「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 最近忙しや忙しや


3-5-3

 時間を少し遡ろう。

 カズマは王様に会いに行く前に、むきむきを連れてダスティネス邸を訪れていた。

 犯人がアルダープと分かった時点でめぐみんがアルダープの屋敷に爆裂魔法を撃ち込もうとしていたため、カズマとむきむき以外の皆はめぐみんを止めに回っている。

 めぐみんのアッパーで軽く舌を噛んで痛そうにしていたミツルギのもにょった顔が、妙に印象的だった。

 

「大貴族にしては小さいかもしれないが、それでも十分デカい屋敷だな……」

 

 応接間に通されて、カズマはむきむきと並んで座る。

 この屋敷に今ダクネスが居るかは分からない。

 居ても居留守を使われる可能性も高い。

 二人をこの応接間に通してくれた執事は「今確認をして参ります」と言ったが、ダクネスに会う気がなければ、二人が会うことは出来ないだろう。

 二人だけしか居ない応接間で、カズマはボソッと呟いた。

 

「ダクネスが全部終わった後俺達養ってくれねえかな……」

 

「ダクネスさんはカズマくんが怠け始めたら叱咤する人じゃない?」

 

「いいだろ、夢を口にするくらい」

 

「たわけた夢は口にした時点でただの寝言じゃないかなあ」

 

「お前言う時は言うやつだよな」

 

 そういやゆんゆんも言う時は言うやつだった、と変に納得するカズマ。

 

「もしここでダクネスさんに会えたら、何て言う?」

 

「んー……そうだな」

 

 むきむきはカズマに聞いてみて。

 

「今のお前はアクアやめぐみんより問題児で、あの二人より面倒臭えぞ、とかだな」

 

 カズマらしい返答に、そっと口元を綻ばせる。

 彼がそう言ってダクネスがそれに突っかかる光景が、目に浮かぶようだった。

 やがて執事が戻って来るが、彼らのダクネスに会うという望みは叶わなかった。

 

「お嬢様はいらっしゃらないようです。ですが……旦那様が、お二人にお会いしたいと」

 

 二人は屋敷の奥、現当主であるダクネスの父親の部屋に通されていた。

 

「ダスティネス・フォード・イグニスだ。

 初めまして、ララティーナの友人殿。娘がいつも、世話になっていたようだね」

 

 まず第一に抱く印象は、痩けた頬と悪い顔色に対する"今にも死にそうだ"というもの。

 ベッドに横たわったイグニスは、街でそう噂されている通りに、明日をも知れぬ体調のようだった。

 目を閉じて横たわったら、もう二度とそこから目を開かないまま死体になってしまいそうな、そんな弱々しい姿。

 これを毎日家で見ていたためにダクネスの心は日々弱っていってしまったのではないか、とさえ思えるような姿だった。

 

「こんな格好ですまない。今は、椅子に座る姿勢も辛くてね」

 

「いえ、こちらこそ病でお辛い時に伺ってしまい、申し訳ありません」

 

 むきむきとカズマは、今日までの調査結果を簡潔に話す。

 彼らは確信を抱いていたが証拠はなく、アルダープを絶対の犯人とするものを何も持ってはいなかったが、イグニスは前々からアルダープを疑っていたようだ。

 弱々しさを塗り潰してしまうほどの鬼気迫る怒気を、痩せこけた体から滲ませる。

 

「……そんなことが。アルダープめ、人としても貴族としてもしてはならないことを……!」

 

 二人の少年はその一瞬、ベルゼルグ王が何故イグニスを頼りにしているのか、その理由を肌身に染みて理解する。

 これは、敵に回せば恐ろしく、味方にすれば頼りになる手合いだ。

 

「私も裏で手を回していたが、これでは間に合うまい。

 すまないが二人共、ララティーナのことをよろしく頼む。どうかこの通りだ」

 

 イグニスは二人に深く頭を下げる。

 大貴族である彼が平民に頭を下げるということの重みを、理解できない二人ではない。

 けれどむきむきは、その頼みを聞かなかった。

 

「誰かに頼まれたからじゃなく。

 僕らは自分でそうしたいから、ララティーナさんを助けに行きます」

 

 その頼みを聞く必要なんてなかったからだ。

 

「素晴らしいな、冒険者は」

 

 イグニスが微笑む。

 彼の語調には、隠すつもりもなさそうな『冒険者』への敬意があった。

 

「冒険者は、どこまでも自由で……

 どんな障害があっても、自分の生き方を、自分で決めて行けるのだな」

 

「はい、そうです。だから冒険者のララティーナさんも、そうなんですよ」

 

「―――」

 

 その上むきむきがこんな返答をしてくるものだから、イグニスは思わず笑ってしまう。

 ララティーナには自由に自分の未来を決めて行って欲しいと思っていたイグニス。

 だからこそ、こうして冒険者を羨むような言葉を口に出していたイグニス。

 その秘めた願いが、思わぬ形で肯定される形となった。

 

 カズマも頭を掻いて、ちょっと自分の気持ちを誤魔化すようにして、病人のイグニス相手に言葉を選ぶ。

 

「ま、今は俺達に任せてゆっくり寝ててください。

 全部終わったら……今度は、ダクネスのお父さんの病気治そうみたいな話になるかもですが」

 

「君は……」

 

「こいつ、相手の嫌がることはあんまできないんです」

 

 カズマはむきむきの脇を小突く。

 この二人は、互いに補い合う相補の関係にあった。

 

「もしもの時に嫌がるダクネスを無理矢理連れて帰るのが……あー、俺の仕事ですね」

 

 むきむきにはできないことが、カズマにはできる。

 カズマにしかできないことが、そのまま心惹かれる要素になる女性も居る。

 だからだろうか。

 ダクネスが、むきむきよりもカズマのことを頼りにしているのは。

 

 むきむきの言葉を聞き、イグニスは"娘はいい仲間に恵まれた"と思った。

 カズマの言葉を聞き、イグニスは"娘を変えるとしたらこの子だろう"と思った。

 それがそのまま、むきむきとカズマの個性の違いだった。

 

「ララティーナに好きな異性が居るとしたら、君の方だろうな。そう思った」

 

「……大丈夫ですか? 熱あるんじゃないですか?」

 

「至って正気だとも。私はララティーナの父だからな」

 

 この人頭おかしいんじゃねえかな、とカズマは思うのだった。

 とりあえず明日アクアを連れて来よう、とカズマは考える。なんだかんだで、カズマはアクアの超技能の凄さは信用しているのだ。信頼はしていない。

 その前に自分にできることもやってみよう、とカズマは五指をわきわき動かす。

 

(生命力だけでも注いでみるか)

 

 ドレインタッチは魔力の移譲スキルと思われがちだが、このスキルの本質は生命力と魔力の伝達である。

 生命力が足りていない人間には、当然生命力の移譲も有効となるものだ。

 幸いここには、最上級の生命力持ちが居る。

 

「むきむき、例の」

 

「はい、どうぞ」

 

 むきむきが手を差し出し、その手を取ったカズマがゆったりと生命力を吸う。

 ドレインタッチで触れる場所を選ぶのは、魔力の源が心臓部であるからだ。生命力の方が目的であれば、その辺りのことは考えなくてもいい。

 

(……ん? ベルトが光った?)

