「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」 作:ルシエド
ダクネスは受け身だ。
彼女はドMであり、戦いにおいては敵の攻撃を受けることを役割とし、彼女に降りかかる不幸に対し彼女は受け身の姿勢で対応する。
彼女が有する属性で最も目につくものは、『防衛』であると言える。
アクアは陰鬱の対極だ。
彼女はいかなる傷をも治し、死さえも覆す。
暗い雰囲気を自然に吹き飛ばし、トラブルメーカーとして日々をハチャメチャにかき回して、苦労はするがなんとなく楽しい日々をもたらしてくれる。
彼女が有する属性で最も目につくものは、『癒やし』であると言える。
しからばめぐみんが有する属性で最も目につくものは、『攻撃』であると言える。
人間関係を進めようとする時はめぐみんが能動的に動く。小さく可愛らしい外見からは想像もできないが、気に食わないチンピラには積極的に絡み殴り飛ばしていく。
ひとたび戦闘になれば後先考えない爆裂だ。
めぐみんの家庭的な一面、少女的な一面、面倒見のいい姉としての側面が目につきにくいのは、間違いなくこの属性のせいだろう。
むきむきがカズマにこの三人の評価を聞けば、『マゾネス』『アホア』『爆裂狂』の三言しか言わないに違いない。
ツンデレが良点を真っ先に口に出す訳がないからだ。
だがその三言を並べると、厳密には仲間外れが一つだけあることが分かる。
めぐみんだ。めぐみんの欠点は、厳密にはダクネスとアクアが抱える欠点とは違う所がある。
ダクネスの性癖は生まれつき持っていたものが様々な要因で育ったものだ。
アクアの抜けているところもまた生まれつきのものである。
だがめぐみんの『爆裂狂』だけは、後天的なものなのだ。
めぐみんは生まれた時から爆裂狂だったわけではない。
あの日助けてくれた女性―――ウォルバクの爆裂魔法を見た時から、爆裂狂になったのだ。
めぐみんの欠点だけが、『後天的なもの』なのである。
彼女らの欠点はある意味では彼女らの魅力でもあり、彼女らの個性である。
めぐみんだけは、それが後付けだった。
平行世界というものがあるならば、爆裂魔法と出会わなかっためぐみんも居ただろう。
……爆裂魔法を習得した後、爆裂魔法よりも大切なものを見つけ、爆裂魔法を捨てためぐみんも居ただろう。
性癖は捨てられるものではない。アホっぽさも捨てられるものではない。
ただ、爆裂魔法は捨てることができるのだ。
そして、めぐみんの根底には、本当に大切なもののためなら爆裂魔法を捨て、上級魔法を使うアークウィザードとして生きることを選べる性情が有る。
彼女の爆裂魔法への愛は本物だ。
だが彼女はそもそもの話、愛が深い少女である。
爆裂魔法への愛に並ぶ愛があれば、愛に優先順位を付けることができるだろう。
親愛であっても、友愛であっても、信愛であっても、恋愛であっても。
愛には優先順位が有る。
めぐみんはよほどのことがなければ、爆裂魔法だけを愛する魔法使いであることを辞めはしないだろう。
それほどまでに彼女が外側に向ける愛は大きく、また一途だ。
そんな彼女に小さな揺らぎを与えているのは、爆裂魔法よりも先に出会った一人の少年と、めぐみんのライバルを名乗る少女と、環境の変化だった。
むきむきとめぐみんが互いに記憶に留めている『初対面』の形は違う。
だからめぐみんは最初の出会いの時にむきむきに抱いた幻想を見ていて、むきむきは最初の出会いの時に憧れためぐみんの背中を見ているつもりでいる。
だが、それもいつからか終わってしまった。
むきむきが、めぐみんの中の幻想の巨人以上に成長してしまったからだ。
めぐみんが初対面の時にむきむきに抱いた幻想は、その時点では実像のむきむきよりずっと大きく力強いものだった。
だがいつの間にか、むきむきの実像はその幻想を追い抜いている。
元よりむきむきの弱虫で気弱で泣き虫な実像を見ていためぐみんではあったが、今は幻想など何も見ていなかった。
いや、めぐみん視点ではむしろ、むきむきの方がめぐみんに幻想を抱いているフシがあった。
「むきむきは何故あんなにひたむきに、私を信じられるんでしょうね」
里を出てから、爆裂魔法で倒しきれなかった敵の記憶も増えてきた。
ゆんゆんとずっと一緒に旅をしてきたせいか、爆裂魔法の使い勝手の悪さ、上級魔法の汎用性の高い強力さも身に沁みて理解できてきた。
