朝日が昇って、少し経った頃。
ハミアは少女との約束通り、例の場所に来ていた。
明確な時間に待ち合わていた訳ではない。
ただ、なんとなく会えそうな気がしただけだ。
・・・・・・決してロッサと顔を合わせるのが、恥ずかしい等ではないのだ。
ただ、知り合いに姉と妹に挟まれて、あれをやれ、これをやれと扱き使われる日々に泣いているのを見た事があって、自身もそうなるかもしれないのが怖かった。
それだけだ。
今思えば、それを聞いても笑って『大変だなぁ』の一言で済ませていた自分に小一時間ばかり説教したくなる。
後は、少し考える時間が欲しくなった。
最近、戦闘というより、神装を発動する度に自分の中で何かしらを失っている気がする。
それは色々だけど、問題視しているのは大きく分けて二つ。
一つ目は記憶。
それもほとんどがラナについてだ。
名前と顔が一致しないとか、顔がすぐに思い出せなかったり。
大抵は数分後に思い出せるから、その場その場で返事をしてやり過ごしてる。
でもここ最近は、その頻度が多くて、思い出すのにも一日経過してからだったりする。
二つ目は感情。
これについては少しだが解る。
多分、神装発動の際に表出した色と関係している。
これは少し前に知った事だが、色と感情には関係性があるようだ。
感情は色で表せる、そう何かの文献で読んだから。
だから、消えてる感情は、その時に出た色で表せるモノ。
「なーに考え込んでるのよ。そんな柄でもないでしょうに」
「うわぁ傷つくなぁ・・・・あ、久しぶり」
とりあえず、彼女が来たから考えるのは中止。
これに関しては自分1人だけで片付けないといけないから。
周りに負担かけてまで処理するのは、違う気がするから。
「それで?今日はどこを案内すればいいの?」
「そうねぇ・・・・・・あなたに関係する場所の全部」
「ねぇ、いつまでそうしてんの?」
「・・・・うぅ」
あれから数時間が経って、体内時計が昼食を告げ始めた頃。
歩き疲れたハミアはベンチでぐったりしていた。
彼女は隣に座って不満げな雰囲気を醸し出していた。
お昼どうしよう、なんて考えていると、少し離れたところで、クルルシファー・ルクス・リーシャの三人が、馬車から降りて高級感のあるレストランに入ってくのを目撃した。
だが、リーシャはすぐに出てきた・・・・と思ったら窓の外から二人を監視している。
リーシャの頭で大部分は見えないが、なんかクルルシファーがルクスにくっついてるように見える。
何をしてるのか解った時には、自分の顔が熱くなっていた。
「ねぇ~ってば。お腹空いた~」
隣から空腹を告げる音が聞こえた。
音のする方を見ると、顔を赤くした少女が恨めしそうにこっちを睨んでいた。
そして突然、頭痛がした・・・・気がした。
「ふ~、満足」
「いやいやあれは信じられないって」
さっきのルクスたちが入っていったレストランとは、反対の方向に少し歩いたところで、飲食店を見つけたハミアは少女と一緒にそこで昼食を摂った。
店内では終始、兄妹みたいに見られてた気がするが、それは本人に伝えない方がいいだろう・・・・自分の身の為にも。
それよりも驚いたのは、目の前の少女が凄い量を食べていた事だ。
本人は普通と言っていたが、あれは自分の知ってる普通とは遥かにかけ離れていた。
再びの頭痛。
今度はさっきよりも少し長い。
気のせいだと自分に言い聞かせて、僕は歩き出す。
その後も二人は歩き回った。
ごく普通の街道から学園の前まで。
人がいるところは全て。
それはまるで、何かの下見のように感じられた。
ふと気づけば、太陽が沈みかけているところだった。
「あ~、楽しかった‼」
「・・・・そう」
あれからずっと、頭痛が止まらない。
治るどころか悪化してる気がする。
「・・・・・・ねぇ」
それはズキズキと、周囲の音が拾えなくなるほど。
ゆっくりと隣の彼女を見ても、何か言っているのだろうが、聞こえない。
口が動いていることしか理解できなかった。
「随分と苦しそうね。まぁ、私には関係ないけど」
それでも彼女は笑顔で話しかけてくる。
何か言わなければ、そう思っても口が動かない。
「今日は楽しかったわ。ありがとう、お兄さん」
視界が定まらない。
自分の体がスローモーションで倒れた。
彼女はそれには構わず、近くの路地に向かって歩き出そうとする。
「折角だから、教えてあげる。私の名前は・・・・ルゥ。またね、お兄さん」
彼女が、ルゥが路地に消えていくのと同時に、ハミアの意識は、深く沈んだ。
どうして、僕はここにいるんだろうか。
いや、それ以前に僕は誰で、ここはどこなのか。
いつまで待っても、自分の求める答えは帰ってこない。
わからない。
周囲はただ暗いだけで、自分以外には誰もいない。
時間が経過するにつれて、考える事が無駄に思えてきた。
もう考えるのをやめようか、そう思い始めた頃。
『そう思うなら、考えなきゃいい』
声が聞こえた。
『ただいればいい』
ああ、そうかもしれない。
ここは居心地がいい。
『そう、それでいいんだ』
でも、足りない。
何かが。
大切な何かが。
『それは気のせいだ』
そうなのか。
『ああ、気のせいだとも』
じゃあ、この喪失感は何だ?