 

 生命力ドレインの際にベルトが光った気がしたが、カズマは気にしなかった。

 

「ちょっとスキルを試してみます。

 治るとまでは行かないでしょうけど、楽にはなると思いますよ」

 

「おお、そういえば君は多彩なスキルを使いこなす冒険者だったな。

 娘が手紙でよく言っていたよ。

 多彩なスキルを、誰にも思いつかないような使いこなし方をすると」

 

「あいつが手紙の中で俺のことどう言ってるのかは心底気になりますね」

 

 そうして、カズマはドレインタッチで生命力を注ぎ込み。

 

 イグニスの筋肉が爆発的に膨張して、服と掛け布団が吹っ飛んだ。

 

「……は?」

 

 そこからは大騒ぎである。

 一瞬前まで肉も元気も生気も無かったイグニスが、筋肉モリモリマッチョマンに変態したのだ。

 そらもう何が何やら意味分からんと大騒ぎ。

 多少落ち着いてくると、イグニスが光っているむきむきのベルトを見て何やら気付いた。

 

「これは……まさか……!」

 

 そのベルトこそが、この事態の原因である。

 

「聞いたことがある……神器」

 

「知っているんですかイグニスさん!」

 

「それは女神様がこの世界に落とした神の道具。

 選ばれた者にしか使えないが、その力の一部であれば他の者も使うことができるという……」

 

 イグニスは、そのベルトが神器であると睨んでいた。

 というより、"神器でもなければこんな事態は起こせない"と判断していた。

 その推論は大正解であり、むきむきの筋肉をイグニスに与えたのはこのベルトである。

 

「神器の本来の出力の何%、といった形で力は発揮されるらしい。

 今日まで私も眉唾なお伽話だと信じてもいなかったのだが……」

 

「あ」

 

 その言い草に、むきむきはこのベルトを貰った時、このベルトをくれたヴァンパイアが言っていたことを思い出した。

 

―――使用者の微量な魔力を吸って半永久的に稼働し、筋力を上昇させるベルトだ

―――筋力を参照する攻撃・スキルのダメージも15%ほどアップする代物であるぞ

 

 見方を変えればこのベルト、"筋力の上昇率が極めて低くなったグラムのような効果のベルト"であるとも言える。

 グラムは筋力増加と凄まじい切れ味の二つの効果を持ち、ミツルギ以外の者が持てば筋力増加の効果が失われ、ちょっと切れ味のいい剣でしかなくなってしまう。

 

「つまりこのベルトは、所有者の力を増幅して弱体化した者に移譲する神器。

 そこから移譲能力が失われ、力の増幅量も少なくなったのがこれであると……」

 

 ならばこのベルトもグラムと似た形で力の移譲能力を喪失し、弱体化した筋力増加の能力だけが残された神器、という風に見ることができる。

 むきむきのバカみたいな筋力値、移譲の力の代わりになったドレインタッチ、原因不明の何かにより弱りに弱ったイグニス。この三つが揃ったからこそ、神器であると判明したベルトであった。

 

 ゲーム的に言えば、デバフがかけられた者のステータスを超強化するスキル。

 この世界の法則に沿って言うならば、呪いなどがその人間の生命力に生じさせた欠損に、より大きなエネルギーを流し込んで逆に強化まで持っていく、といったところだろうか。

 神器パワーでむきむきみたいな体になったイグニスの迫力は、圧巻の一言である。

 

(これが神器なら、選ばれてない僕は誰かに返すべきなのかな)

 

 でも誰に返せばいいんだろう、とむきむきは首を傾げる。

 首を傾げるむきむきの横で、イグニスは首をゴキゴキ鳴らしていた。

 

「弱りきっていた体に力が漲る……!

 今日君達は王都に行くと行っていたな!

 ララティーナもおそらくそこだ! 私も同行しよう!」

 

「え、ええ……? た、確かに心強いですけど、いいのかこれ……?」

 

 注がれた力が尽きるまで、イグニスはむきむきと同等の身体能力を発揮できる。

 娘を思う父の愛が起こした奇跡か。

 あるいは神の采配が生んだ神の奇跡か。

 筋肉の奇跡か。

 こうしてイグニスは、筋肉と戦う力を得たのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会開催宣言の二日後。

 ララティーナ婚約者決定戦・天下一武道会は早くも始まろうとしていた。

 

 祭りだーとただそれだけで集まってきたアクシズ教徒。

 ララティーナお嬢様とか腹痛いわ、と集まってきた冒険者達。

 むきむき君が武闘大会に出ると聞いて、と応援に来ていた近所のお姉さんそけっと。

 ララティーナの運命を見届けるべく集まったダスティネス家使用人達。

 玉の輿を狙うよこしまな男ども。

 社交界でずっとララティーナに恋してきた騎士や貴族達。

 そして、カズマ達。

 

 多くの人間が集まり、戦いに身を投じるその時を待っていた。

 

「うわっ、すっごい人だかり」

 

 そんな舞台の観客席で、ゆんゆんは都会に出た田舎者のような動きをしていた。

 

「ゆんゆん、今のゆんゆんは紅魔族の恥です。さっさとどこかに座りましょう」

 

「紅魔族の恥!? え、うん、座ろっか」

 

 景品のダクネスの友人で、参加者のむきむきやカズマとも仲間であるのがこの二人だ。

 どこの馬の骨とも分からない男がダクネスを持って行くくらいなら、むきむきやカズマが勝ち抜いてなあなあで終わるほうがいいと考えている。

 

「いっぱい居るね、参加者の人」

 

「あまりにも参加者が多かったので、八組に一旦分けたそうですよ。

 そして各組でバトルロイヤル。残った八人で決勝トーナメントをやるんだとか」

 

「実質二日しか募集も告知もしてなかったのに。ダクネスさん、凄い人だったんだね」

 

「大貴族ですし、見てくれもいいですし。……性癖を除けば、性格もいい人ですしね」

 

 ララティーナに魅力を感じる者、ダスティネス家に魅力を感じる者、そのどちらでもない者、この大会に参加する理由は人それぞれだろう。

 ただ、めぐみんはダクネスの一人の友人として、ダクネスのことをよく知らない人には、ダクネスのことをちゃんと理解していない人には、優勝して欲しくなかった。

 

「むきむき、勝ち抜くのかな」

 

「この大会は魔法使用あり、スキル使用あり、武器使用無し。

 ルールはかなり緩い方ですが……

 そもそもの話、むきむきと試合形式で勝てるのなんて魔王軍の幹部くらいでしょう」

 

「そうだよね」

 

「……? どうかしました」

 

「私も、そんなことはないって思うんだけどね」

 

 観客席から試合会場を見下ろして、空気に溶けてしまいそうな声量と声色で、ゆんゆんは儚げにつぶやく。

 

「もしむきむきが勝ち抜いて、ダクネスさんとむきむきが婚約したらどうなるのかな、って」

 

「―――」

 

 きっとそうなれば、紅魔族の三人が三人だけでつるむのが一番だと思うことも、三人が三人で作る関係性が一番大事なもので在り続けることも、きっとなくなる。

 『三人』が『二人と一人』になるのではなく。

 『三人』から一人が抜けて、『二人』になってしまう。

 

「めぐみんはどうする? この大会の間はむきむきを応援しても……

 その後、あの二人がそうなりそうになったら、応援する? 応援できる?」

 

 ゆんゆんは何かの答えを期待して、めぐみんは期待した答えを返さなかった。

 

「むきむきにダクネスはもったいないですよ。応援なんてするわけないです」

 

「……そうなんだ」

 

「ダクネスの手綱を握れるのなんて、それこそカズマくらいしか……いえ、これは無粋ですね」

 

 ゆんゆんはがっかりしたが、"いつも私より上手なのがめぐみんだもんね"と、何やら不思議な納得の仕方をしていた。

 

「というかゆんゆん、この手の恋愛話好きですよね。

 私から色っぽい話か台詞でも聞き出したいんですか?」

 

「えっ、あっ、いや、そういうわけじゃないんだけど」

 

「アクセル周りのカエルにも年二回しか発情期は無いと言うのに。

 ゆんゆんは年中発情期ですか? 見かけも心もドスケベですか?

 あなたには紅魔族随一のドスケベがお似合いですよこのドスケベ!」

 

「そこまで言うことないじゃない! 私だってそこまで言われたら怒るわよ!」

 

 紅魔族の少女達がギャーギャー騒いで、バトルロイヤル形式の予選も、やがて終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 この大会には、ベルゼルグ王の独断で実況解説席が用意されていた。

 

『さてこのバトルロイヤルを制するのは誰なのか!

 最後に残った一人だけが決勝トーナメントに駒を進めるんだぜ!』

 

 決勝トーナメントに参加する八人を決めるまでの実況がやけに聞き慣れた声で、しかもやたらとうるさい声なものだから、めぐみんは思わず呆れ顔になってしまう。

 

『出たー! 卑怯拳のカズマ! 潜伏で姿を隠し、ドレインタッチで一撃必殺!