前に出てむきむきと連携することはゆんゆんにはできても、めぐみんにはできない。
新しい魔法を覚えるたび、ゆんゆんは仲間に多彩な貢献ができるようになっていくが、めぐみんは爆裂しかできない。
里の中に居た頃は、上級魔法の使い勝手の良さと強さを実感することは少なく、爆裂魔法の欠点を意識することは少なかった。
だが里の外に出て冒険を重ねることで、めぐみんは人知れず自分の戦力評価と爆裂魔法の評価を少しばかり下げていった。
里の外に出て世界が広がり、認識が変わっていったのは、むきむきだけではなかったのだ。
「私は爆裂魔法しか愛せません。何せ最強ですからね」
「爆裂魔法は最強です!」というめぐみんの叫びには、爆裂魔法に対する99%の信頼と、1%のそう自分に言い聞かせようとする意図があった。
それでもむきむきは、めぐみんの爆裂魔法が最強だと信じていた。
めぐみんの爆裂魔法の強さを、めぐみん以上に信じていた。
彼女視点、むきむきの方がめぐみんに幻想を抱いているフシがあるというのはそういうことだ。
むきむきの中のめぐみん評価は、めぐみんの自己評価よりずっと高い。
めぐみんからすれば、"相手に幻想を抱いている側"が逆転した形になるので、たいそう不思議な気分になったことだろう。
むきむきという実像は虚像を追い越し、めぐみんという虚像は実像を追い越していく。
事実がどうであるかは別として、めぐみんの中ではそうなりつつあった。
杖を貰ってからはなおのことそう思うようになる。
杖を貰って嬉しい気持ちがあった。
杖を貰って、その期待と信頼の重さをずしりと感じる心があった。
「……この杖、私よりもゆんゆんに渡していた方が、役に立ったのでは」
アクセルに来てからの魔王軍幹部との決着を改めて見れば、めぐみんの気持ちも多少は理解できるかもしれない。
バニルはゆんゆんが撃破。
セレスディナはウィズが撃退。
冬将軍はめぐみんが倒したものの直後に復活、シルビアはその煽りで逃走。
ベルディアはむきむきがタイマンで撃破。
ハンスはゆんゆんが撃破している。
彼女はPTのフィニッシャーを自負しているが、魔王軍幹部相手に痛打を叩き込めたのは王都での戦いが最後だろう。
杖を得た後も、ダクネスを助ける時も戦いではそう活躍できず、エルロードでラグクラフトを仕留めた時も然りである。
杖が、重い。杖の価値。杖に込められた想い。その両方の重さを少女は感じる。
むきむきは杖がめぐみんに相応しいと思って渡した。
だがめぐみんはその杖を使い、杖に相応の活躍ができたとは思えていない。
むしろゆんゆんの方が活躍している、とさえ思っていた。
杖を貰った嬉しさが気持ちの上塗りをしてくれていなければ、今頃はどうなっていたことやら。
"このままでいいのか"という思考は、めぐみんに自分の身の振り方を考えさせる。
「……あー、でもこういう意味のない思考は態度に出しちゃ駄目ですね。心配させますし」
もっと必要とされる自分でありたい。
もっと役に立てる自分でありたい。
もっと仲間を助けられる自分でありたい。
様々な要因からめぐみんの中に生まれつつあったものは、そういう気持ちだった。
うーん、中々解けないわね、この知恵の輪。
「アクア、今は暇か?」
あらダクネス。どうしたの?
私は今露天で買ってきた知恵の輪をあっさり解こうとしているところよ。
「少し聞きたいことがあってな。
カズマ、めぐみん、むきむきの三人の関係で何か最近気が付いたことはあるか?」
えー、何もなくない?
むきむきはめぐみんともカズマともいつも通りに仲良いわ。
カズマとめぐみんも兄妹みたいに仲が良いわね。髪の色も同じだし。
「兄妹? 確かにあの二人は、時折互いに勝手知ったるとばかりに仲が良いが……」
あれ、この知恵の輪これで解けないのね……
カズマさんとめぐみんだけど、あの二人の相性って多分ね、むきむきとめぐみんの相性よりいいと思うの。単純に性格的な相性を見るだけならね。
「何?」
カズマとむきむきとめぐみん、三人でよーいドンで関係を始めたら、たぶんカズマさんとめぐみんの方が仲良くなると思うわ。女神の勘よ!
「そういうものなのか?」
そういうものよ。
ダクネスと私は友達でしょ?
「うむ」
でもダクネスはきっと、どうしても優先順位を付けないといけなくなったら、私よりお父さんを上に持ってくると思うの。
……あら、この知恵の輪解く方法無いんじゃない?
