「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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さて、三章終盤です。章ボスはまあ分かりやすいですよね


3-6-1 エルロード・スタート

 「俺この歳で身を固める気無いわー」とカズマが涙目のダクネスから逃走しつつ婚約解消してから、またちょっとばかりの時間が経った。

 アルダープが魔王軍と組んでダスティネスを嵌めたという事実が公表され、アレクセイ家の蓄財は没収、ダスティネス家の建て直しに使われることとなった。

 そこから連鎖的に悪徳貴族やアルダープと繋がって甘い汁を吸っていた高利貸しなどが判明し、魔王軍との繋がりを断絶するついでに次々潰される。

 

 そうなるとギルドもてんやわんやで、機密調査に出る冒険者が用心棒にむきむきを誘ったり、カズマがパンツに証拠書類を隠した美人貴族にスティールを決めたり、めぐみんが爆裂魔法をぶっ放して貴族屋敷の焼け跡から証拠品を見つけたりと、そりゃもう色々なことがあった。

 そんなこんなで今日に至る。

 屋敷の居間にむきむきとアクアしか居ない、日差しの温かい昼のことだった。

 

「大きくなーれ、大きくなーれ……」

 

 アクアはドラゴンの卵(と思い込んでいる鶏の卵)を暖めている。

 膝の上に黒い布を敷いて、日の当たる場所で愛おしげに卵を暖めるアクアの姿は、誰がどう見ても『聖母』という感想しか抱けまい。

 それで鶏の卵を暖めているというのだから、アホっぽさが尚更に際立つ。

 むきむきの口元は、そんなアクアを見るだけで緩んでいく。

 どんな事情があるにせよ、自分が贈ったものが喜んでもらえているということは、嬉しいものなのだ。

 

「アクア様、女神様なんですよね?」

 

「そうよ? 何かあったらどーんと頼りなさい!」

 

「では早速。神器って、どうしたらいいでしょうか?」

 

「神器? うーん、封印してエリスに渡して次の勇者に渡るようにしておくべきだと思うけど」

 

 神器は神の道具。

 平和な異世界から物騒なこの世界に来てくれた人間に、己の身を守るため、世界を救う力を授けるため、女神が与えるもの。

 女神が回収しなければ天界の神器の総量は減り、下界の神器の総量は増える一方だ。

 神器はどこかで天界に返さなければならない。

 

「エーリースー! ちょっとあんた、後でいいからむきむきのとこ来なさーい!

 神器グレイプニル取りに来なさーい! あ、その時はむきむきに一声かけるのよー!」

 

「わっ」

 

「これでよし。多分、今夜くらいには来るんじゃない?」

 

「凄いですね、神様が住んでる世界にまで声を届かせられるんですか?」

 

「そりゃそのくらいできるわよ、女神だもの」

 

「……」

 

 離れた人に呼びかけるくらいの気軽さで叫ぶアクアを見て、この人はさらっとやってることが一番凄いことなんじゃないだろうか、とむきむきは思うのであった。

 

 

 

 

 

 その晩、むきむきは神器のベルトを外してくかーっと寝る。

 早寝早起きが彼の生活スタイルだ。アクアに「寝てる間に来るわよ」と言われたので、特に夜更かしもしない。

 夢に落ちる。

 眠りとは落ちるものだが、彼の意識は不思議に浮上する感覚を味わっていた。

 

「初めまして、むきむきさん」

 

 床も地面も無いために"下の区切り"が無く、天井も空も無いために"上の区切り"が無く、壁も地平線も無いために"横の区切り"も無い空間。

 魂を輪廻の輪に乗せる作業場には程遠い、神が人にお告げを渡す以外の機能を持たない、そんな空間であった。

 その空間の中心には大きな椅子があり、そこに座り微笑む女性が居た。

 

「幸運の女神、エリスと申します。

 このたびは神器を回収、返還していただき、ありがとうございました」

 

 人間離れした美しさの女性だった。

 アクアもそうだが、エリスと名乗ったその女性も、美しすぎる容姿に『女神のようだ』という感想しか持てない。

 アクアにはその美しさを相殺するアホっぽさや気安さ、柴犬のような挙動や俗っぽい雰囲気があったが、エリスにはそういったものが一切ない。

 優しそうな女神、という評価がこれほど似合う女性もそう居ないだろう。

 

 女神と向き合い、女神をじっと見て、むきむきは首を傾げた。

 

「……初めまして?」

 

(ギクッ)

 

「あれ、うーん、骨格に見覚えが……あれ……?」

 

「初対面ですよ初対面。女神が嘘を言うと思いますか?」

 

「あ、それもそうですね。ごめんなさい、変な疑いを持ってしまって」

 

(こちらこそごめんなさい。本当にごめんなさい。もう本当に申し訳ないです)

 

 申し訳無さそうに頭を下げるむきむきを前にして、女神は内心罪悪感で死にそうになっていた。

 これでむきむきは今後同じような疑問を持っても、エリスの言葉を思い出し、その疑問を自分で勝手に否定してくれるに違いない。

 

「あ、エリス様。幸運をありがとうございます」

 

 むきむきは今までの人生にあった幸運を一つ一つ思い返しながら、その幸運を得られたことを女神様に感謝する。

 水の恵みを受けた時は水の女神に感謝して、幸運を得られた時は幸運の女神に感謝する。

 それが神を崇め奉るということだ。

 

「僕の人生、いっぱい幸運がありました。

 だからこうして幸運の女神様に会えて、ちゃんとお礼が言えて、本当に嬉しいです」

 

 深々と頭を下げるむきむきを見て、エリスが慈愛の笑みを浮かべる。

 エリスはただそこに佇んでいるだけで美しいが、その慈愛が表に出てくると、エリスの魅力は美しさという枠さえ越えたものになる。

 

「いいえ、それは違いますよ」

 

 エリスの微笑みを見て、むきむきは人間として、一つの確信を得る。

 "ああ、人間(ぼく)達は、この人に愛されてるんだなあ"と。

 

「小さな不幸で世を呪う人も居ます。

 小さな幸運で私に感謝してくれる人も居ます。

 あなたの人生が上手く行っているのは、あなたが頑張っているからです。

 あなたが周りの人に助けられているからです。それは、幸運よりもずっと素晴らしいもの」

 

