「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 魔王城へと向かう揺れる馬車の中で、むきむきは夢を見ていた。

 今日という日のために、皆でレベルを上げに行った時の夢だ。

 彼らは世界で最も危険な場所であると言う者も居る、世界で最も深く最も星の核に近い場所にあると言われるそのダンジョンに、六人で挑んでいた。

 なお、めぐみんは役立たずと化したので荷物持ちである。

 

「あっ、宝箱!」

 

「おい待てアクア、ああいうのは大抵……」

 

「ぎゃー! モンスターの擬態!」

 

「言わんこっちゃない!」

 

 彼らは強かった。城崩しと化しためぐみんを差し引いても強かった。

 上がったレベルの全てを防御と耐性に費やしたダクネスは、防御以外にもリソースを振るむきむきを遥かに超える防御力を獲得。

 正統派にステータスを上げたゆんゆんは非の打ち所の無い最強クラスの後衛に。

 カズマは死体に鞭打つようにハンスの死体を有効活用。

 アクアは精神的にも能力的にも成長しないがそれはそれでよし。

 むきむきもカズマの勧めで状態異常耐性を獲得、スキルレベルは高くないもののちょっとした毒には耐えられるようになっていた。

 

「閉じた扉……そこにあるレバー倒せばいいのかしら?」

 

「アクア様、カズマくんが罠感知と罠解除のスキルを持っているので僕の横で少し待っ」

 

「床抜けたー!? 落ちる落ちる落ちる!」

 

「もー!」

 

 それぞれが特定分野において特化した能力を持ちつつも、相互にカバーが可能な能力。これによって一人落ちたくらいではビクともしない堅固なPTとなった。

 緊急事態においてはダクネス・むきむき・自動回避スキル使用のカズマで三枚盾が可能、むきむき・アクア・カズマで回復役三重も可能、ダクネス以外の全員を攻撃に回すこともできる。

 これだけの強さがあれば、最難関ダンジョンのモンスターさえも敵ではない。

 彼らは危なげなく進んでいった。

 

「アクア、私より前に出るな。硬い私が役に立つ機会を奪わないでくれ、な?」

 

「何よ? 賢い私は学習してるのよ? このくらいぜんぜんだいじょぎゃぁぁぁー!?」

 

「!? わ、私が踏まなかった部分の床石だけが綺麗に落ちた!?」

 

 彼らの奮闘はまさしく鬼神の如し。

 罠は剥がされ、モンスターは倒され、壁があれば殴り壊された。

 もはや彼らに怖いものはない。

 

「おかしい! おかしい! 今度は私何もしてないのに! 助けてー!」

 

「『ライト・オブ・セイバー』! アクアさん今日は格別ツイてない気がします!」

 

「ゆんゆーん! ありがとっー!」

 

 彼らは他の冒険者達が苦戦するダンジョンの道のりを、あっという間に突破していた。

 

「ほう……よもや、ここまで到達する者が現れようとは。それも、以前見た顔ときた」

 

 そして最下層にて、見覚えのある吸血鬼と対峙する。

 むきむきがエルロードでのドラゴン戦の時に出会った、むきむきに神器のベルトをくれた、あのヴァンパイアだった。

 ダクネスが救われる遠因、むきむきとエリスが夢の中で会う関係を持つことになった遠因のヴァンパイアである、とも言える。

 彼がこのダンジョンの主たる夜の王。

 

「我がダンジョンを攻略し、ここまで来れた事は褒めて遣わそう。

 さあ、ここまで来た汝らの力! アンデッドの王! 永遠の命を持つ存在!

 ヴァンパイアの真祖にして、千年の時を経たこの私の前に示すがいい!」

 

 戦いは熾烈を極めることもなく、見ていて惚れ惚れしてしまうほどに鮮やかな瞬殺。

 現代の魔王軍は人類を危険域まで追い詰めるという、歴代の魔王軍でも頂点争いが出来るほどの強豪揃いだ。それに対抗するこのPTもまた強豪揃い。

 世界の終末に衝突するという本物の大悪魔バニルや女神アクアが平然と混ざる現代のインフレ戦場に適応した彼らが相手では、流石の真祖も敵わない。

 決まり手はカズマが創ったゴーレムをむきむきが振り回しての鈍器攻撃であった。

 

「……見事だ。前にドラゴンと戦っていた時よりも、数段強かったぞ」

 

「あ、ありがとうございます。あ!

 それと、あの時は歯に魔法をかけてくださってありがとうございました!

