「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 前回の引きからして皆さんノンケの恋愛を期待してたと思うのでひねくれ者の私はホモを提供したいと思いました


4-3-1 恋と愛

 ここはアクセルでも一番にシャレオツなシティロードだと若者に人気の一角。

 ダクネスはカフェにて、めぐみんと二人きりで紅茶を飲んでいた。

 彼女も十代の若者だ。

 むきむきのPTで十代ではないノットヤングはアクアのみ。

 オンリーババアの称号はアクアにのみ与えられる。

 こういった場所にも興味があるのが若者というものだ。

 

 ダクネスはカフェで一番高い茶葉の紅茶を頼み、実家の茶葉と比べて「ちょっと不味いな」と思いつつ味と香りを楽しんでいるふりをするという、ヘンテコなお嬢様ムーブを自然に行っていた。

 

(穏やかな昼下がり。なんと心休まる時間か……)

 

 カフェの一角で紅茶を飲んでいるだけでもサマになるのは、流石ララティーナお嬢様といったところか。

 

「それで、話というのはなんだ、めぐみん?」

 

 ダクネスは余裕のある語り口でめぐみんに問い、紅茶を飲み。

 

「私、むきむきのことが好きになったみたいです」

 

「ぶふぉっ」

 

 一気に吹き出した。

 この瞬間、ララティーナお嬢様はお笑い芸人ダクネスへと転がり落ちる。

 

「お、お前! ……そうか、そういう方向に転がったか」

 

「何一人で納得してるんですか?」

 

「いや、しかし、こんなあっさり言うとは……

 私がめぐみんに打ち明けた時は、打ち明けるだけでも何十分と使ったというのに……」

 

「何言ってるんですか、ウブなネンネじゃあるまいしそんな悩みませんよ。

 いい加減慣れましょうよ、こういう話にも。

 カズマを好きになってしまったと私に相談してきた時のあなたはどこに行ったんですか?

 カズマを惚れさせるにはどうしたらいいかと相談してきたあなたはどこに消えたんですか?」

 

「わー! わーっ!」

 

 誰の影響も受けなかった場合、ダクネスは"自然に好きになってもらおう"とする。

 めぐみんは"積極的に動いて落とす"。

 二人は攻防で対極的だ。

 主導権を自分で持つか、相手に渡すかでも対極的なので、めぐみんは落とすだけ落としておいて肉体関係は結婚までお預けにすることもあり、ダクネスにはちょっと押されただけで性的な関係を持ちかねないところもあった。

 

「こほん。ま、まあ、なんだ。

 つまりはめぐみんも私に恋愛のイロハを聞く気になったと……」

 

「いや別に」

 

「!?」

 

「ダクネスに聞いても返って来るのは

 『こういう純愛であるべき』

 『淑女は殿方にこう振る舞うべき』

 『清く正しいお付き合いからの恋愛成就』

 みたいな刺し身の上のタンポポ並みに役に立たない乙女チックな返答でしょうし」

 

「な、なんだと!?」

 

「ダクネスは性癖は変態ですが素は一番乙女チックですからね。

 以前は恋愛知識が絵本に毛が生えたレベルでしたよ?

 戦闘においても落ちない要塞、女性としても誰にも攻略されてない要塞でしたし」

 

「このっ、このっ、このっ……うぐぐぅっ……!」

 

 要塞落としの爆裂と処女要塞では、どうしても前者が優位に立つものである。

 

「彼を見ていると、胸が高鳴ります。

 いつも自然と目で追っていて、いつも自然と居場所を探している気がします。

 もっと触れたい、もっと話したい、もっと一緒に居たいって思います。

 触れるのは少し気恥ずかしくて、でも触れたいし、触れて欲しい。

 抱きしめて気持ちを伝えたい。

 でも抱きしめて貰うのは、想像するだけでちょっと恥ずかしくて、頬が熱くなります」

 

「ベタ惚れか!」

 

 彼女が少し頬を染めてそんなことを言うものだから、ダクネスはめぐみん以上に顔を赤くしていた。

 

「よくそんな台詞が言えるな、聞いている私の方が恥ずかしいぞ……」

 

「本人の前で言う時は、もうちょっと言葉を選びますよ」

 

「言えません、じゃなくて言葉を選びますよ、なのか……」

 

 もしもこの少女が恋敵であったなら、とんでもない強敵になっていただろうと、ダクネスは密かに戦慄するのであった。

 

 

 

 

 

 同時刻、別の場所。

 ここはアクセルでも一番にハイカラな商店街だと若者に人気な一角。

 クリスはゆんゆんに呼び出され、カフェでコーヒーを飲んでいた。

 

(今日は結構いい天気だねえ)

 

 クリスはかなり面倒見が良い。

 知り合いのダメ人間に対する面倒見も良ければ、初対面の人間に対しても優しく、ギルドに来たばかりの初心者の面倒を見ることもある。

 そのためか、アクセルのギルドに頻繁に来るわけでもないのに、ギルドの冒険者からの印象が総じて良かったりした。

 

 ゆんゆんが"悩みの相談相手"にクリスを選んだのは必然だったと言えるだろう。

 クリスならば口も固く、真剣に一緒に悩んでくれて、生産的な返答を返してくれるだろう。

 ゆんゆんの思い詰めた表情を見て、クリスは早くもこのお悩み案件が一筋縄でいかない事を察していた。

 クリスは砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを口元に運び、口元を潤わせる。

 

「で、本日は何用……」

 

「めぐみんがむきむきを好きになっちゃったみたいなんです!」

 

「ぶっ」

 

 そして、吹き出した。

 

「けほっ、けほっ、あ、そういう相談?」

 

「そうです! クリスさんは数少ない常識人ですから!」

 

「普通、世の中の大半を占めるマジョリティを常識人って言うんだと思うんだけどね……」

 

 この世界基準の常識人とは、一般的には一体誰のことを言うのだろうか。

 

「めぐみんが本気を出したら……もう大変です!

 なんやかんやで恋愛感情まで行ってなかったから、私にも沢山チャンスがあったのに!」

 

「あーうん分かるよ、むきむき君めぐみん大好きだもんね」

 

「私のことだって大好きです! めぐみんほどじゃないですけど!」

 

「言ってて悲しくならない?」

 

「悲しいですよ!」

 

 テーブルを叩くゆんゆんは涙目である。

 

「昔のむきむきはめぐみんを凄い凄い言いながら依存してたフシがあったんですけど……

 今はそういうのがないんです。

 めぐみんのことを褒めていても、依存はしていないというか。だからまだチャンスは……」

 

「うーん成る程。私にはあまり理解できないけど、ゆんゆんが言うんならそうなんだろうね」

 

 昔のむきむきはめぐみんを『段違いに特別な存在』として見ていた。

 当時の彼がめぐみんに言い寄られれば、他の誰に好かれようが迷わずめぐみんを選んでいたかもしれない。他の誰よりも彼女を優先したかもしれない。

 が、今はそうであるとも言い難い。

 

 今のむきむきは、昔と比べれば大切な人達への好感度がフラットだ。あくまで昔と比べれば、ではあるが。大切な人が増えた結果と言えるだろう。

 恋愛に必勝法など無い。勝利を約束された者も居ない。

 両思いであっても成就しないのが恋愛の常だ。

 恋という過程を一度も通過しないまま結婚し良い夫婦となった者さえいるという。

 むきむきとゆんゆんの仲を考えれば、ゆんゆんの望みが叶う可能性は高すぎるほどに高い。

 

「……あ、そっか」

 

 むきむきを挟んだめぐみんとゆんゆんの関係を頭に思い浮かべて、クリスは何かを納得した様子で、ぽんと手の平を合わせていた。

 

「じゃあこれも、いつもめぐみんとゆんゆんがやってる『勝負』になるわけだ」

 

 クリスの本質を言い当てた言及に、ゆんゆんは苦笑する。

 そう、これは勝負。勝負なのだ。

 ゆんゆんがめぐみんを超えようと挑むいつもの勝負と、本質は同じ。

 

 二人はどこまで行っても―――『ライバル』だった。

 

「……めぐみんは、私の憧れなんです」

 

 ゆんゆんは店員が運んできたパフェを一口食べ、一呼吸置き、パフェを見つめて――その向こう側の遠くを見つめて――内心を吐露し始める。

 

「勝ちたくて。だから全力で挑み続けて。

 でも本当に勝ってしまったら、何かが終わってしまう気がして……

 ずっと憧れで居て欲しいけど、その上を行きたくて……

 矛盾してるけど、一度も手を抜いたことはなくて、全力で挑んで負け続けて来たんです」

 

 めぐみんは先日、自分の杖はゆんゆんの方が相応しいんじゃないかと思うくらいに、自分とゆんゆんを比べゆんゆんを上に置いていた。

 ゆんゆんは、めぐみんがそんなことを思っているなど想像したことさえないだろう。

 彼女はライバルであるめぐみんに、ずっと負け続けてきたのだから。

 

「でも今、生まれて初めてこんなにも強く……勝ちたいって、負けたくないって思うんです」

 

 はてさて、それは少女の可愛らしさか。

 

「負けたくない。勝ちたい。取られたくない。私を選んで欲しいんです」

 

 それとも、女の本気か。

 

「むきむきと出会ったのは私の方が先。

 でも私とめぐみんが出会った時にはもう、めぐみんの方が好かれてたんです。

 悔しい気持ちもあったんです。……いや悔しくないわけないじゃない!

