女子だけあべこべ幻想郷   作:アシスト

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久しぶりの更新なのにこんな変態回で申し訳ない気持ちがいっぱいです。




貧乏神のご利益

 

「あ、女苑久しぶりー。先に来ていたのね、調子はどう? 不幸?」

 

 

先に真一たちに気づいたのは、女苑の姉であり最凶最悪の貧乏神『依神紫苑』だった。

 

姉妹ではあるが、彼女たちはほとんど似たところがない。不細工という共通点を除けば、ほとんど真反対の姿をしている。

 

いかにも貧乏そうな服装、細々とした肉付きの悪い体つき。美人薄命、不健康的なスタイルが美しい幻想郷において、紫苑のスタイルは真一が出会ってきた中では珍しく『美人』に分類されるものである。

 

が、顔付き(ブサイク)でその全てを台無しとしている。最恐最悪の貧乏神は伊達じゃないのだ。

 

彼女は長い青色の髪をなびかせ、にへら~と笑いながら女苑に近づく。

 

 

「私の方はそこそこよ。そっちはどうなの、新しい取憑先は」

 

「それがね聞いてよ女苑! すごいのよ! 天人様と一緒だと全然不幸じゃ無くなるの! 毎日屋根のある所で眠れるし、ごはんも三食食べられる! こんなにもひもじくないの、わたし初めて! 生きててよかったわ!」

 

「あー、そりゃ何よりだわ」

 

 

聞く人が聞けば当たり前だと思うことだが、貧乏神の紫苑は不幸がデフォルトである。不幸でなければ彼女は幸福なのだ。

 

何気ない当たり前のことを幸せに思えると言う意味では、彼女は貧乏神と言えど立派な神様である。

 

 

「寅丸さん、怪我ないか?」

 

「わ、私は大丈夫ですが、真一が…!」

 

「このぐらい平気だって。それよりも、何なんだコレ?」

 

 

一方、地面に倒れ混んでいた真一と星は、互いに手を取り合いながら立ち上がり、天から落ちてきた巨大な要石を見上げる。自分の身長よりも遥かに大きい要石を、真一は怪訝な顔で見つめる。

 

そんな視線に気がついたのか、有頂天の不良天人『比那名居天子』は要石から飛び降り、2人の前に立つ。

 

 

「……何よアンタ。そんなに私をジロジロ見て。逆ナンのつもり?」

 

「いや、今の登場で注目するなって方が無理があると思うんだが……それとナンパでもな「まぁ私が美しいのは周知の事実だし、逆ナンするなって言う方が難しいし、襲いたい衝動に駆られるのも無理ないけど、いきなり視姦はどうなのよ興奮するじゃない。でも、逆ナンなら逆ナンなりの順序ってものがあるでしょ、この変態男」………い?」

 

 

天子のツッコミどころしかないセリフに遮られ、一瞬フリーズする真一。すぐさま脳を再起動し、彼は幻想郷で学んだ常識を振り返る。

 

幻想郷での”美”とは、彼の世界で言う”醜”。

この数日間で嫌と言うほど学んだ常識である。

 

 

「(……いや確かに、オレとしては可愛い外見だと思うぞ。胸は可哀そうだけど。ってことは幻想郷の基準だと可哀そうな外見ってことだろ? 胸は可愛いけど。でも今この人、自分で自分の外見を褒めたよな………んん?)」

 

 

真一は心の中で自問自答を繰り返すが、彼の考えは間違っていない。

 

自分自身を美しいと言い切る天子だが、そんなことはない。天界も幻想郷の一部分、美醜概念は一緒である。天子は胸以外残念であるにも関わらず、自分のことを可愛いと勘違いしているのだ。

 

それにはもちろん理由がある。

 

それは、彼女が天人であること。彼女の中では『天人=高貴で美しく完璧な存在』という方程式が成り立っているのだ。いくら人から否定されても、その傲慢かつ高飛車な性格もあり、

 

『はぁ? 淑女の代名詞たる私がブサイクとか何言ってんのアンタ。あ、もしかして嫉妬? はぁー、かわいいって罪だわー』

 

自意識の高さは有頂天に達していた。

 

 

 

 

*――――――*

 

 

 

 

落ち着け、オレ。素数を数えろ、オレ。

 