 あの後に何度か敵の剣や槍を歯で噛み止めることが多くて、本当に助かったんです」

 

「お、おう。なんというか、とんでもない日々を送ってきたようだな」

 

 虫歯にならないようにしてあげよう、子供だし、くらいの気持ちで吸血鬼がかけた魔法は以外なところで役に立っていたようだ。

 

「さあ、トドメを刺すといい」

 

「あ、また来ます。今度は一人でここ突破してみせます。だから今日は、このままで」

 

「……そういえば、そういう性格だったな、お前は」

 

 以前、むきむきはこのヴァンパイアを見逃した。今日も見逃す。

 いつかは見逃すことが許されず、人の敵としてこの吸血鬼を倒す日が来るかもしれない。

 だが、それは今日ではないのだろう。

 

「前にやったベルトのことは覚えているか? 少年」

 

「はい、勿論。女神様にお返ししてしまいましたが」

 

「そうか……あれはな、前に来た痛い冒険者が持っていたものだ。

 女神に選ばれた勇者を名乗り、一人でここに挑み、途中で死んであれを残していった」

 

 ヴァンパイアの記憶の中の『神器の力に溺れた冒険者』の姿と、目の前の『互いを補い合う冒険者達』の姿が、皮肉なほどに対比になって見えている。

 この世界で生きていくことは厳しい。

 だが厳しいだけで不可能ではない。

 神器を与えられても生きていくのが厳しいこの世界でも、何かに特化した人間達が手を取り合うことで、途方もなく強大な敵に打ち勝つことはできる。

 

「疑いが失わせるものがあり、信頼だけが生むものがあった。

 諦めが絶やすものがあり、不屈だけが繋ぐものがあった。

 冷酷が断ち切るものがあり、優しさが育むものがあった。

 他の誰もが踏破できず、たったひとつの仲間の輪が踏破したダンジョンがあった。

 このダンジョンがそれだ。誇るといい。お前達を超えるパーティは、未だこの世には無い」

 

「ヴァンパイアさん……」

 

「シルビアに吸収されていた同族を助けてくれたこと、本当に感謝している。礼を言おう」

 

 この地は未だ攻略されたことのない未踏破ダンジョン。

 しからばここを攻略した者達には、他の冒険者達にはないものがあるとヴァンパイアは考える。

 それを持っている冒険者が、あの日ドラゴンの一件で出会い、その後シルビアから同族のヴァンパイアを助け出してくれた少年であったことに、吸血鬼は運命を感じていた。

 しっとりとした空気が広がる。

 その雰囲気を、アクアは容赦も躊躇いもなくぶっ壊した。

 

「あん? 何カッコつけてんのよ、人間の血を吸わないと生きていけない寄生虫が。

 血は人間の営みの証、親から子へ受け継がれる命の象徴なのよ? 分かる?

 あのね私ね、悪魔みたいな生態してるあんたら見てると消したくてたまらなくなるんだけど」

 

「あ、すみません、かっこつけて調子に乗りました! ヴァンパイア超反省してます!」

 

「やめんかチンピラ女神!」

 

「あいたぁ!」

 

 カズマが止めるが、圧倒的上位者たる女神に恫喝されたヴァンパイアは既に及び腰である。

 先程までの威厳は既になく、カリスマ政治家がヤクザに脅されてビクビクしているような構図ができあがってしまった。そのヤクザが主人公陣営だというのが殊更に酷い。

 

「まあいいわ。生かしておいてあげるから、その代わり財宝全部差し出しなさい」

 

「はいただいま!」

 

「アクアって悪魔や吸血鬼相手には微妙に高圧的というか攻撃的というか、偉そうになるな」

「しかも罵倒がちょっと早口だな」

「いじめっ子の顔してますよね」

「やめなよ」

 

 このヴァンパイアよりも、ダンジョンの罠の方がアクアを涙目にしていたような気がしないでもない。

 それから十分後。

 ヴァンパイアが吐き出した財宝の数々の前で、カズマとむきむきは並んで色々と漁っていた。

 皆が思い思いに財宝を漁り、そのたびにガチャガチャと音がする。

 

「強そうなのが多いが、呪われてそうなのも多いな……」

 

「呪いの品っぽいのは触らないようにしておくべきだよ」

 

「まあそれもそうか。レベル上がったし、欲張って自滅しても元も子も……うおっ!?」

 

 財宝の山から呪われたペンダントが飛び出してきて、カズマの首に能動的に巻き付こうとし―――むきむきの拳が粉砕する。

 

「ゴッドブロー!」

 