 むきむきにもめぐみんにも言ったことないですけど!

 二人が仲良いこと自体には文句無いですけど! 仲良すぎることは不満で、もうっ!」

 

「あはは、幼馴染しか持たない悩みだねえ、それ」

 

「ううぅっ……」

 

 普段ゆんゆんがめぐみんとの勝負に本気で挑むのは、めぐみんに負けたくないからだ。

 まず"めぐみんに勝ちたい"、"めぐみんに負けたくない"という気持ちが大前提としてあって、その気持ちを成就させるためにどんな勝負内容にも全力で挑んでいく。

 だが、これは違う。

 ゆんゆんには大好きな人が居て、それがまず大前提なのだ。

 大好きな人が居るからめぐみんに負けたくない。負けたくないから全力で挑む。そういうちょっとだけ違う過程を経ている。

 

 極端な話、好きになった彼を射止めるために負けることが必要なら、ゆんゆんはめぐみんにあっさり負けることを選ぶだろう。

 勝たなければ得られないから、全力で勝とうとしているだけである。

 今日までの勝負は『めぐみんに勝つことが目標』で、この勝負だけは『めぐみんに勝つことは手段』になっているというわけだ。

 

 それはある意味、変化でもあり成長でもあった。

 それは、劣等感やコンプレックスというにはあまりにも綺麗で、純真で、可愛しくて、真っ直ぐで、熱くて、前向きな……そんな、感情だった。

 

「今度こそは勝つんです! 負けないんです! 私はここから、めぐみんに勝ちます!」

 

「うん、その意気だ。私も今日からは、ゆんゆんだけを応援することにしようかな!」

 

「ありがとうございます! ずっと勝ててない私だけど、これを最初の勝ちにしてみせます!」

 

 クリスは自分がこの少女に肩入れすることが、ちょっとズルいことだと認識しつつも。

 

「罪作りな子だね、むきむき君も」

 

 そう呟いて、ゆんゆんの未来の幸運を願うことを、止められなかった。

 

 

 

 

 

 はてさてその頃、彼らの屋敷では。

 

「むきむき、お茶を持って来てくれる?」

 

「既に持ってきております」

 

「ありがとう、あなたは最高の信徒よ」

 

「光栄です」

 

 ニート化した女神ウォルバクと、その下僕と化したむきむきが居た。

 

「何やってんだオラァ!」

「何やってんのオラァ!」

 

 そこにチンピラカズマとチンピラアクアが殴り込んで来る。

 

「おま、ニートて、ニートて……!

 あれだけ本気でお前助けようとしてたむきむきとかに申し訳ないと思わねえのか!」

 

「し、仕方ないじゃない。

 私は怠惰の女神としての信仰を軸に再構築されてしまったのよ?

 お休み大好き、温泉大好き、だらけるの大好き、お酒もちょっと好き。

 こんなに堕落していいのかって自己嫌悪にも陥るけど、しょうがないことなのよ……」

 

「は? 既にあなたは現在進行形で女神の面汚しなんですけど?

 謝って! 私とむきむきとめぐみんとついでにエリスとか他の女神にも謝って!」

 

「分かった、謝るわ。女神アクアには謝らないけど」

 

「なんでよ!?」

 

 怠惰の女神ウォルバク。

 彼女は新生した今の自分の存在、及び自身を構築する概念に多少振り回されていた。

 PTの放っておけばニートになりそうランキングワンツーフィニッシュのコンビが、思わずツッコミ側に回ってしまうほどに。

 今のカズマとアクアは、ソシャゲ課金を止めた課金厨に似ている。

 あまりにも多額の課金をして爆死をした人を見て、課金を思い留まった課金厨に似ている。

 ウォルバクの溢れ出るニート=アトモスフィアは、カズマとアクアに自分の悪癖を棚上げさせ、常識人ぶった行動を取らせるほどのものだった。

 

 魔王軍幹部級の部下を含む悪魔軍団を引き連れ、自身も爆裂魔法を操ることで、魔王軍屈指の集団戦力と目されていた美しき邪神が、今は見る影も無い。

 

「お姉さん明日から頑張るから、ね?」

 

「カズマくん、アクア様、ウォルバク様もこう言ってるし……」

 

「「 甘やかすな! 」」

 

 このままではニート駄女神が爆誕してしまう。

 最悪むきむきが彼女にかかりっきりになってしまう。

 それは最悪の未来であった。

 カズマもアクアも、自分がむきむきに甘やかされながら悠々自適のニート生活をするのはよしとするが、生産性の無い新参居候引きこもりがそんな生活を送ることは許せなかったのだ。

 

 むきむきの誘いでウォルバクもこの屋敷の住人となった以上、カズマとアクアはウォルバクの生活スタイルに口を出す権利がある。

 ここに、ウォルバクニート化を否定するアクアカズマ同盟、略してアクマ同盟が結成された。

 

「うちの屋敷にこれ以上駄女神増やされてたまるか! 一人でさえ手に余ってんのに!」

「うちの屋敷にクソニートが二人とか悪夢よ! 一人でさえ頭が痛くなりそうなのに!」

 

「「 ……は? 」」

 

「おいおいアクア、俺の生産性を舐めるなよ?

 今や生産職のスキルをいくつも取って潰しが利くようになった俺だぞ?

 むきむきの体に合う服作りのため取ったスキルで、販売用に作った服も売れてきた。

 今の俺のどこがニートだ? ん? 駄女神よりは役に立ってるぞ、おい」

 

「あらあらカズマさんたら、最近調子に乗ってるんじゃないかしら?

 私はね、凄いのよ? できることが一から十まで凄いの。

 むきむきが『アクア様にしかできない凄いことです』

 『アクア様が居なかったらどうなっていたことか……』

 って何度も言ってくれるくらい凄いのよ?

 スキルあっても当分暮らせていけるだけの金が出来たらニート化するカズマとは違うのよ!」

 

「「 …… 」」

 

 アクマ同盟、崩壊。

 

 カズマとアクアがぎゃーぎゃーと口喧嘩を開始する。

 

「多分私へのお説教はまだ続くと思うから、今の内に外に行ってきちゃいなさい」

 

「……すみません」

 

「謝るのは私の方よ。

 いつかは元に戻るかも知れないけど、こんな情けない醜態を見せてしまってごめんなさい。

 あ、外に行ったら帰りにお酒買って来てちょうだいね。あれば果実酒系の度数高いやつ」

 

「……はい、分かりました。本当の本当にごめんなさい」

 

 むきむきはこっそり部屋を出て、両手で顔を覆って心底悔いるように言の葉を吐き出した。

 

「……こんな復活の仕方をさせてしまって、本当の本当にごめんなさい……!」

 

 むきむきのテンション数値は今や最低値である。

 「うちの名誉アクシズ教徒をどうたぶらかしたのよ邪神!」「もうその件は水に流して頂戴、水の女神なだけに」「暴虐が棒ギャグになってるわよクソ女神!」と背後から女神バトルが始まった音まで聞こえてきて、たまらない気持ちで屋敷を出てしまう。

 怠惰とギャグの女神になったらどうしよう、という不安まで出てきていた。

 

「あ」

 

 家に居辛い子になってしまった彼が屋敷から出るやいなや、屋敷の前にまで来ていたリーンと彼の目が合った。

 

「やっほ、むきむき」

 

「こんにちは、リーン先輩」

 

「相変わらずいいところに住んでるねえ」

 

「住み心地もいいところですよ。

 一緒に暮らしてる人がいい人達で……ん? リーンさん香水変えました?」

 

「ふふふっ」

 

「?」

 

「うちの男共はそういうの全然気付いてくれなくてさ、やんなっちゃうよねー」

 

 リーンは外見も性格も可愛いが、クズには躊躇なく魔法をぶっ放し、鬱陶しいナンパ男の股間はノータイムで蹴り上げる、ごく一般的なアクセルの冒険者思考をしている。

 彼女のように、仲間にあまり女としては見られていない女性もいるのだ。

 むきむきのPTとは、そういう意味で根本的に違っていたりする。

 

「ギルド受付のルナさんあたりなら、すぐ気付きそうですけど」

 