「それは……」
ダクネスはいい子で家族思いだものね。
きっと『どっちが上だなんてことはない』って言いたいと思うんだけど、それでもやっぱり、ダクネスの中で十何年も一緒に居た実の父親というのは、とても大きなものなのよ。
「……いや、だが、それでも。
アクアは家族同然の大切な仲間だと思っている。
きっと家族よりも大切な仲間になるだろう。それは、私の剣にも誓えることだ」
ありがとね、ダクネス。
これでエリス教徒でなくてドMじゃなかったらもっとよかったのに。
「カズマもそうだが、お前も大概ズケズケ言うな……」
好意って矢印じゃなくて数字なのよ。
一番好きな人が入れ替わるのは、一番目に好きだった人を嫌いになるからじゃなくて、二番目に好きだった人をもっと好きになってしまったから。
好意は日々の積み重ねで数字の積み重ね。だから自分に矢印がずっと向いたままなのが当然だと思ってる人はすぐ浮気されちゃう。
だからアクシズ教は浮気を許されたい人が入信してくることも多いのよね。
浮気してもいいですかー、って女神に祈りを捧げる人それなりに居るのよ?
「アクシズ教は本当にどうしようもないな……
……ああ、だが、アクアが言う通りに考えると少し理解できたことがある」
?
「カズマとめぐみんが話しているのを見ている時のむきむきだ。
あれは、そういう感情を向けていたのだな。
カズマに対するものか、めぐみんに対するものか、それとも両方か……」
どういうこと?
「そちらは察せていないのか……まあいい。
これが手がかりになるかどうかは分からないが、いい話は聞けた」
それにしてもこの知恵の輪解けないわね。
最低難易度とか言われてたから気軽に買ったのに、この私が解けないなんて本当は最高難易度だったに違いないわ! 詐欺よ詐欺!
冒険者ギルドとアクシズ教団に連絡して二度と商売ができないようにしてやらないと!
「アクア」
何よ!
「この知恵の輪、ここに付いている留め具を外さないと解けないんじゃないか?」
あ。
あ、ダクネスー。珍しいね、昼間にこの食事処に来るなんて。
「クリスか。ちょうどいい、お前にも話を聞こうと思っていたんだ」
何さ?
「最近、めぐみんの様子に何かおかしかったことはなかったか?
もしそうであったなら、めぐみんがそうなったことに心当たりはないか?」
なして? ダクネスの方がめぐみんには近いと思うけど。
……それとも、多角的な意見を求めてるのかな?
あるいは、手当たり次第に情報を集めないといけないような緊急事態?
「さあ、どうなんだろうな。
私はむきむきから頼まれただけだ。
めぐみんが何を考えているか探って欲しい、とな。
同性で幼馴染でもないが友人ではある私だからこそ察せることもだろう、ということらしい」
ふーん……むきむき君が、ね。
前からちょっとめぐみんの細々とした言動や所作に何か違和感があるみたいなことは言ってたけどね。それが確信に至ったのかな?
「? そうなのか?」
うん、そういう話してたよ。
「屋敷でも屋敷の外でもそういう話をしていたのは見たことがなかったな。
いやそもそも、お前達が私達の知らない所で話しているというのもあまり……」
……あ、あー、ほら、私達は冒険者だから。
ダクネス達だって四六時中一緒に居るわけでもないでしょ?
だからほら、私とむきむき君が二人だけで話すことがあっても変じゃないよ!
「そう言われてみればそうか。……ううむ、だがしかし……」
それよりめぐみんのことでしょ!
「何か知ってるのか?」
少女の様子がおかしいなら答えは一つ! ……恋煩いだよ!
「はい撤収」
待って! 検討くらいしてよ!
「流石にそれなら私にも察せられる。
私は別に他人の気持ちに鈍いタイプではないんだ。
めぐみんのはそういう明確なものではなく……
おそらくは、一言で言い表せるようなものではないのだと思う」
えー、それなら紅魔族の二人に直接聞いてみるよう言ってみたら?
せっかく三人がそれぞれ違うタイプなんだから、その過程で良い影響を与え合って解決するなんてこともあると思うんだけどな。
「違うタイプ、か」
そうでしょ?
めぐみんは別に目標がなくてもやっていけるタイプ。爆裂魔法が好きだという気持ちだけで自分の道を進んでいけるタイプ。
魔王退治を志しても、本質的には自分と爆裂魔法に箔を付けるのが目的ってタイプだよね。
ゆんゆんは里長になるっていう大目標、そのために超えなければいけないめぐみんに勝つっていう中目標、そのために魔法の腕等を磨くっていう小目標を持ってる。
あの子が一番堅実な考え方してるよね。
むきむき君は自分を鍛える、目の前の敵から仲間を守る、魔王を倒すっていう小目標をズラッと並べて優先順位ごとに一つ一つ処理していくタイプ。
小さなことも大きなことも本気で挑んで、魔王を倒す前と魔王を倒した後でやってることがあまり変わらない人だよ。
だから互いに良い影響を与えあったりしてるんじゃない?