そして思い出せ。

幻想郷では常識に囚われちゃいけないことを。

 

 

「……寅丸さん、ちょっと確認させてくれ。この人って、オレと同じ外来人だったりする?」

 

「………」ブンブン

 

 

寅丸さんは黙って首を横に振る。ってことはなんだ。つまりこの人は『自分の事を可愛いと思い込んでる系女子』ってことか。

 

いやさ、オレのヤバ友にもそんな連中はいたさ。別にそれぐらいなら驚きもしないし引きもしない。

 

けど、それを踏まえてもだ。さっきのこの人のセリフには、いろいろと聞き捨てならない部分が多すぎる。

 

 

「……落ち着いて聞いてください真一。 この天人様は少しだけ変わっていると言いますか………独自の思想をお持ちと言いますか……独特な感性を持っていると言いますか……」

 

「つまり?」

 

「…………ぞ、俗に言う『どえむ』なんです」

 

 

やっぱりかぁー……。そんな気はしていたが、まさが寅丸さんの口からドMなんて単語が出てくるとは。もしかしてこの天人、かなり高度な変態では?

 

 

「なーにコソコソと喋ってるの。用がないなら行っちゃうわよ? ナンパするなら今のうちよ? いいの?」

 

「いや、別にナンパするつもりなんてないので。俺たちも用があるから、これで失礼し「はぁ!? なんでナンパしないの!? お茶に誘いなさいよ! せっかくこの前良いお店調べたのに!」

 

 

頼むから最後までセリフを言わせてくれ。

どんだけ逆ナンに用意周到なんだこの人。

 

 

「たぶん、構ってほしいんだと思います。この性格ゆえ、天人様は男性に相手にされたことがほとんどないらしいので……」

 

 

寅丸さんがこっそりと教えてくれる。

 

性格ももちろんそうなんだろうが、そもそも幻想郷には男性が少ないのも原因の一つなんだろうな。昨日聖さんから聞いたことだ。確かに以前人里に来たときも、男女比は女性側に片寄っていた記憶がある。

 

 

「真一、ここは私に任せてください。いくら天人様とはいえ、真一に迷惑をかけさせるわけにはいきません!」

 

 

そう言ってズイッと俺の前に出る寅丸さん。おおっ、これが毘沙門天の威光。なんと頼りになる背中だろう。

 

ここはお言葉に甘え、頼らせてもらおう。

ファイトだ寅丸さん!

 

 

「すみません天人様。私たち、これから信仰集めに行かなければならないんです」

 

「ん? あんた毘沙門天だっけ。なんで男嫌いのアンタが男と一緒にいるのよ。拷問プレイ? ちょっと混ぜなさいよ」

 

「ぷッ!? プレイなんて破廉恥な!? 貴女と一緒にしないでくださいっ!!」

 

「うるわいわねー。女の叱咤じゃ興奮しないのよ。私をその気にさせたいならマイ蝋燭(ろうそく)ぐらい持参してきなさい」

 

「…………し、しんいちぃ………」

 

 

ああっ、寅丸さんのHPバーが赤ラインに。

 

 

助けを求めるように涙目でこっちを見てくるその姿には、さっきまでの威光はかけらも残っていなかった。いや、これはしょうがない、相手のレベルが高すぎる。

 

よし、任せてくれ寅丸さん。幾多のヤバ友(変態)たちを相手にすることで得てしまったデータを総動員して、貴女を助けるぜ。

 

 

まず、この手の変態は相手をすればするほど暴走して手が付けれなくなる。経験者のオレが言うんだから間違いない。言ってて悲しくなってきた。

 

かと言って相手にしないと『放置プレイ?! 君はことごとく私のツボをマシンガンで打ち抜いてくれるね! 濡れるっ! 』って展開になって面倒になる。経験者のオレが言うんだから間違いない。言ってて泣きたくなってきた。

 

 

ならどうするか。

経験則から求められる答えは『相手の期待一歩手前の対応』だ。

 

相手の期待を超えない範囲で、この変態を満足させればいい。え、言ってる意味が分からない? 百聞は一見に如かずだ、まぁ見てろい。

 

 

「なぁアンタ、あんまり寅丸さんを困らせないでくれ」

 

