹介を終えて、受諾したクエストの用紙を三人でまじまじと見つめていた。

 

「ジャイアントトード五体の討伐クエスト、か」

 

 不思議と、カズマはこの少年となら上手くやれそうな気がした。

 不思議と、むきむきはカズマとなら上手くやれそうな気がした。

 アクアには特にそういう気はしなかった。

 

 むきむきはアクアにはさん付け敬語。カズマにはくん付けタメ口。

 それはカズマの方により親しみを感じているということであったが、なんとなくアクアの方が上にランク付けされている感じがして、カズマは複雑な心境であった。

 

「さあ、行くわよ! ここから私達の伝説は始まるわ!」

 

「アクアさん、ちょっと待って下さい」

 

「え?」

 

「適当にギルドから武器借りていきましょう」

 

 むきむきはルナに一言断って、ギルド裏手に回る。

 そこにあったのは、積み上げられた剣や盾などの山だった。

 

「うわっ、何これ?」

 

「ギルドが回収した冒険者の遺品ですよ、アクアさん」

 

「……うわぁ」

 

「ギルドは遺族に返したり、売れるものは売っぱらったりするんですが……

 錆びてたり欠けてたりすると、どうしても売れないんだそうです。

 で、それを集めてまとめて商店にただの鉄として安値で売ってるんだそうですよ」

 

「世知辛ぇ……」

 

「武器屋さんとか、各商店さんもその辺分かってるそうで。

 ちょっと欠けてたらそれだけで買い取らず、ただの鉄として売られるのを待ってるとか」

 

「商魂たくましいなおい」

 

 いつの世の中も、社会への後見やら公共の福祉やらを求められる組合は、商業主義の犬には弱いものである。

 

「ギルドも収入としては期待してないからね。

 だから、カズマくんみたいな初心者が借りる分には喜ぶだけなんだ」

 

「他の冒険者は借りないのか? 節約になるだろ、これ」

 

「店で一番安い剣よりはマシ、程度のものだから。

 だってこれモンスターに殺された人の遺品だから、中古以下みたいなものだよ?」

 

「……それもそうか」

 

「第一貸与扱いだから、ボロいのに壊したら弁償だしね」

 

「新品の剣買いたくなってきたぞ! 本当に大丈夫なんだろうなこれ!」

 

「カズマ君、剣買うお金あるの……?」

 

「うぐっ」

 

 タイミングが悪かった。

 いつもならカズマの財布にも店で一番安い剣なら買えるくらいの金はあるのだが、ここ数日はそれさえ買えないほどに金がなかった。

 とはいえ、仕方ない。

 カズマとアクアの金が尽きたからこそ、この二人は"ヤバいどうにかしないと"と思い、クエストを受けるべく動き出したとも言えるのだから。

 

「あ、これほとんど新品だ。

 カズマ君達みたいに、意気揚々と冒険に出た初心者の遺品かな……」

 

「おいバカそういう言い方やめろ!」

 

 柄の部分に元持ち主の血がたっぷりと染み込んでいたせいで買い取り拒否をされたと思われる、そんな剣をむきむきが拾い上げる。

 

「カズマさんカズマさん! 私達もう帰った方がいいと思うの!」

 

「なんでお前が俺より早くヘタレてんだこのスットコドッコイ!」

 

 自分は女神、世界は救わないと、人々を守らないと、とか偉そうなことを口にしている女神が真っ先にヘタレるというこの有り様。

 心配になる要素しかなかった。

 今のカズマに見えている安心要素など、むきむきの筋肉くらいしかない。

 

「さて到着。この辺がジャイアントトードの出る場所……って、街近いな」

 

「街が見える場所なら、ピンチになったら街まで逃げればいいだけだからね」

 

「ああ、そういうことか」

 

「カズマ、なんだかいける気がしてきたわ。これ楽勝なんじゃないの?」

 

「とりあえずお前は何も考えずフィーリングで生きるのを今すぐやめろ」

 

 30分後。

 

「な、なんでそんなにたかられてるんですか!?」

 

「私が聞きたモガモガモガッ」

 

「アクアさーん!?」

 

 アクアは盛大に、ジャイアントトードに捕食されていた。

 咥えこまれたアクアが飲み込まれ、カエルの腹の中に入っていく。

 

「我、久遠の絆断たんと欲すれば、言葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう」

 

 むきむきは詠唱を行い、打撃が効かないジャイアントトードに、斬撃属性の光の手刀を放つ。 

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 スパッとカエルの腹が切れ、腹の中からアクアが転がり出て来た。

 

(おお、魔法だ! 近接戦闘魔法とかそんな感じか?)