この心に、ぽっかりと空いた穴には何があった?
かつて、あったはずのそれは?
『何、言ってるんだい?そこには最初から何も無かったじゃないか』
本当に?
『ああ、本当だとも』
なんで解るんだ?
名前も知らない君がどうして?
『・・・・酷いな、自分の事だろうに。俺はお前だよ』
言ってる意味が、わからない。
僕はここにいる僕だけだろう。
『・・・・そうかい。だったら、自分の名前ぐらいは言えるんだろうな?』
当たり前だ。
『だったら、言えよ』
僕は・・・・・・。
なんで?
思い出せない。
『ほら、やっぱり言えないじゃないか』
そんな・・・・事が。
『あるはずないって?でも現に言えてないのがその証拠さ。だけど俺は違う。ちゃんと言えるんだぜ?』
嘘だ。
『嘘なんかじゃないさ』
あり得ない。
そう考えたら、目の前にの空間に歪みが生じて それが形に成りだして。
『俺はハミア。ハミア・レン・ヴァンフリークだ。マギアルカさんの養子で、ラナの義理の兄。これで満足か?』
僕と全く同じ姿で、同じ声で、同じ顔をしている。
でも、信じない。
『確かにそれはお前の自由さ。でも現実を受け入れないってのはな、愚か以外の何者でもないんだぜ?』
・・・・・・。
『おいおい悲しいなぁ。自分に無視されるなんて思ってもみなかったぜ』
そいつはニヤリと笑った。
『まぁいいさ、お前も俺だしな』
「・・・・ねぇ・・・・くん。・・・・返事ぐらいしなさいよ・・・・くん」
どこからだろう。
また声が聞こえてきた。
それは自分を呼ぶ声。
優しく包み込んでくれる、どこか懐かしさを感じる声だ。
でも、
『さぁ、そろそろお目覚めの時間だぜ』
そう言うと同時に、そいつの姿が、色が、徐々に薄くなり始めた。
それと同時に、周囲も段々と白くなっていく。
『ただ、これは忘れるな。お前と俺は《ハミア》だ。どっちも本物さ。またな
最後にそいつ・・・・もう1人の
周囲が眩い光に包まれ、僕は目を瞑るしかなかった。
「・・・・ハミアくん‼」
「・・・・・・ん、んぅ」
再び目を開くと、そこにアイツはいなかった。
代わりにいたのは、自分と同年ぐらいの白髪の少年と、黒髪の少年、そして少女の三人だった。
初めて会った気はしないが、名前を知らない。
「えーっと・・・・君たち、誰?」
僕はそう口にした。
その一言に三人は、最初こそ唖然としたものの、すぐに笑い出した。
「おいおいハミア、誰はないだろう」
黒髪の少年が、呆れたように告げる。
「そうだよ。ねぇハミア、急にどうしたの?」
白髪の少年が困ったように笑った。
「もう、ハミアくんったら。いきなりどうしちゃったのよ?頭でも打ったの?」
少女が、心配そうに言った。
「びっくりしたんだから。学園の門前で倒れてて、3日間も寝てたのよ。全く、今はただでさえ別件で忙しいって言うの・・・・・・」
「えーと、折角のいい雰囲気で悪いんだけど・・・・・・“ハミア”って誰の事?」
それまでの安穏とした雰囲気が、時間が、僕の一言で
消え去った。
「・・・・つまり、何も覚えてない、とそう言うのじゃな?」
しばらくして、マギアルカと名乗る人が訪ねてきた。
僕の母親だと言い張るこの人は、子供っぽく見えるのに僕よりも年上なんだとか。
「それは・・・・記憶喪失という事なのでしょうか、お義母さん?」
マギアルカの背後に控える、ロッサという名の姉がマギアルカに近寄った。