 幸運だけで人は幸せになれない。

 幸運だけで人は救えない。

 人並み外れた幸運を持つカズマでも、幸運だけで結果や勝利は掴めない。

 それは、幸運の女神でありながら世界の現状を変えられていないエリスが一番よく分かっていることだ。

 

「あなたが幸福なのは、幸運のおかげなどではありませんよ」

 

「―――」

 

 彼女は、在り方の根底からしてとことん女神であった。

 

「神器グレイプニルの返還、感謝します。これは元々あなたのもの。

 あなたには引き換えに何かを望む権利があります。あなたは私に、何を望みますか?」

 

 相手は女神だ。

 望めば叶うことも多いだろう。

 されど、むきむきも吸血鬼からの貰い物を女神に献上して何かを得ようだなどと、悪どいことは考えられない。

 

「お友達になってくださいませんか? アクア様の話とか、いっぱい聞きたいです」

 

 欲しい物はなかった。

 ただ、友達の友達と友達になりたいな、みたいな願いはあった。

 女神エリスが女神アクアの後輩であり、昔アクアがエリスの世話をしていたこともあったということは、この少年がアクアから聞いていたことでもあったから。

 

「……ええ、喜んで。ではこうして、時々夢でお話しましょうか」

 

「はい!」

 

 女神にも、人間との友人関係を楽しむ心はある。

 

「人間の方と友達になってしまうと、贔屓してしまいそうで……

 ちょっといけないことをしてる気になってしまいますね、ふふっ」

 

「でも、ちょっと楽しそうに見えますよ、エリス様」

 

「はい、なんだかちょっと楽しいです」

 

「分かります。僕もめぐみんとゆんゆんと里に秘密基地を作った時、そんなことを思ってました」

 

(あれっ、私ってもしかして子供っぽい思考してる? いやそんなまさか……)

 

 アクアが下界で「エリスは子供っぽいところもあるのよ」と吹聴していることを、エリスは知らない。知らぬが仏か。彼女は仏ではなく女神だが。

 

「こほん。では早速、女神として一つお告げを与えましょう!」

 

「はい、どうぞ! 聞かせて下さい!」

 

 女神の威厳――威厳?――を守るべく、女神らしく振る舞おうとするエリス。そのために選んだ行動はどうやら、女神として人に預言を与えるというものであったようだ。

 

「机の上から二番目の引き出し。何か忘れていませんか?」

 

 あっ、と少年は呟いて。

 朝になって、目が覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体を入れ替える神器が一騒動起こした日、むきむきはクリスと福引をしていた。

 

――――

 

「あ、福引。さっきの買い物でちょうど福引券貰ってましたね」

 

「じゃあ引いていく? さあむきむき君、いってみよう!」

 

――――

 

 むきむきの幸運値は底値だが、クリスの幸運値は凄まじいものがある。

 事実上クリスが引いた福引は、見事一等賞の旅行券を引き当てていた。

 つまりそれが、エリスが言及したものであり、むきむきがすっかりその存在を忘れていたものであり、机の上から二番目の引き出しの中に入っていたものだった。

 

 現代日本と比べれば法やシステムが緩めなこの世界において、旅行券は使用期限も人数制限もかなりゆるゆるなものだった。

 旅行券の仕様も、特定の旅館を推奨した旅費の代替負担という極めてアバウトなもの。

 つまり観光地の旅館の宣伝という目的も兼ねたものである様子。

 じゃあさっさと使っちゃおう、とむきむきは考えた。

 名目はダクネス奪還&全部綺麗に片付いたな記念。

 むきむきが提案すると、この手のイベントが大好きなお祭り女神がそりゃもう喜んだ。

 

「旅行よー!」

 

「おー!」

 

 名目が名目だったからか、アクアの次にダクネスも嬉しそうにしていた。

 カズマが馬車を手配して、めぐみんとゆんゆんが道中のお弁当を作って、むきむきが皆の荷物をまとめて、アクアが道中で暇を潰す芸の準備をし、ダクネスはお姫様扱いで鎮座させられていた。

 ピクニック気分の旅立ちである。

 行き先は、ベルゼルグで最もエルロードに近い立地にある、とある領地であった。

 

「それにしても、むきむきもタイミングがいいんだか悪いんだか分かりませんね」

 

「え、めぐみんどういうこと?」

 

「これから行く先の領地を治めているのは『アレクセイ・バーネス・バルター』。

 あのアルダープの息子ですよ。周囲からの評価は、アルダープと真逆ですけどね」

 

「え!?」

 

「アルダープの持つ領地の一角を貸借扱いで治めていた方です。

 いずれアルダープの後継者となるべく経験を積ませるため、と言われていましたが……

 蓋を開けてみれば、平民のことも考えた善政でアルダープより評価されたとか」

 

「へぇー……」

 

「一説にはアルダープのクソさに反乱が起こらなかったのは

 『今にあのクソは死んであの息子が後を継いでくれる』

 という期待と未来予想があったからなのでは、なんて言われたりもしますね」

 

「そ、そんなに!?」

 

 そう、そんなにだ。そんなにもアルダープは平民から疎まれていたし、バルターは平民から慕われていた。

 

「その人のことなら、私も聞いたことがあるわ」

 

「ゆんゆんも? ゆんゆんが聞いたことがあるって、相当有名な話なんだろうね」

 

「ちょっと! それどういう意味!?」

 

「あ」

 

「そりゃ私は話す相手少ないわよ! 噂話を聞く機会も少ないわ!

 でもそれちょっと……ちょっとキツい! むきむきにその事実を突きつけられるのキツい!」

 

「お、落ち着いてゆんゆん! 今のは僕が悪かった!」

 

「……違うわ、悪いのは全体的に私だもの……」

 

「ゆ、ゆんゆんの話が聞きたいなー。きっとゆんゆんしか持ってない情報だもんなー」

 

「……ぐすっ、こほん」

 

 ゆんゆんは一度袖で顔を拭って、咳払い一つ。いつもの自分を取り戻す。

 

「努力家で勤勉、頭脳明晰で剣の腕も立つ最年少騎士叙勲者。

 人柄も良くて、貴族にも平民にも平等に優しいために人望も厚いんだって。

 AKB(愛して欲しい カッコイイ男決定戦 ベルゼルグ)総選挙堂々の一位だとか」

 

「おお、凄い人なんだね」

 

「会う機会は無いと思うけどね」

 

「でもそういうことよく知ってるね。

 僕全然知らなかったよ、そういうこと。ゆんゆんも凄いよ」

 

