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こちら、絶賛迷子中の牧野です。パーティメンバーの魔法使いさんと逸れて一人森の中を突き進んでおります。魑魅魍魎がはびこる森の中でボッチという結構洒落にならない状況ですが、オレはまだ生きています。
しかしそれも時間の問題だ。
攻撃力防御力共に最低値。全力で100m走り切れない程度のHP。素早さは人並み。装備品はジャージのみ。
これがオレのステータス。正直スぺランカーさんをバカにできない。スライムにだって負ける自信がある。
残機0且つオワタ式の状況で一人だけって、ちょっと笑えないレベルでの危機的状況だ。
「おーい、誰かいませんかー。魔理沙さーん」
今のオレの作戦は、森を歩きつつ、魔理沙さんとの合流を図ること。じっとしていてもイベントは起きないのだ。
妖怪や妖精が住まう森と聞いていたから慎重に行動していたが、何分か歩いていても誰もいないため、声を出して魔理沙さんを探す。
この際、魔理沙さんじゃなくてもいい。言葉の通じるものを見つけたい。最悪さっきの妖怪さんでもいいから、パーティを増やさなければ。じゃなきゃ死ぬ。
「誰かいたら返事してくださーい」
「シャンハーイ」
「………おお?」
意外にも、返事は足元から聞こえた。
下を向くと、そこにいたのはフェルトでできた人形。魔理沙さんを思わせるような金髪に大きめのリボン、シンプルな黒点の目を持った、女の子に受けがよさそうな人形だった。
人形はオレのズボンの裾を引っ張っている。伸びるからやめなさい。
「よっこいしょ」
「シャンハーイ」
試しに持ち上げて間近で確認してみるが、動いて喋ること以外はただの人形の様だ。妖怪とか妖精よりは、動くヌイグルミの方が幾分現実味があるから、あまり驚くことはなかった。だってもう吸血鬼とか見ちゃったしね。アハハ。
この人形さん言葉を発してるし、もしかしらた意思疎通ができるかもしれない。ダメもとでやってみよう。
「可愛いお人形さん。君のお名前は?」
「シャンハーイ」
「どこからやって来たんだい?」
「シャンハーイ……」
「………もしかして、迷子?」
「シャンハーイ!」
意志疎通成功。やってみるもんだね。このお人形さんも迷子のようだ。
しかし何故シャンハイなんだ……? オレの知らない間に上海も幻想入りしたのだろうか。メーリンさんも妖怪とはいえ中国語喋ってたし、オレのいた世界の文化は、幻想郷にも存在するのかもしれないな。
「シャンハイ! シャンハーイ!」
人形はいつの間にかオレの手をすり抜け、頭の上に乗っかっていた。重くはないから別にいいけども。
そっちに行けと言わんばかりに、森の一方を指(腕)指して人形は叫ぶ。もしかすると、向こうにこの人形の持ち主がいるのかもしれない。
そうとなればこの人形さんに従おう。置いていくのも可哀想だし、こんな人形を持っている人が悪い人とは考えにくいしな。
「シャンハーイ!」グイグイ
「髪を引っ張るな、髪を」
人形がパーティに加入しました。やったね牧野!
お人形さんは有能でした。
「スゴイなお前。本当についたぞ」
「シャンハーイ…!」
きっとドヤ顔をしているに違いない。声のトーンでわかる。
森を抜けた先にあったのは、小学生の頃に社会の教科書で見たような、昔の日本を思い出させるような小さい町だった。町と言うよりは村と言った方が正しいかもしれない。
洋風だった紅魔館とは真反対。古き良き和ってのが伝わってくる、そんな場所だった。
「………タイムスリップした気分だなぁ」
「シャンハーイ?」
「ん、こっちの話」
道行く人たちは全員着物みたいなのを着ているし、お店の看板も右読み。日本の時代でいえば昭和ぐらいだろう。一度だけ、外の世界にある映画村に行ったことはあるが、それに近い感じだ。すれ違う人たちにチラチラ見られている気がするのは
すれ違う限り、人里の男女比は3:7ぐらいか。美醜感覚の逆転が影響しているのか、単純に幻想郷には女性が多いだけなのか。答えは神のみぞ知る。
「で、お前の持ち主はどこにいるんだ?」
「シャンハーイ」
「え? 飛べたのかお前」
人形はオレの頭から飛び降りたと思ったら、そのまま宙に浮いて、ふよふよとどこかへ行ってしまった。
きっと持ち主の元へ帰るのだろう。ならばオレは引き留めない。物は持ち主の元へ帰るのが一番だ。
でも飛べたなら最初から飛んでほしかった。軽かったとはいえ、20分間頭に乗られるのは首にきたぞチクショウ。