 

「カズマ君、とどめ!」

 

「お、おう!」

 

 どうやらむきむきは即死させなかったらしい。

 絶妙な加減で死に至らなかったジャイアントトードは、カズマの手でとどめを刺され、その魂の記憶はカズマの経験値として反映される。

 

「ありがと……ありがと……! うえっ、えぐっ、むきむき、ありがと……!」

 

「大丈夫ですか? これ、ハンカチです。顔だけでも拭いて下さい」

 

「ありがと………ぶっー!」

 

「あっ」

 

「おいアクア! 借りたハンカチで鼻かむんじゃねえ!」

 

「鼻の中にもカエルの粘液が詰まってるの! 仕方ないじゃない!」

 

「ああ、ええと、洗えばいい話ですから、気にしないでください、アクアさん」

 

「ありがとうむきむき。名誉アクシズ教徒に認めてあげるわ!」

 

「え゛っ」

 

 アクアは前衛後衛なんでもござれなアークプリースト。

 回復役から仕留めれば勝てる、と考え攻撃してきた敵の猛攻に平然と耐え、自分と味方を回復し続ける不沈の回復役だ。

 ……なのだが。

 打撃スキル無効のカエルが、アクアの打撃スキルのことごとくを無効化し、調子に乗って前に出たアクアをパクリと捕食。

 アクアは捕食されたことに、カズマはあっさりと仲間が捕食されてしまったことに、衝撃を受けていた。

 

「あれが初心者向けの雑魚って嘘だろ……?」

 

「カエルは食われても即死はしない、ゆるいモンスターだから。

 その代わり生きたまま消化されて死んじゃう人も多いんだけど」

 

「そんな死に方だけは絶対に嫌だ」

 

「私もう嫌よ!? 食べられるの嫌よ!?」

 

「お、落ち着いて下さいアクアさん!

 さっきみたいに突っ込んで行かないのであれば、僕がちゃんと守れますから!」

 

 食われたのがアクアからだったこと。

 むきむきがここに居てくれたこと。

 二つの『幸運』が、彼らの全滅を阻止していた。

 もしむきむきがここに居なくて、カズマ→アクアの順に捕食されていたならば、明日にはカズマもアクアもカエルのフンになっていたことだろう。

 

「アクアさんにダメージソースが無いから、カズマくんのレベル上げだけ目指す?」

 

「パワーレベリングか。よし、いっちょやってやろうぜ!」

 

 クエストの目標はジャイアントトード五体の討伐。

 残りは四体。

 頼れるむきむきが居てくれたおかげで、カズマは何の憂いもなく剣を握り締め――

 

「レベル上げね? まっかせて! 『フォルスファイア』!」

 

 ――アクアは、また余計なことをした。

 

「……アクアさん。アクアさーん?

 俺の目に見えてるその青い炎の魔法は何かな?」

 

「魔物の敵意を引きつける魔法よ!

 結構力入れたから、遠くのジャイアントトードも近寄って来るわ!」

 

「このバカ! さっきの何を見てたんだ!」

 

「え?」

 

「むきむきはジャイアントトードが二体居てもスルーしてただろ!

 わざわざ一体だけ孤立してる奴狙って戦おうとしてただろ!

 その一匹にお前が突っ込んで食われてたんだろ! つまり―――」

 

「カズマくんもう遅い!」

 

 うようよ、うようよと、彼らの周りに集まるジャイアントトード達。

 

「……あら?」

 

「アクアさん! ジャイアントトードは今繁殖期なんです!」

 

「このアホタレえええええええっ!!」

 

「よかれと思ってやったのに! よかれと思ってやったのに!」

 

 30分後。

 

「小学校の時の同級生の紫桜のこと思い出したぞ……!