「『アンタ』じゃない、比那名居天子よ。そっちは真一って言うの? (まこと)(はじめ)なんてなかなか良い名前ね。お茶でもどう? 実は良いお店を知ってるのよ」

 

 

知ってるよ。さっき聞いたよ。

 

 

「お茶はしない。と言うかナンパから一回離れろ」

 

「何でよ真一、そっちから仕掛けてきたんじゃない。それに、こんな可憐な美少女にナンパされる機会なんてそうそうないわよ? まさか、断るなんて言わないよね」

 

 

この変態特有の並々ならぬ自信はどこから湧いてくるのか。

 

 

さて。もしここで「行かない」と一点張りしても、向こうは引き下がらないだろう。だからここは、相手がM系の変態であることを利用する。

 

幸い、向こうは俺が外来人であることを知らない。騙すようで悪いが、ここは幻想郷に住んでる男を装っての対応をさせてもらう。

 

 

「天人様は面白い冗談を言うんだな。俺の目の前に可憐な美少女なんていないぞ? 3日は洗ってないまな板を擬人化したような奴ならいるけどな。はっ!」

 

 

冷たい目を向けながら鼻で嘲笑う。

 

オレのデータが正しければ、この手のMにとって、暴言は鞭であり飴。敢えてこちらから飴を差し出せば、有無を言わず食らい付くだろう。

 

飴と言っても、相手を満足させるほど甘いものではなく、相手の期待値をギリギリ超えない程度の甘さなのが重要なところだ。ちょっと物足りない、そう思わせれば、

 

『んっ! なかなかの刺激だ! でも、私を湿らすに至らせるには、ほんの少し足りないな。 語彙力を洗って出直して来るがいい、何時でも歓迎してやろう! 』

 

って感じのセリフを言ってくれるはず。経験者のオレが言うんだから以下略。言ってて以下略。ちなみに、その時の変態(やばとも)は北川くんと言う名のイケメンだ。……オレの周りにいるイケメンって、どうして性格が残念なのばっかなんだろう。

 

 

それはさておき、あの時の変態と同じようなセリフを期待しながら、比那名居の反応を確認する。

 

 

 

「…………ずぶ濡れだわ」

 

 

 

そこには、子供には見せられないような笑顔をしながら、身体をビクンビクンと震わせる変態の姿があった。

 

寅丸さんの方に目をやると、両手で頭を抱えながらうなだれている。

 

 

 

……オレ、やっちゃいました?

 

 

「こ、これが男に罵られる感覚………!? ハチャメチャが下半身に押し寄せてくるわ! もっと言って良くてよ真一! あと靴舐めてもいい?」

 

 

変態天人が変態を超えた何かにレベルアップてしまった件。

 

ま、マズい。コイツのヤバさを完全に見誤った。俺の親友(ヤバとも)たちの中でもここまでヤバい奴はそうはいない。ナンパより遥かにレベルの高いこと要求してきやがるし!

 

 

「と、寅丸さん! 幻想郷の天人ってこんなのばっかりなのか!?」

 

「それは他の天人様への風評被害かと………しかし、聖と一輪に聞いたことがあります。この天人様は一度スイッチが入ってしまうと、相手の靴をピカピカにするまで満足しないとか」

 

 

何そのピンポイントに変態なスイッチ。

 

 

「でも2人に聞いていた話よりも、明らかに天人様の反応は過剰です。一体どうして……」

 

「ご説明しましょう」

 

「「うわっ!?」」

 

 

突然の声に驚くオレと寅丸さん。

 

声のした方を振り向く。そこには、長い触角のようなリボンのついた帽子をかぶり、ふわふわとした羽衣を纏う一人の女性がいた。

 

 

「総領娘様は、それはもういじめられるのが大好きなお方。しかも質の悪いことに、媚び(へつら)うように人様の靴を舐めてるときに一番の快楽を覚える上級者なのです」

 

「上級者過ぎるだろ!」

 

どういう人生を歩んできたらそんな性癖が身に付くんだ!