「うぅむ、そういう事になるかの。恐らく、精神に起因するじゃろうから、外部からは手出しができない状態にある」
「私たちは、ハミアが自身で快復するのを祈るしかない・・・・というのでしょうか」
「・・・・」
マギアルカは無言で頷いた。
そしてロッサは静かに部屋を出た。
「僕は・・・・あなた方のいう“ハミア”はどんな存在なんですか?」
それは、この静まり帰った空気が嫌だったからか。
あるいは、マギアルカの悲しそうな表情に対して申し訳ないと感じたからか。
それに気づくよりも先に、僕の口は動いていた。
「素直になれない・可愛げない・人を頼らない・・・・この三要素が強い奴じゃな。でも、根は優しくて少し面倒くさがり」
「変なやつ・・・・なんですね」
「まぁ、一言で言うならそうなるのぅ。じゃが、わしはそんな変な奴が、親として自慢で仕方ない」
「血が繋がってなくても・・・・ですか?」
「端から見ればおかしいのは解っておるよ。それでも、絆や愛情があればそれはもう“家族”じゃとわしは信じておる・・・・・・勝手にな」
「もしお主が、もっと詳しい事が知りたいなら、ラナたちに聞くと良いぞ。それではな、安静にしておれよ」
話し終えたマギアルカは、静かに退室した。
マギアルカの話が僕に与えた印象は、羨望だった。
自分から聞いといて勝手な感想だが、そう思わずにはいられない。
だって、マギアルカやラナたちのいう“ハミア”は、僕であって僕ではない、完全に異なる存在だから。
自分に嫉妬するという奇妙な事を考えていた僕は、目覚めてから一度として手を離さなかった、真っ白な剣・・・
そして静かに立ち上がり、そのまま部屋を出た。
大勢の人混みに紛れながら、やっとの思いで都市の外に出た。
特に行き先を決めている訳でもなかった。
だけど、ずっとあそこに居続けるのは違う気がした。
「・・・・どうするつもり?」
とにかく歩き出そうと、足を動かした時だった。
少し離れたところから声が聞こえた。
声のする方を向くと、そこにはロッサが立っていた。
「こんな事だろうと思ったわ」
「・・・・」
「『居場所がない』・・・・そう思ったんじゃないの?」
「なんで、わかったんです・・・・か?」
「私も、そうだったから」
そう告げたロッサの顔は、少し照れていた。
「実は私も、一度は居場所をなくしたの」
「・・・・・・」
「でもそんな私が、もう一度居場所を手に入れた。手に入れる事ができたの」
「・・・・・・」
「それは、一人で死のうと考えてた時よ。誰でもない、
「・・・・でも、僕は」
「皆の知ってる“ハミア”じゃない・・・・かしら?」
「・・・はい」
「なら、見つければいいよ」
その言葉を聞いて、今まで俯いていた僕は顔を上げた。
「名前だって、居場所だって、いつだって見つけるのは自分自身。こればっかりは第三者には不可能なのよ。厄介な話よねぇ」
困ったように話しながらも、彼女は嬉しそうだった。
「僕は・・・・」
「うん」
「自分で探しに行きます‼僕だけの大切なモノを」
「うん、頑張れ。楽しみにしてるよ、姉として」
姉の笑顔を背に、僕は今度こそ歩き出した。
原作の2巻終了部分と3巻の開始部分を無理矢理繋げたら、“読みづらいのでは”と思いました。
・・・・思っただけです。変える気はありませんでした。
それでは、また次回‼