「そ、そう? ふふっ、むきむきは友達が増えても私を頼ってくれていいのよ?」

 

 ちょろゆん。

 

「総選挙がどうとかってことは、かっこいい人なのかな?」

 

「イケメンって噂ですが」

 

「ぺっ」

 

 イケメンと聞き、横で話を聞いていたカズマが唐突に唾を吐いた。

 

「モテるイケメンを旅行先で見るとか嫌だわー。そのバルターって奴、会わないようにしよう」

 

「もーまたカズマくんは面倒臭い感じになっちゃってー」

 

 まあただの旅行だし会うことはないだろう、と思ったのがフラグになってしまったのだろうか。

 

「ようこそ皆さん」

 

 馬車から降りた彼らは、そこで彼らを待ち受けていた金髪碧眼の青年と出会う。

 

「アレクセイ・バーネス・バルターです。先日は、父が大変ご迷惑をおかけしました!」

 

 腰が折れるんじゃないかという勢いで、青年は彼らに頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 聞いた話によると、バルターはずっと彼らに謝罪したかったらしい。

 アルダープがあんなことをしたのだ。バルターが評判通りの性格をした男なら、そりゃもう気にするに違いない。

 なのだが、謝りに行く時間が取れなかったそうだ。

 何故か? それもまた、アルダープが失脚したからだ。

 

 バルターが管理している領地も含め、アルダープの領地と財産は国が没収することになっている。

 彼は父の蛮行には関わっていなかったとされ、罪を問われることはなかったが、数日中にアレクセイ家の貴族という肩書きさえ失うことになるだろう。

 父親のせいで全てを失った息子、と書けば悲劇の青年にも見える。

 だが、バルターは自分をそんなかわいそうなものだとは思っていなかった。

 

 ギリギリまで時間を使って、後任の貴族が何も問題を起こさないように、残していく土地と民と家臣が何も不自由しないように、引き継ぎ書類を寝る間も惜しんで作成していたのだ。

 だから、彼は父が迷惑をかけたダクネス達に謝りに行けていなかったのである。

 それゆえ、彼らがここに来ると知って出迎えに来たのである。

 

(立派な人だなあ)

(ご立派なこって)

 

 むきむきとカズマの反応の違いが、そのままバルターの行動に付随する本質を表していると言えるだろう。

 これは立派な行動であり、同時に自己満足でもある。

 バルターの行動は賞賛されて然るべきものだが、彼の行動でダクネス達が得することは何もないのだ。

 

「特にララティーナ様には、どうお詫びすればいいのか……」

 

「ララティーナはやめろ。仲間はダクネスと呼ぶ」

 

「っと、失礼しました。何でもおっしゃられてください。

 自分にできることであれば、償いのため何でも致します」

 

「それはいいが……あなたは、我々を恨んではいないのか?

 あなたの父・アルダープは、我々の行動の結果全てを失った。

 長い月日をかけてあなたが信用を勝ち取り、育ててきたこの土地も没収となった。

 私達はあなたから見れば、全てを奪っていった憎い仇にも等しいのではないか?」

 

「恨むなど、とても。父は過去の悪行の報いが返って来ただけです。

 そして、父の罪は子も償っていかなければならないものです。

 そのことを気にしているのであれば、どうか忘れてください。

 あなた方はきっと、正しいことをしたのです。それに胸を張らずしてどうしますか」

 

「……ああ、そうかもしれないな。ならば礼を言うのも、謝るのも、やめておこう」

 

「それがよろしいかと。ダクネス様」

 

 父への愛情が見える、そしてそれ以上に彼自身の誠実さが見える物言いだった。

 この青年はあの父の醜悪さをよく知った上で愛していて、そのとばっちりを受けた今でも愛していて、世界の誰からも憎まれたアルダープのことを、今でも好きなままで居た。

 これもまた、父子の愛の理想形の一つなのだろう。

 

「……イケメンでいいやつとか、どうにもならんな」

 

「仲良くするくらい良いじゃない、カズマくん」

 

「そりゃそうだろうけどさ」

 

 カズマはバルターの顔写真がそこにあれば反射的に破ってしまいそうなくらいのイケメン嫌いだが、こうも"いいやつ"な一面を見せられると多少は好感を持ってしまう。

 なんだかんだ、人を心底嫌いになるのが苦手なのかもしれない。

 

「何度お詫びすれば父の罪を償えるか分かりません。

 ですが今日はどうか、この身を旅行の水先案内人としてお使いください」

 

 領地を治める者を水先案内人にするという、世にも奇妙で贅が過ぎる旅行が始まった。

 バルターは評判通り人柄が良く、あっという間にむきむき達と親しくなっていく。

 その上、その案内は偉い人がするものというよりは、地元を愛し地元をよく知る者の人情に溢れた案内と言うべきものだった。

 カズマはミツルギとはどうにもウマが合わないのだが、バルターのことは素直に"いいやつ"だと思い、彼に好感を持つことができたようだ。

 旅路を進む。

 

「なあバルター、お前俺達に借りがあると思ってるなら……風呂に覗き穴とか用意できる?」

 

「……分かりました。今夜までに用意させます、カズマ様」

 

「おっ、話分かるなあんた。アルダープと違って話の分かりそうなやつで助かっ――」

 

「カズマくーん! バルターさーん! やめよう! ね!?」

 

 もはやイケメンとイケメンを嫌う者は存在せず、風呂に覗き穴を作らせようとする者と罪悪感から従う者しかいない。むきむきが止める側に回っていた。

 旅路を進む。

 

「ここの茶屋は王都でも多少名が知れた店なのだぞ、カズマ」

 

「そうなのか? つか、女は甘いもの好きだよなあ……」

 

「それもまた嗜み、というやつだ」

 

「ん? むきむきとめぐみんとゆんゆんはなんで相談しながら菓子頼んでるんだ?」

 

「食べたい物僕ら三人でそれぞれ一つづつ頼んで、一口づつあげたりするんだよ、カズマくん」

 

「女子か! お前も女子か! お前の体格的にジャンボパフェとか頼むと思ってたわ!」

 

 ポテチを食べた手でゲームコントローラーに触り殴られるまでが男の嗜みである。

 旅路を進む。

 

「こ、この筋肉が父が野望のために手にし、父の野望を打ち砕いたという筋肉……」

 

「ば、バルターさん? あんまりジロジロ見られると恥ずかしいんですが」

 

