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「……ねぇ一輪さんや」
「何よ?」
「私たち、何でこんなことしてるんだっけ?」
陽が沈み、烏の鳴く時間帯を少し過ぎた頃。命蓮寺の縁側で座禅を組む二つの影がそこにあった。
昨日はっちゃけすぎた罰として、一日座禅の刑に処されていた村紗と一輪である。
「酔った勢いであの人間を襲おうとしたからでしょ」
「いやー……しょうがないでしょ、あれは。だってあんな状況だよ? あの場に男を連れてきた小傘が悪い。私悪くない」
「うるさい! ああもう、あの時の私のばかー…。どんな顔して謝ればいいのよぉ……」
アルコールさえ入っていなければ、命蓮寺の中では比較的まともな部類である一輪。『あの時の私はどうかしていた』と言わんばかりに彼女は頭を抱える。
そんな入道使いとは正反対の性格である舟幽霊は、座禅の状態を崩すことなく口を開く。
「普通に謝れば良いじゃん。『あのときはごめんなさい。御詫びに私の処女あげます』とか」
「どこが普通?相手にとっては泣きっ面にタンスの角をぶつけられるようなものよ。と言うか反省してないでしょアンタ」
「うん! 自分の想いには正直でいたい!」
ダメな方向に吹っ切れているキャプテンであった。
「よーし、そうと決まれば会いに行こう。こっそりと!」
「ダメに決まってるでしょ。雲山押さえて」
「うっ?!」
足を崩してその場に立ち上がる村紗を、空から見張っていた雲山が押さえ込む。
雲山もまた、飲酒を行った罰として二人を一日中見張っていた。「見張りが罰?」と思うかもしれないが、2人が何かしでかそうものなら、雲山にも聖の厳しいお灸を据えられるのだ。
村紗と雲山、妖怪としての力の差はともかく、体格の差は歴然。為す術もなく、村紗は雲山に押し潰される。
「ちょっと邪魔しないでよ雲山! 私は私の意思に従ってるだけよ! だから降りてよ! 降りないならアンタを犯」
「雲山、アームロック」
「があああ!?」
誰が見てもわかる通り、雲山の身体は雲でできている。
雲に決まった形はない。つまり、雲山は身体を自由自在に変えることができるのだ。
どこかで見たことあるような男の形となった雲山は、村紗に華麗なアームロックを決めた。
「村紗、一輪。この時間まで修行中ですか?」
そんな場面に現れたのはお盆を両手に持った毘沙門天、星だった。お盆の上には湯気の立ったお粥と、お茶の入った湯飲みが乗っている。
「ああ星、まぁそんなところよ。バカがアホをやろうとしてるけど」
「それ以上いけない!それ以上いけないぃ!」
「あ、あはは……お疲れ様です」
「ところで、その食事は?」
「はい、真一さんの分です。目が覚めたようなので、これから持っていくところなんです。ではこれで」
「ええ、いってらっしゃい。………………ん?」
星の背中を見送る一輪であったが、ふと疑問に思う。
「(…星が男に食事を持っていく?あの男の苦手な星が?)」
本来なら姐さんかナズーリンの仕事のはず。聖の命令だろうかと考えたが、それにしては星の様子は落ち着いているように一輪には見えた。
それもそのはず。一日中座禅を行っていた二人の耳には、まだ墓地の一件が入っていないのだ。
「妙だね。怪しいね。よし覗き見よう一輪」
「だからアンタは……。ってあれ、雲山は?」
「勝った」
「うんざーん!?」
巨大なアンカーを肩に担ぐ村紗。彼女の足元には、頭に大きなたんこぶを付けて床に伏してる雲山がいた。
雲なのに何故たんこぶが出来るのか。それは村紗の強い意志が生んだ奇跡である。
「それじゃ、私行ってくるから!幽霊『シンカーゴースト』!」ブゥン
「スペカ使ってまで!? コラちょっと村紗! くっ……ごめん雲山!後ですぐ看病してあげるから!」
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「本当に覗くの?」
「ったりまえじゃん。ここまで来て何言ってるのさ」