 

「しかし、その薄っぺらい外見から、殿方には相手にすらされたこともありません。つまり、総領娘様は男性からの調教耐性が皆無なのです。そこに、微イケメンである真一様の甘美なドS発言。その甘さに総領娘様は糖尿病寸前、舐めずにはいられないようです。いやはや、真一様は相当な女たらしとお見受けします」

 

とてつもなく心外である。

何故今のやり取りで女たらしとお見受けされきゃならんのだ。

 

 

というか、この人の言っていることが全て本当なら、これは本当に不味い状況じゃないか?

 

オレが今からどう説得しても、ドMモンスターと化した今の比那名居の耳には届かないだろう。相手をしても相手をしなくても、おそらく暴走は止まらない。冗談抜きで、オレの靴のしゃぶりつくすまで纏わりついてくるだろう。そうなれば信仰集めどころの話ではない。

 

いっそのこと逃げるか? アイツの目にはオレしか映ってないし、そうすれば少なくとも、寅丸さんには危害は及ばない。いやしかし、あれと2人きりなんてオレの精神がもたない。病む自信しかねぇ。

 

「どうしたのよ急に黙り込んで! もしかして放置プレイ!? あぁぁーたまんないッ! ことごとく私のツボをドリルで貫いてくれるわね! もう洪水よ洪水!」

 

ほら見ろ! ほぼオレの経験通りのこと言ってるし!

どう収集つけりゃいいんだコレ!

 

 

 

「ねぇねぇ、あれって女苑の取憑先? カッコよくていいなぁ」

 

「あーあ、お姉ちゃんのせいで真一が不幸になっちゃった。見てよ、真一のあの絶望に染まった顔を」

 

「おもしろい顔だね」

 

「うるせぇよ! というか貧乏神さんのせいなのかコレ! ならなんとかしてくださいお願いします! もうコイツ、ヤダ!」

 

 

俺たちのやり取りを外野で見守っていた依神姉妹に助けを求める。人間って窮地に立たされると貧乏神にもすがりたくなるものなんだなぁチクショウ。

 

 

「そういえば、そっちの貧乏神は期待ハズレだったわね。どんな不幸が降り注ぐか期待してたのに、なーんにも起きないもの。寧ろ私は今、幸せで絶頂よ」

 

「言われてるよお姉ちゃん」

 

「わ、わたしだってがんばってるもん!最近はフルパワーも短時間なら制御できるようになってきたもの!」

 

「言うじゃない。だったら私に全ての不幸をぶつけてみなさいよ! 真一との初体験(男から罵られる的な意味で)を超える、感じたことのない刺激を!」

 

「おい言い方ぁ!」

 

「わかった! やってみる!うおおお! 貧しさに怯えてしねぇ!!」

 

 

 

 

 

*――――――*

 

 

 

瞬間、人里に風が靡く。

 

白色の日傘をさしたその女性は、要石にゆっくり近づくと、その近くにいた星に尋ねた。

 

 

「ねぇ毘沙門天さん。この大きな石ころ、誰のもの?」

 

「え? これはあちらの天人様の……って貴女は!?」

 

 

驚く星を気に止めることなく、その女性は天子に向かって歩み寄る。

 

 

「……何にも起きないじゃない」

 

「そ、そんなはずないわ!これから 貧乏神(わたし)にも想像できないほどの不幸が天人様を襲うはずだもん!」

 

「前もそう言って何も起きなかったわ。まぁ、所詮貧乏神の力なんか天人である私には効かないってことね。それじゃあ真一! さっそく靴の味見を」

 

「ねぇ、天人様」

 

「え?」

 

 

 

「少し、顔を貸してくれないかしら?」

 

 

 

女性はそう言うと、右手で天子の顔面をアイアンクローするように鷲掴み、野球ボールを投げるかのように軽々と、要石に向かって天子をぶん投げた。

 

砕け散る要石。絶句する真一たち。

一人不気味に微笑む緑髪の女性。

 

 

「あがッ……痛ッ……ひぃっ!?」

 

「貴女が散らした1輪の(いのち)。どれだけ重いか教えてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

その後、天子を見たものは誰もいなかった。

 

 

日傘を閉じた緑髪の女性は、要石の下敷きとなって潰れていたタンポポの花に両手を合わせた後、何事もなかったかのように人里から立ち去った。

 

 

「……いやー、やるわねーお姉ちゃん」

 

「えへへ」

 

 

いろんな意味で戦慄した真一であった。

 

 

 


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