「はっ、す、すみません!」

 

「むきむきまた身長伸びたんじゃないか」

「体重も増えてるんですよ、ダクネスさん」

「肩幅も広くなってるのか、最近肩に乗るのも楽なんですよね」

 

 最近になってもむきむきの肩に乗っているめぐみん。デストロイヤー戦の後辺りからむきむきの肩には乗らなくなったゆんゆん。「お前重いけどむきむきの肩に乗れんの?」とカズマに煽られるダクネス。実は乗りたがっている宴会芸の女神様。

 そんな彼女ら全員を差し置いて、カズマが景色を楽しむため彼の肩に乗り、一行はバルターの屋敷に向かっていた。

 どうやら今日のところはバルターが屋敷に泊めてくれる上、旅費も持ってくれるということになったようだ。

 

 気楽な旅行がなんだか面白いことになったな、と思いつつバルターの屋敷に向かった一行は、そこで意外な人物と出会った。

 

「……ゥギ! お前なんでここに居るんだ!」

 

「名前覚えてないからってハッキリ発音しない呼び方で誤魔化すんじゃない!」

 

 ミツルギキョウヤが、屋敷の庭で汗だくになりながらグラムの素振りをしていた。

 取り巻きの二人が居ないミツルギに、ゆんゆんがドストレートな言葉をぶつける。

 

「魔剣さんって単独行動結構多いですけど、実はお仲間と仲悪かったりしますか?」

 

「そ、そんなわけないじゃないか! 僕らは絆で繋がってるよ!」

 

 ミツルギパーティはミツルギの強さゆえに死者も出ず、ミツルギの強さゆえに成立しているが、ミツルギの強さに他二人がついて行けていないためミツルギの単独行動も増え、むきむき達のようなパーティとしては成立していないのかもしれない。

 

「で、なんでお前が居るんだよミツルギ」

 

「君に答える必要があるのか? サトウカズマ」

 

「ねえねえ、魔剣の人はなんでこんなところに居るの?」

 

「それがですねアクア様、僕はここの最年少騎士叙勲者のバルターさんの噂を聞きまして」

 

「おいてめえ」

 

 好感度の差である。

 

「師父! 師父までいらっしゃいましたか!」

 

「ども、勇者様」

 

「僕はそこのバルターさんの強さを聞きつけてここまで来たんです」

 

「バルターさんに?」

 

「一手ご指南頂きました。グラム抜きじゃ僕もこの人にはまず勝てないと思います」

 

「そんなに……?」

 

「いえ、私は子供の頃から剣をやっていますから、その分下駄を履いているだけですよ」

 

 バルター本人も知らないことだが、バルターはアルダープが『神器で交換するための肉体』『自分が次に使うための肉体』として選んだ子供だ。

 外道ではあるが強欲なアルダープは、マクスウェルの能力まで用いて、捨て子の中から容姿と能力が特に優れたものを選び出した。それがバルターである。

 そこに"拾ってもらった恩を返すために"と日々努力を重ねた結果、最年少騎士バルターの今がある。

 強くないチート持ち転生者くらいなら、バルターは倒せるのかもしれない。

 

「最年少騎士は伊達じゃないですよ。

 この世界では魂の記憶(けいけんち)の蓄積がものを言います。

 生きた時間が長ければ長いほど、生き物は多く魂の記憶を取り込むんです」

 

「だね、だからドラゴンとかが強いんだ」

 

「つまりですね、年若くて強いということは、それだけ才能があるということ。

 経験値の総量が低く、レベルが低く、スキルが少なくても強いってことなんですよ、師父」

 

「あっ」

 

「幹部は強い。僕もここらで一度、スキルや魔剣抜きの力量を付けたかったんです」

 

 ミツルギは真面目だ。真面目に戦って、真面目に自分を鍛えて、真面目に魔王軍を倒すために行動している。

 この世界に転生してからずっと、彼はこの世界を救うために努力しているのだろう。

 彼はさも当然のように、世界を救うためなら命をかけられるから。

 それが正しいことであるなら、彼は迷わないから。

 そして、女神アクアに頼まれたから。

 だから頑張れるのだ。

 

 カズマはそんなミツルギの肩をポンと叩いて、珍しくミツルギの努力を認める。

 

「魔王退治頼んだぞ。その調子で俺達が遊んでる間に魔王を倒してくれ」

 

「君も頑張ってくれサトウカズマ! 定義的には君も女神様に認められた勇者だろう!」

 

「あーもう喧嘩しないで!」

 

 間にむきむきが入って、またなんだかうやむやな感じになった。

 

 

 

 

 

 その後は決闘を仕掛けるミツルギや、奇襲気味にダイナマイトを投げるカズマ、そのダイナマイトをミツルギがグラムでホームランしようとして起爆、二人まとめて土まみれで吹っ飛ばされるなど、男のバカな一面全開なあれこれがあったりした。

 

「ええと、お風呂入りますか?」

 

 バルターが用意した風呂に、泥まみれの男二人が叩き込まれる。

 もう夕餉前ということで、バルターとなんだかんだ仲良くなったむきむきが、バルターを連れて後に続いた。男四人の風呂である。修学旅行のような様相を呈してきた。

 

「ん?」

 

 そしてカズマの視線が、バルターの股間に向く。軽量級(ライト)であった。バルターの剣はライト・オブ・セイバーであったようだ。

 

「……勝ったか」

 

 バルターが反応に困り、何故かミツルギが怒り出す。

 

「味をしめたな! サトウカズマ、そこで勝つことに味をしめたな!」

 

「哀れだなミツルギ。前は戦力で例えるならむきむきが魏、俺が呉、お前が蜀だった」

 

「蜀!?」

 

「お前の股間は蜀だったんだ。だが今、新たな一人が参戦した。

 むきむきがアメリカ、俺が魏、バルターが呉になった。だがお前は変わらず蜀だ」

 

「アメリカ!?」

 

「お前蜀とか恥ずかしくないの? チンは国家なりとか言う間もなく滅びるんだぞ?」

 

「蜀を馬鹿にするな! 僕は一番好きだ!」

 

「男なら魏だろ……

 まあ劉備の器用な陣営渡りは俺も好きだし、劉禅のニートっぷりには憧れてるぞ」

 

「それの行き着く先はクズニートじゃないか!