 これはエグい! 自分が最後の二人になるまで倒れた選手の影に隠れる戦法!

 背後からのドレインタッチ! この迷いの無いダーティ戦術が彼の持ち味だ!』

 

「おいこの実況ダストだな! そこでなにやってんだてめえ!」

 

 カズマが叫んでいる気持ちにも、めぐみんは共感してしまう。

 

「あっちはあっちで、魔剣の人が強い強い」

 

 合法的にアルダープをぶっ飛ばして全て吐かせてやると意気込むミツルギも無双中。

 武闘大会という子供の頃読んだ漫画の中にしかなかったものに、彼はどこか嬉しそうに張り切っていた。

 

「むきむきの居る所に至っては、むきむきが最初の一人を吹っ飛ばしたら即全員降参」

 

 アルダープの部下が「私もアルダープ様と同じ力を手に入れたのだ!」と叫び挑みかかって、むきむきに壁に埋められたのはもはやギャグだった。

 

「アルダープも十分強いですね。あれはもう最低でも上級の冒険者クラスの強さはありそうです」

 

 アルダープも順当に強く、魔王軍に魂を売って手に入れたであろう筋肉で、並み居る強敵を全て打ち倒していった。

 

 八人の代表者は決まった。

 サトウカズマ。

 アクセル冒険者・テイラー。

 ミツルギキョウヤ。

 ウォーズマン。

 むきむき。

 ダスティネス・フォード・イグニス。

 ベルゼルグ貴族の騎士。

 アレクセイ・バーネス・アルダープ。

 この八人が、この名前の順でトーナメントに並べられ、激突することとなった。

 

 

 

 

 

 ダクネスは、本人が思っている以上に色んな人に想われている。

 気まぐれに大会に参加した冒険者。いざという時になんかしてやるか、くらいの気持ちで観客席に来ている冒険者。心配して会場に来たが、具体的に何かするつもりがあるわけでもない冒険者。

 お節介なギルド職員に、昔固定PTではなかった頃ダクネスと組んでいた冒険者。

 ダクネスのために命を賭けられる者は多くない。

 けれども、ダクネスのために暇な時間を使ってやるくらいならいいか、と考える人間はそこそこいて、遊び半分で来ている者もそれなりに居た。

 

 テイラーもその中の一人だった。

 

「んー、こんなとこでいいか」

 

 彼に勝ち抜く気などない。

 ダクネスとの婚約にも魅力を感じていない。

 ただ、"こうなったら面白いな"と思っていて、その通りになっただけ。

 テイラーはカズマやむきむきに『楽な一勝』をやろうと考えていて、そして、今カズマのために棄権し、戦わずして彼に一勝をやっていく。

 

「勝てよカズマ。ララティーナお嬢様(笑)を取り戻してこい」

 

「お前……」

 

「お前らここ最近全くギルドに顔出してないよな?

 おかげでギルドが妙に静かで寂しい感じなんだよ。さっさと戻って来い」

 

「……ああ」

 

「ララティーナお嬢様を名前でいじりたい冒険者がウズウズしてるんだからな?」

 

「存分にいじってやってくれ。あのバカ、自分勝手に動きすぎなんだよ」

 

 テイラーのお陰で戦わずして一勝したカズマ。

 しばしの時間が流れ、一回戦が一通り終わる。

 次の相手は、勝ち上がってきたミツルギだった。

 真正面から戦えば高確率で負ける相手。カズマは頭の中で色々と不意打ちのやり方を考えていたのだが、ミツルギには戦意が全くと言っていいほど見られなかった。

 

「やあ」

 

「やあ、じゃねえよ。爽やかに挨拶しやがって」

 

「僕はそこにまでケチ付けられないといけないのか!?」

 

 まったく、とミツルギが溜め息を吐く。

 

「取り引きをしよう。僕の提案する交換条件を飲んでくれるなら、棄権してもいい」

 

「なんだよ交換条件って。金か? 物か? ……アクアか?」

 

 女神様に貰った物を何一つ使わずここまで勝ち上がってきたミツルギは、女神様に何も貰わずここまで来た少年に、人差し指を立てて言い放つ。

 

「師父の……紅魔族のむきむきの期待を、この大会で裏切らないこと。優勝することだよ」

 

「!」

 

 "必ず勝つと約束するならここで勝ちを譲ってもいい"と。

 "そう言えるなら君の勝利を信じる"と。

 ミツルギは暗にそう言っている。

 この二人の対立はいつだって、負けず嫌いなミツルギと、ミツルギが好きじゃないカズマという構図で成り立っている。

 その関係は変わらない。

 変わらないからこそ、その譲歩には価値と意味があった。

 

「前から思ってたけどお前年下に師父とか恥ずかしくねえの?」

 

「前から思ってたけど君はそのひねくれた言動恥ずかしくないのか!」

 

 口論になれば、いつだってカズマが一歩先を言っているような形になって、けれどもミツルギがカズマに対してちょっと寛容だから、二人は決定的な決別だけはすることがなくて。

 

「まったく、本当にまったく……

 君が僕にそういう約束や誓いができないのは分かった。

 いいよ、誓わなくていい。僕はここで棄権するから、頑張ってくれ」

 

「?」

 

「僕はこれからは勝手に君に期待することにした、それだけだ」

 

 ミツルギは真面目な返答を返してくれないカズマに呆れて、勝手に棄権していく。

 

「ここしばらく一緒に居て分かったよ。

 アクア様が君から離れようとするわけがない。

 だったら……僕は君に、君がアクア様を守りきってくれると、勝手に期待するしかないんだ」

 

 真面目なミツルギはミツルギなりに、カズマとの向き合い方を考えたらしい。

 ミツルギはアクアを見ていても、アクアはミツルギを見ていない。

 なら、選べるものなど多くはないのだ。

 

「めんどくせー奴」

 

 去っていくミツルギを見送って、カズマはそう言う。

 その言葉は紛れもなく本心であったが、ミツルギを見下す意図はそこに一切含まれてはいなかった。

 

「さて」

 

 そして、しばしの時間が流れ。

 

 決勝の相手は、カズマの前に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を少し巻き戻そう。

 場面は、むきむきが一回戦の相手、イグニスと向き合っているところへ。

 

 多くの者は、むきむきがこの大会の勝者になると思っていた。

 それで大会はなあなあに終わると思っていた。

 アルダープやイグニスの筋肉に仰天している者も多かったが、それでもむきむきのことをなにかしら知っている者であれば、むきむきの勝利は疑っていなかった。

 それだけの実績を、むきむきは積み上げてきたのだ。

 

 むきむきの力を疑う者はほぼ居ない。

 

「イグニスさん……」

 

「頼む、むきむき君」

 

 だが、力が強いものが最後に残るわけでもない。それが戦いというものだ。

 

「次の戦いと決着を、私に譲ってくれ」

 

 イグニスがむきむきにこう頼み込み、むきむきはそれを受けるべきか思い悩んでいた。

 現在勝ち残っているのはカズマとミツルギ。ここでイグニスに勝ちを譲れば、次の試合の組み合わせはカズマVSミツルギとなり、妥当にイグニスVSアルダープとなるだろう。

 

「分かっている。

 アルダープの妨害が目的なら、君を勝たせるのが最善だ。

 それでも……お願いしたい。頼む。この愚かな男の頼みを、聞いてくれ」

 

「……」

 

 イグニスの頼みはシンプルだが、そこには多くの目的が絡んでいる。

 アルダープを叩きのめすという目的。

 ダクネスを守るという目的。

 アルダープの体のみならず心までもを打ちのめすという目的。

 そこに"自分の手で娘を守るという父としての決意"などもあって、イグニスは一歩も引かない頑固さを見せつけていた。

 

 むきむきはその頑固さに、ダクネスとの血の繋がりを感じてしまう。

 それが、信頼に値する理由になった。

 

「分かりました。でも、絶対勝ってくださいよ?」

 

「! 感謝する! ……負けないさ。この筋肉は、君から貰った筋肉なのだから」

 