 あれが、あれが、走馬灯ってやつか……! 死ぬかと思った……!」

 

 むきむきの超人的な戦闘能力、そして追い込まれてから発動したカズマの意外なしぶとさによる奮闘で、集められたカエルはそのほとんどが仕留められていた。

 逃げたカエルも多かったが、死体になっているカエルだけで、既に両手足の指では数えられないほどの数がある。

 クエスト内容の五体討伐など、とっくの昔にクリアしていた。

 

 むきむきがカエルの腹をかっさばき、その中から泣いているアクアを引っ張り出すと、怒り心頭のカズマが突っかかっていく。

 

「お前な! お前本当にな!

 ゴッドブロー打って躓いて、むきむきの背中に誤爆するとか本当にお前なぁ!」

 

「だって、だって!」

 

「カズマ君、その辺で許してあげてよ。

 アクアさんは僕の後ろのカエルを倒して、僕を助けようとしてくれてたんだから」

 

「いーや、ここでしっかり言っておかなきゃダメだ!

 じゃなきゃ次に食らうのは俺かもしれないんだからな、この駄プリースト!」

 

「わああああああっ!」

 

「カズマ君……」

 

 泣いているアクアをズリズリ引きずって、街に帰っていくカズマ。

 むきむきは苦笑して、自分の背中に残ったアクアの拳の跡と、そのダメージに感心した様子で顎に手を当てる。

 

(……凄いなあの人。本当に駆け出しなんだろうか?)

 

 むきむきのアクアに対する評価は、カズマが思っている以上に高かった。

 

 

 

 

 

 泣く子と地頭には勝てない、という言葉がある。

 むきむきも涙には弱い。しかもアクアは、子供のように泣くのだ。

 外見は色気のある比類なき美人であるというのに、泣いている時は年齢一桁の泣いている子供とそう変わらなく見えてしまう。

 そのため、むきむきもどう励まそうが悩んでいた。いたのだが。

 

「初クエスト達成、報酬ゲット、祝! かんぱーい!」

 

 ギルドで酒を一杯飲んだだけで、アクアは陽気に元気に大笑いしていた。

 カズマに責められていたことなど、最初からなかったかのように笑っていた。

 

「ほれ見ろ。あれだけ言ってもこれだ。絶対もう言われたこと忘れてるぞ」

 

「アクシズ教徒のようでアクシズ教徒っぽくない人だね……」

 

 他人の迷惑になる行動を選ぶアクシズ教徒の典型のようで、その実よかれと思ってした行動が他人の迷惑になるタイプ。

 よかれと思ってした行動が他人の迷惑になるのは他のアクシズ教徒にもあることだが、アクアは知力と幸運が低いせいか、その特性が如実に表れていた。

 

「むきむきは酒飲まないのか……って、そういえば、年齢があれだったな……」

 

「うん、まだ13歳だからね。僕の仲間はそろそろ14歳になるけど」

 

 この世界は本当にどうなってんだ、とカズマは思う。その視線の先には、むきむきの異常発達した肉体があった。

 

「明日は武器屋か道具屋回ってみる?

 今日の報酬で、安い武器か道具なら買えると思うよ」

 

「ようやく俺の専用武器か! 初めはやっぱりどうのつるぎか?」

 

「銅? 銅なんて柔らかい金属の武器、売ってたかな……鋼じゃダメ?」

 

「あ、はがねのつるぎ買えるならそっちでお願いします」

 

 肉料理が運ばれてきて、酒の入ったアクアが女を捨てた動きで食べ始める。

 むきむきがテーブル端のスパイスをかけているのを見て、カズマもなんとなくそれを真似してかけて食べてみる。

 結構美味かった。

 

「これ美味いけど、何の肉なんだ?」

 

「ジャイアントトードだよ?」

 

「……」

 

 複雑な気持ちになったカズマを、誰が責められようか。

 

「買い物の前に、カズマくんはスキルは何を取るか決めてある?」

 

「スキル?」

 

「冒険者は他の職業の人からスキルを教えて貰って習得するんだ。

 たとえば片手剣スキルを取れば、カズマくんもそれだけで剣士みたいに戦えるんだよ」

 

「いいなそれ! どうすれば取れるんだ?」

 

「カズマくんは今レベル4だったよね?