「あ、そのルナさんの話だけどね、あたしルナさんに頼み込まれて呼びに来たのよ、君を」

 

「僕を?」

 

「遠い所からお客さんが来てるんだって」

 

「お客さん? 王都……じゃないか。

 アイリスは来たいって言ってたけど、それは手紙で止めたし……

 レヴィが遊び半分仕事半分でベルゼルグに来るって手紙で言ってたのは四ヶ月先だし……」

 

 リーンに呼ばれ、冒険者ギルドへと赴いたむきむきが見たのは。

 

「や」

「あ、兄ちゃんだ」

 

「……あるえ!? こめっこちゃん!?」

 

 里から出て来た、二人の知り合いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 むきむきは二人がこのタイミングで里から出て来たきっかけに心当たりがあった。

 少し前に、ホーストと戦った果ての顛末も含め、あるえに手紙を送った覚えがあったのだ。こめっこの年頃なら、文字で伝えるより誰かの口から伝えた方が伝わるだろうと考えて。

 むきむきはあるえに『自分を悪者にすることも考えて欲しい』と伝えたのだが、こめっこの様子にもあるえの様子にも、暗いものは見られない。

 ホーストをむきむきが討伐したことなど、なかったかのように振る舞っていた。

 なので"ホーストの件で来たんだろう"と身構えていた少年は、少し拍子抜けしてしまう。

 

 ギルドの一角を借りて、そこに二人を座らせる。

 むきむきが三人分の飲み物を持って戻ってきたら、さあ世間話の始まりだ。

 どこか懐かしくも申し訳ないような、けれども楽しい会話が始まった。

 

「めぐみんとゆんゆんは? 私は二人がどうなってるかも楽しみだったんだ」

 

「二人は出かけてるよ。街の近くに居るとは思うけど」

 

「ふむふむ」

 

「……からかうのはほどほどにね」

 

「めぐみんはまだ発育を気にしているのかな? そうだったら楽しいけれども」

 

 あるえは紅魔族随一の発育という称号を持つ者。現在進行形でそうだった。

 めぐみんと会わせたらめぐみん激怒間違い無しである。主に胸のせいで。

 

「こめっこちゃん、背が伸びたね」

 

「兄ちゃんも伸びたねー!」

 

「はは、ありがとう。こめっこちゃんは将来美人になるよ」

 

「それは姉ちゃんみたいになるって意味? 一般的な意味での美人になるって意味?」

 

「え? ええっと……」

 

「兄ちゃんにとっての美人基準ってどんなの?」

 

「そ、それはね……」

 

 こめっこの手強さも健在だ。魔性の妹の称号を自称するだけはある。

 

「私も成長して胸が大きくなったよ。小説書く以外に特に何もしてないけど」

 

「申告しなくていいから! そういうのはいいから!」

 

「……うーん、こんなので顔を赤くするのであれば、まだ童貞かな」

 

「推測しなくていいから!」

 

 二人は昔から、ホーストやむきむきが手玉に取られてしまうような強者だ。

 

「兄ちゃんが姉ちゃんの兄ちゃんになるかならないか、そこんとこはっきりとですね」

 

「こめっこちゃん、こめっこちゃんにはそういう話はまだ早……」

 

「姉ちゃんと上手く行かなかったらあるえに走るの? ゆんゆんに走るの?」

 

「どーこでそういう言葉覚えてくるのかなー! こめっこちゃん!」

 

 二人が揃うと、どうしてもむきむきが翻弄される側になる。

 二人と居ると、どうしてもホーストのことを想起してしまう。

 こめっこが邪神ウォルバクの封印を解いていた間、悪魔と紅魔がひとときの休戦期間を過ごしていた、戦わないでいられた時のことを思い出してしまう。

 ホーストを倒したことに少年が罪悪感を感じていないと言えば、きっと嘘になる。

 それが心の傷になっていると言っても、きっと嘘になるだろう。

 

 ただ、二人と居ると思い出すのだ。

 間違いなく楽しいと言えた、あの頃のひとときを。

 

「私達がここに来た理由が知りたいかい? むきむき」

 

「! ……うん」

 

「まあ遊び半分だよ。理由があるかと言われたら無いとしか言えない」

 

「え、ちょっと」

 

「君が悪い方向に想像してるようなことはないとだけ言っておこう」

 

「うっ」

 

 あるえは掴みどころがなく、それでいてむきむきを初めとした周囲の友人のことをしっかりと理解していて、それなりに親しい友人であるむきむきにも何を考えているのかよく分からない。

 頭がおかしいと言われるだけで行動基準が分かりやすいめぐみん、紅魔の里に理解者が居なかっただけのゆんゆんと比べれば、その思考は極めて難解だ。

 彼女が心の中に秘密を抱えていたら、誰もそれを理解できないに違いない。

 

「乙女っぽく言ってみようか。会えなくて寂しいから来ちゃったっ、てへっ」

 

「あるえ、真顔でそういうの言ってからかうの楽しい……?」

 

「言うのが楽しいんじゃない。むきむきの反応が楽しいんだ。勘違いしないで欲しい」

 

「なんというか本当にもう……!」

 

 あるえはお洒落眼帯を外して、ペンとメモ帳をポケットから取り出す。

 そして赤く綺麗な両目で少年を見て、話を促す笑みを見せた。

 

「さあ、君の人生を聞かせて欲しい。私の小説のネタにしたいんだ」

 

 少年は知らない。

 少女が少年に語ったこともない。

 彼女にとって、一番最初に自分の夢を手伝ってくれた友人が彼であるということを。

 

――――

 

「君が冒険の話をする。

 私がそれを参考に小説を書く。

 それはきっと……とても楽しいことだと、私は思うんだ」

 

「うん、楽しそうだ」

 

「だからちゃんと元気に生きて、無事に帰って来て、旅の話を聞かせて欲しい」

 

――――

 

「いってらっしゃい。私はいつまでも、君を待ってる」

 

――――

 

 それはめぐみんやゆんゆんのそれとは別の、暖かな繋がりだった。

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドの一角で、微笑ましい時間が流れていた。

 少年が今日までの冒険譚を語って聞かせ、少女がそれを面白そうに聞く。幼女が合間合間に入れる合いの手のおかげか、会話も小気味いいテンポだ。

 酒の入った冒険者が子供っぽい彼らをからかいに行こうとするが、たまたまその場に居たテイラーが腹パン一発。担ぎ上げてギルドの外に連れて行った。なお、少年達は気付いていない。

 

 むきむきの冒険譚はこめっこにとって心躍るものであり、あるえにとっては物語のネタにしたくてたまらないものであったようだ。

 こめっこは目を輝かせ、あるえのペンは止まらない。

 合間合間にあるえが里のことを話したり、こめっこがやんちゃした小さな武勇伝を得意げに語ったりもして、三人組の会話に花が咲いていく。

 ギルド受付のルナが水差しをこっそりテーブルに置いていったが、声はかけない。

 三人の会話を邪魔しないようにと、大人なりに気遣ったのだ。

 

「他の人にも話を聞いてみたら?

 アクセルのギルドには僕以外にも色んな冒険者が居るよ。

 あるえのお話のネタにするなら、僕が何人か話を聞かせてもらえないか頼んでみようか?」

 

「ん……魅力的な誘いだけど、今はいい。君の話だけでいいさ」

 

「なんで?」

 

「私はきっと、君の人生が好きなんだ」

 

 あるえの聞きなれない言い回しには、不思議な響きがあった。

 

「そこでこう選択するのか。

 そこでこの敵と出会うのか。

 そこでこういう仲間と出会うのか。

 君の人生の一片を聞くたびに、私はそんなことを思ってる。

 性格や過去なんて、極論を言ってしまえばその枠の中にある『設定』でしかないだろう?

 私は君の人生を構成するそれら多くの要素を、大雑把に大体気に入っている」

 

「嫌いなところもあるんだ……ど、どこ? 言ってくれれば直すよ?」

 

「サラダがごまドレッシング派なこと」

 

「!?」

 

「君が悪者になっても、私は多少幻滅こそすれ、嫌いにはならないだろう。

 友人のまま、たまに会って君の人生を聞いて本の参考にするだけだろうね」

 

 曲者な友人との会話は、ちょっと頭を使わないといけない時もある。

 けれど、楽しいものだった。

 

「僕もあるえの小説好きだよ。全部好きだ」

 

「君が最初のファンで良かったと思うよ、掛け値なしにそう思う」

 

「ただの感想だよ?」

 

「ならこう言おうか。私は君の感想も好きだ」

 

 あるえは口元に手を当てて、思わせぶりな表情で微笑む。

 一方こめっこは、拳を握って何やら決意を固めていた。

 

「私も、もっとぶゆーでん作ってべすとせらーの主人公にならないと……」

 

「こめっこちゃん、危ないことするなら僕が止めるからね?

