女子だけあべこべ幻想郷   作:アシスト

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数百年ぶりの想い

 

 

 

*———*

 

 

 

 

 

結果として、オレは寅丸さんに救われた。

 

 

 

今回ばかりは本気で死を覚悟した。寅丸さんがいなければ、オレは今頃あの青髪女に生きた屍(キョンシー)にされてゲームオーバーになっていただろう。

 

寅丸さん命の恩人だ。本当に感謝している。

 

 

本当に感謝してるよ。

 

 

本当に感謝しているけども。

 

 

 

「ご主人…これは一体どう言うことかな……?」

 

「いや、あの、違うんですよナズーリン! これはその、青娥殿のせいといいますか……私のせいといいますか…… 」

 

 

寅丸さんの声がどんどん小さくなっていく。それも無理はない。だって今のナズーリン、超怖いもん。

 

言葉に生気はなく、目には光もなく、挙げ句の果てには右手に鋭く尖った金属の何かを持っている。

 

そんな状態の女の子に声をかけられ怖がらないのは、オレのヤバ友にもそう多くない。

 

 

「私はね、ご主人。貴女の男嫌いが少しでも緩和されればいいと思って、実に不本意ではあったけども、真一と2人で行かせたんだ……」

 

 

そう言いながら、ゆっくりとゆっくりと、こちらに近づいてくるナズーリン。

 

 

「なのにどうして……いや! ナニをどうしたら王子様抱っこで帰ってくるほどの仲に発展するんだ!」

 

「誤解ですナズーリン! だからその包丁をしまってくださひゃぁああ!?」

 

 

ナズーリンの包丁が、寅丸さんの頬を掠めた。

 

本来ならオレが間に入ってでも止めるべき場面なのだろうが、ナズーリンの言う通り、今のオレは寅丸さんに王子様抱っこされている状態。

 

 

何故、こんな状況になっしまったのか。何故オレは寅丸さんに抱っこされているのか。

 

その原因は、オレを襲ってきた青髪女たち……ではなく、寅丸さんにあるのだ。

 

 

確かに。オレはあの時、寅丸さんに助けられた。彼女の放った光のレーザーは青髪女たちを飲み込み、穴の奥底へと追いやった。

 

だけどね。寅丸さんが放ったレーザーの一部がね、なんかこう、へにょったんですよ。余波とはいえね、オレの身体も飲み込んだんですよ。

 

つまり、今のオレは満身創痍。気を抜いたら気絶しそうな程度にオレの身体はボドボドなのだ。

 

 

「嫌な予感はしていたんだ! けどまさか本当にそうなるなんてね! 墓地で一体ナニをしていたご主人!」

 

「落ち着いてくださいナズーリン! 真一さん怪我をしてるんです! 早く手当てしないと」

 

「怪我をするほど激しくヤったってのかい!? 男嫌いの貴女がとんでもない女豹に成り下がったものだな!」

 

「だから誤解ですって!」

 

「待っていろ真一!その女を殺して、今すぐ私が消毒してやる! いっぱい消毒して、いっぱい気持ちよくさせてやるからなぁ……!」

 

 

寅丸さんが何を言っても、ナズーリンさんは聞こうともしない。右手に持った包丁を躊躇なく寅丸さんに振るうその姿は、まさにヤンデレのそれだった。

 

 

意識が飛びそうになりながらも考える。なぜナズーリンはあそこまでオレに好意をもっているのか。

 

一目惚れだとしても、これは流石に度を過ぎている。幻想郷の事情を加味しても、ナズーリンの言動は、異常だ。

 

答えは考えても、わからない、だろう。でも、何か考えて、ないと、今にも、意識が…飛びそ…なのだ……。

 

と、言うか、もう、限界……。

 

 

 

「南無三!」

 

 

 

最後に聞こえたのは、ナズーリンでも寅丸さんでもない女性の声と、カランと何かが地面に落ちた音だった。

 

 

 

 

 

 

*ーーーーーーーーー*

 

 

 

ナズーリンの手から包丁が落ちる。

 

