女子だけあべこべ幻想郷   作:アシスト

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第2章、始まります。


第2章 竹取らぬ物語
レジスタンス


 

 

「あぁー……幸せなぁー………」

 

「…………」

 

 

 

深緑が生い茂る森の中で、2つの足音と1つの声が木霊する。

 

外の世界へ帰るため博麗神社を目指し、道なき道を歩く2つの影。生粋の外来人である牧野真一と、普通の魔法使いである霧雨魔理沙の姿であった。

 

 

森の道は碌に整備されておらず、何百年もの時間をかけて育った木々の根があちらこちらに伸びており、普通に歩くにはなかなか骨が折れる道となっていた。力を持つ者の移動手段は大体飛行であるし、妖怪や妖精がたむろするこの森の道が整備されていないのは当然と言えば当然の事だった。

 

 

「…………いい加減離してくれ。ただでさえ歩きにくい道なのに」

 

「無理だ。腕がくっついちゃったからな」

 

 

小学生でもつかないような嘘を言う彼女に、真一は思わずため息がこぼれる。

 

ここまで歩いてくる中で、一方的に真一の腕に抱き付く魔理沙は、彼にこれでもかと言うほど質問を投げかけていた。

 

"好きな食べ物は何か"、"誕生日は何時なのか"、"どんな女性がタイプか"、エトセトラ。好きな人のことは何でも知りたい彼女の心情ゆえの行為でだった。真一も、彼女からのお願いとはいえボディーガードをしてもらっている身であるため無視するわけにもいかず、渋々と彼女の質問に答えていった。

 

 

「パーティキャラなら後ろについて歩いてくれ……って、流石に無理があるか。でも、できれば前を歩いてくれないか魔理沙さん」

 

「私は真一の隣を歩いていたいんだ。安心しろ。何か出たらマスパで何とかする」

 

 

そう言うと彼女は帽子からミニ八卦炉を取り出す。魔理沙が図書館でそれを使って魔法らしきものを撃っていたのを見ていた彼は、それだけでマスパという言葉の意味が何なのかがなんとなくわかった。

 

今までダーリンと呼んでいた魔理沙だが、真一の強い志望により名前呼びにしてもらった。いろいろと誤解を招きかねないからである。

 

 

「(……ほぉ、こいつはスゴイもんを見たもんだ)」

 

 

そんな2人の姿を遠くから目撃する、一人の妖怪がいた。

 

白と赤を基調とした服。鬼ほど長くはないが生えている角。黒髪に白と赤のメッシュが混在した彼女は幻想郷のお尋ね者。反逆のあまのじゃく『鬼人正邪』であった。

 

今日も今日とて追っ手を撒く日々を過ごしていた彼女は、反則アイテムを用いて身を隠していたところ、偶然にも魔理沙と真一を姿を目撃したのだ。

 

 

「(あんなブスに抱き付かれてるのに振りほどく素振りを見せないなんて、どういう精神してるんだあの男? もしや私の同類か?)」

 

 

そう考えた正邪は、頭に電球を浮かべてニヤリと笑う。

 

彼女は今、同士を探していた。強者(美人)を蹴落とし、弱者(ブサイク)が見捨てられない、まさに幻想郷をひっくり返すために共に戦う同士をだ。

 

幻想郷屈指の実力者に追われ、命からがら逃げ続けている彼女であったが、その程度で反省するような彼女ではない。

 

 

"あの男は使える"。そう直感した彼女は行動に出た。

 

 

 

「うおッ!?」

 

 

「ん? どうしたんだ魔理沙さ………あれ?」

 

「残念正邪ちゃんでしたー。ちょっと隠させてもらうよ兄ちゃん」

 

 

そう言って紫色のチェック柄模様をした布を自分と真一にかぶせた正邪は、お姫様抱っこするように真一を持ち上げ、全速力で飛んでいく。

 

 

『あらゆるものをひっくり返す程度の能力』

 

 

天邪鬼である彼女らしい能力である。彼女はこれを使って、真一に抱き付いていた魔理沙の位置と、茂みの中で隠れていた自分の位置をひっくり返したのだ。

 

 

魔理沙の姿が全くの別人に入れ替わったことにあっけにとられた真一は、為す術なく彼女に連れ去られるのであった。

 

 

 

 

*―――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

「驚いて何も言えないか兄ちゃん? まぁ無理もないか。そしてどうだ? 私みたいな女に王子様抱っこされる気分は。実に屈辱的だろう!」

 