「なるほど」
でもだからか、関係が固まっちゃってる所はあるよね。
「固まっている……?」
ゆんゆんが悩んでいる所にめぐみんが一喝して立ち直る。
むきむきが悩んでいる所にめぐみんが一喝して立ち直る。
でもその逆って、あんまりない気がするんだよね。私のイメージだけど。
「……それは、確かに」
めぐみんはゆんゆんを「あの子」、むきむき君を「あの子」って言うよね。
ゆんゆんはめぐみんを「あの子」、むきむき君を「あの人」って言うよね。
むきむき君はめぐみんを「あの人」、ゆんゆんを「あの子」って言うよね。
あの三人の関係は変わりそうで変わってない。
誰かが変われば変わるのかな?
変わるとしたら誰が変わればいいのかな?
ダクネスはどう思う?
誰が変わったら、万事円満に終わると思う?
主の運命を変えるため。
主の存在に付けられた見えない穴を塞ぐため。
魔王軍所属の上級悪魔達七人は、アクセルの街へと密かに接近していた。
彼らは上級悪魔の中でもそこまで強くはない部類だ。平均から少し下程度だろう。
だが、彼らは隠密行動を行えるスキルを持ち戦闘能力もあるというタイプであった。
彼らは邪神ウォルバク配下の上級悪魔。
魔王に忠誠を誓い魔王軍に所属している悪魔と同様に、ウォルバクに忠誠を誓い魔王軍に所属することを決めた悪魔である。
「行けるか」
「ああ」
「全てはウォルバク様のために。ちょむすけ、だったな」
彼らの目的は、先日仲間が見つけた巨人の肩の黒猫……つまり、ちょむすけである。
ちょむすけを確保することが彼らの目的。
アクセルの街にこっそりと忍び寄る彼らは、めぐみんの使い魔を狙っていた。
「気を付けろ。幹部も倒すような相手だ」
「気を張りすぎだろ、まだアクセルが遠目に見えるくらいだぞ」
「俺達は森で夜を待つ。そうだな、少し森の外を調べるくらいはしておくか」
今はまだ午後の時間帯だ。夜まではまだ時間がある。
幹部を倒すような人間達と、最悪戦わなければならないのだ。いや高確率で戦うハメになるだろう。上級悪魔の心にも緊張が走る。
彼らは潜んでいた森から踏み出し、赤茶けた地面を踏みしめて――
「―――!?」
――ほぼ全員が、足に強烈な爆破攻撃を受けた。
比較的脆い悪魔に至っては、足首から先を吹き飛ばされてしまう。
なんだ、と驚愕し横に飛び退けば、そこでも地面が爆発する。
未知の攻撃に悪魔達は戸惑い、戸惑いが大きかった者から順に、多くの爆破を足に受けてしまっていた。
「な、なんだ!?」
「この爆発ヤバいぞ! 多く受けるな!」
「飛べる奴は飛べ! ここの地面、爆発しやがるぞ!」
比較的安価な爆発ポーションを使った爆弾という発想が無かったこの世界。
しからば接触式の地雷だなんて、既存の発想のどこにも無かったに違いない。
ましてやこの地雷は、それそのものからはほぼ魔力さえ感じさせないのだから。
「爆弾を作る道具作成のスキル。
罠を作り設置する罠設置スキル。両方使えば、安価で強力な地雷の完成だ」
「! お、お前は!」
近場にあった岩の側から、三人分の人影が現れる。
腕組みをするカズマ、指を鳴らすむきむき、杖を握るめぐみんがそこに居た。
「どうだむきむき。多芸になったもんだろ」
「だね。日課爆裂に付き合ってたら敵が居るって言うから、一時はどうなることかと……」
「でもどうにかなったわけだ」
「敵見つけてからせっせと地雷作って、十分設置したら潜伏ってエグいよね」
カズマがスキルにより悪魔の存在と接近を感知。そのルートを推測し、スキルで手早く地雷を設置。悪魔が引っかかるまで潜伏で待ち伏せ、という作戦をどうやら取っていたようだ。
マリオカートで敵の前に陣取りバナナを捨てるような戦術である。
実に効果的なようで、その実小器用な立ち回りから敵が最も嫌がることをするという、頭が良いというより姑息なイメージが先行する小技であった。
「バカな、何故我々の接近が分かった!」
「盗聴、千里眼、敵感知etc。今の俺、スキルポイントで底上げした感知系スキルの塊なんで」
「……!?」
今のカズマは料理スキルも持っているため、味覚・視覚・聴覚・第六感の四つが常人離れした探知係となっている。
感知系スキルは実に便利だ。取るだけで持ち主を有利にしてくれるのだから。
スキルを揃えたカズマは、夏場寝る前に自分を狙う蚊を敵感知で把握し、離れていても盗聴スキルでその羽音を聞き逃さず、電気を消した部屋の中でも千里眼で蚊を潰せる。
カズマは夏の日本人を悩ませる蚊の悪魔の天敵である。
しからばこの悪魔達をも恐れさせるが道理であった。
そしてサポート能力を多様に伸ばしたカズマがそうしてお膳立てをすれば、後は最高の前衛がそのお膳立てを最大限にまで活かしてくれる。
飛んで来る悪魔、総数三。