 じゃあポイントが3はあるはずだから、カードの下半分の―――」

 

 むきむきとカズマがカズマのカードを見てあれやこれと話している間に、アクアがこっそりとカズマの皿の肉をつまみ食いする。

 

「ちなみにむきむきのオススメのスキルとかはあるのか?」

 

「よく使う武器の修練スキル。

 音もなく忍び寄る敵の『意志』を感知できる敵感知スキル。

 広範囲の音を拾える、汎用性の高い盗聴スキル。

 後は自動回避とか、物理耐性とか、ステータス常時上昇スキルとか……いっぱいあるよ?」

 

「名前を聞いてるだけでワクワクしてくるな……!」

 

「アクアさんを後衛回復役として活かすなら前衛スキル。

 アクアさんを前衛回復役として活かすなら後衛スキルを取るべきだよね」

 

「……そういやこいつ前衛後衛どっちもできる万能職か。ポンコツ過ぎて忘れてたな」

 

「あ、あはは……」

 

「ってアクア! 俺の皿のもの食ってんじゃないこの欠食児童っ!」

 

「あいたぁっー!?」

 

 アクアの頭をはたいて、カズマはむきむきの先の言葉を噛み締める。

 むきむきはカズマの取得スキルについて、カズマとアクアの二人でやっていくことを前提に考えていた。

 でなければ、前衛のむきむきが居るのに、カズマに前衛スキルを奨めるわけがない。

 

 カズマはそこそこ倫理や常識を無視できるが、その根底には甘さがある。

 パーティを組む前は強い人に寄生する気満々だったのに、ちょっと仲良くなってしまうと、寄生するのが申し訳ないという気持ちも湧いてきてしまう。

 そういう甘さも持ちつつも、楽に寄生していたいというちょっとダメな部分も持っている。

 

 ずっとこのパーティに居てくれないかなあ、という甘い思考。

 居てくれるわけねえだろ、という現実的な思考。

 その両方がカズマの中にはあって、結局"うちのパーティに居てくれないか?"と能動的に言い出すことができない。ヘタレてしまう。

 他人に何か思うこともあるが、それを素直に表に出さないことも多く、人間関係が基本的に受動的でヘタレやすい。

 それが、佐藤和真という少年だった。

 

 

 

 

 

 翌朝、むきむきとカズマとアクアは店巡りに出かけていた。

 いくつか店を回ってこれだと思うものを買うべき、というのがむきむきの主張だ。

 三人で、アクセルの街の片隅を歩いて行く。

 

「なんだか新鮮な気分ね。私もカズマもこっちにはあまり来たことがないし」

 

「そりゃこっちの区画は冒険者向けの店とかが並んでる所だしな」

 

「カズマくんもアクアさんも、次第にこっちの方が馴染み深くなるよ」

 

「アクセルの街がなんだかいつもと違って見えるわ。カズマはどう?」

 

「子供か。初めて自転車貰って遠くに行けるようになった頃、俺が同じようなこと言ってたぞ」

 

 アクアの言葉をカズマが完全否定しないのは、街の見たことのない区画を見て、カズマもほんの少しはアクアと同じことを思っていたからだろうか。

 

「カズマくん、スキルは決めた?」

 

「うーん……片手剣か初級魔法かな、って思ってる」

 

「冒険者って一番器用貧乏という名の無価値になりやすいから気を付けてね?」

 

「お前本当にさらっと怖いこと言うよな」

 

 彼らがまず向かったのはアクセルの片隅の魔法店。

 店の周囲は閑散としているわけでもなく、店の周りは定期的に草が刈られている跡や、人の真新しい靴跡がいくつも見える。

 どうやら、人が来ない店というわけではないようだ。

 