 反応一瞬、粉砕一瞬。呪いのアイテムの危険行為も、むきむきの前では許されない。

 

「無難なのだけにしておこっか、カズマくん」

 

「……そうだな」

 

 どうやらこのダンジョンの財宝は"ヴァンパイア基準で問題がない"ものが積み上げられているらしく、ヴァンパイアはものともしないが冒険者職では即死する、というものが平然と転がっているようだ。

 

「すみませーん、ヴァンパイアさん、何かオススメの装備ありますか?」

 

「ふむ、何がお望みかな?」

 

「アークウィザード、アークプリースト、モンク、クルセイダー、冒険者。

 僕らの職業が装備できるもので、できれば長所を更に伸ばせるようなものを……」

 

「魔法使い用の装備はないのだ、すまないな。前衛の能力を補填するものならいくらか……」

 

「あ、そこにあるその鎧は呪いあるっぽいのでいいです」

 

「む。そうか」

 

 無知ゆえに素直に聞けるむきむきと、先程醜態を晒したくせにまたすぐ元の口調に戻って、むきむきに説明を始める吸血鬼に、カズマは少しもにょっていた。

 

(この吸血鬼、むきむきの前でだけは未だに偉そうな口調だな……

 なんかこれ地球でも見たことあるぞ。

 そうだ、思い出した。

 中学校でいじめられてたダサいやつが、小学生の俺達の前でだけは兄貴分気取ってたやつだ。

 俺達の前でだけカッコつけてたくせに、同級生と会うとヘーコラしてたからよく覚えてる)

 

 地球で例えるなら、いじめっ子高校生アクアに、いじめられっ子中学生吸血鬼、最下層無知小学生むきむきという構図だろうか。

 なお、この高校生は小学生に姉気取りで接しているため、三すくみが完成している。

 

「ああ、そうだ。この甲冑の内側には特殊な宝石があったな。

 これを外せば……ほら、プリーストが使える、神の力を増幅する石になる」

 

「いいですねそれ! 貰っても大丈夫なんですか?」

 

「ああ、いいとも。私としても……次に私のダンジョンに来る前に、お前に死なれても困る」

 

 各々適当なものを貰ったり、「俺が使える装備ないんですけど?」と戦慄するカズマを立ち直らせたり、アクアが財宝の罠にかかったりしていたが、やがて彼らも地上へと帰る。

 

 次にお前が来る時までにもっとダンジョンの難易度を上げておく、と、楽しそうに笑うヴァンパイアは負け惜しみのような台詞を吐いていた。

 

 

 

 

 

 そんな日の夢を見て、むきむきは目覚めた。

 

「起きた?」

 

 すると隣から――すぐそばから――、ゆんゆんの声が聞こえる。

 どうやらむきむきの左隣に座っていたらしい。

 彼が眠る前は左右に誰も居なかったはずなのに、だ。

 

「はい、水」

 

「ん、ありがと」

 

 時刻は早朝。彼らは馬車に揺られている。

 馬車の外に視線をやれば、土煙を上げて走る王国軍の馬車が無数に見えた。

 人間はスキルがなければ夜目が利かず、モンスターには生来夜目が利く者も多い。

 ベルゼルグ王国軍は、日本で言うところの朝八時頃に戦いが始まるよう調整していた。

 

 水を飲む少年は、自分が起きたことにも気付かず、話し込んでいるカズマとめぐみんを見た。

 

「お前、恋愛の駆け引きで押し引き両方使う面倒臭いやつだよな」

 

「何をおっしゃいますか、風評被害ですよ」

 

 カズマはむきむきと同じ肉体的童貞だ。

 そのため、童貞的第三者視点から見ためぐみんの『恋愛強者』っぷりはよく目につく様子。

 めぐみんはおそらく、パーティメンバーの中で最も"他人を自分に惚れさせる"のが上手い少女であった。

 時に押し、時に引き、めぐみんは自分が惚れた相手を自分の領域に引っ張り込んでいく。

 

「しっかしお前、ゆんゆんのことでむきむきに嫉妬心持ったりしないのか」

 

「むきむきは昔から優柔不断なところがありましたからね、仕方ないですよ」

 

「意外と寛容だな、めぐみん」

 

「このくらいで幻滅するような付き合いはしていませんから」

 

 むきむきがまだ寝てるものだと思っているめぐみんに、どこか『寛容ないい女』を気取っているめぐみんに、起きたむきむきは容赦なく彼女の本質を突きつけた。

 

「違うよ。めぐみんは駄目な人が好きなとこあるからだよ。

 僕がハッキリしなかったりヘタれてるのを見てキュンとしてるだけだよ」

 