 むきむきは棄権し、イグニスに託して舞台を降りる。

 少年のこの選択は賢い選択とは言えないのかもしれない。

 だが、しょうがない。断れるわけがなかった。

 "子供を想い自分の手で子を救おうとする親"の想いを、あんな境遇で育ったむきむきが、無下にできるわけがないのだ。

 

(……お父さん、か。僕のお父さんも、僕のことをああいう風に想ってくれたのかな……)

 

 むきむきはカズマを信じている。

 そして今、イグニスを信じたいとも思っていた。娘を思う父を信じたいと思っていた。家族の繋がりが、自分が頑張るよりも良い結果を出してくれると信じたがっていた。

 

「失礼します、むきむき選手。ちょっとよろしいでしょうか」

 

「はれ?」

 

 試合が終わったむきむきだが、そこで大会運営スタッフに呼び止められる。

 大会会場を一望できる実況解説席。先程までダストの遊び場になっていたが、飽きたダストがどこかに行ったせいで誰も使わなくなったその場所を、むきむきは訪れていた。

 部屋の前に護衛の騎士が居たために、予感はあった。

 その予感は、実況解説席で一人の少女を見て、確信に変わった。

 

「……アイリス!?」

 

「ごめんなさい。今日はアイリス様、で通していただけますか?」

 

「あ、うん、ごめんね。それで今日は、アイリス様は何故ここに……?」

 

「父が『きっと楽しいぞ』、と」

 

「ああ、なるほど……」

 

「ともかくお久しぶりです。最近は会えてませんでしたからね」

 

 王様に送り出された王女様。

 試合を棄権した筋肉少年。

 戦いでタッグを組めば最強なダブルゴリラだが、本日彼らがタッグを組むのは、戦う者達の実況と解説のためであった。

 

「実況解説お願いします。アイリス様、むきむきさん」

 

「アイリス様、どっちをやりたいですか?」

 

「実況、実況がやりたいです! 何をすればいいんですか?」

 

「ええと、それなら状況に合わせて解説の僕に話を振るとか―――」

 

 ウキウキしているアイリスと、彼女に丁寧に色々と教えていくむきむき。

 アイリスがどことなく楽しそうなのは、言うまでもない。

 

「あ、試合がどんどん進んじゃってますね……

 ええと、サトウカズマさん決勝進出決定。

 続いてイグニス選手VSアルダープ選手の試合を開始します!

 あ、申し遅れました。

 ここからの実況は、ベルゼルグ第一王女アイリスが務めさせて頂きます!」

 

 アイリスが名乗った途端、アイドルのライブに集ったオタクのような歓声が観客席から一斉に上がった。

 流石はアイリス。一般人からの人気も高いようだ。

 上がった歓声の中で盛大に自己主張するクレアの叫びがあったことは、この際聞かなかったことにしておこう。

 

「それにしてもイグニス選手の筋肉も物凄いですね。

 私はアルダープ選手の筋肉は薬漬けマッスルと聞いていましたが、あちらの方は一体……」

 

「最近神器っていうものが僕の装備の中にあったことが判明しまして。

 そのパワーが偶然発動して、イグニスさんにあの肉体をくれたみたいなんです」

 

「神器! それはすごいですね、納得です!」

 

 いざという時ダクネスをさらって逃げようと観客席に潜んでいたクリスがぎょっとする。

 少女はびっくりして思わず立ち上がってしまい、座席周りの金属ポールに頭をぶつけて痛そうに転げ回っていた。

 

「どうですか? 上手く実況できてますか?」

 

「まだ試合始まってないですよ、アイリス様」

 

「あ、そ、そうでした!」

 

「でもすぐ始まります。頼りにさせてください」

 

「はい、任せてください!」

 

 拳をぐっと握って気合いを入れるアイリスをよそに、アルダープとイグニスの戦いは始まった。

 

「くくっ……まさかダスティネス卿とこうして手合わせできる日が来ようとは。

 どうかお手柔らかにお願いしますよ、ダスティネス卿。正々堂々と……」

 

「取り繕うのはやめたらどうだ、アルダープ」

 

「……何ですと?」

 

「声量に気を付けていれば観客席まで声は聞こえまい。

 そして私もお前の本性を理解している。

 隠す必要などないのだ。私はそんなお前を真っ向から叩き潰しに来たのだから」

 

「……ふ、ふふっ……ククッ……!」

 

 アルダープは貴族として表面だけは取り繕っているが、その本性は品性下劣にして邪悪。イグニスがその本性を見抜いている以上、それを隠す必要はない。

 

「そうだ、そうだとも。邪魔な老害はここで消えてもらおう!

 そして敗者として、王に認められた形で娘を持って行く私をそこで見ているがいい!」

 

「貴様などにララティーナは渡さん! あの子を守り、育て、慈しみ!

 いつか私が安心して任せられる男にララティーナを託すまでが、私の仕事だ!」

 

 アルダープの拳が揺れ、筋肉が体内に流れる魔力をオーラとして噴出させる。

 イグニスの手刀が揺れ、筋肉が体内に流れる魔力をオーラとして噴出させる。

 筋肉はオーラを圏と化し、石造りのリングの上を瞬く間に制圧してみせた。

 

「むきむきさん、あれは一体!?」

 

「あれは互いの性格が出た構えです、アイリス様」

 

「性格とは?」

 

「アルダープ選手は両足を左右に開いて右足を僅かに引いた構え。

 体の正面を前に向け、両の腕を自在に扱えるバランスのいい構えです。

 イグニス選手は左腕と左半身を前に出した構え。

 正面から見ると体の表面積が小さく見える、魔法の被弾率を下げる構えです。

 あそこで左手に剣を持たせるともっと防御的になる、実戦的な構えですね」

 

「なるほど! 勉強になります!」

 

 アイリスは実況のノリを理解し始めていた。彼女は聡明で王族教育による知識もあったが、それゆえに"実況は解説よりも頭悪そうでなければならない"という鉄則を既に理解していたのだ。

 

「む、動きますよ」

 

 ザッ、とイグニスが踏み込み、綺麗な左ジャブがアルダープの顔面に突き刺さった。

 

「くっ……!」

 

「教えてやろうアルダープ。

 女を物としてしか見ていない貴様に……父親のみが持てる力を!」

 

 イグニスは絶えず左右に動き、ジャブを打ちつつアルダープに自分の体を正面で捉えさせない。

 

「語るに落ちたなイグニス! このワシも父親であることを忘れたか!」

 

「手を出した女を次々と捨て!

 気まぐれのように子供を拾って養子とし道具のように使い!

 子にまともな愛情を注いだことのない貴様など、断じて父親ではない!」

 

 イグニスはアルダープの攻撃を左手でパリング、更にジャブを叩き込んで、隙が出来たアルダープの脇腹へと左フックを叩き込んだ。

 

「『子供が居れば父親になれる』だなどという幻想は、父親でない者しか持たない幻想だ!」

 

「ぐぅっ!」

 

 一人の父親として、イグニスにも"父親を名乗っていることが許せない"対象が居るようだ。

 

「イグニス選手の猛攻、猛攻! 解説のむきむきさん、これは一体?」

 

「彼は実に上手いですね、実況のアイリス様。

 イグニス選手はステップで軸を上手く外しています」

 

「軸ですか。ふむふむ」

 

「イグニス選手が左右に動けば、アルダープ選手は敵を正面で捉えられない。

 一方、イグニス選手はアルダープ選手を拳の正面で捉えられるままです。

 勿論アルダープ選手が一歩動けばイグニス選手を体の正面で捉えられるでしょう。

 ですが、そこは駆け引き。イグニス選手は常に左右に動き続けています。

 このため、常にイグニス選手が有利な立ち位置を確保し続けているというわけです」

 

「なるほど、ドッチボールで外野でボール回しをするのと同じですね?