爪と牙を剥き、距離を詰めてくる悪魔達の前に、むきむきはその巨体で立ちはだかった。
「カズマくん、めぐみんをお願い。奴らは僕が片付ける」
「おう、頼んだ」
「むきむき、気を付けてくださいね」
飛んで来る悪魔達とすれ違うように、むきむきが跳んだ。
悪魔達に反応さえ許さない速度の跳躍から、すれ違いざまに音速超えの手刀が飛ぶ。
むきむきが再び地面に足を着ける頃には、飛んだ悪魔達は一人残らず死を迎え、魔界へと還されていた。
「!? なんだこいつ!」
昔の彼ならもう少し苦戦していただろうか。
だが、もはや上級悪魔の平均にも届かない程度の敵に苦戦することはない。
彼はもう、そういう
むきむきはカズマが地雷を仕掛けた場所を覚えている。悪魔達に地雷の場所は分からない。
ならばむきむきは地雷の合間を跳び回り、悪魔を一方的に狩ることができる。
一体を拳で、一体を蹴りで、それぞれ仕留める。
あっという間に二体を倒し、むきむきは残り二体にも手をかけようとする。
「おっと、そこまでだ。こいつらは俺の身内だ、全滅させられるのは流石に困る」
「!」
だが、割って入ってきた悪魔がその攻撃を受け止めた。
悪魔達が表情を明るくし、むきむきがその表情を驚愕に染める。
「ホースト様!」
「どうしてここに!?」
その姿も、その名も、どこか懐かしくて。
「久しぶりだな坊主。背ぇ伸びたか?」
「……ホースト」
自分に悪魔のことを教えてくれた先生であり、かつて命をかけた戦いの果てに別れた悪魔が、そこに居た。
むきむきは跳ぶようにして距離を取り、地雷原の中でホーストと対峙する。
「カズマくん、気を付けて! こいつはホースト! 幹部級の強さの悪魔だ!」
「何!?」
「あー……思い出しました。あの日私の爆裂魔法でも倒せなかった悪魔ですね」
「うっそだろお前」
カズマの驚愕をよそに、ホーストは地面を強く踏む。
ホーストが踏んだ地点から地面の下に魔力の波が広がって、全ての地雷は魔力の波動に誘発され爆発してしまった。
「!」
その踏み込みは地雷を撤去するためのものではない。
ただ強く踏み込むだけのものだった。
ホーストは強く踏み込み、猛烈な勢いでむきむきにショルダータックルを仕掛ける。
トラックの全力突撃をゆうに超えるその一撃を、むきむきは盾のように構えた両腕で強烈に受け止めた。
衝突の衝撃が、周囲に暴風を撒き散らす。
「この力……前に僕が戦った時より、ずっと強い!」
「あれからレベルを上げてきた。こういう日が来るだろうと思っていたからなぁ!」
むきむきのアッパーに、ホーストが肘を打ち下ろして合わせる。
ホーストの前蹴りに、むきむきも前蹴りを合わせる。
以前は小細工に小細工を重ね、高価な魔道具をいくつも使ってようやくホーストに食い下がることができる、そのくらいの実力差があった。
だが今は、そんなものがなくても戦えている。
「そういうお前も、随分と強くなったもんだな!」
「冒険が、出会いが、戦いが……色んなことがあったから!」
ホーストが翼を広げ、飛行を織り交ぜてむきむきを翻弄する。
走っても速い。飛んでも疾い。ホーストは力強さだけでなく、スピードも一級品だ。
「『インフェルノ』!」
「『ライト・オブ・セイバー』!」
飛び回って死角から炎の魔法を打ち込んでくるホーストに対し、むきむきは炎をも切り裂く光の手刀で対処する。
だが、この魔法は目眩ましでしかなかった。
炎の光が、熱で曲げられた大気が、ホーストの姿を僅かな間むきむきの視界から消す。
ホーストは炎を使ってむきむきに直前まで己が体を視認させず、少年の顔面に悪魔の爪を突き出していた。
顔面を貫通しかねない威力を持った爪の刺突を、むきむきはなんと歯で噛んで受け止め、その威力を完全に殺すのであった。
「っ!?」
「この歯は、吸血鬼さんの魔法で強くしてもらった歯だよ」
「はっ、随分面白い冒険をしてきたみたいじゃねえか」
ホーストは距離を調整しつつ一歩分下がるが、そこでカズマが詠唱を終えた魔法を放った。
「『アンクルスネア』!」
足を縛る魔法が、ホーストの動きと退避を妨害する。
魔法はすぐに千切られたが、無視できない魔法妨害だった。
――――
「また会おうや。……後な、あのちびっ子に言っておけ。召喚できるならしてみろ、ってな」
「次は勝つよ。僕と、めぐみんと、ゆんゆんで」
「おう、やってみろ。力が足りなければ仲間を揃えるのがお前ら人間だろう? へへっ」
――――
ホーストは思わずほくそ笑んでしまった。
彼はカズマの姿を紅魔の里で見た覚えがない。つまり里の外でむきむきが作った仲間であるということ。別れの時に交わした会話を思い出せば、ホーストは笑みを浮かべずにはいられない。
この少年は、里の外で仲間をちゃんと揃えていたのだ。