まぁでも、道案内ありがとなー。人形さん。
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人里では不定期ながら、人形劇が開かれる。
七色の人形遣い『アリス・マーガトロイド』。魔法使いでもある彼女は、魔法の糸を使って人形を操ることで、あたかも人形自身が意志を持って動いてるかのように見せることが出来る。
その一挙手一投足は見るものを魅了する。特に里の小さな子供たちには非常に人気が高かった。
「たのしかったよー!」
「またやってねおねーちゃん!」
「はいはい。またね」
別れの言葉を残して去っていく子供たちに、アリスは軽く手を振る。彼女の容姿は決して褒められるものではなかったが、人形劇のおかげで子供たちからの人気は高い。寺子屋に入るにはまだ早いぐらいの歳の子供たちは、まだ美醜観念をよく理解していないのだ。
彼女は魔法と用いてパパッと後片付けを済ませる。その様子には若干の焦りが見えた。
「(早くシャンハイを探しに行かないと……!)」
彼女は人里へ飛んで向かっている途中、人形を一つ落としていた。
本当なら人形劇を中止にしても探しに行きたかった彼女だが、純粋な子供の眼差しには勝てなかった。急遽変更で、シナリオの短い人形劇を行い、今に至る。
彼女の落とした”上海人形”は、製作者の彼女にとっては家族の様なもの。1人でも欠けてほしくはないのだ。
「よし、片付け終了!待っててね上海!今迎えに行くから!」
「シャンハーイ」
「……………あれ? 上海!?」
探し物は既に、彼女の足元にいた。
上海人形は基本的にアリスの魔力を動力源として動く。人形内に魔力が残っていれば、アリスが操らなくとも、人形の意志で動いたり飛んだりすることができる。動くには魔力を消費するため、上海は真一の頭に乗ることで魔力を節約していたのだ。
人里に入って上海が真一の頭から飛び立ったのも、今の魔力の量ならアリスの元へ帰れると判断したからである。
「森に落としちゃったと思ったのに……いったいどうやって? でも、戻って来てくれて本当によかったわ。ゴメンね上海」
「シャンハーイ」
アリスは自分の子供のように上海を抱きかかえる。その様子だけで、どれだけ彼女が上海を心配していたかがうかがえた。
上海もまたアリスが自作した人形である。が、制作者である彼女も、上海の言葉はわからない。故に上海に問いかけても答えが戻ってくることはない。
しかし、アリスの疑問を解く手段はある。
「上海、ちょっと同期するね」
上海が見て、聞いて、経験した記憶は魔力として体内に蓄積される。彼女は魔法を使って上海と同期することで、上海がどこで何をしていたのかが分かるのだ。
「シャンハーイ?」
「大丈夫よ。痛くないから」
アリスは上海の額に自分の額を当て、神経と魔力を集中させる。人間と同じく、上海の記憶も頭に蓄積されているのだ。
もし誰かに拾われてここまで戻ってきたとしたならば、その人にお礼をしなくちゃね。そんな考えの元、彼女は上海とリンクする。
『可愛いお人形さん。君のお名前は?』
「…………ええ!?」
上海との同期が完了した瞬間、彼女の目に映ったのは
「あなた……男の人に助けられたの!? しかも可愛いだなんて言われて……」
「シャンハーイ?」
上海は頭にクエスチョンマークを浮かべる。何がおかしいのか理解できていない様子だった。
上海人形はあまり可愛いと呼べる人形ではなく、ブサイクをデフォルメにしたような人形であった。しかし、アリスにとっては生まれて初めて作った人形であり、彼女の親代わりである人物に『とっても可愛い人形さんね!』と言われた過去があることから、この姿かたちを変えることは今まで一度もなかった。
そんな上海が男の人に助けられ、可愛いと言われたのだ。
「なんて羨ましいッ……!私なんて一度も可愛いなんて言われたことないのにッ……!」
キィー!っとアリスは白いハンカチを噛んで悔しがる。アリスがパルパルするのも当然であった。
「……でもこれはチャンスよ。上海を助けてもらったお礼としてこのイケメンとお近づきになるチャンスと、私は受け取ったわ! よくやったわね上海!」
「シャンハーイ!」
「そうと決まれば家に帰ってお礼のクッキーを焼かなくちゃね! 見てなさい魔理沙、パチュリー。私は貴女たちより10歩先へ行かせてももらうわ!」
確固たる決心を胸に、人形劇セットの入った箱に上海を入れて、彼女は人里を飛び立つ。
魔理沙がその男とファーストキスをしたのをアリスが知るのは、まだ先であった。