 敵に正面でボールを処理させず、横などから攻めて揺さぶると……」

 

「……えー、そんな感じでいんじゃないでしょうか? また今度遊ぶ時にやりますか?」

 

「はい!」

 

 イグニスは綺麗な試合を得意とするが、アルダープは汚く泥臭い試合を得意とする。

 それを証明するように、アルダープはジャブを無視して一気に接近。

 むきむきと同格の肉体を最大限に活用し、イグニスに密着してその首をがっちり固定する。

 そして、そのままイグニスの腹に膝蹴りを放った。

 

「ぐうっ!」

 

「老いぼれが……ワシの野望の邪魔をするな!」

 

 むきむきから筋肉パワーを貰っていなければイグニスでも即死だった、と言える膝蹴りが何発も叩き込まれていき、その衝撃音が観客席にまで響いていく。

 

「む、クリンチ、そして首相撲! これは危険ですよ、実況のアイリス様!」

 

「解説のむきむきさん! それはどういうことですか!」

 

「クリンチは相手に密着して相手の動きを制する技術です!

 密着状態では通常のパンチやキックはその威力を失います!

 首相撲はそれを更に攻撃的に発展させた技術!

 相手の首を腕で固定し、そこから肘打ちや膝蹴りで相手の体力を奪うのです!」

 

「なんと泥臭い……! 正直、見てて楽しくない試合になってきました!」

 

「アルダープ選手はどうやら格闘が下手くそなようです。

 若い頃に積み重ねたご様子のイグニス選手には技で敵わないようですね」

 

「ですが泥臭さがあります。勝負は分からなくなってきましたよ、解説のむきむきさん」

 

「解説として中立的な立場でなければ、片方を大声で応援したいんですよ、アイリス様」

 

 アルダープは密着してイグニスの首を極め、その腹を膝蹴りし続ける。

 

「調子に……乗るな!」

 

 だが、やられっぱなしではダスティネス家の名が廃る。

 イグニスは至近距離から手打ちでアルダープの顎に右アッパーを決め、更に同時に右肘を右膝で蹴り上げた。

 力を乗せる距離は無かったが、事実上膝蹴りが顎に決まるダメージがアルダープへと通る。

 

「ふぐあっ!?」

 

「負けられない理由が、欲望になど負けるものか!」

 

「そういったお綺麗なことを言っていた者の多くを、ワシは這いつくばらせてきたのだッ!」

 

 一般人の視界から、両選手の肩から先が消え失せる。

 あまりにも速い拳打のラッシュが、一般人の目では終えないスピードへと至ったのだ。

 やがて、両方の拳が互いのガードをすり抜ける。

 イグニスの拳がアルダープのみぞおちを、アルダープの拳がイグニスの顔面を打ち抜き、イグニスの方がのけぞった。

 

(勝機!)

 

 アルダープは怯んだイグニスを掴み、空高くへと放り投げ、それを追うように跳び上がる。

 そして、アルダープは空中でイグニスを極めた。

 

「ああっとこれは! 解説のむきむきさん!」

 

「これはキャメルクラッチですアイリス様!

 それも、上空に投げ上げた後にキャメルクラッチを極めながら地面に落ちるという殺人技!」

 

「万事休すかイグニス選手、首を極められていて逃げることができません!」

 

「イグニスさーんっ!」

 

 それは、相手の背中に馬乗りになった状態で相手の首を極め、空高くより落ちるという、アレクセイ家に伝わる必殺の殺人芸術。

 

「アルダープバスター!」

 

 むきむきと同格の体格を得た今ようやく完成したそれが、イグニスの体を破壊していた。

 

「がっ、はぁっ……!」

 

 二人分の体重が衝撃となり、落下はエネルギーを破壊力へと転換させる。

 イグニスは口から血を吐き、力なく石造りのリングに沈んだ。

 

「か、解説のむきむきさん……」

 

「……『アルダープバスター』……恐ろしい技です。

 キャメルクラッチを極めたまま落下。

 敵の腹を地に叩きつけ、その衝撃で同時に首を折る……紛うこと無く殺人技です」

 

「では、イグニス選手は……?」

 

「立ち上がれるか……いや、命があるのかさえ……」

 

 なんと恐るべき技か。

 魔王軍に魂を売ることで得たむきむきの肉体は、ベルゼルグ貴族に伝承されていたネタ技を、現実に使えるレベルにまで昇華してしまっていた。

 このままではカズマも勝てない。

 ダクネスは、アルダープのものとなってしまう。

 

「くくくっ、これで後はあのサトウカズマとかいう小僧を縊り殺せば、ララティーナは……!」

 

 アルダープが高笑いしていた、その時。

 会場の皆がアルダープの背後を見て、息を飲む。

 他人に虫けら程度の興味しか持っていないアルダープは、それに気付かない。

 

「ララティーナは、ワシの物だ!」

 

「ララティーナは物ではない。ララティーナの伴侶は、ララティーナが決める」

 

「―――っ!?」

 

 ゆえに、愛の力で立ち上がったイグニスに気付けなかった。

 ゆえに、イグニスに背後を取られた。

 ゆえに、イグニスに掴まれ、遥か空高くに投げ上げられてしまった。

 

「隙あり、だ」

 

 イグニスもそれを追い跳び上がる。今度は逆に、イグニスが仕掛ける形となった。

 

「これは……先程とは逆の形! むきむきさん!」

 

「はい、来ますよ実況のアイリス様! ダスティネス家秘伝の必殺技(フェイバリット)が!」

 

 イグニスは空中でアルダープに電気あんまを決める。

 アルダープの両足はイグニスにしっかり掴まれ、イグニスの右足はこれまでずっと悪さばかりしていたアルダープの股間を押さえ込み、二人はそのまま二人分の体重で落下。

 イグニスの殺人技は、アルダープの頭を下にして、石造りのリングへ落下し完成する。

 

「イグニスドライバッー!」

 

 二人分の体重が、アルダープの頭部を石造りのリングに叩きつけ、クレーターを作る。

 イグニスの足が、アルダープの股間を潰す。

 完膚無きまでに王家の敵を破壊するために編み上げられた、王家の盾たるダスティネス家に相応しい必殺技(フェイバリット)であった。

 

「が、は、ぁっ……!」

 

 完全無欠の決着だった。

 

「決まったっー! イグニスドライバー!

 流石は王家の盾ダスティネス! 最後は勝つって信じてましたとも! きゃー!」

 

「アイリス様! 気持ちは分かるけど落ち着いて!」

 

 アルダープは石のマットに沈み、立ち上がってこない。

 

「人は裏切る。

 筋肉は裏切らない。

 至言だな。だが、それは筋肉が人にとって都合の良い存在だからではない」

 

 アルダープは立ち上がらない。

 

「過去に汗を流して積み重ねた時間は。

 今までの人生で繰り返してきた修練は。

 その人間を決して裏切らないということなのだ」

 

 アルダープは立ち上がれない。

 

「お前は奪い貶めるだけだ、アルダープ。

 他人が生み出したものを消費するだけの毎日は、さぞ楽しかっただろう。

 他人を陥れることで自分を相対的に高く置く毎日は、さぞ楽しかっただろう。

 だが、それも終わりだ。自分の内に何も積み上げてこなかったお前が、勝つことはない」

 

 限界を超えて立ち上がれるような覚悟も、信念も、想いも、アルダープにはない。

 それゆえアルダープが立ち上がることはない。

 

「……自分の中に何も積み上げて来なかった者は。

 子供にやれる何かを、自分の中に何も持てなかった者なのだよ、アルダープ……」

 

 イグニスは娘を想い、倒れるその男を見下し、その男が父親として子に与えるべきものを何も与えなかったアルダープの息子を想い、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて」

 

 そして、しばしの時間が流れ。

 

 決勝の相手は、カズマの前に現れた。

 

「ダクネスのお父さ……筋肉が無くなってるー!?」

 

「お、おお、すまんな……元の重病人に逆戻りだ……」

 

 むきむきに背負われて、だが。

 

「これでは試合もままならん……だが、すべきことはした。

 カズマ君。どうか優勝者となり、ララティーナを貰ってやってくれ」

 

「いや要らないんですけど」

 

「むきむき君。これは素直じゃないということでいいのかね」

「カズマくんはダクネスさん嫌いじゃないと思うんですが、結婚までは嫌とかそういうのでは」

 

「やめろ! あのドMと俺の外堀を埋めようとするんじゃない!」

 