ホーストはむきむきが守っている二人の後衛を見る。
カズマは色々と手を準備しながら、視線をあちこちに走らせていた。
どのタイミングで逃げに入るかの算段をしている男の目だ。ああいう目をした手合いは厄介な敵になると、ホーストは経験上よく知っている。
めぐみんは杖を構えていた。
ホーストはあの時受けた爆裂魔法の威力をありありと思い出せる。
もう一度受けたいとは、お世辞にも言えない魔法であった。
(こいつは、むきむきから離れねえ方がいいな)
ホーストは遠距離から魔法戦を挑むこともできたが、むきむきと付かず離れずの距離で戦うことで爆裂魔法を封じることを選んだ。
むきむきはホーストを殴り飛ばして距離を離したい。
だがホーストはこの距離を保ちたい。
互いの意図はぶつかり合い、拮抗し、状況は現状維持のまま何も変わらない。
それすなわち、二人の近接戦闘力が拮抗していることを意味していた。
「ホースト!」
「面白いくらいに拮抗したもんだな、実力が!」
これが二人だけの戦いなら、この拮抗は長く続いていただろう。
二人だけの戦いであるのなら、だが。
「狙撃!」
カズマの撃った矢が、ホーストに命中。
その先端に付けられた小さな爆弾が姿勢を崩させる。
「ちっ」
「カズマくんナイスアシスト! これで……」
そう。カズマがアシストしたように、この戦いは二人だけの戦いではない。
「『ライトニング』」
ならば当然、ホーストの方にも手助けしてくれる増援は現れる。
「っ、新手!?」
むきむきが屈んで、自分を狙って来た雷をかわす。
ホーストは致命的な隙を晒したむきむきを思い切り蹴り上げた。
むきむきは腕の防御を間に合わせるが、凄まじい威力の蹴りに体が浮いていた。
「手を貸すわ、ホースト」
「ありがてえ、感謝します。ウォルバク様」
赤い髪。
猫のような瞳。
神のような美しさと悪魔のような禍々しさを感じさせるその容姿。
むきむきを撃った女性の姿に、めぐみんは見覚えがあった。
忘れるわけがなかった。
見間違えるわけがなかった。
あの日、爆裂魔法という存在を刻み込んでくれた人のことを、爆裂魔法を教えてくれた人のことを、めぐみんはずっと覚えていたのだから。
「……あなた、は……」
あの日、めぐみんを黒い獣から救ってくれたその人が。
この日、めぐみんからその黒い獣を奪うべく、敵としてそこに立っていた。
めぐみんには聞きたいこと、言いたいことがたくさんあった。
だが第一声に何を言うかは迷わない。
"あの時のお姉さん"と再会して、最初に何を言うか。何を聞くか。
それだけはずっと前から決めていたから。
王都でウォルバクが魔王軍だという話を聞いた。むきむきからも同じ話を聞いていた。
驚きはあったが、最初に何を言うか、最初に何を聞くか、その部分は変わらなかった。
相手が魔王軍だったとしても、めぐみんの中にある言葉も想いも変わりはしない。
「私のことを、覚えていますか? 私はめぐみん。あなたに命を救われた者です」
戦うか、戦わないか。
戦いたいのか、戦いたくないのか。
めぐみんは自分がどうしたいのか、自分が何を望んでいるかも分からないまま、過去のことを引き合いに出してウォルバクに歩み寄ろうとした。
しかし、ウォルバクはその歩み寄りを拒絶する。
「いいえ、知らないわね」
心の距離を近付けさせない。
対話も拒絶する。
自分の心の内も見せず、相手の心の内も察しようとしない。
覚えているだろうに、覚えていないと言い、そこで繋がりを断絶しようとする。
それはウォルバクからめぐみんに対する明確な拒絶。
情を理由にめぐみんが手心を加えるという可能性を減らし、あくまで対等に戦いに命を賭けようという、どこか優しさと気高さを感じる拒絶だった。
「何故ですか? 何故あなたが、魔王軍などに……」
「色々あるのよ。人間に説明してもあまり意味のない理由がね」
「……なら、質問を変えます。何故、ちょむすけを狙うのですか?」
上級悪魔の会話はカズマが盗聴スキルで盗み聞き済みだ。
ウォルバクとその配下がちょむすけを狙っていることは既に割れている。
そこまで知られているのであれば、ウォルバクも目的を明かすことに躊躇いはない。
「あれが私の半身だからよ。
私達はいずれ一つになる。ならなければならない。
なら、あちらの私には消えてもらって、私の中に戻ってもらわないと」
「……!」
ウォルバクの目的達成は、イコールでちょむすけの消滅を意味していた。
めぐみんとカズマが息を飲み、ホーストと戦っている最中のむきむきが叫ぶ。
「ちょむすけを、消すだなんて! 僕らが認められるわけがない!」
「だったら戦うしかないでしょう。交渉の余地は無いと思いなさい」
「戦うならその前に言っておきます!