「ぶっ」

 

 めぐみんが悩んでいた時に、むきむきはちゃんと言っていた。

 めぐみんの駄目な所を、自分は全部ちゃんと知っていると。

 

「え、お前複数の女の間でふらっふらしてる男が好きなの? 引くわ」

 

「違いますー! 私のことだけを好きで居てくれる人の方が好きですー!」

 

(カズマにそういうことを言われるとは、世も末だな……)

(カズマはそういうこと言える性格してないと思うんだけど)

 

 引くカズマ、叫ぶめぐみん、白けた目をしたダクネスとアクア。

 

 めぐみんは駄目男が好きだ。だが浮気男にイラッともする。

 駄目な男はすぐ女性に優越感を与えるが、駄目な男は一途でもないので、いわゆる『ダメンズ』はその辺のジレンマに苛まれている事が多い。

 彼女はおそらくそのために、矛盾したシチュエーションに大きな情動を感じるのだろう。

 複数女性の間でふらふらしてる男性が、自分だけを見てくれる。

 だらしない男が自分の行動の結果しゃきっとする。

 普段駄目なところを見せる男が、いざという時格好良く決める。

 泣き虫な人に自分が声をかけ、立ち直らせ、男らしく力強く新生させる。

 

 だからめぐみんはむきむきに恋をして、カズマと相性がよく、アクアの世話をすることが苦にもならず、アクシズ教徒に駄目な友人も居る。

 めぐみんには、"ダメな人が好きという、ダメなところ"がある。彼女もダメな女なのだ。

 むきむきは、めぐみんのそういうダメなところをきっちり理解している。

 

「言っておくけど、僕は絶対一人選ぶからね。フラつかないから」

 

「まあむきむきが一度ゆんゆんを選んでも、最終的に私の横に居ればいいんですけど……」

 

「ごめん、めぐみんが何言ってるか全然分からない」

 

「むきむきは知らないでしょうが、里を出る前あるえがハマっていたものに寝取りというものが」

 

「そこまでよめぐみん! むきむきに言ってるように見せかけて私を挑発するのやめなさい!」

 

 むきむきめぐみんの間に、ゆんゆんが割って入っていく。

 めぐみんは恋敵が出来ると、恋敵を憎むのではなく、恋敵をからかったり挑発をしたりするタイプのようだ。

 だからか、彼女の周りの恋愛模様はインファイトに近くなる。

 

「めぐみん、弁当みたいに簡単に取れると思ったら大間違いよ」

 

「うわっ、このゆんゆんのガチトーン……!」

 

 めぐみんとゆんゆんの恋愛インファイトを見ながら、ダクネスは気付きたくなかっためぐみんとむきむきの共通点に気付いてしまった。

 

 要するにこの二人、両方共ダメな人間を見捨てられないのだ。

 

(めぐみんとむきむきがカズマと相性良さそうに見えるのは、つまり……)

 

 めぐみんにはダメなところが多く、むきむきにも駄目なところが多く、そして二人共駄目な人間を見捨てられずに面倒を見てしまうタイプ。

 つまりめぐみんとむきむきは、互いのダメな部分を肯定し合ってしまうのだ。

 ある意味最高の相性であるとも言える。

 

 むきめぐには似た部分がある。

 つまりゆんゆんとむきむきの間にあるのは、ゆんゆんとめぐみんの関係から対抗心を引っこ抜いたものに似た信頼関係が下地にある恋愛感情、と表現することもできる。

 しからばその相性が悪いわけがないのだ。

 最高のライバルは最高の恋人に等しいとも言うので、むきむきとゆんゆんの相性もまた良い。

 

 この三人は『人間的好み』の関係で絡み合っているがゆえに、ややこしい。

 

「なあむきむき」

 

 カズマは真剣な顔で、魔王城へと挑む直前の冒険者らしい張り詰めた雰囲気で、むきむきに問いかける。

 

「お前貧乳派? 巨乳派? ちなみに俺はロリはアウト派」

 

「その質問はどういう意図で投げつけてきてるのかな? カズマくん」

 

 何故ラスボス戦・ラストダンジョン戦を前にしてこんなにも軽いのか。

 

 カズマ達が普段からそうだから、としか言いようがない。

 

「皆さん、魔王城が全体像までハッキリ見えてきましたよ!」

 

 馬車の外から声が聞こえて、皆の意識が外に向く。

 どうやら魔王城到着までそう時間はないようだ。

 

「……ん?」

 

