「やぁ。ようやくお目覚めかい、ねぼすけ君」
「……………」
「まったく、お昼過ぎまで熟睡とは、私の膝はそろそろ限界だ。だがまぁ、君の寝顔は見ていて飽きるものじゃないし、今回は許してあげるよ」
「……………」
「できればもっと見ていたかったが……起きている顔もなかなかそそるものがある。私の探し物は君なのかもしれないな」
「……………」
「…どうしたんだい寝ぼけた顔をして。もしかして寝たりないのかい? しょうがないなぁ、あと小一時間我慢してあげよう。ゆっくりとおやすみ」
膝枕をしてくれている少女にそう耳元で囁かれ、真一は優しく頭を撫でられる。心地良い眠気に誘われて寝てしまいそうになるのをグッとこらえて、彼は心の中でつぶやく。
ああ、いつも通り、訳が分からない。と。
*----------*
「うむ、やはり似合う。まぁ君に似合わない着物なんてないと思うけどね、真一」
「は、ははは………どうも」
褒められて悪い気はしないのだが、なんだろう。この娘に言われると口説かれてるような気がしてならない。
この娘の名前はナズーリンさん。小柄な体形に大きな耳が特徴的な、見た目通りネズミの妖怪らしい。
お互いに簡単な自己紹介と状況把握をした後に、ナズーリンさんから着物に着替えるよう勧められた。一日以上同じ服装じゃ衛生的に悪いだろうって。
本当はオレが気絶している間に着替えさせようと試みたらしいが、ここ……命蓮寺の住職さんに止められたらしい。
と言うわけで着物を着てみました。似合う似合うといってはくれているが、そんなに似合ってないと思う。
「君の服……ジャージと言ったかな。あれはウチで洗濯しておこう。これからいろいろ汚れるだろうからね」
「ありがとうナズーリンさん……え? これから?」
「どうかしたかい?」
今、微妙に日本語がおかしかった気がしたけど……気のせいか。ナズーリンさんも純粋な顔で頭にクエスチョンマーク浮かべてるし。
「さて真一。確認だが……君は外来人で、外の世界に帰るために博麗神社に向かいたい。ということであっているかい?」
「はい、間違いないです」
「堅苦しいから敬語はいらないよ。君を神社に送り届けることは残念ながら容易い……が、生憎私は留守番を頼まれている身でね。聖が帰ってくるまでは
「(……残念ながら?)」
やはりナズーリンさん……いや、ナズーリンは時々日本語がおかしいような気がする。しかしこういう独特な話し方をするような人なのかもしれないし、下手に突っ込むのはよそう。
さて、目の前には「わかったよ、ナズーリン」と「妖怪と一緒の場所なんか居られるか!オレは外に出るぞ!」という2つの選択肢が見える。が、後者のような死亡フラグが見え見えの選択肢を一周目で選ぶほど、オレはチャレンジャーではない。
「かまわないよ。急いでるわけでもないしな。ありがとうナズーリン」
「お礼はいらないよ。寧ろ、お礼を言いたいのは私のほうさ」
「?」
「こんなに男と話したのは何時ぶりだろうね。私の話し方はなかなか独特だろう? 外見も相まって嫌がる人も多いんだが、君は嫌な顔一つしない。流石は逆転した世界の住人、と言ったところかな」
ナズーリンはほんの少しだけ、表情を曇らせる。
自覚があったのは意外だ。ナズーリン自身も気にしていたんだな。まぁ、
しかし、オレには関係ない。
「仮に逆転していなかったとしても、オレは嫌な顔なんてしないよ」
「ほう、言い切るね」
「人は心って言うだろ? 妖怪だってそれは同じだ。 話し方とか外見とかで判断するのは嫌いなんだ」
でなければ、オレは矢島くんとか堀内さんと言った外見も話し方もヤバいような人たちと友達になんかなっていない。
あいつ等も根はいい奴らなんだ。ちょっとアレなだけで。
そもそも、オレから見たらナズーリンさんはかわいいのだ。ちょっとカッコつけたような喋り方の可愛い女の子が嫌いな男など、オレの世界にはいない。
「………やはり、君はなかなか見どころがある人間だね。ますます好きになったよ。君ならご主人でも大丈夫かもしれないな」
「な、なずーりーん…」
「おや、噂をすれば。ご主人、宝塔は見つかったかい?」
一人の女性がふすまを少しだけ開け、顔を半分だけ覗かせてナズーリンの名前を呼んだ。ナズーリンがご主人って呼んでいるってことは、お偉いさんなのだろうか。その割にはご主人のほうはビクビクしているが。
金髪に黒のメッシュがかかった髪をしたその女性は、身体をプルプル震わせながら口を開く。
「いやー……それがですね。その……非常に言い難いのですが……全く見つからなくてですねー……手伝ってほしいなと……」
「ダメだ。いつまでも私に頼っているようでは立派な毘沙門天にはなれないぞご主人。少しは自分で見つけないと。……その前に無くさない努力をしてほしいけどね」
「あうぅ……返す言葉もありません………」
「あ、あのー。何か探してるんでs」
「ひっ」
サッ
深くは理解できないが、ご主人って人が困っているのはわかったので、何か力になれないかと声をかけたら、その女性は半分覗かせていた顔をサッと戻し、小さく悲鳴を上げながら襖の後ろに隠れた。
え、今のオレ怖かった? やべぇ心が震える。
「コラご主人、失礼だろう。すまない真一。ご主人は男が苦手なんだ。昔いろいろあってね」
「も、申しわけありません……」
「い、いえ……そうと知らずに声をかけたオレが悪いので……」
再び顔を覗かせ、涙目でこちらを見てくるご主人さんに罪悪感を覚える。
ご主人さんの外見もまた美人。イコールこの幻想郷では不細工ということだ。過去にいろいろ苦労したのかもしれない。でもオレ、幻想郷に来てから美人(オレ視点)にしか会っていない気がする。どうなってるんだ幻想郷。
それはさておき、話を戻そう。
「それで、何か探しているんですか?」
「ご主人、彼は信頼できる人間だ。練習だと思って、少し話してみたらどうだい?」
「は、はい……。実は、宝塔を無くしてしまいまして……」ススッ
「宝塔……塔?」
「はい……あ、塔って言っても大きいものではなくてですね…………掌に乗るぐらいの……大きさ物で、水晶玉が特長の………」スススッ
「……ご主人。話しながらどんどん顔を隠していくのはどうかと思うよ」
「うぅ……すみません………」
治せと言われて治せるものじゃないのはわかるが、ご主人さんの男嫌いはかなりのもののようだ。襖の裏側に居る彼女の顔は先ほど以上に涙目になっているに違いない。
探し物の宝塔はなかなか特徴的な形をしているみたいだな。水晶玉が目印の、小さい塔……一度見たら忘れなさそうな形だ。まだしばらく命蓮寺に居させてもらう身だし、ここは少しお手伝いを………って、んん?
「オレ……そんなような形の物、どこかで見た気が……?」