 もっとこう……もっとこう、憧れるところあっただろ!」

 

「いいからお前はその股間の小喬をしまえよ」

 

「自分が僕と比べれば大喬だからって! ええいもう許さんっ!」

 

「やめよう! もうやめよう!」

 

 むきむきが二人の間に割って入ったところで、バルターが笑い出した。

 

「あはははっ」

 

「ごめんなさいバルターさん、僕らのお見苦しいところを見せてしまって……」

 

「いえ、むしろお礼を言わないといけないのかもしれません」

 

「?」

「?」

「?」

 

「こんなに楽しい風呂は初めてです。

 いや、風呂が楽しいものだと思う日が来るだなんて、これまで思ってもみませんでした」

 

 各々が体を洗い始めても、バルターの笑みは絶えなかった。

 

「私は明日の朝にはこの領地を出て行かなければなりません。

 皆様をおもてなしできるのも、明日の朝まででしょう。申し訳ありません」

 

「え、そうなんですか?」

 

「……実は少しだけ、不安だったんです。

 僕は貴族でなくなってもやっていけるのか。

 その不安は、どうしても拭い去れないものだったんですが……」

 

 ざぱあっと、バルターが洗っていた頭を流す。

 

「その不安が、今は楽しみになりました。

 貴族であった時は知ることができなかった楽しみを、これからは知ることができる。

 アレクセイ家に拾われる前にも、後にも、知らなかった楽しみがある。

 そう思えば、この巡り合わせもきっと悪いことじゃなかったんだと、そう思える気がします」

 

 誇張も虚勢も見受けられない。

 全てを失う身の上でありながら、バルターは失った後の未来のことを楽しみにしていた。

 顔もイケメンなら心までもがイケメンで、『主人公的』で『主人公的な存在の付随要素としてイケメンである』タイプなミツルギとは、また違ったタイプの青年であるようだった。

 

「ありがとうございました、皆さん。

 貴族としての最後の仕事として勇者様に剣を教えられたこと、光栄に思います」

 

「そんな……勇者と言っても名ばかりです。名声で言えばバルターさんの方が……」

 

 顔面シャンプー(もどき)まみれのまま手を振って否定するミツルギとは対照的に、バルターの様子は落ち着き払ったものだった。

 

「私には子供の頃からの夢がありました。

 父にしか話したことがなく、父には嘲笑された夢です」

 

「夢……」

 

「勇者になりたかったんですよ、私は」

 

「!」

 

「魔剣の勇者ミツルギ殿。それと、そこのサトウカズマ殿も先程勇者と言われていましたね」

 

 人間とは、ままならないものだ。

 

「子供の頃、私はあなた達になりたかったんです。でも、なれませんでした」

 

「……それは」

 

「こうして話していると分かります。

 あなた達二人は私とは違う。私に無いものを持っていて、誰か何かに選ばれている」

 

 努力してきた天才のバルターでも、女神に選ばれた勇者のようにはなれない。

 逆に女神に送り出され特典を与えられただけのただの日本人では、バルターのような誰からも認められる完璧な天才にはなれない。

 特典を貰った後に努力したのに紅魔族以下の戦闘力という転生者も多いだろう。

 ままならないものだ。

 

 欲した物を全て手に入れることは難しい。

 しかも欲した物を望むまま全て手に入れられるようになってしまえば、その人間の心は堕落と腐敗を迎え、アルダープのようになってしまいかねない。

 望んだ物が手に入らないことこそが、人の心を律しているという一面もある。

 本当にままならないものだ。

 

「そんなあなた達に最後に謝れた。最後に貢献できた。

 貴族として、私人として、これ以上に恵まれた終わりはありますまい」

 

 バルターは本当に満足そうだ。

 事実上"女神にこの世界に送り出された"ことそのものを羨まれたようなもので、ミツルギもカズマも不思議な申し訳無さを感じていた。

 

「では、失礼致します」

 

 体を洗い終えたバルターは、風呂場から出ていく。

 

「……」

「……」

「……」

 

 むきむきは腕を組んで、ミツルギは黙って頭を湯で流し、カズマは風呂の湯に風船のように膨らませたタオルを浮かべる。

 

「バルターさんの気持ちも、分からないでもない、かな」

 

「恵まれたチート野郎のお前が何言ってんだ、ミツルギ」

 

「そりゃあ負けがないならそうだろうけど、僕はそうじゃない。

 勝てない相手も多いし、好かれたいと思った相手にも好かれない。

 君は僕にとっては反面教師だけど……君になりたいと思う時もある」

 

「え゛っ、何言ってんだお前」

 

「……っ、いや本当に僕も何言ってるんだろう……

 バルターさんに変に影響受けたみたいだ、お先!」

 

 カズマは胡乱げに、風呂場を出て行くミツルギを見ていた。

 ミツルギからアクアに向けられている感情をちゃんと理解できていないと、ミツルギの言動はよく分からないものになることがままある。

 

「わっかんねえなあ」

 

 むきむきと向き合うようにして風呂に浸かるカズマは、蒸気でぽつぽつと水滴が作られている天井を見上げる。

 

「他人が羨ましいって気持ちは超分かるが、他人になりたいとかそんな思うもんか?」

 

 カズマはその場の勢いで色々と言うことはあるが、ミツルギやバルターと体を交換できる権利を得たとしても、それを使うことはないだろう。

 

「今の自分が一番だよな、むきむき?」

 

「そういうこと言えるカズマくんは、本当にかっこいいと思うよ」

 

 この異世界に来る時に、『違う自分になりたい』と思う日本人は多々居る。

 けれどもカズマは、そんなことを毛の先ほどにも考えてはいなかった。

 カズマは問題のある自分を変える気もなく、そのままの自分が嫌いではなくて。大なり小なり問題のある仲間達が、そのままの仲間達が嫌いではなかった。

 

 そんなカズマが、むきむきは大好きだった。

 

 

 

 

 

 その晩のこと。

 日本的表現をすれば、ミュージックステーションを見終わる頃には眠くなるのがむきむきだ。

 

(バルターさんに、何かしてあげられることはないかな)

 

 ベッドに横たわってから寝る前の時間に、バルターに何かしてやれることはないか、考える。

 考えるのが苦手なくせに考える。

 

(でも、バルターさんを今の苦境に追い込んだ一人である僕がっていうのも、虫の良い話で……)

 

 考えている内に、少年は眠ってしまう。

 早寝早起き派のむきむきは誰よりも早く夢の中に居た。

 