 そこで、カズマの山盛り感知スキルに何かが引っかかる。

 『何か』だ。明確な感覚ではない。

 その時点でおかしい。カズマの目は千里を見通す千里眼、結界の向こうの会話も聞こえる盗聴の耳、敵を感知する第六感と、スキル百鬼夜行がカズマの売りだ。

 その感覚が正確に捉えられない時点で、何かがおかしい。

 

「なんだ?」

 

 カズマが何かを察知して、むきむきが馬車の行く先に目を凝らす。

 数多くの実践で磨かれた観察力と動体視力が、そこに何かを見た。

 

「―――敵」

 

 同時、どこからともなく王国軍の先頭に攻撃が仕掛けられる。

 その姿は見辛く、立てる音は聞き取り辛く、動きは肌で感じ難い。

 感知スキル持ちでも認識することが難しい存在からの、理想的に成功した悪夢のような奇襲であった。

 

「な、なんだ!?」

「総員止まれ! 馬車から降りろ! 何が何やらわからんが戦闘態勢!」

「そんな急にできるか! 何人居ると思ってるんだ! 時間は相応にかかるぞ!」

 

 人類側は奇襲に対応しようとするが、どうにも対応しきれていない。

 普段は個人・数人で動いている冒険者さえも『一軍』として運用するため、集団運用を前提とした動きを徹底させたことが仇となった。

 考えるまでもなく、これは魔王軍による奇襲。

 王国軍の先頭に、魔王軍のモンスター軍が食い込んでいく。

 

「あれは……隠密トカゲ!」

 

「知っているのかめぐみん!」

 

「密林の主と言われる、賞金首モンスターです!

 高レベルの盗賊系感知スキルでも発見は困難と言われる厄介なモンスター!

 それがこんな平地に、この数で現れるなんて常識じゃ考えられません!」

 

「じゃあ、あれだな」

 

 ありえない数の隠密トカゲ。先日、むきむき達が"ありえない数の安楽少女"を見たことを考えれば、これがどこから来たかも分かろうというものだろう。

 これは置き土産。

 ピンクと呼ばれた一人の人間が、自分の醜悪な歪みに付き合わせてしまった魔王軍(なかまたち)に残した最後の置き土産なのだ。

 奇妙な形で繋がった、今は亡き仲間が遺してくれた戦力を、魔王軍は最大限に利用する。

 

「魔王軍の最初の刺客ってやつだ……!」

 

 この戦いは軍規模の戦い。

 軍に大きな損害を受ければ、その時点で戦線は破綻する。

 

(ここで大打撃を受けたら、この先の戦いが……)

 

 個人が頑張っても群体は止めきれず、軍に損害が出てしまうだろう。

 そして強力な個人の消耗は、魔王という個人を仕留める駒が弱ってしまうことを意味する。

 自分が出るか出ないか。

 どうするべきかを迷うむきむきであったが、そこで思わぬ援軍が現れる。

 

「だらしないわね」

 

 王国軍へと食い込む魔王軍の、更に横合いから突っ込んでくるモンスターの群れ。

 隠密トカゲの軍は「奇襲した」と思った最大の隙を突かれた形となり、一気に瓦解する。

 人間の味方をしてくれたそのモンスター達の姿に、むきむきは見覚えがあった。

 

「お久しぶり。ふふ、いい男ぶりは変わらないようね」

 

「お前はオークの……スワティナーゼ!」

 

「あら嬉しい。名乗った覚えもないのに、短い一夜の逢瀬でも覚えていてくれたのね」

 

 そう、それは。

 あの日の夜ミツルギをレイプしようとし、むきむきをレイプしようとした、オーク調教性騎士団の女騎士達であった。

 

「なんでここに……」

 

「勘違いしないで、あなたのためじゃないわ。

 あなたの童貞を貰うのは私。ただ、それだけのことよ」

 

(筆舌に尽くしがたいレベルの不快感!)