 もしものことがあったらひょいざぶろーさんやゆいゆいさんに合わせる顔が……」

 

「じゃあ兄ちゃんも手伝って!」

 

「手伝う? 武勇伝を作るのを?」

 

「ん」

 

 こめっこは跳ねるように席を立ち、椅子に座ったままのむきむきの太ももの上に立った。

 得意げに立ち、小さな手でぺちぺちとむきむきの額を叩いている。

 

「ここは冒険者ギルド。私の伝説を打ち立てるにはうってつけだよ」

 

「ああ、そういうこと?」

 

 そこまで言われて、むきむきはこめっこの意図を把握したようだ。

 

「ルナさん、あるえの臨時冒険者登録できますか?」

 

「はい、できますよ。

 こっちで処理しておきますから、むきむき君はそこのコップの片付けお願いしますね」

 

「はい!

 あ、こめっこちゃんはカードないと思うのでそっちはいいです。

 あるえが倒したモンスターをギルドが処理してくださればそれで。

 ギルド利用による納税の義務とかがあったらこっちに回して……」

 

「はいはい、大丈夫ですから。

 そんな小さな子のお願いを聞いてあげるお兄ちゃんにそんな責任負わせませんよ」

 

「……すみません。じゃなかった、ありがとうございます!」

 

 むきむきが空のコップを洗い場に持っていき、ルナが書類を手早く処理していく。

 あるえはこういう一幕からも、この街におけるむきむきのポジション、このギルドにおけるむきむきのポジションを読み取っていく。

 "中々里帰りしないわけだ"と、あるえは密かに納得していた。

 むきむきはこめっこの手を引いて、クエスト発注書が張り出されている掲示板の前に移動した。

 

「さてクエストどれにしようか、こめっこちゃん」

 

「……けーじばん、高くて見えない」

 

「あ、ごめんね。よいしょ」

 

「わっ、高い! ぐみんを見下ろせる高さ!」

 

「どーこでそういう言葉覚えてくるのかなー! こめっこちゃん!」

 

 抱っこして抱え上げただけでこれだ。

 将来途方もない大物になるであろう片鱗をひしひしと感じさせる。

 むきむきに至っては『愚民』の部分が『めぐみん』に聞こえてしまったので、心中では二度びっくりしていたりした。魔性の妹はお兄ちゃん特攻持ちである。

 いつの間にかあるえも彼の隣に居て、ほうほうと呟きつつ掲示板を眺めていた。

 

「? 兄ちゃん、誰か来るよ」

 

 そんなこんなで、こめっこを抱え三人であーでもないこーでもないとクエストを物色するむきむきであったが、その肩を突如現れた男性がガシッと掴む。

 振り返れば、そこにはダスト。

 とんでもなく余裕のない顔で少年の肩を掴むダストが居た。

 

「あ、ダスト先輩。どうし―――」

 

 女好きのダストからさり気なくあるえを隠すよう動くむきむき。

 だが、今日のダストに女を見る余裕はなかった。

 彼は最初から一貫して、男のむきむきだけを見ていた。

 

「頼む、むきむき! 俺をホモの魔の手から救ってくれ!」

 

「へ?」

 

 今日もアクセルは騒がしく、平和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞くところによると、ベルゼルグ貴族でアクシズ教徒のとある男がダストに惚れてしまったのが始まりだったらしい。

 ベルゼルグ貴族はそれなりに変態が多い。

 ダクネスとか、アルダープとか、ダクネスとか、ダクネスとか。

 アクシズ教徒は大半が変態だ。こちらは個人名を挙げる必要さえない。

 そのハイブリッドのホモともなれば、悟空とベジータのフュージョン、ウルトラマンとウルトラマンの合体にも等しい存在であることは明白だ。

 

 ホモ貴族はダストに告白。そして玉砕。

 アクセルの街で泣きながら一人で酒を飲んでいたところ、突然降臨した女神アクアに助言を貰った……らしい。ホモ貴族が、そう言っていたそうだ。

 女神はこう助言したという。

 

「いいのいいの、突っ走っちゃいなさい!

 愛は誰かの迷惑になったとしても間違いなんかじゃないのよ!

 100人幸せにしても1人不幸にしたら間違ってるとかアホらしーでしょ?

 世界全ての人より愛する人一人のために、とか美しいでしょ?

 いいのよ、愛は迷惑で! 間違ってる愛なんてないんだから!

 あ、すみませーん! クリムゾンビアおかわりでー! 支払いこの人でー!」

 

 ホモ貴族が目覚めた時、降臨した女神は既に消えていたという。

 それが夢か現か、判別するすべをホモ貴族は持っていなかった。

 だが、確信だけは持っていた。

 あのお告げは、絶対に―――アクア様自身が、自分にくださったものなのだと。

 

 『非正常愛(ホモレズ)・オブリージュこそが貴族の使命』と彼は割り切り、覚醒する。

 大悪魔ホモストとでも言うべき愛の魔性と化した彼はもう止まらない。ダストへのラブコールという名の執拗なホモ堕ち誘導を開始した。

 

 この世界においては、同性愛者や性同一性障害者、特殊性癖の人間の受け皿はアクシズ教団しかないと言っていい。

 そのアクシズ教団の人間が『死んだ後に転生できる、自分達を受け入れてくれる楽園』として夢見ている世界が、歩いていけない隣の世界・日本である。

 古来より日本では、岩手県の伝承等を取りまとめた遠野ホモ語などの書物が書かれ、最近では偽ホモ語なる作品が大人気でシリーズ化までしている……と、伝えられている。

 伝言ゲームで多少なりと歪んだ可能性もあったが、ホモ貴族はそんなこと気にしなかった。

 

 この世界で結ばれればいい。

 この世界で結ばれなくても心中して日本で結ばれればいい。

 そういう思考でホモ貴族は行動していた。

 

 アナル・クソミソ・アイラブユー、略してアクア。アクア式恋愛理論がホモ貴族の脳裏を駆け巡る。彼の中では押し倒しちまえばこっちのもんよ、と思うくらいに話が進んでいたらしい。

 となると、困るというか恐怖するのがダストだ。

 いつホモ貴族にレイプされるか分からない。いつ心中を仕掛けて来るか分からない。相手が男だという事実がなおさらにダストを恐怖させた。

 

 ダストが伴侶に求めるのはエッチ・リッチ・スケベのエリス式三拍子が揃った女性。

 つまりエロい体をして金を持っててやらせてくれる美人である。最悪だ。

 この需要は、ホモ貴族という供給と完全にマッチしていなかった。

 ノーブルホモの恋路は最初から成就しないと決められていたようなものだった。

 

「で、クエスト内容は?」

 

「ああ、それは―――」

 

 そこでダストは一計を案じた。

 アクセル近くの山々にこの時期生えるという、『恋忘花』を使うことを決めたのだ。

 これは煎じて飲むと『恋の熱を少しの間忘れさせる』効果があるという。

 恋を忘れて愛があるかを確かめる、あるいは恋に恋する娘が悪い男に引っかかっているから目を覚まさせる、などの目的で使われる希少な薬花なのだそうだ。

 

 しかし恋の熱を忘れるのは少しの間。

 その少しの間で恋の夢から醒めないのであれば、効果は無いに等しい。

 希少ではあるが貴重ではないというのが現実で、取引価格も低いのだとか。

 ダストはノーブルホモのそれが恋の熱に浮かされたものであることに賭け、手伝ってくれないテイラー達の代わりに助けてくれる人を探していたらしい。

 

 このクエスト依頼を特に何も考えずこめっこは快諾。

 "最近の小説はファッションホモで笑いを取るのもアリなんだよ"とあるえも賛成。

 かくして、アクセルの近所の山に行くというピクニックのような行動と、ホモの痴情のもつれの解決という目的を両立するクエストが開始されるのであった。

 

「……酷いクエストになりそうだ」

 

 むきむきは仲間に一言断っていくため、一旦屋敷に向かう。

 勿論怠惰の女神と化したウォルバクに頼まれていた買い物は忘れていない。

 ウォッカの大瓶、ルシアン・クエイルード、バロン、クォーター・デックの四種でアルコールゴッドレクイエム、ウォルバク式コンボを構築。

 それらの酒は屋敷の居間にがちゃっと置いたのだが、むきむきの帰宅を迎えてくれたのはウォルバクとウォルバクに絡んでいるアクアだけだった。他の皆は出かけているらしい。

 

「―――というわけで、クエストに行ってきますので。留守番お願いします」

 

「はい、分かったわ。お酒もありがとうね?