「魔理沙さん、なんか雰囲気変わった?」

 

「………は?」

 

 

はいはい冗談、別人ですよね。可愛い女の子にファーストキスを盗まれる経験をした今のオレは、可愛い女の子に誘拐されるぐらいじゃ動じんぞ。ダリナンダアンタイッタイ。

 

 

 

「……顔色一つ変えないとは、なかなか肝が据わった男だな」

 

「幻想郷では常識に囚われてはいけないってことが分かったからな。早く降ろしてくれ」

 

「そう言われて降ろす奴なんていないな。私の顔を間近で見て、せいぜい吐き気でも催すがいいさ!フハハハハ!」

 

 

今の絶対笑うところじゃない。

自分で言ってて悲しくないのだろうか。

 

ここまで開き直っていると逆にすがすがしい。しかし、オレには彼女の顔は吐き気を催す邪悪(ブサイク)には見えないのだ。やだ……幻想郷の女の子、美人多すぎ………?

 

あまりの高笑いっぷりにちょっと可哀想に見えてきたので、少し褒めてあげよう。何様だろうオレは。

 

 

「吐き気だなんて、そんなことないありませんよ。とっても可愛らしあ痛ッ!?」

 

 

言い切る前に地面に落とされた。解せぬ。

 

 

「ふふふ………私の目に狂いはなかったみたいだな………ここ、この私にkkかか可愛いとかいう奴は、同類に決まってる………そうに決まってる………」

 

 

何やら顔を赤くし震えて何かを呟く見知らぬ少女。赤と白のメッシュが入った髪に注意が言っていたが、よく見ると角みたいなのが頭から生えている。おそらくこの娘も妖怪なのだろう。角が生えているとなる鬼か何かか?

 

 

あれ、もしかして、オレ今妖怪に襲われてる?

もしかしなくても大ピンチ?

 

 

「お前!さては天邪鬼だな!?」

 

 

命の危機を察したオレにビシィッ!っと青色スーツを身に纏ったとんがり弁護士の様なポーズでオレを指さす彼女。

 

 

あまのじゃく……? 妖怪の種族のことだろうか。どこかで聞いたことあるような言葉だが、意味までは知らないなあまのじゃく。いかん、オレの語彙力の低さがバレてしまう。

 

「あまのじゃくが何なのか知らんが、オレは人間だ」

 

「ほほう……なかなかの天邪鬼っぷりだな。自分を天邪鬼と認めない天邪鬼っぷり、生まれ持っての天邪鬼である私も認めざるをえないなかなかの天邪鬼っぷりだ。同じ天邪鬼として誇らしいぞ私は」

 

 

ちょっと何言ってるかわかんなかった。

 

 

あまのじゃくって何?哲学?

 

 

 

 

 

*――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

 

 

「いい反骨精神っぷりだ。やはりお前とは気が合いそうだな。名はなんだ天邪鬼」

 

「だからあまのじゃくじゃねえって。真一だ」

 

「我が名は鬼人正邪。どうだ真一!私と一緒にこの幻想郷をひっくり返さないか!?」

 

「こ と わ る」

 

 

即答だった。

 

彼の目的はあくまで幻想郷から外の世界へ帰ること。あわよくば、ラスボス八雲紫を倒し、散っていった友(3DS)の無念を晴らすことの2つだけ。

 

『仲間になれば世界の半分をくれてやる!』と言い出しかねない彼女の考えに、主人公の彼が乗るはずないのだ。

 

 

「ふっふっふ……否定は肯定と捉えても構わんな?」

 

「構うわ。そのまま捉えろ」

 

「……天邪鬼なのは良い事だが流石に天邪鬼すぎやしないか? 天邪鬼であることは天邪鬼的思想を抜きにして誇りに思っていいんだぞ真一」

 

「だからあまのじゃくじゃねえって言ってるだろ!」

 

 

天邪鬼ゲシュタルト崩壊。柄にもなく真一はキレた。

 

ほぼ初対面の相手にここまで自分の話を聞き入れてもらえない経験は生まれて初めてだった。彼のヤバい友人達でさえ、初対面でも会話は成立したのだ。

 

 

「まぁまぁそう怒るなって。お前が天邪鬼であろうとなかろうと、お前にブサイク耐性が携わっている確かだ。私が望むひっくり返った新世界の住人にふさわしい」

 