 

 しかも参戦理由が酷い。

 彼女らはどうやら、むきむきのためにここまで来てくれたようだ。

 魔王城近辺とオークの生息域はそこまで離れていないとはいえ、その苦労は易くない。

 むきむきをレイプするまではむきむきを死なせはしないという、高潔で誇り高い意志が見える。

 

「さあ、守るのよ!」

「命と共に失われてしまうもの! 彼らの童貞を!」

「魔王軍が殺すことで奪うもの! 彼らの童貞を!」

「彼らの童貞は私達の童貞! 自分のものは自分で守れ!」

「「「 童貞! 童貞! 童貞! 」」」

 

「さあ行きなさい! あなた達の未来を! あなた達の命を! あなた達の童貞を守るために!」

 

 オーク達は優秀な男の子種を守るため、男達の命を守る。

 ちょっと目を覆いたくなるような光景だった。

 

「進軍!」

 

 王国軍はオークに急き立てられるように――オークから一刻も早く逃げだすために――急速に陣形を整え、トカゲを抑えてくれているオークに背を向け、軍は進む。

 その前に、とうとう魔王軍の本隊が現れた。

 将としてそれを率いるは魔王の娘、そのサポートにセレスディナ。

 対するは王国軍を率いる王族達、それに従う転生者や貴族達、そしてアイリス。

 アイリスは聖剣片手に、ここで魔王城への投入部隊を切り離させる。

 

「ここからは別行動です、むきむきさん」

 

「アイリス!」

 

「あなた達は魔王の首を。私達がここで、魔王軍の本隊を受け持ちます」

 

 ここからが正念場だ。

 アイリスにはアイリスの、むきむきにはむきむきの戦場がある。

 

「その勇気に、どうか女神エリスの祝福がありますように!」

 

 むきむきは力強く頷き、アイリスにここを任せて魔王城への道を進む。

 はるか後方で大軍と大軍が激突する音が聞こえてきたが、彼が振り返ることはなかった。

 潜伏スキル、姿を隠す魔法、魔道具を併用して進むことでむきむきとその仲間達は魔王軍にも気付かれずに魔王城へと接近していく。

 だが、それも途中まで。

 やがては彼らの接近を察知し、その進行を阻もうとする者も現れる。

 

「ゲースゲスゲス」

 

 彼らの前に立ちはだかったのは、一度彼らに負け死んだことで特典も失い、大量のスキル以外に何の強みも持てなくなった、DTイエローであった。

 

「黄色……!」

 

「拙の役目はお前らのような『魔王城に来る精鋭』の抹殺。

 あるいは足止め。まあ……捨て駒みたいなもんでゲスが、望んだ役職と割り切って、と」

 

 イエローの背後には、選りすぐりの強力なモンスターが何体も控えていた。

 

「なら、僕の役目はお前のような露を払うことだ」

 

 されども、この程度の事態をアイリス達が予期していなかったはずもなく。

 むきむき達の道中の露払いのため、その援護に回された男が現れた。

 

「ミツルギさん!」

 

「私達も居るわよ!」

「私達三人で仲間(チーム)だもの!」

 

「クレメア先輩、フィオ先輩!」

 

 ミツルギPTのおでましだ。彼の構えた大きな魔剣が、陽光を浴びてきらりと輝く。

 

「行ってください、師父。ここは僕らだけで十分です」

 

「ミツルギさん……」

 

「……以前、僕は思ったことがあります。

 魔剣を貰ったから上手くいかないんじゃないかって。

 聖剣とか、そういうのを貰わなかったから、僕はなりたいものになれないんじゃないかって」

 

「……?」

 

「でも、違った。魔剣だろうと、聖剣だろうと……

 『そういうもの』を望むような人間に、この世界は救えないんです」

 

 世界が救われるか、救われないか、それが決まる最後の戦いを前にしてようやく、ミツルギは自分の中にあった疑問に対し『自分なりの答え』を出していた。

 

「この世界を救ってください。そして……

 『世界を救いたい』という願いも叶わず!

 『女神様に褒められる勇者になりたい』という願いも叶わなかった僕の代わりに!

 『この世界に救われて欲しい』という最後に残った僕の願いを! 叶えてください!」

 

 むきむきは力強く頷き、皆と共に先へと進む。

 

「ようやく分かった」

 

 ミツルギはそういい、魔剣を構えた。

 

「遅すぎたけれども、分かった」

 

 イエローはそう言い、ピンクが残した最後の薬を飲んだ。

 

「僕は世界を救う勇者にはなれなかった。でも、それでいい」

 

 魔剣が彼に筋力を与える。

 

「拙は勇者どころか善人にさえなれなかった。でも、それでいい」

 

 薬が彼に筋力を与える。

 

「僕は人が救われ、世界が救われるための一助となる。それだけでいい」

「拙は魔王軍を勝たせ、人とその世界を滅ぼす一助となる。それだけでいい」

 

 力任せに、二人は踏み込む。

 

「「 ―――きっと、そのために、この身はこの世界に辿り着いたんだ 」」

 

 正しく生きるか、悪しく生きるか。

 二人の転生者は、どこまで行っても対極的だった。

 

 

 

 

 