ありがとうございましたお姉さん!
あの時は僕の命もめぐみんの命も助けてもらってしまいました!
お姉さんに助けてもらったお陰で、僕は強くなろうと初めて強く思ったんです!」
「え、ええ……? どういたし……んんっ、こほん。
知らないわね。あなたは誰のことを言っているのかしら? 人違いじゃないかしら」
「ありがとうございましたッ!」
「感謝のゴリ押し……!?」
めぐみんにはまだ迷いがあった。
だがむきむきにはまるで迷いが見えない。ブレが見えない。自分が何をするべきか、何を言うべきか、その点がまるで揺るぎない。
むきむきとて、自分が強くなるきっかけになった命の恩人という点では、めぐみんとそう変わらないというのに。
「こっち見ろやむきむき! まだ終わってないだろうがよ!」
「殴り合いならとことん付き合うさ! でもウォルバクさんだって無視はできない!」
今もホーストと殴り合っているむきむきは、何故ブレないのか。
それはブルーとの戦いを経て、相手にどんな事情があろうとも全力でぶつかっていくことを覚えたからだ。
日々の成長は、彼の中にきちんと積み重なっている。
だからだろうか。
ウォルバクの目には、むきむきの方がめぐみんより成長しているように見えた。
にもかかわらず、むきむきがめぐみんを自分より上の者としているように見えた。
それは、奇妙な紅魔の友人関係だった。
カズマはウォルバクの参戦で戦いの流れが変わってしまったことに焦り、めぐみんに言葉を叩きつけるように指示を出す。
「めぐみん、撃て!」
「……え」
「ホーストはむきむきに近すぎるが、あっちの幹部なら撃てる!
あの幹部がむきむきを攻撃し始めたら本気でおしまいだ! 今しかないだろ!」
カズマはめぐみんが撃てるということを、微塵も疑っていなかった。
いつも何でもかんでも爆裂するめぐみんなら撃てるだろう、という信用。
いくら恩人でもむきむきと天秤にかけるなら撃てるだろう、という信頼。
だから撃てと言った。
めぐみんの頭脳が回る。思考が走る。
常人であれば数時間に相当する熟考、言い換えるならば迷いが、めぐみんの頭の中を駆け巡る。
一瞬の間に迷いに迷って、考えても考えても答えは出なくて、めぐみんは一瞬で返答を返した。
「分かりました、撃ちます!」
カズマからすれば、それは頼りがいのある即答に見えただろう。
だがそれは、紅魔族の優秀な頭脳が一瞬で終わらせただけの、長い長い苦悩の果ての、見るに堪えない思考の停止でしかなかった。
「……っ」
一つ、ある側面での真理を語ろう。
その果てに答えを出せないのであれば、その苦悩に意味はない。
答えを出せない苦悩は、ただの時間の無駄遣いと言うのだ。
「―――っ」
めぐみんは爆裂魔法を撃たない。撃てない。
詠唱すらしない。できない。
杖さえ構えない。構えられない。
めぐみんという少女には、爆裂魔法を教えてくれた恩人は撃てなかった。
「何やってんだめぐみん、早く!」
カズマが叫ぶ。
この場に居る人間の中で、カズマだけが冷静に戦況を見ることができていた。
彼だけが、"めぐみんが爆裂魔法を撃てないという最悪"を理解していた。
「大丈夫! 爆裂魔法を撃たなくても済むよう、僕がこっちでなんとかしてみる!」
カズマの催促に対し、むきむきは一切の催促を行わない。
それどころか"撃たなくていい"とさえ言い始めていた。
カズマは爆裂狂としてのめぐみんを信頼し、むきむきは幼馴染としてめぐみんを理解していた。
だから二人の言い分には違いが出てしまう。
全員で生きたいのなら、カズマの言い分が正しい。
めぐみんの迷いと心中してもいいのなら、むきむきの言い分が正しい。
それだけの話だった。
撃たなくていいとむきむきが言えば、めぐみんはその言葉に少しだけ甘えてしまう。
それだけの話だった。
「めぐみんは、撃たなくても大丈夫だから!」
「いや、無理だろ」