星の後ろを音を立てないよう、こっそり着いてきた二人。真一がいるであろう部屋に星が入ったのを確認し、その部屋の前で立ちすくむ。
「ほらほら。星って基本、男を見るのもアウトじゃん。それこそ、私以上に何をしでかすかわからないでしょ?」
「それ自分で言う? でも否定できないのよね…」
「でしょでしょ! というわけで、こっそりご開帳~……!」
バレないようにゆっくりと、ほんの少しだけ戸を開ける村紗。
少しだけできた隙間から片目を覗かし、二人は部屋の中を盗み見る。
「気分はどうですか?」
「かなり良くなったよ。まだ少し痛むけど」
「(うっそー!ホントに話してるよ!)」
「(信じられない光景だわ……)」
二人の目に写ったのは、布団に横たわる真一と、その側にお盆を置いて腰を下ろす星の姿。
なんの変哲もなく会話しているように見えるが、何も知らない2人にとって、この状況は普通でなかった。
星は代理がついても毘沙門天である。例えその外見が醜くても、老若男女問わず多くの人間から信仰を得ている。不細工なのに男に嫌われていないと言う点では、星はいろんな幻想少女から羨ましく思われている。
しかし、彼女自身は幻想郷では数少ない男嫌いな妖怪である。どんなに男から、イケメンから信仰を得ようとも、彼女が喜ぶことは今までなかった。
『男は身勝手で、外見だけで存在の優劣を決めつけて、聖たちを封印した恐ろしい生き物。そんな者たちに慕われても嬉しくない』
心のどこかでそんな想いをもっていたのも嘘ではなかった。
それが、村紗と一輪が知っている星である。故に、星が男と親しげに話している光景は異様であり異常だった。
「朝から何も食べてないとお聞きしたので、胃に優しいお粥を作ってきました。食べられそうでしょうか?」
「うん、ありがたくいただくよ。っと、いてて…」
「無理をしてはダメですよ真一さん!背中を支えますから…」
「あ、ありがとう寅丸さん」
「「!?」」
病人を扱うように、大切な人を扱いように、丁寧に真一の身体を起こすのを手伝う星。
「(ちょっとちょっと一輪! 今の見た!?)」
「(星が男と話してるだけも驚きなのに、いつの間に克服したのかしら……)」
「(ボディタッチ! ボディタッチしてたよ今! 私したぁぁい!)」
「(落ち着きなさい村紗)」
「(しかもあの男! ボディタッチされてるのに全然嫌な顔してない! 絶滅危惧種だよあんな男! あれは! 頼めば!! ヤれる!!!)」
「(落ち着け水死体)」
もしかして昨日のアルコールが残っているのではないかと勘違いされそうなほどハイテンションの村紗。もちろんそんなわけはなく、彼女は素からこんな感じなのだ。
お手本のような不細工な面に、健康的で魅力のない身体付き。村紗はそれを自覚してなお、欲望に忠実なのだ。
「いてて……何か、寅丸さんにはお世話になりっぱなしで申し訳ないな」
「いいんです。怪我の原因は私なんですから、何でも言ってください」
「(今なんでもするって言った!夜のスペルカード宣言したよ星の奴!こりゃ私たちも混ざるっきゃないね!」
ゴッ
「おぐっ!?」
一輪は元人間であるが、今は歴とした妖怪である。身体能力も人間のそれより遥かに高い。
例え雲山がいなくても、油断している舟幽霊一人、げんこつで気絶させるのは簡単だった。
「……星のあんな幸せそうな顔見ちゃったら、邪魔するわけにはいかないじゃない」
そう呟いて、一輪は村紗を担ぐ。
戻る途中で雲山の様子も見に行こう。そう考えながら、一輪は縁側に戻るため一歩踏み出す。
「(ニッコリ)」
「…………」
二歩目を踏み出せない一輪。
夜の冷えてきた時間帯なのに汗が止まらない一輪。
ニコニコの聖。
「一輪、何か言うことはありますか?」
「……ご、ごめんなさい」
素直に謝ったお陰で、今回は凸ピンで済んだ一輪だったが、村紗はもう一日座禅の刑に処されるのであった。
私は原作の真面目なキャプテンも好きですが、ボケ要員がいないと書きづらいので犠牲になってもらいました。