 結局のところ、この大会はアルダープを倒して自己犠牲に走るダクネスを説得するためのもの。

 アルダープを倒すだけでも、ダクネスを説得するだけでも駄目なのだ。

 ならば、残り半分、することがある。

 

「行って、カズマくん。優勝者として、胸を張って堂々と」

 

「マジかよ。俺一人で行かせるのか?」

 

「カズマくん一人で行くのが一番いいんだよ。だって」

 

 正統派主人公なら、これはきっとヒロインと結ばれるためのシチュエーション。

 けれど、むきむきにとっても、カズマにとってもこれは違う。

 これは何かを変えるためではなく、変わってしまった何かを元に戻すための逆回しの戦いだ。

 

「カズマくん、助けてダクネスさんを惚れさせようとか考えてない。

 この一件で自分が何か得しようとか考えてたわけでもない。

 欲しかったのは、取り戻したかったのは、『これまで通り』だったんだもんね」

 

「……おっまえなあ」

 

 ほにゃっと笑うむきむきが、呆れた顔のカズマの背中を押す。

 

「その通りだよ、バーカ」

 

 問題児やバカの手綱を握るのも、変に真面目に思い詰めてしまった問題児やバカの悩みを吹き飛ばすのも、カズマの得意分野であった。

 

 

 

 

 

 ダクネスは景品として、この会場の一角で、一連の流れをずっと見ていた。

 アクセルの冒険者達。アルダープ。父。王女様。むきむき。仲間達。カズマ。

 特定の人が視界に入る度、ダクネスの心に動揺が走っていたが、ダクネスはその感情の全てを噛み殺していた。

 

 PTを抜けて自分を犠牲にしようとしたことに、理由はいくつもあった。

 家が潰されそうになっていたこと。

 アルダープに家の借金の肩代わりをされたこと。

 その借金と引き換えに、アルダープのものにされそうになったこと。

 ……アクセルの街を含む領地の領主であるアルダープに、『しようと思えばあの冒険者達に罪を作ることなどいくらでもできる』と脅されたこと。

 

 アルダープが愚かさと虚栄心からかつて陥れてきた者達、無実の罪で投獄された者達の名前を挙げていくだけで、ダクネスから選択肢などというものは失われていた。

 矛盾しているじゃないか、と言いたければ言えばいい。

 ダクネスは仲間のために仲間を捨てた。

 それが最悪と知りつつ、アルダープにその身を差し出した。

 ()()()()()()()()()()()()()()ダクネスに、他の選択肢などありはしない。

 

 それも、もうここで終わりだ。

 今この大会の会場は、悪魔の力を弾く二人の女神様に見守られている。

 

「カズマ、来てくれたのは嬉しい。だが、ここまででいいんだ」

 

 階段を登っていくカズマ。階段の終わりの向こうの椅子でそれを待つダクネス。

 

「私は自分の意志でこの道を選んだ。アルダープが何かしていたことは分かっている、それでも」

 

 カズマは階段を登る。足は止まらない。

 

「奴はまだ法の中に居て、大きな権力も持っている。

 奴の機嫌を損ねればお前達の身に危険が及ぶだろう。

 裏で手を回す奴の手口がなんなのか、その証拠を掴めなければ何にもならない」

 

 カズマは階段を登る。足は止まらない。

 

「私は平気さ。普段から言っているだろう?

 ああいった手合いにこの身を好きにされるだなんて、むしろ興奮する!」

 

 カズマは階段を登る。足は止まらない。

 

「だから帰れカズマ。お前なら、皆を連れて帰って説得くらいできるだろう?」

 

 カズマは階段を登る。足は止まらない。

 

「……カズマ? 返答の一つくらい……」

 

「あ、悪い。話聞いてなかった」

 

「カズマぁ! お前という奴は! お前という奴は!」

 

 カズマはダクネスの前に来るなり、お嬢様のように着飾ったダクネスに対し、彼らしい一言を叩きつけていた。

 

「カズマがカズマらしくもなく奮闘しここまで来てくれたことは嬉しい。だが……」

 

「あ、悪い。俺今回予選以外戦ってねえんだわ」

 

「そうだな! お前はそういう奴だった」

 

 ある意味、これも幸運か。

 カズマの幸運にとっての幸運か、ダクネスにとっての幸運かは定かではない。

 何せ敬虔なエリス教徒であるダクネスは、幸運の女神様にも見守られているのだから。

 

「奴がうちの借金を肩代わりしてくれたのも、借りがあるのも事実で……」

 

「お前、俺らの屋敷の件忘れたのか。

 賞金首ちょくちょく狩ってるくせに日頃質素なむきむきがうちには居るんだぞ?

 金で困ってます、とか言ったらその時点であいつが何十億ポンと出すと思ってんだ」

 

「知ってる! 知ってるとも! だから黙ってたんだその辺の事情は!」

 

 金とは価値の大体であり、物々交換の橋渡し。分かりやすい価値の凝縮だ。

 だが、それが全てではない。金が絶対的に最も価値のある物というわけでもない。

 めぐみんの爆裂、むきむきの友人、カズマの平穏、アクアの信徒のように、人はそれぞれ金よりも大事なものを持っているものだ。

 

「そう考えたら、まあなんとなく分かったんだ」

 

「……何がだ」

 

「むきむきにとって、お前は何十億エリスって金より価値があるもんなんだって」

 

「―――」

 

「めぐみん達にとっても、クリスにとってもそうなんだと思うぞ」

 

 ダクネスが金でアルダープに持って行かれると聞けば、カズマが主導し皆は莫大な金をかき集めることだろう。

 その金で、問題を解決してしまうことだろう。

 金などこの際問題にはならないのだ。

 

 問題は、ダクネスが自分の中の『申し訳ない』という気持ちを殴り飛ばして、カズマが差し出した手を取れるかどうか、そこにしかない。

 

「お前が一人で勝手に自分を犠牲にしようとしたせいで……

 お前はそういう奴らがお前に見てた、"金で買えない価値"を蹴っ飛ばして行ったんだぞ?」

 

「……それ、は」

 

「言っておくが、今のお前はアクアよりアホで、めぐみんより問題児で、むきむきより単純だ」

 

「ぐぅっ」

 

 痛烈な口撃がダクネスの胸に突き刺さる。

 ダクネスは俯いて、そして上目遣いにカズマの様子を探るようにして、直球に――ある意味遠回しに――カズマに問いかける。

 

「お前は」

 

「ん?」

 

「お前はどうなんだ、カズマ。お前は私に、それだけの価値を見ているのか?」

 

 なんとなく、なんとなくだけれども。

 ダスティネス・フォード・ララティーナは。

 カズマが自分を本当に大切に思ってくれていると、そう知れたなら。

 自分の中で何かが変わる、そんな気がしていた。

 

「なんだお前、俺のこと好きだったのか? 素直じゃないヒロインとか近年流行らないぞ」

 

「お前だけには素直じゃないとか言われたくはない!」

 

 何故こうも王道を外してくるのか。ダクネスは怒鳴って、ほんのり赤くなった顔を逸らす。

 

「まったく、お前という奴は……」

 

 "お前は私に、それだけの価値を見ているのか?"というダクネスの問いに、カズマは否定を返さなかった。

 肯定も返さなかったが、それで十分だ。

 ダクネスがカズマの内心を知るには、それだけで十分だった。

 カズマの照れ隠しが分からないような、浅い付き合いはしてこなかったから。

 

 素直じゃないカズマの気持ちは、遠回しに伝わったのだ。

 

「お前、PTの盾を名乗ってただろ? 皆を守るのが騎士だとかかっこいいこと言ってただろ?」

 

 カズマが突きつけるのは、PTを守ると誓ったダクネスという騎士の誓い。

 仲間として、友人として、理解者として、気になる異性として、カズマはダクネスに必要な時、必要な行動と必要な言葉をくれる。

 

「じゃあ最後まで守れよ。自分の言葉にくらい責任持て、マゾクルセイダー」

 

 悪魔に辻褄を合わせられた思考は、彼の行動によって正される。

 

「お前はどうしようもない変態だが、一度した誓いを破るような奴じゃなかっただろ」

 