めぐみんが撃てない分自分がカバーすればいいと、そう思って奮闘するむきむき。
そんなむきむきの目の前で、ウォルバクの支援魔法が次々とホーストにかけられていく。
一つ魔法がかかるたび、ホーストは飛躍的に強くなっていく。
一つ支援が届くたび、むきむきの攻撃は届かなくなっていく。
互いの力に差が生まれ、ホーストのアームハンマーがむきむきの頭頂部をぶっ叩いた。
首が叩かれ、衝撃で体がくの字に曲がり、一撃の重さで首が体から離れそうになる。
「かぅ……!」
「さっきまで俺とお前は互角だった。
だが、ウォルバク様の支援魔法を受けた今、俺は明確にお前より上だ」
むきむきもホーストも、本質的に勝負強く粘り強い。
性質にどこか似た所があるため、力の差がそのまま戦いの流れに出てしまう。
むきむきが殴っても、もう届かない。届いてもあまり効いていない。
対しホーストの攻撃は効く。もうかわそうと思ってもかわせないほどに速く鋭くなっていた。
ウォルバクの参戦で、勝者と敗者が揺るぎないものに変わっていく。
「狙撃!」
カズマがウォルバクに矢を撃つが、魔力の結界のようなものに阻まれてしまう。
揺らがない。カズマの一撃では、この盤石な状況を揺らがせられない。
ホーストはまたしても、今のむきむきを見て笑った。
「仲間が助け合うもんじゃなく、重荷になった時点でお前は勝てねえよ」
「重荷になんてなってない!」
「そうか? なら俺に勝って、そのセリフ証明してみせないとなぁ!」
腹にホーストの拳が突き刺さる。
むきむきの心は折れない。
(重荷なわけがない!)
顎にホーストの蹴り上げが突き刺さる。
むきむきはなおも目を逸らさない。
(僕はいつだって寄りかかる側だ。めぐみんが僕の重荷になんてなるわけがない!)
悪魔の爪が少年の左肩から右脇腹にかけての範囲を深く裂き、抉る。
むきむきは歯を食いしばって声も漏らさない。
(重荷に、なんて―――)
そうして、頑張って、頑張って、頑張って。
「『エクス―――」
頑張った先に、むきむきは自分の仲間達に向け爆裂魔法を構えるウォルバクを見た。
考えすぎて動けなくなっている今のめぐみんとは対照的に、その瞬間のむきむきは、何も考えずに動いていた。
何も考えずに飛び出した。
ホーストに背中を向け、ホーストに背中を抉られ、バランスを崩しながらも跳んで、カズマとめぐみんを庇える位置に移動した。
そして、爆裂魔法を受け止める。
「―――」
筋肉を、命を、今の自分という全存在をぶつけてそれを受け止める。
自分の後ろには一切の熱と衝撃が行かないよう、技と気合いで相殺する。
"火の中に飛び込んだ虫はこんな気持ちだったんだろうか"と、地獄の感覚の中で、益体もなく少年は考える。
彼は自分の全てをぶつけて、自分の後ろには熱と衝撃の一切合切を通さなかった。
「……あ」
めぐみんが小さな声を漏らす。
むきむきは振り返り、めぐみんとカズマが無事であることを確認する。
鼓膜が残っていないから、音で無事を確認することもできなくて。肌が焼けていたから、気配で無事を確認することもできなくて。片目が無いから、残った目で見るしかなくて。
それでも、『無事だ』と分かった瞬間、少年の顔には安心しきった笑みが浮かぶ。
「よかった、ぶじで」
そうして、むきむきは力なく倒れた。
カズマが叫ぶ。
「撃て、めぐみんっ!」
"むきむきが殺される前に撃て"という意図で叫ぶカズマと。
"恩人を殺せない"という意識から撃てず、むきむきをこうしてしまった自分が。
めぐみんの頭の中で対比になって、止まった思考の間でくるくると回り続けていた。
(……これは……他の誰のせいでもなく……きっと……私の……あ……)
爆裂魔法を撃てなかった自分と。
爆裂魔法を撃った恩人と。
爆裂魔法に焼かれて倒れたむきむきが。
めぐみんの頭の中で一塊になって、彼女の心を際限なく苛んでいた。