 先に進んだむきむき達が見たのは、魔王城結界の周辺で警備についていたであろう魔王軍の僅かな残りと、それを一方的に追い立てるアクシズ教団の姿であった。

 

「……なんで僕らより早く着いてるんだろう……」

 

 確かに先日、むきむきはアクアの頼みでアクシズ教団を煽った記憶はあった。

 だが何故、むきむき達より先に到着しているのか。

 数が少ないとはいえ魔王城の警備を何故一方的に蹂躙しているのか。

 何故めっちゃ楽しそうなのか。

 謎であった。

 

「あ、アクシズ教徒!? どっから湧いてきた!」

「ゴキブリかお前らは!」

「し、しぶとい!? やべえぞこいつら!」

 

「ヒャッハー! 火を放て!」

「アクア様にあだなす奴らをぶっ殺せ!」

「魔王軍を一人残らず浄化してやるんだよォー!」

 

 全員こっそりやっているつもりなのだろうが、チラチラアクアの方を見ているのが妙に鬱陶しく気持ち悪い挙動になっている。

 悪死's教団の狂信者達を率いるゼスタは、足を止めたむきむき達に声をかけた。

 

「さあ、お行きなさい! むきむき殿!」

 

「ぜ、ゼスタさん!」

 

「なに、アクア様はおっしゃいました!

 あなた達はやればできると! できる子達なのだと!

 上手く行かないならそれは世間が悪いのだと!

 つまりあなたは必ず勝てるのです!

 あなたが魔王に勝てないのなら、そんな世界は間違っていると私が断言いたしましょう!」

 

 アクシズ教の教えを引用して励ましてくれるのは嬉しいのだが、こうまでとんでもないことをされてしまうと流石に気が引ける。

 むきむきは頷きを見せ、信徒に構おうとするアクアを抱えて先に進んだ。

 

「これが、幹部の力で維持された結界……!」

 

 最後の壁。この魔王城を守る城壁代わりの結界だ。

 カズマの指示で、そこに二つの神の力を混合した結界破りが叩き込まれる。

 

「アクア! むきむき!」

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

「『ブレイクスペル』!」

 

 パリン、と結界が粉砕され、数分は再生も始まらないような破壊がもたらされた。

 さあ次は城に突撃だ、と彼らが意気込んだまさにその瞬間、大規模な上級魔法が彼らを襲う。

 

「! 伏せて!」

 

 地面に大きな凹凸がある場所だったことが幸いした。

 咄嗟に伏せた彼らの頭上を、地面を抉りながら飛ぶ上級魔法がスレスレに飛んでいく。

 むきむきやダクネス相手にも有効打、あるいは致命傷になりかねない、ゆんゆんの魔法さえも凌駕するような規模と威力の上級魔法であった。

 

「ふむ……まだ遠いか? 私が外すとは、勘が鈍ったか」

 

「むきむき、あれは……」

 

「話に聞いてたやつだ。『最強の幹部』、『最強の魔法使い』、『魔王軍最強の存在』……!」

 

 ウォルバクから聞いていた、今残っている幹部の中で最も危険な一人。

 悪魔の故郷である魔界から無尽蔵に魔力を引き出す魔法陣を使い、魔王城周辺では魔王を超える最強の存在と化すと言われていた預言者が、その姿を見せていた。

 

 無尽蔵の魔力を防御結界・再生能力・攻撃強化に回しているため、めぐみんの爆裂魔法でも倒せるかどうかは五分五分であり、与えた傷も無制限に回復してしまう。

 攻撃魔法は単騎で対軍の域にあり、一騎当万は当たり前。

 まともな手段では削りきれない、魔王軍随一の化物の中の化物だった。

 

「我が下に辿り着けたなら、私の名乗りを聞く栄誉と死を与えよう」

 

「えっらそうに……!」

 

 魔王城の外に出て、魔王城へと侵入する者を皆殺しにする気満々だ。

 さっさと魔王城の魔王を仕留めたいむきむき達だが、相対して身に染みて理解した。

 この敵は強い。おそらくウィズよりも、これまで戦ったどの幹部よりも強い。

 魔王を早く倒すために早く倒さなければ、なんて考えていたら全滅する。

 魔王を倒すために力を温存しよう、なんて考えていたら全滅する。

 

 巧遅も拙速も下策になりかねないこの状況で、むきむきの肩に手を置く者が居た。

 

「おっと、こんな所で無駄に時間を使う必要はないぞ。むきむき、めぐみん、ゆんゆん」

 

 少年の肩に手を置いたのは、ぶっころりーだった。

 