 家のため、仲間のため、自分を犠牲にすることを決めた貴族ララティーナが消え失せた。

 そうして、彼女は彼女らしさを取り戻し、聖騎士(クルセイダー)ダクネスが戻って来る。

 

「……騎士の誓いなら、仕方ないな」

 

 悪の貴族の陰謀も、魔王軍の企みも、悪魔の世界を捻じ曲げる力も。

 結局は"こいつを持っていくんじゃねえ"という心の叫びには敵わなかった。

 

「ありがとう、カズマ」

 

「皆にちゃんと言っとけよ、それ」

 

 ダクネスは、初めて知った。

 サトウカズマが、こんなにも独占欲が強い男だったのだということを。

 自分がカズマに独占欲を抱かれる対象であったということを。

 差し出されたカズマの手を、ダクネスの手がそっと取る。

 二人の間に、生暖かい沈黙が広がる。

 これがいい雰囲気というやつなのだろうか、と思ってしまうと、ダクネスは途端に恥ずかしくなってきてしまい、顔に差す赤みが増して――

 

「くさっ」

 

「……えっ?」

 

「ダクネスお前、なんか臭くね?」

 

 ――台無しになって、いつも通りな空気がやって来た。

 

「く、臭くない! これは香水の香りだ!」

 

「いやこれくせーよ。これはいけない。食欲が失せる」

 

「儀礼用の特別な香水の一つだ! 人を選ぶが、歴史あるものの一つなんだ!」

 

「中学の時に嗅いだ剣道着よりちょっとマシか? レベルだぞこれ。

 何日もかかるクエストの時にお前の鎧からする臭いよりやべーよ。

 お前その辺気を遣ってクエストの合間に鎧に香水付けてるけどさ。

 めっちゃ汗かいた後にそういう偽装工作忘れた時にはちょっと臭……」

 

「偽装工作とか言うな! 乙女の嗜みと言えっ!」

 

 香水、特に"趣味以外の目的で使われている物"の香りは特にドギツいことがある。

 この世界の出身でない者であれば、慣れてない分更に酷く感じるだろう。

 

「お前は話を綺麗に締められないのか! この、この!」

 

「やめろ、掴みかかってくるな! 臭いが飛んで来るだろ!」

 

「乙女に臭いとか言うんじゃない! 万死に値するぞ!」

 

 けれども、いい雰囲気になったのが気恥ずかしくて、ついこんな誤魔化し方をしてしまうような男は、ちょっと怒られたっていいのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、空気を読まない者も居る。

 部下の回復魔法で復活したアルダープが、まさにそれだった。

 

「行け! ワシのララティーナを取り戻せ!」

 

「で、ですがアルダープ様……

 こんな公衆の面前で、小さいとはいえ王が主催した大会で……」

 

「辻褄は後で合わせればいい! 行け! その程度、いくらでもどうにかなる!」

 

 アルダープが命じると、部下達がフンッと気合を入れて、全員の服がはじけ飛ぶ。

 どうやら全員が魔王軍由来のあの薬を飲んでいたらしい。

 むきむきと同格の筋肉を手に入れた者達十数人が、一斉にカズマとダクネスめがけて駆けた。

 

「ぐあああああああっ!!」

 

 その先頭を走っていた三人が、吹っ飛ぶ。

 一人は上に、一人は横に、一人はアルダープの背後の壁に衝突するほどに、派手に。

 黒髪赤眼の少年が、カズマとダクネスに襲いかかろうとした者達の前に立ち塞がっていた。

 

「カズマくんは飛び抜けて頭がいいわけじゃないんだけどさ」

 

「……!?」

 

「でも、他人の計画や筋書きを壊す方法を考えることに関しては、誰よりも信頼できるんだ」

 

 赤い眼。

 太陽の下でもハッキリと分かるくらい、強く紅く輝く眼。

 大きな体と隆起した筋肉よりも、攻撃の余波で破壊した周囲よりも、吹き飛ばされた部下達よりも、その眼の方がずっとずっと印象に残る。

 一目見れば、一生忘れられないような目だった。

 

「我が名はむきむき、紅魔族随一の筋肉を持つ者……

 サトウカズマとダスティネス・フォード・ララティーナを守る友!」

 

 少年は思う。

 ダクネスさんの仲間でいれてよかった、と。カズマくんの仲間でいれてよかった、と。

 先の二人の会話を聞いていたむきむきは、心の底からそう思えていた。

 少年が手刀を振れば、放たれた空気の刃が地面に一直線に線を引く。

 

「この線を越えようとする者は、紅魔の名にかけて僕が許さない」

 

 アルダープの部下達が息を呑み、気圧され、一歩退いた。

 

「何をやっている貴様ら!

 ララティーナを取り戻せないなら、貴様らの一族郎党皆殺しにされると思え!」

 

 だが、アルダープが恐怖を煽る。

 むきむきに対する恐怖をアルダープが与えた恐怖が上回れば、突撃以外の選択肢はない。

 部下達はむきむきと同格の筋力を用いて、十人以上で一斉にむきむきへと飛びかかった。

 

「警告はした」

 

 だが、届かない。

 普段のむきむきからは程遠い、言い切りの形での強い言葉。

 その言葉よりも遥かに()()拳の連打が、襲いかかる暴漢達を殴り飛ばしていく。

 圧倒的だった。

 肉体の性能が本当に互角なのか疑わしくなるほどに、圧倒的だった。

 絶対的だった。

 一発の拳さえ貰わない強さが、あまりにも絶対的だった。

 それでいて、美しかった。

 自己流に日々鍛えられ磨かれた格闘術は、観客にもアルダープにも、美しさを感じさせていた。

 

「な、なんだこいつの強さは……!?」

 

 アルダープはダクネスに、ただ欲を抱いた。

 むきむきはダクネスに、ただ尊敬を抱いた。

 クルセイダーとしてのララティーナの素晴らしさを、アルダープは何一つとして知らない。

 

―――……お前は知るまい。私とその男は、このPTの二枚盾なのだ

 

「お前達は知らないだろうけど、僕と彼女は仲間を守る二枚の盾なんだ」

 

―――仲間を守るため、前に出る。それが私達の役割。

―――ならばむきむきがその役目を果たせない間は、その分まで皆を守るのが私の役目だ!

 

「仲間を守るため、前に出る。それが僕らの役割。

 ならダクネスさんがその役目を果たせない間は、その分まで皆を守るのが僕の役目だ!」

 

 かつてのダクネスの言葉をなぞって、少年はここに自分が立ち続ける意味を叫ぶ。

 今日のダクネスは鎧も付けていない。大剣も持っていない。身に付けているのはドレスだけ。

 だが、それのどこが悪いのか。

 聖騎士(クルセイダー)としてなら失格だが、ヒロインとしてなら正装ではないか。

 

「いつも皆を守ってくれてるダクネスさんを、今日は僕とカズマくんが守る!」

 

 突き上げた拳を、会場の皆が見ていた。

 

「ほらほら爆裂魔法使いのエントリーですよ!」

「こ、こっちは上級魔法使いよ!」

 

 観客席からめぐみんとゆんゆんが飛び込んで来る。

 

「ここで颯爽と私が飛び込んであでーっ!?