「こんばんは、むきむきさん」

 

「……はっ、エリス様! こんばんわです!」

 

 そして、夢の中には前置きもなくエリスがお邪魔していた。

 

「連日夢の中に現れてごめんなさい。でも、急いでお願いしたいことがありまして」

 

「はい、引き受けます!」

 

「……せめてお願いの内容くらいは聞きましょうね?」

 

 相手の話を聞くことは重要だ。でなければ難儀なことを押し付けられることもある。

 地球でのミツルギが、友人の発言を「おっとこハメ太郎」と聞き間違えて一年からかわれた悲劇が繰り返されてしまう。

 まずは聞くことが重要なのだ。

 

「こほん。実は今、エルロードで……」

 

 話を聞き、むきむきは驚愕する。

 

 翌朝起きてすぐにむきむきが行動を開始したのは、当然の流れであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今現在、エルロードは国内の問題を徹底して国外に知られないように努力していた。

 それでも漏れるものは漏れる。

 漏れた情報を基点に、もっと深い情報を得る者も居る。

 その『深い情報』は、女神エリスさえ動かすものだった。

 

「レヴィ王子、また状況が悪くなりました」

 

「分かっている。宰相ラグクラフトめ、ここまで勢力を拡大していたとは……」

 

 まず最初に、この国の状況を一言でまとめてしまおう。

 エルロード政権は現在、現王派と宰相派で真っ二つに割れた内乱状態にある。

 

 初まりは宰相が魔王軍との密約、交渉、中立同盟を行うということを王に提案したことだった。

 要約すれば、エルロードが人類と魔王軍の戦争において中立となることを約束する代わりに、魔王軍はエルロードを攻撃対象から外すというもの。

 宰相は言葉巧みに利を語り、これを受け入れない不利を語り、ベルゼルグでさえ王都陥落寸前まで行ってしまった現状さえ不安を煽る材料とする。

 王は宰相に説得されかかっていたが、そこでレヴィ王子が声を上げた。

 

「この国に魔王軍と戦っている者が居なくとも、この国の外には居るだろう!」

 

 宰相の計算外は二つ。

 王子が知らぬ間に成長し、自分の考えより宰相の考えを正しいと思うコンプレックスを乗り越えつつあったこと。

 そしてもう一つが、今もベルゼルグで魔王軍と戦っているレヴィの友を、レヴィが本当に大切に思っていたということだ。

 

「魔王軍との交渉など許さんぞ!」

「……いいことを言うようになったではないか、息子よ」

 

「いいえ、ここは譲れません。エルロード宰相として、これだけは通させていただきます」

 

 かくしてこの国の政府は真っ二つに割れた。

 国を実質一人で回している宰相、その宰相の信奉者の集団。すなわち魔王軍講和派。

 王族と王族及び王権の支持者、宰相に反感を持つ者達の集団。すなわち魔王軍敵対派。

 エルロード建国王の子孫を支持する者達は頑固に王族を支持したが、実績をもって支持を得ていた宰相の支持者の数には遠く及ばず、宰相の謀略によって勢力を削られる日々を送っていた。

 

 しまいには宰相が王政の廃止を目指すことを公言し、代わりの政治システムを提示してくる始末。

 宰相はこれまでは王族の支持を受けた国の心臓であり脳であったが、恐ろしいことに、政争だけで王族をこの国から排除して、この国を乗っ取れるかもしれないという段階に至っていた。

 もはやレヴィにも残された時間はない。

 

 エルロード『王』国は、滅亡の危機に瀕していた。

 

「こんなことなら、もっと前から勉強するなり何なりしておけばよかったかもしれんな」

 

「王子……」

 

「バカ王子と呼ばれながら遊び回っていたツケか」

 

「いえ、王子は頑張られておられました。

 過去がどんなものだったとしても、あなたの頑張りが価値を損なうことはありえません」

 

「俺に実力が足らんことに変わりはないさ。……もしも、ここに、あいつが居たら……」

 

「? 何かおっしゃられましたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

 レヴィからすれば、あの日見た無敵のイエローの方が、ラグクラフトよりよっぽど恐ろしい。

 直接的な暴力だった分、ラグクラフトの数倍恐ろしく見える。

 なのにラグクラフトに政争で手も足も出ないものだから、ことさらに政争で勝てない自分が情けなく感じてしまう。

 

(もしも、ここに、あいつが居たら……あいつの筋肉が何かを解決しただろうか)

 

 レヴィは頭に浮かんできた気弱な思考を、頭を叩いて頭の中から追い出した。

 

(いや、無いな。世の中には力で解決しない問題など山ほどある。

 政争などまさしくそれだ。筋肉では政争に勝てない。

 ……追い詰められて心細くなり、思わず友を頼りにするなど、なんと情けない)

 

 レヴィにだってプライドはある。男の子としてのプライドも、王子としてのプライドも。

 

―――立派な王様になってください、王子様

 

 別れ際に友人にそう言われたものだから、彼は尚更にカッコつけようとしていた。

 

(この政争、既に勝ち目はない。だが勝ちを諦めるものか。

 情けなく終わるものか。せめて国の外に響く俺の名は、立派なものであって欲しい)

 

 レヴィは年齢不相応なほどに強く覚悟を決めていた。

 アイリスほどではないが、王族に相応しい覚悟を決めていた。

 そんな彼の耳に、部屋に飛び込んで来た中心の大声が叩きつけられる。

 

「お、王子! 一大事です!」

 

「なんだ藪から棒に、どうした」

 

「来ました! 救世主ですよ!」

 

「は?」

 

 レヴィが変な声を出したと同時、窓の外を鋼鉄の門扉が吹っ飛んでいく。

 

「今の僕らの前に立てば、尽く轢殺するッ! 道を空けろッ!」

 

 飛んで行った門扉が王城に突き刺さり、遠くむきむきの声が聞こえて、レヴィは笑った。これ以上無いくらいに笑った。嬉しそうに、楽しそうに笑った。

 鋼鉄の門扉を蹴り飛ばした下手人が、久しぶりにレヴィを笑わせていた。

 

「むきむきとその仲間達か……! くくっ、まったく!

 いつだって俺の想像をぶっちぎり超えてくるな、あいつらは!」

 

「王子、どうしますか!?」

 

「警備兵全員に素通りさせるよう通達しろ! 奴らの突貫の邪魔をさせるな!」

 

「し、しかし……」

 

「何の目的もなくこんなことをする奴らじゃない!