 それなら今日の夕飯はその二人の紅魔族の分も余分にご飯を作っておいて……

 ……あ、駄目、怠惰の波が来ちゃったわ。

 私が晩御飯作ろうと思ってたけど、面倒臭くなってきたし店屋物取ればいいかしら……」

 

「うぉ、ウォルバク様……」

 

「ごめんなさいね……こんなに情けない女神で……

 今やもう事実上信徒はあなたしか居ないから、こんな私でも見捨てないでね……」

 

「いやもうなんか本当にごめんなさい。元に戻るまでちゃんと責任取って面倒見ます」

 

 ノーブルホモレイパーより自分の方が罪深いのではないだろうか。

 少年がそんな風に思っていると、アクアがまたウォルバクに絡んでいく。

 

「さあ、飲み比べで勝負よ!

 ちゃんと女神と認められたいなら、私との飲み比べで勝つことね!」

 

「あなたが飲みたいだけなんじゃ……いやなんでもないわ」

 

 この青髪アルコールの女神だったかしら、とウォルバクが目で訴え、信徒は首を振ってそのアイコンタクトを否定した。

 信徒は信仰対象の意を汲みやすくなるらしい。

 

「あ、そうそう、これこれ」

 

 と、そこでアクアがポケットの中からペンダントを取り出した。

 

「僕のペンダント? なんでアクア様が持ってらっしゃるんですか?」

 

「昨日の夜はクリスが居たでしょ?

 むきむきがテーブルの上に置きっぱなしにしてたのを、クリスが拾ってたのよ」

 

「それはですね、紅魔族に伝わるお守りで、皆の髪の毛を入れて……」

 

「入れた髪の毛が魔術的なお守りになる、だったわよね。

 前にあの子が……めぐみんが、私に色々と教えてくれたわ。

 あの子は本当にいい子で、元邪神の私を慕ってくれるのが信じられないくらい」

 

 このペンダントには、むきむきと親交を持ち絆を紡いできた者達の髪の毛が入っている。

 紅魔の里を出る時に、その後の旅の途中に、出会った人々が想いを込めてくれていた。

 これはある意味、彼の人生の軌跡そのものであると言っていい。

 

「昨日はちょむすけと、クリスって子がこっそり入れていたわね。

 ダクネスとカズマって子達も入れていたわよ?

 謙虚なんだか、恥ずかしがり屋なんだか……

 可愛い信徒のためだもの。私も貢献するとしましょう、ふふふ」

 

 そこに、ウォルバクが数本の髪の毛を入れる。

 

「むきむき、いつでもアクシズ教徒に転向していいのよ?」

 

 アクアはウォルバクが入れた髪の毛より一本多く、対抗心むき出しで髪の毛を放り込んでいた。

 

「……うちの信徒を、邪教の道に誘わないでもらえるかしら」

 

「邪教!? はい!? 私は正当な女神で、アクシズ教も邪教なんかじゃないんですけど!」

 

 "これ以上付き合っているとあるえとこめっこを待たせてしまう"と考えたむきむきは、二人を放ってさっさと出て行こうとする。

 

「クエスト行ってきます。あ、最後に一つ」

 

 去り際に、一言だけ残して。

 

「お二人とも、ずっと僕が喜んで尊敬していられる女神様で居てくださいね?」

 

 バタン、とドアが閉まる。

 一触即発、今にも魔法さえ使った殴り合いを始めそうだったアクアとウォルバクであったが、何も行動を起こさないまま、むすっとした顔で席についた。

 先程の少年の発言。あれは喧嘩の仲裁ではない。喧嘩に怒ったわけでもない。

 喧嘩するなと、遠回しにお願いされただけだ。

 それも『尊敬』を引き合いに出された形で。

 これで何もかも投げ捨てて喧嘩に没頭できるなら、二人は女神などやってない。

 

「……」

 

「……」

 

 二人は静かに、とりあえず酒飲みでだけでも相手の上を行ってやろうと、無言で飲み比べを開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくしてむきむきは、恋忘花を見つけるべく山の麓に到着していた。

 まだ小さく危なっかしいこめっこはむきむきが担いでいくことになり、彼はあるえも担いで行こうかと提案したが、あるえに"それは乙女的によくない"と断られてしまう。

 ダストは歩いてついて行けばいいが、問題は最後の一人。

 そう、ここにはもう一人いたのだ。

 ダストがここに来るという情報を嗅ぎつけ、ストーキングでここまで付いて来たホモ貴族が。

 

「ああ、愛しの君よ。僕はあなたに拒絶されるだけでたまらなく悲しくなるんです」

 

「ケッ、てめえのストーキング行為を止められるなら何でもしてやるよ」

 

「ん? 今なんでもするって言ったよね? 結婚しよ」

 

「むきむきー! こいつ怖い! 怖い! 心底恐ろしい!」

 

「僕に何ができるっていうんですか!

 自慢じゃないですけど僕がどうにか出来ることって大抵拳で壊せるものだけですよ!?」

 

 隙あらばダストの後をつける。隙あらばダストの背後を取る。隙あらばダストの尻を撫でようとする。私ホモーさん、今あなたの後ろに居るの、と言わんばかりだ。

 

「えーとですね、僕が言うのも変ですがダスト先輩が嫌がっているので、貴族様もその辺で……」

 

「あなたは僕の愛を否定できるだけのものを持っているんですか?」

 

「あ、えと」

 

「愛を成就させたことは? 告白して断られたことはありますか?」

 

「えと、その、ないです」

 

「ふぅ……なんだ、子供ですか」

 

「こ、子供ですけど!?」

 

「しからばあなたに僕の愛を止める権利はないということですよ、ふふふふふふふふふふふふ」

 

 じり、じり、とにじり寄ってくるホモの威圧感に、むきむきは思わず泣きそうな顔で後ずさっていく。

 魔王軍幹部は倒せても、こういうのは駄目なようだ。

 ベルゼルグ貴族でアクシズ教徒でホモという三和音(トライアドプリムス)は魔王軍幹部よりもずっと怖い。のかもしれない。

 酔っぱらい女神が適当に言った言葉のせいで振り切ってしまったホモ貴族だが、むきむきににじり寄る彼の前に、あるえが立ち塞がった。

 

「悪いけど、あまり彼に近寄らないでくれるかな」

 

 ホモには女を当てるべし。女を見て萎えたホモ貴族は、踵を返してダストの尻を触りに行った。

 

「ありがと、あるえ」

 

「君は体が強くなっても、まだ恋や愛には弱いんだねえ」

 

「兄ちゃんウブだから」

 

「こめっこちゃんにウブとか言われるのは納得いかない!

 いや僕もうそろそろ14だからね!? 結婚できる年齢だからね!? 大人手前だからね!?」

 

 ダストとむきむきはとりあえずホモ貴族を縛り上げ、樹上に縛り付けることにした。

 縛る途中で「あなたから進んでこんなプレイをしてくれるなんて……!」と興奮し始めたホモの言動は意図して無視する。

 尻を抑えて挙動不審にキョロキョロしながら必死に花を探し始めるダスト。

 ダストの菊の花を散らさないためには、この山で希望の花を見つけなければならない。

 

「あのホモどっかで見てんじゃないだろうな……俺怖えぞ」

 

「大丈夫、あのホモはむきむきを狙っていないようだから私は安心だ」

 

「俺は安心できねー!」

 

 しかもあるえに至っては『見つからなくてもいいけど』くらいのノリで、こめっこはダストのことなどどうでもよく、初めてのクエストにウキウキするのみ。

 ダストの尻穴の守護者になってくれそうな人物は、むきむきしか居なかった。

 

「埒が明かねえ。おいむきむき、一刻も早く見つけるため、手分けして探すぞ」

 

「声が届く範囲でお願いしますよ? 一定時間毎に互いに呼び合いましょう」

 

 ダストは一人離れて花がありそうな所を駆け回る。

 むきむきはこめっこを抱えて、こめっこが木の枝で肌をすりむいたりしないよう、背が低い木がある場所を避けて探す。

 あるえはダストとむきむきの中間ほどの位置で、何かを思いついてはメモり、細々とした文章をメモに書き溜めていた。

 

「あ、兄ちゃんお花発見!」

 

「どこ? ……ああ、あれだね。すごいよ、こめっこちゃんのお手柄だ」

 

「これは里に帰ってからじまんできるね!」

 

「だね。こめっこちゃんのお陰でクエストクリアできたんだ、って言っていいはずだよ」

 

 そうこうしている内に、目的の花が見つかった。

 恋忘花……ホモという絶望を打ち破る希望の光。

 これで上手く行けばダストの処女は守られるだろう。これには処女厨もニッコリ。

 むきむきは花を二、三輪摘み取って、保護ケースの中に放り込んでこめっこに持たせる。

 

 さあダストはどこだ、と探し始めたむきむきにあるえが一言。

 

「むきむきー、ダストって人がその辺にあった深い穴に落ちたようだよ」

 

「他人事みたいに淡々と言うことじゃない!」

 

 ダストはケツの穴を掘られる前に、山の穴に落ちてしまったようだ。

 

 

 

 

 

 ダストが穴に落ちたと聞き、むきむきがまず思ったのは"一部のモンスターが掘る縦穴に落ちたのだろうか"という心配だった。

 とはいえ、前衛職のダストが穴に落ちて大怪我するとも考えにくい。

 そこまで大きな心配はしていなかった。

 

 だがダストが落ちた穴の大きさを見て、むきむきは驚く。その穴の底まで落ちていたダストを追って、あるえとこめっこを抱えて降りると、その驚きは更に増した。

 

「……これ、地下施設?」

 

 ただの縦穴? とんでもない。

 その穴は、山の地下に作られた謎の地下施設への入り口だったのだ。

 誰が作ったのか? どんな目的で作ったのか?

