ロールプレイングゲームをプレイする際中、新しい街に到着した時、みんなは最初に何をするだろうか。
手あたり次第に街の住人に話しかけて情報収集をするか、宿屋を探してHPを回復を優先するか、道具屋にいって武器の補充をするか、とりあえずセーブするか……それは人さまざまだろう。
オレは情報収集派だが、あくまでそれはゲームの中の話。リアルはそんなに甘くない。近づいてAボタンを押せば相手が勝手に話してくれる都合のいい世界ではないのだ。
リアルで道行く人に話しかけるのは勇気がいる。オレのいた世界じゃ、異性に話しかけるだけで事案扱いされるパターンも珍しくなかった。見ず知らずの相手に話しかけるのは、正直気が引けるのだ。……け、決してコミュ障ではない。
と言うわけで、今回はHP回復に勤しむことにした。
偶然見つけた茶屋の前にある木製の長椅子に座り、咲夜さんから受け取ったお弁当を食べている。もちろん、お店の人にはちゃんと許可をもらった。時計を持っていない以上、自分の体内時計を信じるしかないが、おそらく今はお昼ごはんには少し早い時間帯だろう。しかしオレは腹ペコ。森を中を歩くのはなかなかにエネルギーを消費するのだ。
お金を持っていればお団子でも注文していたが、無一文である以上仕方ない。たとえ持っていたとしても、日本銀行券が幻想郷で使えるのか定かじゃないしな。
お弁当の中身はおにぎりやウインナー、卵焼きなど、意外にも馴染み深い料理が多かった。どの料理もとても美味しい。ありがとう咲夜さん。
*―――――――――――――――*
「はうっ!今、真一様に褒められた気がっ!十六夜、至福の極みっ!」
「お姉さまー、あれも恋の病気?」
「あれは頭の病気よ。それよりフラン、朝更かしはお肌に悪いから早く寝なさい」
「はーい」
*―――――――――――――――*
カランカランと、下駄が地面を蹴る音が響く。
「こんな時間から、若い男が茶屋におるとは珍しい。隣をいいかの?」
真一が2つ目のおにぎりを頬張ろうとした時、緑色の着物に葉っぱの髪飾りを付け、右手に煙管を持った女性が声をかけてきた。
外見は真一と同じぐらいか少しだけ若いぐらいであったが、老人口調と煙管のせいか、真一にはその女性が非常に大人びて見えた。
真一は座っていた位置から少し左により、右側にスペースを作る。
「構いませんよ。どうぞ」
「ほう、こりゃまた珍しい。大抵の男は嫌な顔をして断るか、嫌な顔をして逃げるかのどちらかなんじゃが……まぁいいわい。よっこいしょ」
爺臭い掛け声と共に、彼女は真一の隣に腰を下ろす。
「儂はマミゾウという者じゃ。お主、外来人じゃろう?」
「! わかるんですか!?」
「ふぉっふぉっふぉっ、そんな格好をしておれば誰でもわかるぞい」
マミゾウと名乗る女性は笑いながら、人里ではかなり浮いている真一のジャージを指さす。外の世界からやってきた者たちの中にはジャージを持っている者もいるが、幻想郷自体にジャージという文化は存在しない。
「見たところ、幻想入りしてまだ間もないようじゃな」
「はい。実は―――――」
<男子説明中...>
「なかなか波瀾万丈な生活を送っとるの。顔については酷く言える立場ではないが、あのブサイク百鬼夜行が集う館に泊まったとは、大したメンタルじゃなお主」
「まぁ……いろいろ事情がありまして」
やんわりと彼ははぐらかす。美醜感覚が逆転していることを話すと話がややこしくなりそうだと判断したからである。
彼が説明したのは昨日幻想入りしたこと、紅魔館で一晩過ごしたこと、魔理沙の一緒に博麗神社を目指していたが逸れて、人里にたどり着いたことの3つである。
マミゾウは真一のはぐらかした部分に関して特に気にする様子は見せず、話を続ける。
「ふむ……あの妖怪神社に向かうだけなら問題ないじゃろう。だが一つだけ忠告しておくぞい」
「今聞き捨てならない単語が聞こえた気が」
「向こうに竹林が見えるじゃろう」
真一を無視して、マミゾウはある方向を煙管と使って指す。その先には確かに、遠くから見てもわかるほど、長い竹が無数に生えている場所があった。
「迷いの竹林と言っての、あそこだけには絶対に近づいてはいけんぞ。絶対じゃ」
「そんなに危険なところなんですか?」
「竹林も危険じゃが、それ以上に危険なのは竹林を抜けた先にある"永遠亭"という医療施設じゃ」
「医療施設?」