 第一、警備兵程度で止められるか! 奴らの目的は俺が直接聞きに行く!」

 

 門を突破し、扉を蹴破り、むきむきとその仲間は城のどこかを目指している。

 レヴィはどこか浮ついた気持ちでそれを追い、むきむきがここに来るまで引いていた馬車からよろよろと這い出して来たゆんゆんを発見した。

 

「お前は、いやらしい方の紅魔族の女か」

 

「いやらしいって何よ! 王子様にそんな風に思われること私した覚え無いわよ!?」

 

「そんなことはどうでもいい。で、これはどういうことだ?」

 

「話はむきむきから直接聞いて。

 早朝に出て、支援魔法をかけられたむきむきが馬車を引っ張って、皆で来たの。

 凄いわよ今のむきむき、朝に出て夕方になる前にエルロードに着いちゃったもの」

 

「……とんでもないな。普通の馬なら両王都の行き来は十日以上かかるというのに」

 

 ゆんゆんを連れ、レヴィはむきむき達の足音を追う。

 むきむきとめぐみんという、知った顔が居た。

 カズマ、アクア、ダクネス、ミツルギ、バルターという知らない顔が居た。

 そして大広間にて、彼らに追い詰められているラグクラフトとその部下達が居た。

 

「エルロード宰相、ラグクラフト!

 お前は魔王軍の手先にしてモンスター・ドッペルゲンガーだな!」

 

 むきむきがエルロード王城に殴り込んでからまだ30秒も経っていない。

 怒涛の進軍からの突然の追求に、ラグクラフトの肝が冷える。

 むきむきが言っていることが――エリスからむきむきが聞いたことが――真実であったからだ。

 ラグクラフトは売国奴。

 魔王軍の一味として、エルロードを魔王軍に売ろうとするモンスターである。

 この指摘に対し、動揺を顔に出さなかっただけ大したものだろう。

 

「そんなわけがないでしょう。何を馬鹿なことを――」

 

 けれども、彼は既に詰んでいて。

 

 チリーン、と何かが音を鳴らした。

 

「――え」

 

「言ったろむきむき。頭が良さそうな奴は考える時間をやらないのが一番だって」

 

「うん、カズマくんの言った通りだ」

 

 めぐみんが大きな帽子を脱ぐと、そこにはベル型の魔道具と、そのベルの魔道具を興味深そうに見ているちょむすけの姿があった。

 その魔道具を見たラグクラフトの顔色が、さっと青くなる。

 

「う、嘘を見抜く魔道具……」

 

「真面目で頭良さそうな奴って、戦いが始まる前の奇襲とかにホント弱いのな」

 

 身も蓋もない。伏線もクソもない。凌ぎの削り合いもなく、腹の探り合いもない。

 出会い頭に問答無用で奇襲を仕掛ける外道戦法。

 この作戦案を考えたのは、間違いなくカズマだった。

 

「さ、宰相……?」

「嘘……嘘ですよね……?」

「だ、だけどあの魔道具は……」

 

「この魔道具は間違いなく本物です! ここにベルゼルグの紋章があります!

 これはバルターさんの領地引き継ぎの際に出会った、セナさんから借りたものです!

 この魔道具が正常に作動することは、ベルゼルグ王国検察部が証明してくれます!」

 

「じゃあ、じゃあ、やっぱり!?」

「そんな……モンスターってことは、宰相どのが提案してた方策って……!」

「なんてこった、王子様達が正しかったんだ!」

 

「……っ!」

 

 もはやラグクラフトに反論の余地はない。

 

「ぷーくすくす! 私達女神の目を欺けると思ってたなんてちょーうけるんですけど!」

 

(エルロードの危機を僕に教えてくれたのはエリス様なんだけど、それは黙っておこう)

 

「め、女神だと……!?」

 

「ドッペルゲンガー・ラグクラフト! さあ年貢の納め時よ!

 スケベなカスさん! 懲らしめてやりなさい! せーばいっ!」

 

「おい待てそのスケベなカスさんって俺のことかアクアてめえっ!」

 

 助さん格さんに謝って欲しい。

 

「貴様、女神を名乗るとは何者だ!」

 

「控えなさい! 私を誰だと心得てるの!?

 恐れ多くも水の女神! アクア様よ!

 天の上より来たりし神、ゆえに上様と呼んでくれてもいいわ!」

 

「お前のような上様が居るか! お前のような女神が居るか!」

 

「魔王軍なんかに信じて貰えなくてもいいですよーだ!」

 

 べーだ、とアクアが煽って、ラグクラフトが手勢の人型モンスターを大広間に呼び寄せる。

 

「女神がこのような場に来られるはずがない!

 女神の名を語る不届き者だ! 皆の者、であえであえ!」

 

 対し、女神は名誉アクシズ教助祭をぶつけて当たる。

 

「うっかりむきべえ、こらしめてやりなさい!」

 

「承知!」

 

 人々が逃げ惑い、出来た空白に高レベルモンスター総勢50体が雪崩れ込み、そこに強化されたむきむきが放り込まれた。

 

「よし、魔王様から送られた精鋭五十人! これで時間は稼げる!」

 

「ラグクラフト様全滅しますごめんなさいひでぶっ」

 

「クソああああああああせめて十秒くらいは保たせろぉッ!!」

 

 そして瞬殺。

 あっという間の蹂躙劇場であった。

 逃げようとするラグクラフトだが、逃げ道となる窓をミツルギとバルターが塞ぐ。

 

「おっと」

 

「逃げ場はありませんよ」

 

 遠くから、アークウィザードが魔法の準備をしている。

 

「めぐみん、今回は爆裂要らないわよ?」

 

「魔王軍幹部また来ませんかね……この杖、もっと使いたいんですが」

 

「ぶ、物騒なことを……!」

 

 扉という逃げ道も、最近色々と距離が近いカズマとダクネスが塞いでいた。

 

「観念しろ」

 

「お前、ちょっと同情するよ」

 

 気分は小学生の立ちション・オブ・ターゲットサイトにロックオンされたアリの気分か。

 ラグクラフトの心に満ちるのは絶望と、その絶望に負けないくらい大きく強い『負けん気』であった。

 彼はドッペルゲンガーの力を使い、()()()()()()()()()()をコピーする。

 

「舐めるな!」

 

「うおおっ!? む、むきむきになった!?」

 