 それを考えれば考えるほど、嫌な予感しかしない。

 他の誰でもなくダストがこの穴に挿入ってしまったという巡り合わせに、どこか美しい運命さえ感じる。ホモの因果がそこにはあった。

 

「俺厄ネタ臭しか感じないんだが」

 

「そりゃ僕もですよ、ダスト先輩」

 

「よし! アクセルのギルドに報告に帰るぞ! お先に!」

 

「あっ、ちょっ、ダスト先輩!?」

 

 基本的にクズいダストはむきむき達を置いて、脱兎の如く逃げ出した。

 ギルドに報告しに行くのも本当だろうし、危険な匂いを感じたというのも本当だろう。

 が、女子供を置いてさっさと逃げ出すのは流石はダストといったところか。

 

「あれはクズだね。まごうことなきクズだ。

 こっちで出来た君の仲間があんなだったら、強引にでも君を連れて帰るところだったよ」

 

「そ、そんなに?」

 

 あのあるえが呆れた顔で溜め息を吐いているのだから、よっぽどである。

 むきむきがアクセルで過ごしている日々が悪いものであったなら、問答無用で里まで連れて帰りかねない性情が、あるえにはあった。

 

「でもここはちょっと怪しいよ? 僕らも戻ることを考えておいた方がいいかもしれない。

 アクセルの街の周辺はギルドが管理してるから、簡単にこんな物は……こめっこちゃん!?」

 

 こめっこがむきむきの肩から飛び降りて、地下施設の中へと駆け出していく。

 忘れてはならない。

 こめっこはここに武勇伝を作りに来たのだ。

 そしてめぐみんも、その妹も、「入ってはいけないよ」と言われていた邪神の墓に気軽に入って邪神の封印を解放してしまうくらいには、向こう見ずな突撃タイプだった。

 

「追わないと!」

 

「いやはや、むきむきの人生は本当に波乱万丈だ!」

 

 怖いもの知らずなこめっこを追い、施設内部に入っていくむきむきとあるえ。

 そこで彼らが見たものは、無数の透明なケースの中に入れられた、数十体の少女型モンスターとそれを培養する施設だった。

 

「! ……これ、は……!」

 

「……安楽少女?」

 

 むきむきは驚き、あるえは驚きを顔に出さず、そのモンスターの名称を口にする。

 透明なケースの合間の通路を歩く二人は、何十体もの安楽少女に圧倒されていた。

 こめっこを探してキョロキョロとするむきむきを尻目に、あるえは部屋の隅で計画書を見つけ、眉を顰める。

 

「これは……培養してるのか。

 安楽少女は植物型のモンスター。

 この透明なケースの中の培養液で、球根育てるみたいに増やしているのかな」

 

「あるえ、あるえ、あそこに一匹ケースの外を歩いてる安楽少女が居るけど」

 

「安楽少女は危険なモンスターだ。むきむき、君に対しては特にそうだろう」

 

 一匹ケースから出てしまった安楽少女がむきむきに近寄るも、むきむきは反応に困ってしまう。

 

「安楽少女は食虫植物を大型化したような生態のモンスターだ。

 高い知能を持ち、庇護欲をあおることで人間を誘き寄せる。

 誘き寄せられた人間は様々な手でその場に留められ、捕食される。

 見方を変えれば、『人間を殺して捕食する』ことに特化したモンスターだね」

 

「あ……なんか寂しそうに僕らの方を見てる」

 

「近くに居れば安らぐ笑顔を浮かべる。

 離れようとすると泣き顔を浮かべる。

 そうやって人間に精神的な訴えかけをして自分の近くに留めるんだ。

 善良な人、お人好しな人、同情的な人は基本的にこのモンスターのカモだよ」

 

「なんでこんな実験してるのか分からないけど……僕らで助けてあげた方がいいのかな?」

 

「安楽少女は自分の体に成る実を人間に与える。

 これを食べて腹を膨れさせ安楽少女の傍に居続ける者も居る。

 安楽少女の実をちぎる痛々しい姿から、食べない者も居る。

 まあどっちにしろ死ぬんだけどね。実には栄養無いし。

 食べなきゃ空腹で死ぬ。

 実には一種の麻薬に近い物が入っているため、食えばトリップしながら死ぬから」

 

「ああ、あんなに弱った姿で……彼女を助けるために、僕は今日ここに、きっと……」

 

「そうやって人間の精神を上手く利用した殺害法を使ってくるわけだ。

 安楽少女は殺した人間の死体に根を張り、苗床にして栄養にする。

 あれはつくづく、人間という数も量も栄養もある餌を捕らえることに特化しているね。

 初心者殺しとかいうのと同じ、人間社会の発展に合わせた進化を遂げたモンスター……」

 

「よしあるえ! この子達を助けられるだけ助けて――」

 

「『ファイアーボール』」

 

「ああああああああああああっ! 安楽少女っー!!」

 

 安楽少女は植物系モンスターである。つまり、よく燃えた。

 

「つまりは君の天敵で、私のカモだ。さあ、行こうか」

 

「ひどい……」

 

 安楽少女はむきむきに対しては天敵であるが、普段から何を考えてるか分からないと評判のあるえに対しては逆に相性が悪いようだ。

 

「というかあるえ、魔法ちゃんと使える上にこんなに魔法の扱い上手かったんだね……」

 

「私を誰だと思っているんだい?

 ほぼ全員がアークウィザードで上級魔法使いの紅魔族、そこで学年三位だった女だよ」

 

「……そういえばそうだった」

 

 めぐみんやゆんゆんが不動の一位二位だったとはいえ、あるえもそれに次ぐ成績だったことに変わりはない。

 あるえはこんな性格ではあるが、秀才だ。

 とびっきりの天才には及ばないものの、紅魔族であるがゆえにその能力は極めて高い。

 

「まあ発育は学年一位だったんだけど」

 

「そのネタはもういいから! 行くよあるえ! こめっこちゃん探さないと!」

 

 安楽少女入りのケースの合間を抜けていくと、その向こうで大きな機械に備え付けられた大きなレバーを掴んでいるこめっこが居た。

 

「兄ちゃん、兄ちゃん! これ見て!」

 

「あ、こめっこちゃん! 一人で先に行ったら危ないって昔から何度も――」

 

「えいっ!」

 

 ガチョン、とこめっこがレバーを下ろす。

 するとケースの中の安楽少女達が一斉に溶解し、ザバっとケース内にさざなみを立てた。

 ケースの中の安楽少女達は一瞬にして消え去り、後には培養液の中の染みだけが残される。

 

「……ここ、怖いな……」

 

 ちょっとどころでなく、闇を感じる施設だった。

 

「それにしても、なんでこんなところで安楽少女の量産なんか……」

 

「決まってるじゃないか」

 

 むきむきが疑問を口にすると、あるえが拾った計画書の表紙を見せつける。

 計画書の表紙には『アクセル攻略作戦C・安楽少女量産計画』とタイトルが銘打たれており、その下部には魔王軍幹部セレスディナの署名があった。

 

「魔王軍による侵略だろう。

 安楽少女を山程放り込めば、どんな強固な要塞って落ちるって寸法さ」

 

 時と状況を選べば、安楽少女はたった一体で、むきむきPT六人を皆殺しにできる。

 

 そういうモンスターなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 安楽少女の恐ろしさは、いくらでも挙げられるだろう。

 それなりに人情があれば誰でも引っかかってしまうこと。

 どんなに強い冒険者でも衰弱死させられてしまうこと。

 近くに仲間が居なければ、引っかかった時点で自力脱出が不可能であること。

 そしてPTが安楽少女に引っかかった人間と、安楽少女を殺そうとする人間に別れた場合、安楽少女の味方と敵という構図で同士討ちが始まりかねないことだ。

 

 大量生産できるのであれば、これを街中に放り込んで大混乱を引き起こし、その後進軍することで拠点を落とすという戦術も可能だろう。

 物理耐性・魔法耐性・状態異常耐性のどれでもこれは防げない。

 

「ただ、これどんなスキルを使って実現させているんだろうね?