 ただ、何故か窓が無かった。

 そして、生気が感じられなかった。活気でも人気でもない、生気である。

 アクアが何かを感じ取って表情を険しくするが、カズマは何も感じていない。ただなんとなく、人がいなそうな店だなあ、とは思っていた。

 

「こんにちは。ウィズさん、いらっしゃいますか?」

 

「あ、いらっしゃい」

 

 店に足を踏み入れると、そこには色白で巨乳の店主が笑顔で彼らを迎えてくれた。

 陽光が入らない店の中は少し前が見づらくはあったが、カズマの目から見ても美人で、図抜けた巨乳で、生気の無い肌色をしている女性であった。

 微笑みは穏やかで、本人の気質が形になったかのよう。

 カズマは美人をちょっとやらしい目で凝視していたが、アクアはその美人を見るやいなや、本気の殺意を噴出させる。

 

「リッチー!?」

 

 アクアの行動に、一切の迷いはなかった。

 

「なんでこんなところに! いいわ私の力で成仏させてあげる! 『セイクリッド―――」

 

「マッスル猫騙し!」

 

「ふにゃあ!?」

 

 一瞬、アクアの内で凄まじい魔力が膨れ上がる。

 ウィズとむきむきはハッとして、むきむきは瞬時に猫騙してアクアの眼前を叩いた。

 超強烈な猫騙しが、アクアの目を回させる。

 カズマは"なにやってんだこいつ"といった目でアクアを見ていた。

 

「リッチー? リッチーってなんだ?」

 

「カズマくんは知らない? リッチーっていうのは……」

 

 むきむき曰く、リッチーとはアンデッドの王。

 ヴァンパイアと比肩する種族にして、この世界のモンスター達の頂点の一つ。

 生きているだけで概念を捻じ曲げ、時には山をも崩す一撃でも傷一つ付かない上位種族。

 不死であるがために無限に魂の記憶を溜め込み、無制限に自分の力を伸ばし続ける可能性がある神の敵対者。

 命あるものは全て死ぬという、神の定めた世界法則に逆らう不死者。

 殺を超越し、死を克服し、死体を弄ぶ規格外。

 基本的には人間の天敵。

 

 そういうものである、とのこと。

 

「アクアさんやっぱり只者じゃないよね。ひと目で見抜くなんて……」

 

「ど、どうしましょう、むきむきさん!?」

 

「いやそもそも、なんで人の街にそんなやつが居るんだよ。

 話聞いてると、どっかのダンジョンでボスやってるようなやつじゃないのか?」

 

 なのだがカズマは、ウィズと呼ばれたその女性のうろたえようや、あわあわとした所作、可愛らしい表情の動きを見ていると、どうしても彼女をリッチーと見ることができない。

 何かの間違いじゃないかと思ってしまうのだ。

 そんな強大なモンスターがアクセルの街に居る、ということも含めて。

 

「間違いは無いと思う。ウィズさんが力を使ってるのを見たことがあるんだ。

 ウィズさんは定期的に行き場を失った迷える霊を救ったりしてるんだよ」

 

「なんだそのボランティア活動してる殺人鬼みたいな肩書き……

 いや、いいことしてるとかそれは置いといて、お前は冒険者なのに倒そうとはしないのか?」

 

「僕は、その……ある程度親しくなっちゃった後に正体を知ったので、情が……ね?」

 

「ね? じゃねえよ!」

 

 "こいつ脳味噌筋肉ではないけど倫理観が子供だ"、とカズマは変な危機感を覚えていた。

 

「リッチーがそんなに強いんならアクアなんてポンコツ女神、一発じゃないのか?」

 

「いや、今の魔力と一瞬見えた魔法の事前光見ると……」

「私じゃ、もしかしたら一発で消されてしまうかもしれません……」

 

「……マジかよ」

 