それと同時にナズーリンはその場で崩れ落ちた。

 

 

超人が繰り出す後頭部裏への当て身。妖怪一匹の意識を刈り取るには充分すぎるほどの威力であった。

 

 

「只今帰りました。星、これはどういう状況でしょうか?」

 

「聖! 良いタイミングで帰ってきてくれました!」

 

 

 

聖白蓮。命蓮寺の住職であり、大がつくほどの魔法使い。星たちの恩人にあたる人物である。

 

 

聖は驚いていた。男を見るのも嫌がっていた星が、大切そうに男性を抱えている姿に。

 

間接的とは言え、自分のせいで男嫌いになってしまった星が、男性に触れている。その事実に、ついに男嫌いが治ったのか、それとも彼だから平気なのか、そんなことを一瞬考えた。

 

しかし、そうのんびり考えてもいられない。

 

ボロボロになっている真一を見た聖は、気絶したナズーリンをおぶりつつ、星に指示を出す。

 

 

「事情は後で伺いましょう。星、その御方を部屋に。ナズーリンを運び終えたら、直ぐに治療を始めます」

 

「はい!」

 

 

 

 

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「そんなことがあったなんて……。河童さんに頼んで墓地のセキュリティを強化して貰おうかしら?」

 

 

聖は本気でそう思った。あの墓地には少し、盗人が入りすぎる。

 

 

真一の治療を行いながら、聖はここに至るまでの事情を全て聞いた。それによって、聖の頭に浮かんでいた疑問は九割(・・)方解消された。

 

「あ、あの、聖。ナズーリンは…」

 

「奥で寝かせています。おそらく、暴走の原因は発情期でしょう。この時期に来るのをすっかり忘れてました」

 

 

生物には、三大欲求の1つである性欲が頗る強くなる時期がある。それが発情期だ。

 

ナズーリンは普通に真一に好意を持っていた。その気持ちが発情期によってブーストがかかり、小さな賢将を暴走させた。その結果がヤンデレであり、あの言動である。

 

普通ならあり得ない。しかし、そのあり得ないことが起こりえてしまうのが、この幻想郷である。

 

 

「症状を押さえる薬を飲ませたので、暫くは大丈夫でしょう」

 

「そうですか。良かったぁ…」

 

「ところで星。貴女は大丈夫ですよね?」

 

「わ、私のはまだまだ先です!それに、来たところでそれほどそういった事はしませんし……」

 

「……ふふふ。それにしては貴女、この方の手をずっと握ってますよ」

 

 

聖が真一の治療をしている際も、星は無意識の内にずっと彼の手を握っていた。以前までの星からはあり得ないことだ。

 

 

「え? あっ! えっと、これはその!」

 

「構いませんよ。貴女が再び殿方と接することができて、私はとても嬉しいんです。………改めて、この人間(ヒト)を護ってくれて、ありがとう」

 

「聖……」

 

 

聖は嬉しいのだ。星が自分の意思を想って真一を護ったことが。それ以上に、星が再び、男と接することができるようになったことが。

 

星は照れ臭そうに、ほんのり赤く染まった頬を指でかく。

 

 

「……理由はわからないです。でも、彼の…真一さんに触れていると、心が暖かくなるんです」

 

 

星は優しく、真一の手を握り直す。

 

どんな者でも恋をする。それが実る実らないかは関係なくだ。

 

何百年もの間男を嫌い、自ら男と距離を取っていた星は、恋愛感情を忘れていた。故に、星はその気持ちに気がつけないのだった。

 

聖はそれを見守っていこうと思った。自分が教えては意味がないと、自らわかってこその恋心だと思ったからだ。

 

 

 

とは言え、昨日の村紗と一輪、今日のナズーリンを見てしまっている以上、警告はしなければいけない。

 

 

 

「星」

 

「はい?」

 

「くれぐれも襲ってはいけませんよ?」

 

「襲いませんからぁ!」

 

 

そう言いつつも、真一の手をギュッと握りしめる星なのであった。

 






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