人間が住んでいる以上、医療施設の1つや2つあってもおかしくないと思う真一であったが、危険の意味は分からなかった。
真っ先に思いついたのは、人間を解剖し、小腸を素手でまさぐりながら高らかに笑うマッドサイエンティストの姿。それならば確かに危険だと彼は思ったが、真実は違う。
「幻想郷では今まで様々な異変……まぁ事件が起こっておる。その多くが博麗の巫女によって解決されてきた。鬼のように強い女じゃが、その巫女が唯一、満身創痍寸前まで追い詰められた異変があっての。その首謀者がそこにおるのじゃ」
博麗の巫女。異変。その単語には真一も聞き覚えがあった。
紅魔館にいた時に教えてもらったことだ。春が訪れなかったり、夜が明けなかったり、空飛ぶ宝船が噂になったりと、幻想郷ではさまざまな異変が起こっていることを。
それを解決しているのが博麗の巫女と愉快な仲間たち。魔理沙は常に、咲夜は時折、異変解決の手伝いをしていると言うのも彼は聞いていた。
彼女たちがどれだけ強いのかは、図書館大戦争において彼は直接目にしている。あれほど凄まじい戦いを繰り広げる彼女たちが追い詰められるほどの強さを持つ者がいるとは、真一には信じ難かった。
やはり血塗られたマッドサイエンティスト……そう思う真一であったが、真実は違う。
「まぁ、儂もその異変が起こった時期には幻想郷におらんかったからのぉー。実際のところはわからん。儂は首謀者の顔も見たことないし、見たいとも思わんしの。命は惜しい」
「そんなに危険なのか…………ん? ってことはマミゾウさんも外来人なんですか?」
「うむ……まぁ、半分は間違ってはおらんぞい」
正確には外来妖怪じゃがの、と思うマミゾウであったが、妖怪であることは隠しているため口に出すことはない。
彼女は人里に入る時、人間に化ける。『化けさせる程度の能力』を持つ彼女であれば、ブサイク……幻想郷でいう美人の姿に自分を『化けさせる』ことも可能であったが、彼女は敢えてそれをしない。
まず、マミゾウはもともと男にモテようと考える性格ではなかった。その上、人里に関わらず、幻想郷に在する有力者たちのほとんどが女性でありブサイク。そんな彼女たちに近づくには、同じブサイク姿の方がいろいろと都合が良かったのだ。
下手にいろんな姿に化けてもボロがでる。そう考えたマミゾウは、人里に入る時には今の姿へ化けることに決めているのであった。
「教えていただきありがとうごさいます。マミゾウさん」
「なあに。儂も久しぶりに男と話せて楽しかったぞい。お主の探している魔法使いも、人里にいればそのうち会えるじゃろう。じゃあ儂も用事があるからの。無事に戻れることを祈っておるぞ、牧野」
マミゾウは煙管を懐にしまいながら立ち上がり、履いている下駄をカランカランと鳴らしながら茶屋を後にする。
『不思議な風格があるなぁ』と真一はマミゾウの後ろ姿を見送りながらそう思った。
「……あれ、そういえばオレ、名前言ったっけ?」
「おお、こりゃなかなか美味じゃな。……………しかし、アヤツをこちら側に呼び出すとは、ついに落ちぶれたか? あのスキマめ」
真一の弁当からコッソリ盗んだ唐揚げを頬張りながら、空を一瞬睨む。すぐさま視線を前に戻し、彼女は人里にある貸本屋『鈴奈庵』へと足を運んでいった。
*―――――――――――――――――*
目的地変更のお知らせ。ちょっと寄り道して、あの竹林を探索しようと思う。
流石のオレでも「行くなよ?絶対行くないよ!?」なんて言われたら行くっきゃない。危険なところには近づきたくなるのが人間の性ってものだし、ダチョ〇倶楽部的なノリには逆らえるだろうか。いや逆らえない。
決してマミゾウさんが嘘をついているとは思ってない。良い人そうだったし(単純)。博麗神社を妖怪神社と言った点に関しては気になったが。
まぁ、近づいたらいきなりトゲが生えてきてティウンティウン。なんて理不尽極まりないトラップがあるわけじゃないだろう。迷いの竹林って言われてるぐらいだから迷子になりやすいだけに違いない。
オレだって2度も迷子になるつもりなんてないし、マッドサイエンティストに身体をいじられるのはゴメンだ。入口周辺をちょこーっと散策したら、すぐに引き返そう。
フラグとかじゃないからねコレ。決して。断じて。
*――――――――30分後―――――――*
………ここはどこ。オレは真一。
真一、マミ(ゾウさんと出会い、なんやかんやあってフラグを回収す)るお話でした。