「!? ぶっころりーさん!? こ、紅魔族の皆……!?」

 

 ぶっころりーだけでなく、続々と現れた紅魔族達が、むきむき達の前に立ち並び壁となる。

 

「ベルゼルグから援軍要請があってな。いいタイミングで来れたようだ」

 

 嘘だ。絶対最高のタイミングで格好良く現れるため、こっそり隠れていたに違いない。

 占い師の預言者も、紅魔族達の登場に僅かに残っていた慢心と油断を投げ捨てたようだ。

 

「ほう、紅魔族。神族の血を引く私に勝てるとでも?」

 

「あいにく我ら紅魔族は、人類最強の魔法使い一族なのでね」

 

「ならば私は、魔王軍最強の魔法使いであると名乗らせてもらおう」

 

 最強の魔法使い。最強の魔法使い一族。

 最強の個。最強の群。

 片方だけでも人類国家の一つくらいは楽に消し飛ばせるような二勢力が、魔王城の眼前にて激突しようとしていた。ここの地形がそのまま残ることはありえないだろう。

 

「行け、むきむき、めぐみん、ゆんゆん! 紅魔族の代表として、お前達が世界を救ってこい!」

 

 ゆんゆんの父である族長が叫ぶ。

 むきむきは嬉しそうに頷き、皆を連れて駆け出した。

 "紅魔族の代表"と言われたことがよほど嬉しかったに違いない。

 預言者はそれを魔法で止めようとするが、紅魔族の戦える者達が総出でそれを妨害し、むきむき達は無事魔王城の内部へと突入した。

 

 手薄になった魔王城を突き進むことなど彼らにとっては造作もない。

 罠があろうが、罠感知と罠解除のスキルを持つカズマの前では問題にもならない。

 彼らは階段を駆け上がり、一気に魔王城最上部へと上がっていく。

 

(皆がこの先にあるものを望んでる。敗北でないものを望んでる)

 

 階段を越え、廊下を越え、部屋を越え、魔王の部屋さえ抜けて、魔王が待ち受ける魔王城の頂点たる屋上へと向かう。

 

(僕らは―――皆が繋いでくれたものを、そこに繋げないといけないんだ!)

 

 彼らが足を踏み入れたその場所には、魔王とその配下が待ち受けていた。

 今日この日、この時間に、どんな人間がやってくるかさえ、予想して対策もしてきたとでも言いたげな表情の(まおう)が屋上の中央で佇んでいる。

 その顔にむきむきは見覚えがあるようで、見覚えがなかった。

 

「よくぞここまで辿り着いたな、女神と勇者よ」

 

 天蓋を背に、魔王は語る。

 

「ここが終わりだ。

 お前達の命の終わり。

 お前達の冒険の終わり。

 これより先はなく、これより後はない」

 

 魔王を殺せば人の勝ち。女神とその仲間を殺せれば魔王の勝ち。話は至ってシンプルだ。

 

「魔王とは闇をもたらし、光に討たれるもの。

 百年の絶望を与え、一瞬の希望に切り裂かれるもの

 無限の手を尽くし、たったひとつの想いに打倒されるもの。

 ……されども、この身を打ち倒すのが貴様らである、だなどと保証する者は居ない」

 

 シンプルゆえに、不可避である。

 

「さあ、我が腕の中で息絶えるがよい!」

 

「行こう、みんな!」

 

 むきむきが仲間達に呼びかけて、みんながその呼びかけに応え声を上げる。

 

 この物語の最後をしめくくる、運命の最終決戦が始まった。

 

 

 




↓WEB版の心惹かれた設定会話抜粋

「……遠距離から、強力な上級魔法で敵を一掃するタイプだな。
 そして、弱点は無い。
 こいつは、魔王城の中に魔界から、直接魔力を引き込む魔法陣を設置していてな。
 おかげで、魔王城から遠く離れられない代わりに、城の近辺では絶大な力を振るう事が出来る。
 絶えず濃い魔力が供給され続けるおかげで、受けた傷も即座に回復するし、
 自身に強力な結界を絶えず張り巡らせているおかげで、並の攻撃はまず通じない」
「そんな奴、どうやって倒すんだよ。そいつをやり過ごす事って出来たりしないか?」
「倒すのは無理だろうな。余程の火力じゃないとあいつの結界に遮られるし、
 たとえ傷を与えても、回復力に追い付かない。
 紅魔族の連中が総掛かりで魔法を撃ちまくって、それでようやく押し切れるとか、
 そんなレベルじゃないか?
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