 カズマは改めてアクアが女神であることを認識する。

 むきむきとウィズの声におふざけの色はない。本気でアクアの力に驚愕していた。

 そしてカズマは、猫騙して目を回しているアクアを見る。

 その間抜け面を見て、アクアって女神だっけ? と思わず考えてしまった。

 

「カズマくん、どうしよう。僕の猫騙しは猫にしか効かない上、三分も保たないんだ」

 

アクア(こいつ)、猫にしか効かない技が効いたのか……」

 

「どうしよう、またウィズさんと喧嘩されても困るし……」

 

「……しょうがねえなあ」

 

 カズマはおろおろしているむきむきを見て、溜め息一つ。

 そしてアクアの耳元に口を寄せ、何度も何度も囁き続けた。

 

「ウィズは悪いリッチーじゃない、ウィズは悪いリッチーじゃない、悪いリッチーじゃない……」

 

 そして、アクアの意識が覚醒する。

 

「……はっ! あなたが悪いリッチーじゃなかったとしても!

 悪事を働くのであればこの女神アクアが許さないわ! 浄化してあげる!」

 

「し、しません! 悪事なんて!」

 

「……あれ?」

 

「か、カズマくん凄い!」

「……成功するとは思わなかった」

 

 猫騙しで一時的にアクアが見ていた夢のようなものの中に、カズマの声が微妙に干渉して、アクアはちょっと混乱しているようだ。

 カズマはその混乱に畳み掛けて、うやむやにすることにした。

 

「アクア、悪いリッチーじゃないなら今すぐ消さなくてもいいんじゃないか?」

 

「む……それは、そうかもしれないけど」

 

「お願いします! 見逃して下さい! 私にはまだやるべきことがあるんです!」

 

「えぇ、何よ涙目で、これじゃ私が悪者みたいじゃない……」

 

「安心しろアクア。今のお前は残虐な行為をして主人公に倒される噛ませ悪役そのものだ」

 

「なによそれー!?」

 

 憤慨するアクア。怒りの対象が巧みにウィズからカズマへと移される。

 

「まあいいわ。次の機会があれば、この女神アクアが必ず滅してあげる。

 私は本物の女神! 麗しき水の女神!

 浄化の象徴である流水を象る、あんた達アンデッドの天敵! 覚悟だけはしておきなさい!」

 

「め、女神アクア……世界が七度滅びても不滅と言われる、あの悪名高きアクシズ教団の……!」

 

「はぁ!? 何言ってんのよこのリッチー! やっぱ今すぐ消滅させてあいたぁ!?」

 

「やめろこのバカ女神」

 

 ガン、とカズマのゲンコツが落ちて、アクアは頭を抑えその痛みに呻きながらしゃがみ込む。

 気分は調子に乗ってゲンコツを貰った野原しんのすけのそれに近い。

 カズマの手慣れた対応に、むきむきはたいそう感心していた。

 

「こほん。では改めて、ようこそ私の魔法店へ。ごゆっくりどうぞ」

 

 忘れそうになっていたが、彼らはここに商品を探しに来たのだ。

 カズマはウィズの店の中を歩き、棚を眺める。アクアはむきむきに任せることにした。

 棚に並べられているポーションの一つに、カズマの手が伸びる。

 

「あ、気を付けて下さい。そのポーションは強い衝撃を与えると爆発しますよ?」

 

「!? マジか、固定具くらい付けとけよ。じゃあこっちは……」

 

「そちらは空気に触れると爆発します。蓋は開けないで下さいね」

 

「……じゃあ、こっちの」

 

「それは水に触れると爆発します。息を吹き込まなければ安全かもしれません」

 

「……これは」

 

「温めると爆発します。それは特に発火点が低いので、体温で温めても爆発し……」

 

「なんだこの爆発祭りは! この店はテロでも支援してんのか!?」

 

 この世界ではISISポジションにWISWISとかいう組織でもいんのか、とカズマがキレる。

 

「……ん? 爆発?」

 