 転んじゃった、すりむいちゃった、誰か回復魔法ちょうだいー!」

 

「ちょっ、自分で回復魔法かけられますよね!?」

 

 後を追って飛び込んで来たアクアが転んで、クリスがそれを助け起こす。

 

「それ以上の狼藉は誇り高きベルゼルグ王族の一人として、私が許しません!」

 

「加勢しますよ!」

 

 事情とかほぼ知らないアイリスが聖剣片手に飛び込んで来て、棄権した後乱闘の可能性を考えて魔剣を取りに行っていたミツルギまで加わる。

 

「観客席の皆! あの豚野郎を気に入らないって思ったら!」

「行動に移してー!」

 

 ミツルギ取り巻きのクレメアとフィオが観客席に呼びかけると、もう止まらない。

 観客席から罵声が飛んで、空き缶が投げられ、小さい魔法まで飛んで来て、分かりやすい悪者なアルダープへと集中していく。

 

「行け行け!」

「大丈夫だこの流れながらうっかり殺っちまっても下手人分かんねえから!」

「重税で私腹を肥やしてたアルダープの顔面にペンキぶっかけてやれ!」

 

 その場のノリでダストを始めとする冒険者が加勢に動くと、王女と平民が悪徳貴族を討伐するために決起した大戦争のような光景が出来上がってしまった。

 

「て、撤退っー!」

 

 派手な終わり。

 派手な勝利。

 派手な結末。

 

「しゃー! ララティーナ守りきったぞー!」

 

 カズマが叫ぶと、高揚した皆がその場のノリで深く考えず後に続いた。

 

「ララティーナ! ララティーナ!」

「ラッラティーナ! ラッラティーナ!」

「ララティーナお嬢様ー! クッソ可愛い名前っすねー!」

 

「やめろっ……! ララティーナ連呼は辞めてくれぇ……!」

 

 ララティーナ連呼は、30分くらい続いたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石は悪徳貴族、といったところか。

 アルダープは逃げ道の確保だけはいつでもしっかりとやっていたようだ。

 あの状況から、部下達を全員見捨てて逃げ切ることに成功していた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 アルダープの体からは、既にあの筋肉は失われている。

 どうやらあの薬品は未完成で、筋肉を与えられる時間に制限があるものだったようだ。

 察するに、アルダープはデータ取りのための実験台として利用された様子。

 

「くそっ、奴らめ、こんな欠陥品を渡しおって……」

 

「欠陥品とは人聞きが悪い。私の部下の努力の結晶なのだがね」

 

「!」

 

 そうして自分の屋敷の前まで逃げてきたアルダープの前に、突如レッドが現れた。

 

「貴様、どういうことだ! 貴様らが無能だったせいで、ワシはッ―――」

 

 アルダープには、レッドにぶつけたい罵倒が山ほどあった。

 自分の無能さを棚に上げ、指摘しようとしていた魔王軍の無能さが山ほどあった。

 聞いてやってもよかっただろう。

 だが、レッドに聞く気は全く無かった。

 

「ああ、悪いな。お前の口上を聞く気はないんだ」

 

 レッドがアルダープに触れる。

 同時、アルダープの肉体が肉塊へと変質していく。

 

「ひっ、ひぇ、あが、あぎゃ―――!?」

 

 "欲で悪に落ちた者は、自らの欲によって滅ぶ"とレッドは言った。

 アルダープはその言葉の裏の意味を察せなかった。

 あれはつまり、「私はお前の欲深な姿が気に入らないので」「他の誰がお前を許しても私はどこかでお前を悲惨に殺す」という意味だ。

 あれは、利害抜きでの殺人予告だったのだ。

 

 アルダープの肉体がガリガリと書き換えられ、その精神が変質させられていく。

 心は残らない。記憶も残らない。肉体の原型も残りはしない。

 

「因果応報だ。そうだろう、アルダープ?

 お前にとって他人などただの物。他人の人権など考えたこともあるまい」

 

 レッドはアルダープをただの物として扱い、改造を進める。

 

「アルダープ。お前は自分で努力しない男だったな。

 常に他人を利用し、他人を食い物にし、他人の力を使う。だからこそ正念場では負ける」

 

 もはやアルダープという個人は、この時点で既に死んでいた。

 

「そんなお前が身一つで挑み、必死に食らいつき、そして完膚なきまでに敗北した。

 悪魔の力を借り、他人を動かし、自らの手は汚さず全てを手に入れようとしてきたお前がだ。

 お前は逃げる最中に、さぞかし情けない気分で悪感情を吐き出していったことだろう」

 

 アルダープの改造を終えたレッドが振り向く。

 

「違うか、バニル?」

 

「いかにも」

 

 そこには大悪魔バニル、そしてアルダープに手を貸していた悪魔であり、アルダープの事実上の死で契約を破棄された大悪魔であるマクスウェルが居た。

 マクスウェルは、アルダープを興味無さそうに見つめる。

 

「アルダープ、面白くなくなっちゃった。

 これじゃ僕の好きなアルダープじゃないよ、ヒュー、ヒューッ、要らない」

 

「我輩の同胞、マクスウェルだ。貴様は初対面であったな」

 

「それがアルダープに力を貸していた悪魔だった、と」

 

「その通り。貴様が様々な計画を利用し、解放しようとしていた悪魔である。

 人間の命令を聞く地獄の公爵たる大悪魔は、貴様にとって不確定要素だったのだろう?」

 

「……お見通しか。ああ、そうだとも。

 だからアルダープを利用しようとする魔王軍内の計画に相乗りさせて貰ったんだ」

 

 バニルは仲間を救い、人類の数を減らすアルダープを消せた。

 レッドは人類が大悪魔を御しているという不確定要素を消せた。

 二人は共に得をしている。

 

「マクスウェルの干渉が消えた時点で、アルダープの罪は全て明るみに出た。

 これでアルダープが原因の借金はほとんどが消えるであろう。

 アレクセイ家の財産で、ダスティネス家の立て直しも始まるに違いない。

 アルダープは明確な人類の敵に成った。

 そして、アルダープの定義は『人間という種族のモンスター』になったというわけだ」

 

 バニルがマクスウェルを解放し、アルダープからマクスウェルの加護が消え、レッドの能力がアルダープを物言わぬ怪物の奴隷に変え、アルダープの事実上の死がマクスウェルの契約を完全に消滅させる。

 一見連携を取っているかのように見えるが、実際は全く取っていないというのだから不思議なものだ。

 

「運が良かったな、アルダープ。

 そんなに恵まれた終わりを迎えられるなど、貴様には分不相応な幸運だ」

 

 心を失い、ただ命令を聞くだけの肉塊と化したアルダープを見て、バニルは恵まれた終わりであると言う。

 悪魔に魂を売った者の結末はもっと悲惨であるべきだと暗に言う。

 バニルから見れば、アルダープはマクスウェルの魔の手からレッドに救われたようにさえ見えた。

 

「それともお前が救ってやったのか? 凄惨な結末から」

 

「まさか」

 

「どちらでもいいのだ、我輩にとってはな。そんな男の結末に興味はない」

 

 レッドはアルダープが迎えるはずだった悲惨な結末を予期していた。

 そして、もう少しだけマシな終わり方をさせてやろうと考えていた。

 だが同時に、機会があれば自分がアルダープという外道を殺してしまおうとも考えていた。

 介錯をしてやろうという表面的な情と、気に入らないから殺そうという性根の両立。

 ゆえに彼は、根が悪い奴、なのである。

 

 悲惨な死に方をするようなら楽に死なせてやろう、誰もあいつを殺さないようなら自分が殺してしまおう、マクスウェルより悲惨な殺し方じゃなければどんな悲惨な殺し方をしてもいい、という考え方。

 

「今アルダープは、私の改造でようやく『悪』ではなくなったんだ。

 人間には絶対に改心しない者、悪のまま変われない者も居る。

 だがそんな者もこうしてやれば悪ではなくなる。これもまた、救いと言えるんじゃないか」

 

 改造による心と精神性の剥奪を、"悪じゃないものにしてあげた"と表現するセンス。

 善悪へのこだわりが薄いカズマとは、本当に対極だ。

 

「その独善もどき、まさしく悪である。

 根が悪でその上にそれっぽい善性を貼り付けたそのスタンス。

 貴様に我輩が守ってやる価値はあまりなさそうであるな」

 

「結構。敵と言われなくて、それだけで私はホッとしているよ」

 

「何、マクスウェルの解放に一役買ってくれた礼だ! フハハハハハ!」

 

 バニルはマクスウェルを魔界に帰し、レッドの未来さえも見通して高らかに笑う。

 

「我輩は見通す悪魔。我輩が何もせずとも全て解決するということも、お見通しである」

 

 バニルは自分が何をしなくても目的が果たせるということさえ、全て見通していて。

 

 今日の一件で幸せな日常を勝ち取った者達がお得意様になることも、お見通しであった。

 

 

 




 人類追い詰めすぎてアルダープが「魔王軍にとって不都合なことを起こせ」ってマクスウェルに命じる可能性って、魔王軍視点だと普通にありえることですからね
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