 私には想像もつかないよ。私の知るどの職業も、どのスキルも、これは実現できそうにない」

 

 あるえは里の外に出たことがほぼないため、誰がこんなことをしたのか見当もつかない。

 だがむきむきは、"このくらいできそう"な魔王軍の人物に、何人か心当たりがあった。

 

「これができそうな魔王軍の心当たりは……何人か居るかな」

 

 そして、なんとなくに『魔王軍の焦り』も感じ取る。

 

 現在撃破された魔王軍幹部はバニル、ベルディア、ハンス、ウォルバク。

 残りの幹部はウィズ、シルビア、セレスディナ、そして占い師の預言者だ。

 バニル退場でバニル領地の悪魔の参戦は止まり、ベルディアやハンスの配下も事実上無力化、ウォルバクとその配下も綺麗に魔王軍から消え去った。

 

 この施設からは、『数を揃えよう』という意識が感じられる。

 むきむきが受けた直感的な印象でしかなかったが、ここにカズマが居ればおそらく彼も同じ印象を受けただろう。

 この施設は、どこか日本人的な造形が感じられるものであったから。

 

「とにかく戻ろう。あるえやこめっこちゃんに危ないことはさせたくない」

 

 施設のことも気になるが、むきむきが第一に考えるのは二人の安全だ。

 こめっこを抱え、あるえを庇うようにして慎重に来た道を戻っていく。

 

「普段からこういう風に私をお姫様扱いしてれば私の好感度が上がるよ」

 

「その辺自己申告するんだ……」

 

 なのだが、どうにも様子がおかしい。

 来た道をそのまま戻っているつもりなのに、一向に入り口に戻れないのだ。

 それどころか施設の奥に誘導されている、そんな気すらしてくる。

 

「……これ、僕ら道に迷ってない?」

 

「迷ってるんじゃない。迷わされてるんだよ。

 この施設、構造が変わる上に魔法がかけられているみたいだ」

 

「!」

 

「あるえちゃん、私達姉ちゃんの所に帰れないっぽい?」

 

「今は帰れないっぽいよ」

 

 帰ろう帰ろうと思っても、施設の奥深くに招かれてしまう。

 むきむきが『壁壊して帰ろうかな……』と思うような不安な道のり。

 せめてどっちの方向に壁を壊していけば出られるのか、それだけでも把握できなければ最悪天井まで崩れてしまい、彼らは哀れ生き埋めになるだろう。

 

「言われてみると、この施設現状僕らの行ける道が一本道しかない……」

 

「罠だね、断言できるよ」

 

「やっばいかなこれ?」

 

「こめっこちゃんはともかく、私を保護対象としては見ない方がいい。

 ゆんゆんやめぐみんには及ばないけど私もアークウィザードだ。

 今日は君の背中を守る大役を私が果たす。背中を任せてくれて構わない」

 

「……ありがとう、あるえ」

 

「そしてこの話は私の手で小説になるんだ」

 

「このしたたかさ……!」

 

 どこかしら他人とズレていて、平然とした顔で淡々と冗談を言うあるえの発言は、本気なんだか嘘なんだか分かりづらい。

 ただ、一つだけ言えることはある。それに対するむきむきの反応が、あるえにとっては好ましいものであるということだ。

 

「姉ちゃんの冒険の話も聞きたくなってきた」

 

「それは帰ってからだね、こめっこちゃん」

 

「冒険って楽しいね!」

 

 あるえやこめっこは、良い意味で暗い空気を吹っ飛ばす性格だ。

 既に敵の手の内に落ちているも同然の現状だが、むきむきは二人のお陰でかなり上向きの精神状態を保っていられた。

 やがて、気持ちの悪い大きな部屋へと彼らは辿り着く。

 やたらと広い、天井と壁の境界に覗き窓が無数に設置されている、気持ちの悪い色彩で床と壁を彩った部屋。大きさは小中学校の体育館ほどだろうか。

 

 むきむきはその気持ちの悪い色彩が、生物を殺して飛び散った体液が染み付き変色したものであると、ひと目で見抜いていた。

 つまりこの空間では、定期的にたくさんの生物が外的要因によって殺されているということだ。

 

(広いな)

 

 部屋を見渡すむきむきだが、その近くを"見えない何か"が通る。その存在は、光の屈折で姿を消す魔法が込められた魔道具を使い、姿を隠してあるえを狙っていた。

 膨れ上がった筋肉に、それを覆う金属の表皮。

 銀色の拳を突き出して、その存在はあるえの胸に大穴を開けようとしていた。

 

「……そこに、何かいるな」

 

 だが、そんな奇襲を成立させる彼ではない。

 足音だけを頼りにむきむきが拳を突き出して、その存在が拳で応戦する。

 拳と拳がぶつかって、むきむきの拳が押し込まれて弾かれる。

 敵が見えなかった、というハンディキャップは勿論あった。

 

 だがこの一瞬、拳の威力はその見えざる敵の方が強かったのだ。

 

(―――強い!)

 

 パワーはむきむきとも大差がない。拳の強度も同様だ。なら何故押し負けたのか?

 速さだ。

 速さという一点で、その存在はむきむきとホーストの両方を遥かに凌駕している。

 

 見えない敵が、今の激突の衝撃で姿を現していく。

 膨れ上がった筋肉が見えた。

 それは、薬剤でむきむきと同等になった筋肉。

 胸に埋め込まれた時計が見えた。

 それは、女神が『彼』に与えた加速の神器。

 全身に銀色が見えた。

 それは、彼の全身に施された改造手術の証。

 指先に小さな穴が見えた。

 それは、その指先に無駄に搭載された醤油差し機能の排出口。

 

「……!?」

 

 鋼鉄の巨人と化したDTグリーンが、そこに居た。

 

「……グリーン?」

 

「男子三日会わざれば刮目して見よ」

 

「その姿の説明には確実になってないッ!」

 

 メカニカルな姿になったグリーンは、むきむきと比べても一回りは大きい。

 体長はゆうに3mは超えている上、アルダープが使っていた薬剤も併用しているのか、むきむきに比肩する筋肉まで備わっている。

 全身がメカニカルになったことも合わせて、以前の彼の面影はどこにも見当たらなかった。

 スピーカーがガガガと鳴って、女性の声が飛んで来る。

 

『あーあーてすてす。私の最新最高傑作のグリーンとの決戦場へようこそ』

 

「この声……ピンク!」

 

「兄ちゃん、知り合い?」

 

「一番エグい時のめぐみんから優しさを引っこ抜いて数百倍厄介にしたような奴!」

 

「大変!」

「それはヤバい!」

 

 ピンクとグリーンのことを曲がりなりにも知っているむきむきの発言が、こめっことあるえを驚愕せしめる。

 

『その装甲は昨日手に入れた魔術師殺しの欠片の技術を応用してるから、強いと思うんだがね』

 

「……うん? 魔術師殺し? いや待て、それを昨日手に入れたって、それは……」

 

『生きてる限りはどんなに改造しても特典の効果は失われない。そこは立証済みさあ』

 

 スピーカーから出て来るピンクの言葉は誰に対して向けられた言葉でもない。

 自分が作った芸術品の自慢だけをひたすら繰り返す、自己中絵師のようでさえある。

 あるえはピンクが垂れ流す言葉の中から"魔術師殺し"というワードを拾って、そこに一つの疑問を持ち、グリーンに魔法を撃ってみた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』」

 

 試しにで撃っていい威力ではない光刃が飛翔し、グリーンに命中する。

 だが上級悪魔をも真っ二つにするその魔法は、グリーンにかすり傷一つ付けられていなかった。

 

『無駄無駄』

 

「……やっぱり魔術師殺し。魔法の完全無効化機構。なら、それはつまり……」

 

「あるえ?」

 

「あ、むきむきは里でハブにされてたから知らないんだっけか」

 

「うぐっ」

 

「あれは魔術師殺し。魔法完全無効化装甲だと思えばいい。

 あれが欠片であってもここにあるという時点で、別の問題が出てくるのだけれど……

 まあそれは置いておこう。今は私達が生きるか死ぬかの瀬戸際だからね」

 

 魔法完全無効化能力を身に付け、時計を体に直接組み込むことで、グリーンは前回カズマ達にしてやられた自分の弱点を全て克服してきたのだ。

 

「今のオイラはそう……サイボーグリーンとでも呼んでいただこう」

 

「さ、サイボーグリーン……!?」

 

 邪神と悪魔の次はサイボーグ。

 魔王軍の構成員バリエーションには底がないのだろうか。

 とはいえ、非人道的行為ここに極まれり。

 現魔王軍とも元魔王軍とも繋がりがあるのがむきむきだ。ピンクとグリーンの能力も、この二人の関係もちゃんと理解している。

 