 と、その時、カズマの脳裏に閃くものがあった。

 頭の中の熱が引いて、むきむきから聞いたスキルの知識いくつかが脳裏を駆け巡る。

 カズマは出来る限り楽して稼ぎたいと思っている。

 疲れないで、危ない橋を渡らないで、いいとこ取りしたいと考えている。

 駄目な方向に頭を働かせるのであれば、カズマは並大抵の人間が敵わない才能があった。

 

「これ、どのくらい爆発するんだ?」

 

「ひと瓶の爆発規模ですと……」

 

 かくしてカズマは、どのスキルを取るのか決めた。

 

 

 

 

 

 鍛冶スキル、というものがある。

 鍛冶ができるようになり、武器や防具の修理が可能となる上、手先が器用になってある程度の物作りが可能となるスキルだ。

 カズマはこれと同系統の汎用的な道具作成系スキルを習得した。

 消費ポイントは鍛冶スキルと同じ3。鍛冶スキルほど鉄製品の作成に大きな補正はかからないが、物作りに満遍なく補正がかかるようになる。

 

 なのだがこのスキル、教えてくれる人を見つけるのにも時間がかかった。

 具体的には丸一日。むきむきの協力と人脈を得てなお、ウィズと出会った日を丸々使ってしまったことになる。

 こういった不便さが冒険者が最弱職で不人気職である理由の一つなんだろう、とカズマは勝手に納得していた。

 

「あっそーれ」

 

 そして、翌日。

 

 カズマは爆発ポーションを加工して作った、手の平サイズの小型ダイナマイトもどきを使って、カエルを片っ端から爆殺していた。

 

「店で売ってた一番安い爆発ポーションが1万5000エリス。

 ここから作れる小型ダイナマイトが五つ。

 ジャイアントトードの五体討伐報酬が10万エリス。

 死体が残ってれば更に2万5000エリス……よし、いけるな!」

 

「駄目よカズマ。それじゃ日本の商標登録に引っかかるわ!

 ダイナマイトは駄目よ! 私がカズマイトって名付けたから、それにしなさい!」

 

「嫌に決まってんだろそんな名称!」

 

「え、でも私がもうギルドとかで広めちゃったから……」

 

「お前は本当にもう! なんなんだっ!」

 

 爆殺、爆殺、オブ爆殺。

 ジャイアントトードの口の中に放り込めば、カエルの体内で逃げ場が無くなった爆風が確実にカエルの命を奪ってくれる。

 適当に投げても、普通のカエルがハエを食べる時のような動きでダイナマイトを食ってくれることもある。暴投しても外側から頭を吹っ飛ばしたこともあった。

 もはやカエルも、恐るるに足らず。

 

「……ひょっとして僕は、変な方向に誘導しちゃったんだろうか」

 

 何か楽に倒せる方法無いかな、で爆弾という解答に至る。

 爆弾製作のためにそれ向きのスキルにポイントを全部突っ込む。

 真っ当に戦おうという思考を最初から投げ捨てている。

 そしてひたすらに爆殺。最初の第一歩から戦う選択肢を捨てていると、この少年はここまでかっ飛んだ存在になるようだ。

 

 カズマは行動や思考の一つ一つが、どこか非凡だった。

 普通の人ならこうはしないだろう、という意味で。

 

 ギルドに帰還したカズマ達を迎えたのは、噂を耳にした冒険者達と、白い目をしたルナを中心とするギルド職員達だった。

 

「あの、むきむきさん?

 私は、あなたが信頼できると思って新人を任せました。

 ですが、新人をあなたの好みの冒険者に染められるのはちょっと……」

 

「違います! 誤解です! 誤解なんです!」

 

 カズマの性格はまだ周知されていないので、ギルド視点これは『爆裂魔法使いの少女の仲間が新人にやらかした』ように見える。

 完全なる冤罪。哀れむきむきは、弁解のためにギルド内部に連れて行かれることとなった。

 その間カズマとアクアの二人は、冒険者のおごりで酒を呑み武勇伝を語り始める。

 

 その日からアクセルギルド期待の新人『爆殺のカズマ』の名が、こっそり知れ渡ることとなるのであった。

 

 

 




 異世界らしくまずは剣と魔法だなー、という思考を初手投げ捨てた男

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