「この身はドッペルゲンガー! 人の姿を真似るが能力! せめて一矢報いてくれる!」

 

 ドッペルゲンガーはマッスルゲンガーと化し、その全能力をもって王子だけでも倒さんとする。

 跳躍する肉体。

 躍動する筋肉。

 されどその一撃は届くことなく、回り込んだむきむきのアッパーが、ラグクラフトの全てを打ち砕いていた。

 

「あばらっ」

 

「いや、ドッペルゲンガーだったとしてもさ……」

 

 ラグクラフトが粉砕され、黒い不定形の液体となって散らばっていく。

 

「そう簡単になりたい自分になれたら、なりたい他人になれたら、苦労しないよ」

 

 ドッペルゲンガーでさえ、欲した強さを持つ強者に成り切れないのなら。

 

 人間が、そんな簡単になりたいものになれるわけがないのである。

 

 

 

 

 

 むきむき、筋肉で政争さえも殴り倒すの巻。

 ラグクラフトがモンスターだったという衝撃も冷めやらぬ中、レヴィは生意気そうな笑みを浮かべて、むきむきの脇を小突いていた。

 

「よく来てくれた、むきむき」

 

「友達だからね」

 

「……ああ、そうだな。お前はそういう奴だった」

 

 むきむきが手を差し出し、レヴィがその手を取って、ふたりはがっちりと握手をする。

 

「しかしお前、ラグクラフトがドッペルゲンガーだなんて情報をどこで掴んだんだ?」

 

「話すとちょっとややこしくなるけど―――」

 

 むきむきは身振り手振りも交えて事情を説明する。

 要約すると"夢の中で女神様がお告げをくれました"という、控え目に言ってクスリをバッチリキメている説明になるのだが、レヴィはむきむきを信じた。

 これがレヴィで無かったら、「大丈夫? 最近アクシズ教徒に入信したりしてない?」と頭の状態を疑われること間違い無しだ。

 

「あの水色のアホ面が女神だという話は全く信じられんが……

 お前が女神のお告げを貰ったというのは、信じなければならんだろうな」

 

「ちょっと、アホ面は失礼でしょ!」

 

「アクア様、寛容にお願いします。レヴィが悪いのは口だけなんです」

 

 されどラグクラフトがドッペルゲンガーだったということは真実だったわけで。

 結局、最終的には皆むきむきの言い分を信じるしかないのだ。

 たとえ、アクアが全く女神に見えない少女だったとしても。

 

「また国が助けられたな……何か望みはあるか? なんでも言え。

 王族になりたいというのなら、王位継承権はやれんが俺の養子に組み込んでやるぞ」

 

「レヴィ! それは冗談でもちょっとヤバい!」

 

「冗談で言ってるわけでもないんだがな」

 

 レヴィは有言実行しそうなのが怖いところだ。

 むきむきはレヴィと積もる話を終えたら観光して帰ろうと思っていたので、望みなんて無いと言おうとしたが、一つ大切なことを思い出した。

 

「レヴィ、ここに居るバルターさんに職をあげられないかな?」

 

「えっ?」

「バルター……アレクセイ・バーネス・バルターか?」

 

「そう、そのバルターさん」

 

「アレクセイ家のバルターのことは俺も耳にしている。有能だが、災難だったな」

 

「い、いえ。勿体無いお言葉です、レヴィ王子」

 

 バルターは他国にまでその名が届いているほどの天才騎士だ。

 騎士としても、領主としても、その能力が申し分ないことは間違いない。

 レヴィ達には国を支える真面目な部下が足らず、バルターにはこれから先自分が生きていく場所が無かった。

 ならば割れ鍋に綴じ蓋を乗せるべく、むきむきがこの二人を繋げようとするのは当然である。

 

「バルターさんも無一文でしたよね?

 この職場が合わないようなら路銀だけ稼いですぐ辞めればいいですよ」

 

「もしかしてむきむきさん、バイト感覚で王族直属の仕事紹介してませんか?」

 

「だろうな。……おい、バルター」

 

「! はい!」

 

 レヴィはどこまでも王子であり、バルターはどこまで行っても騎士である。

 

「ベルゼルグに尽くした忠を捨て、エルロードの発展に全てを懸けると誓うか?

 ベルゼルグの王族ではなく、エルロードの王族のために心血を注ぐ覚悟はあるか?」

 

「……はい!」

 

 レヴィが投げかける言葉を選べば、バルターが自分の中にある騎士としての衝動に従えば、導かれる結論は一つだ。

 

「で、あるならば。俺はお前を貴族平民関係なく、お前を能力と貢献と忠誠で評価しよう」

 

「よろしくお願いします、レヴィ王子!」

 

 ラグクラフトの謀反で崩れかけた国も、次の世代の王と家臣が育っていくのであれば、いずれはラグクラフトが居た時よりも国は発展していくことだろう。

 レヴィはまだまだ無能だが、忠義に厚い天才がその下に付くのであれば問題はない。

 エルロードはほどなく常の姿を取り戻すだろう。

 今のエルロードには、新しい頭と心臓があるのだから。

 

 見方を変えれば。本気の本気で魔王軍と戦ってくれる国が、また一つ増えた瞬間であると、言えなくもないワンシーンであった。

 

「よかった」

 

 むきむきがほっとして、お節介な彼の後頭部をめぐみんの杖がペシッと叩く。

 

「男ばっか気遣ってるの見ると、ゆんゆんが妬きますよ」

「わ、私は別に妬いてないけど……」

 

 むきむきがくすっと笑って、二人を連れて仲間と合流する。

 面倒事もこれで終わりだ。エリス様の願いも聞き終わり、後は当初予定していた旅行の日程をここエルロードで消化するだけ。

 この世界でも指折りの観光地であるエルロードで何日も過ごす日々は、とても楽しく、とても心安らぐ毎日だった。

 むきむきはパーティメンバーと互いに知らない一面を知ったり、絆を深めたり、なんでもない想い出を作ったりして、またいつか皆を旅行に誘おうと心に決める。

 

 ただそれも、当初予定していた彼らの旅行日程が終わるまでのこと。

 

 旅行から帰った彼らを迎えたのは、宣戦布告という名の厳しい現実。

 

 魔王軍幹部ベルディアからの果たし状が、彼らの屋敷に届けられていた。

 

 

 




 強制就職面接官ラグクラフト。討伐報酬は公務員の内定です

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