お酒はほどほどに
オレは今まであらゆるジャンルのゲームをプレイしてきた。それはもう、ゲーマーと名乗るのに恥ずかしくないぐらい沢山。
そんなオレにも苦手なジャンルはある。それはホラーだ。情けない話だが、オレはゾンビのような見た目がグロテスクな存在や、幽霊が出そうな不気味な場所が苦手なのだ。
全ては甲斐田くんという幽霊に呪われることに快感を覚える性癖を持つフレンズが原因なのだが、今回は詳しい説明を省かせてもらおう。
とにかく、オレは遊園地に行ってもおばけ屋敷には絶対に入らないし、肝試しや心霊スポットに行こうと誘われても『行けたら行くね!』と答えて絶対に行かない。
これまでもこれからも、そういう場所には近づかないと心に誓っていた。
にもかかわらずこの状況よ。
「何でいきなり墓地にいるんだよオレぇぇぇ……」
幻想郷に来てからというものの『気がついたら場面が変わってた』って状況多すぎやしないだろうか、流石に。
しかも今回はよりによって夜の墓地。元いた世界の墓地ならばまだしも、ここは幻想郷の墓地。ゾンビの一人や二人がスリラーを踊っていても何ら不思議ではない。
今まで遭遇していないだけで、オレが想像しているようなリアルな妖怪とかゾンビも幻想郷にはいるだろう。こんなところでそれらを目の前にしたら、間違いなくオレは失神する。
さっきまで姫様と話していたオレが何故いきなり
「い、いきなり地面から出てこないよな……ん? なんか落ちて……」
ゾンビは地面から出てくる。そんな固定概念に囚われていたオレは足元ばかり気にしていた。だから、お墓の影に身を潜めていた者の存在に気づくことができなかった。
「驚けぇーーーーーーーーっ!」
普段ならば驚かなかっただろう。しかし、この状況においてのドッキリ系ホラーはオレに耐えられるものではなかった。
言葉ならない悲鳴が喉を突き破る。心臓が破裂したような衝撃を身体に感じながら、オレは意識を手放したのだった。
*--------*
「連れて帰ってきちゃったけど、どうしたらいいかなぁ?」
「「………………」」
愉快な忘れ傘『多々良小傘』。幻想郷でも珍しい赤の青のオッドアイを持つ彼女がそう言って現れたとき、2人が持っていた杯からお酒がこぼれた。
一人はセーラー服を着た星蓮船のキャプテン『村紗水蜜』。もう一人は尼さんのような格好をした入道使い『雲居一輪』。2人の視線の先には、小傘が傘に背負って持ってきた、それなりに整った顔をした男の人間。
聖に隠れて深夜こっそり飲んでいた2人にとって、小傘の一言は酒の肴にしては辛すぎた。
「……えーっと、つまり何? 理由はどうあれ、男をお持ち帰りしてきたってことでオーケー?」
アルコールで回らない脳を必死にフル回転させて、何とか理解しようとしながら村紗は小傘に尋ねる。
「お持ち帰りじゃないよ! あちきはただ、あんなところに置いてったら風邪引いちゃうと思って……」
小傘の狙いは、あくまで人間を驚かせることだけである。相手を大きく驚かせるほど彼女の腹も満たされるが、相手が気絶するほど驚かせるつもりなど彼女にはなかった。
確かに、彼女の顔はお世辞でも可愛いと呼べるものではない。大抵の人間は、小傘が意図することもなくその顔を見て驚き逃げる。しかし、気絶されたのは今回が初めての経験だった。
「………よし、大体わかったわ。念願の赤ちゃんをつくるチャンスってことね。一発ヤっちゃいますか一輪さん」
「一発と言わず何発でもヤっちゃいましょ水蜜さん」
「いやダメだよ!? 何言ってるの2人とも!」
「いやいやアンタが何言ってんのよ小傘。こんな時間に男が一人で墓地って、襲ってくださいって言ってるようなもんよ」
酔っぱらった思考回路でまともなことなど考えられるはずもなく、妖怪らしく本能に忠実な考えをする村紗。いつもならツッコミのポジションであるはずの一輪までもが村紗の提案に乗るところを見ると、2人は相当飲んでいるようだ。
彼女たちもまた、不細工。目の前にイケてる男が転がってる千載一遇のこの状況で、襲わないという選択肢はないのだった。
「長らく忘れてたけど、妖怪は人間を襲うもの。何にも問題じゃないわ」
「大有りだよ! そんな本人の意思を聞かずにそんなこと…」
「私達の容姿で聞いたら120%逃げられるに決まってるじゃん。じゃあもう聞く前に既成事実作るっきゃないっしょ」
「水蜜の言う通りよ小傘。それに『男は一度でいいから女に無理やり襲われてみたい願望がある生き物だ。だからYouやっちゃいなYO』……って雲山も言ってるわ」
「絶対噓でしょ! 雲山そっちで酔いつぶれてるじゃん!」
2人に付き合わされて飲んでいた一輪の相棒『雲山』。雲の妖怪である彼の身体のほとんどは水分できている。つまり、水分だけでなく、水に混じったアルコールも吸収しやすい体質であるため、お酒にはめっぽう弱かった。
少しピンクがかった身体を真っ赤にして、部屋の隅で潰れている雲山。とてもではないが、何かを話せるような状態ではなかった。
「とにかくダメ! 絶対にダメ!ダメったらダメー!」
「何よぉー小傘、あんたはしたくないの? あ、もしかして一人じゃ恥ずかしい? よかったら混ざっちゃう?」
「わちき、そんな軽々しい女にはなりたくないよ!」
「はっ、唐笠お化けが何言ってるんだか」
「へいへーい、処女捨てるチャンスよー。まーざーれーよー」
「(うぅ……だめだこの2人……わちきじゃ止められない……)」
思わず涙目になる小傘。その顔は幻想郷民にとっては見るに堪えないほど醜く、
お酒は、人も妖怪も大きく狂わせる。酔っぱらってしまえばあることないこと何でも言ってしまう。それを何とも思わないのが酔っぱらうということである。
かなりの量のアルコールを摂取している酔っ払い妖怪2人を止める力は、小傘にはなかった。
今の2人を止められる人物は、ここ命蓮寺には唯一人。
「あっはっは! 血の池もいいけど、やっぱり溺れるならお酒が一番よねー!」
「ねー!」
「誠に情けなく、薄志弱行である」
「「………えっ?」」
後方からの声に、2人の声がハモる。
2人が振り向いたその先にいたのは、命蓮寺の住職にして彼女たちの大恩人。元・封印された大魔法使い『聖白蓮』本人である。
普段は温厚で怒ることの少ない彼女だが、戒律を破るものには慈悲はない。
「あ、姐さん……これはその………」
「村紗、一輪。一言だけ言い訳を聞きましょう」
聖のその言葉に、滝のような汗を流している2人は向き合う。そして、何を言っても遺言になるであろう最後の言葉を、代表して村紗が発言した。
「…………ひ、聖も混ざる?」
その夜、南無三という掛け声と共に、ピチューンと何かが弾けた音が2つ、命蓮寺にこだましたのだった。