「魔王みたいなセリフ言うなコイツ………。どちらにせよ、お前の考えに乗るつもりはないぞ」

 

魔法使い(ブサイク)に抱き付かれても嫌な顔一つせず、(ブサイク)と話しているのに目を逸らすこともしない。私をも凌駕するその天邪鬼っぷり、お前なら新世界の神も夢じゃない!だから、な?一緒にこの腐った世界をひっくりかえそ?」

 

「だから断るって言ってんだろ!とことん人の話を聞かないなお前!」

 

 

真一はそう言って再び正邪にキレるが、彼女はわざと彼の話を聞いていないふりをしていた。

 

正邪は本気で真一のことを天邪鬼と思っているわけではない。このような強気な態度を取る理由は一つ、真一が自分より弱いと思っているからである。

 

天邪鬼でも相手は選ぶ。真一が正邪より強かったならば、彼女は彼を連れ去りはしなかっただろう。と言うよりも、連れ去ること自体できなかっただろう。しかし、真一が正邪より弱いなら話は変わる。

 

 

小物と呼ばれても彼女は妖怪である。妖怪なら妖怪らしく、力で脅せばいいだけなのだ。

 

 

そう考えていた彼女であったが、彼が外来人であるとは夢にも思っていなかっただろう。

 

 

 

「オレは人間で、外来人だ!お前みたいな整った顔を可愛いと思う外来人なんだよ!」

 

「な―――ッ!?」

 

 

ビシィッ!っと赤色のナルシスト検事の様なポーズでを指さす真一。それに少し驚いたのか、正邪は目を見開いてたじろく。

 

彼女は外見は元より、その素行故、褒められたことは今までなかった。しかし、彼女はそれでよかったのだ。何故なら自分は天邪鬼。悪口こそが彼女にとっての最高の褒め言葉であり、褒め言葉こそが彼女にとって悪口になる。

 

真っ正面から褒め言葉(悪口)を言われることは多くあったが、待っ正面から悪口(褒め言葉)を言われる経験が皆無な正邪は、自身の外見を貶された(褒められた)ことに酷く動揺した。

 

 

「……やはりお前は天邪鬼のようだ。私が可愛い?本気でそう思ってるのか?」

 

「そうだよ。お前は可愛い。オレが自信をもって断言してやる」

 

「そうかそうか………私が可愛いか…………ふっふっふっ………」

 

 

天邪鬼であることを忘れ、ちょっぴり頬を染めてにやにやとする正邪であったが、すぐに我を取り戻す。その直後、彼女は激しい自己嫌悪に襲われた。

 

 

「(褒められて何笑ってんだ私!?そこは『図に乗るな人間!』とか言って激怒するところだろ私!……あれ、褒められて笑うのは普通じゃね?いやでも私天邪鬼だし。貶された方が嬉しいし。でもコイツに褒められたの悪い気はしなかったし……あれ?)」

 

 

正邪は混乱した。考えれば考えるほど、自分の考えが逆転した。

 

突然、頭を抱えて悩む正邪を不審に思う真一。正邪が妖怪であろうとも、真一の目に彼女は年下の女の子にしか見えないのだ。目の前で頭を抱えていれば、怒りを覚えていた相手とはいえ心配ぐらいする。

 

 

「お、おい。どうかしたのか?」

 

「えっ」

 

 

そう言って正邪の顔を覗き込む。彼女とはすぐに目があった。

 

数秒の沈黙。その数秒で、天邪鬼はただの女の子と化した。

 

 

「……ち、ちくしょ――ッ!何なんだよお前はよぉ―――――!!」

 

 

急に恥ずかしさが込み上げてきた彼女のとった行動は"逃走"だった。幻想郷の強者から逃げ回っているだけあり、その逃げ足は脱兎のごとし。捨て台詞は小物のそれだった。

 

涙目で、顔も耳も真っ赤にして、一度も振り返ることなく森の奥へ逃げる。

 

 

「……え!?おい!ちょっと待て!」

 

 

 

逃げると思っていなかった真一は慌てて正邪を呼び止める。が、時既に遅く、彼女の背中が豆粒ほど小さく見えるの距離まで逃げられてしまい、終いには姿は見えなくなった。

 

 

一人、森の中で立ち尽くす。

 

 

「……………ここどこだよ」

 

 

 

口に出しても、答えてくれる人は誰もいない。

 

 

 

牧野真一。人生初、森で迷子になった。


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