 ピンクは望んだ薬剤を作る能力、グリーンは加速する時計の神器が特典の転生者。

 その上で二人は恋人同士で、仲睦まじく付き合っていると聞いていた。

 なのにこれだ。

 グリーンはピンクに改造され、人間とは思えない形にまで変貌してしまっている。

 

「ピンクとグリーンは恋人だ、って聞いてたけど……

 恋人をこんな風に改造する人間も居るんだ。知らなかったよ」

 

『君は恋人を作ったことがないのかな』

 

「無いよ。でも、恋人が出来たとしても、こんなことは絶対にしない」

 

『それは君の行動原理だ。ボクの行動原理とは何の関係もない』

 

 最近めぐみんやゆんゆんと良い意味で微妙な関係になってきただけに、むきむきはこんな恋人関係を見せつけられて複雑な心境になっている。

 

『ただ、そうだね……

 ボクらは何もかも忘れてしまいたいんだ。

 覚えていることも覚えていないことも全部全部。

 生まれ変わる前の記憶を全部まとめて一緒くたに壊したい。

 だから自分も壊したいんだ。そんな気がする。自分のことなんて何も分からないけれども』

 

 むきむきがピンクと対峙したことは多くない。その性格を知る機会はほぼなく、DT戦隊の中で顔を合わせた回数も一番少なかった。

 むきむきはピンクに対し『今まで出会った人間の中で一番壊れてる』という印象を受ける。

 悪い、でもなく。外道、でもなく。悪性、でもなく。壊れている、という印象を受けた。

 

 むきむきの前方から、全身をサイボーグ化されたグリーンがのっしのっしと歩いて来る。

 

「……満足なのか、そんな風に改造されて」

 

「あの人の自傷願望と自殺願望に最後まで付き合うと、オイラぁ決めてるんでね」

 

「……!」

 

「『愛』ってやつさ、これもな」

 

 ピンクとグリーンは合意の上でこうしているのだ。

 グリーンは愛する人に改造されることさえ受け入れている。

 そこに本来他人がどうこう言う資格は無いのだろう。が、少年はそこにおぞましさや気持ち悪さを感じてしまう。

 

 恋の到達点は恋人という関係に至ること、とは言うが。

 恋というものの先にこんなおぞましい関係があっていいのか。純情な少年には分からない。

 

 むきむきはピンクとグリーンの会話を聞いていると何か違和感を覚えて、何か不協和音が聞こえるような気すらしてしまう。

 彼らについて何かを知らない。だから何かを理解できてない。そんな実感が離れてくれない。

 ピンクとグリーンというこの二人は、何か、どこかがおかしい。

 どこがどういう風におかしいのか、分からない。

 だからむきむきの理解の範囲外にいる。

 

「……!」

 

 気付けば、壁が回転扉となってそこからぞろぞろと安楽少女達が出て来ていた。

 ピンクの薬剤で量産されたものだろう。

 その姿や挙動を見るだけで、むきむきはなんとなく殴りづらい気分になってしまう。

 

(グリーンと一対一で戦えるなら互角、だと思う。でも……周りの安楽少女がな)

 

 このサイボーグリーンとタイマンであれば勝つか負けるかの勝負ができる。

 が、安楽少女が居るなら話は別だ。

 安楽少女はむきむきの精神に対し特攻を持つため、安楽少女が戦いに混じってくるだけでむきむきは勝ちの目がなくなってしまう。

 

 グリーンには薬剤で再現したむきむきの筋肉、魔法無効化能力、もやし時代だった頃のグリーンがむきむきと接近戦でやりあえたほどのスピード補正を加える神器がある。

 最近はいつもかけてもらっていたアクアの支援魔法も無いので、むきむきも今現在は相対的に大幅なスペックダウン状態だ。

 横槍がなくても勝てるかどうかは確信が持てないところである。

 

 さりとてあるえに安楽少女を一掃してもらおうにも、安楽少女は次々追加されている上、一掃する前にグリーンとの接敵で混戦となるのは必至。

 むきむきを魔法に巻き込む可能性も考慮しなくてはならなくなる。

 安楽少女が一体でも居ればむきむきは無力化されるので、その隙にグリーンはあるえとこめっこを始末できてしまう。

 むきむきはこうして戦ってみてようやく、安楽少女と魔王軍の戦士の混成部隊の強さというものを身に沁みて実感していた。

 

 壁や天井をぶっ壊して逃げようとすれば、ここは地下なので最悪少女二人と一緒に生き埋めになりかねないというこの手詰まり感。

 

(どうしよう、地味にピンチだ。あるえがテレポート使えたりしないだろうか)

 

 少年の心は追い詰められていたが、その心に絶望はない。

 意図して心を落ち着かせ、フラットな精神状態で打開策を脳内にて模索し続ける。

 そんな少年の横顔を見て何を思ったのか、こめっこは少年の服の裾をくいくいと引っ張った。

 

「兄ちゃんお困り?」

 

「うん、お困り。でもこめっこちゃんは危ないから下がって……」

 

「しょうがないなあ、私が助けてあげましょう」

 

 そう言い、こめっこは懐から取り出した大きな紙を床に広げる。

 紙に描かれているのは『魔法陣』だった。

 グリーンが、ピンクが、警戒して流れを止める。

 むきむきが驚き、あるえが肩をすくめる。

 こめっこは慣れた様子で、その魔法陣へと魔力を通す。

 

「わが呼び出しに応えよ、わが名にしたがいし偉大なるあくまよ!」

 

 むきむきがこの世で最も尊敬する少女の妹は、大物なめぐみんでさえ将来大物になると言って憚らない愛妹は、カードやスキルの補助もなしに、魔法陣という理論と自前の魔力という力だけで、()()()()を成立させる。

 

 

 

「悪魔召喚! 上級悪魔、『ホースト』!」

 

 

 

 あの日、こめっこと繋がりを持って。

 不思議な友情のような何かを築いて。

 里の事件で別れたっきり、少女とは一度も会っていなかった悪魔が居た。

 

 少女は別れの前にこっそり言っていた。

 自分がホーストを召喚できたらいつでも会えるようになるのか、と。

 ホーストは里を出て行く前に、直前まで戦っていたむきむきにこめっこ宛の伝言を残した。

 

―――……後な、あのちびっ子に言っておけ。召喚できるならしてみろ、ってな

 

 こめっこはホーストのその伝言を、一日たりとて忘れたことはなかった。

 彼女は悪魔召喚使いのアークウィザード。

 爆裂魔法使いの姉に負けず劣らずの、変態型特化魔法使いであった。

 

「わが名はこめっこ。わが召喚に応じたあくまよ。われと契約を交わすがよい」

 

「おう、いいぜ」

 

「これがにえです」

 

「饅頭かよ。まあ元々人の頭を生贄にするものの代理品として作られたもんだが……」

 

 少女が投げた饅頭を、召喚された悪魔が受け取り、食す。

 ここに契約は完了した。

 

「まあ、いい」

 

 悪魔の羽が羽ばたき、悪魔が飛翔する。

 そして悪魔の爪は無情に安楽少女達の群れを切り裂いた。

 可愛らしい少女達を一瞬にして何人も切り裂く無残なその一撃は、まさしく悪魔の所業。

 そう、悪魔だ。

 悪魔に半端な甘さを期待してはならない。

 安楽少女に怯むむきむきのような甘さを期待してはならない。

 人の心に訴えるのが安楽少女なら、『悪魔』は間違いなくその天敵だった。

 

 悪魔はくっくっくと笑い、ウォルバクの信仰者たるその少年の横へと降りる。

 人と悪魔。

 種族は違えど彼らの信じるものは同じで、彼らが守るものも同じだった。

 

「敵は多いが……おいそこのヘタレ坊主。助けは必要か?」

 

「……猫の手も、悪魔の手も、借りたいくらいかな! ホースト!」

 

 魔術師殺しの装甲は、並大抵の魔法では壊せない。

 有効となる攻撃は爆裂魔法、あるいは―――『物理攻撃』である。

 殴ればいいのだ。

 先日、この少年と悪魔が互いを殴って倒そうとしていた時のように。

 

「遅れんじゃねえぞ人間!」

「頼りにしてるよ悪魔!」

 

 この二人を並べて殴り壊せないものなど、ありはしなかった。

 

 

 




 WEB版の気の強そうな雰囲気+キツめの顔立ちで黒髪ポニーテールでチョロいというギャップがとても良く、めぐみんに一回も勝てたことなさそうなゆんゆんも好きです
 勿論一回は勝った書籍版も好きです
 WEB版初期めぐみんも好きだったのであるえも凄く好きです

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