女子だけあべこべ幻想郷   作:アシスト

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再会メイド長

 

 

 

騒がしい変態がいなくなり、ようやく静けさを取り戻した人里の出入り口。

 

何かいろいろあった気がするが、もう忘れることにしよう。データ削除だ。あの変態天人が極太レーザーの前に為す術なく灰塵と為した場面なんて記憶にございませんとも、ええ。

 

 

人里に到着してまだ10分も経ってない筈なのに疲労感が途轍もないが、ここからが今日の本番だ。

 

依神姉妹とも別れ、ようやく落ち着いて人里を散策もとい、信仰集めをすることができる。

 

 

「………って、信仰集めって具体的に何をするんだ?」

 

「基本的には、いろんなところに挨拶へ回ります。信用と信頼を得ることが信仰を得ることにつながるんです」

 

 

なるほど。それは確かにあるかも。いくら毘沙門天の肩書があっても、何にも知らない相手を信仰しようと思うのは難しい。友好関係を築くこと自体が信仰集めになるわけだ。ゲームのように信仰を数値として確認できない分、地道な努力が必要なんだろう。

 

 

「そうなると、オレが手助けできることってあんまりないかもしれないな」

 

「そんなことありません! 傍にいてくれるだけでとても助かります! なんか、こう、勇気が湧いてくるんです。真一はもう大丈夫ですが………他の男性を相手にしようと思うと、まだ少し怖いので……」

 

 

……そっか。オレ相手には慣れてくれただけで、寅丸さんの男性恐怖症は克服されたわけじゃないんだ。

 

それならオレがするべきことは、男性恐怖症が少しでも和らぐように、寅丸さんの背中を押してフォローすることだな。よっしゃ、頑張るぞ。

 

そう活き込んだ瞬間、オレの視界の隅に、見覚えのある人物のシルエットが映った。

 

 

「あれって、もしかして………」

 

「どうしましたか真一?」

 

「ああ、ごめん寅丸さん、少しだけ寄り道してもいいか? 知ってる人を見かけたので、ちょっと挨拶を」

 

「知ってる人、ですか?」

 

 

そう、知ってる人。オレが幻想入りして初めて出会った恩人。

 

無駄な肉付きが一切ないスラっとしたスタイルに、人里の世界観に馴染めていない洋風な服装。特徴的な銀髪の三つ編み。

 

 

大きなバスケットバッグを持った紅魔館の瀟洒なメイド長、咲夜さんがそこにはいた。

 

 

 

 

*————*

 

 

 

 

 

「ふんふんふぅーん♪」

 

 

十六夜咲夜の口からハミングがこぼれる。

 

現在、彼女は買い物中。住居者の多い紅魔館の食を管理する彼女は2日に一度、人里に赴いて買い出しを行う。これもメイド長の仕事の一つだ。

 

彼女は用意していた買い物メモに目を通す。

 

 

「(………これで、必要なものは全て買い終えたわね。さぁ、紅魔館に帰りましょう。 ふふんふふぅーん♪)」

 

 

心の中でもハミングを口ずさむ咲夜。

彼女がこうなってしまったのは、真一を見送ったその日からである。

 

 

真一と出会って、咲夜は変わった。

 

 

今までの彼女は『十六夜咲夜』として、紅魔館のメイド長を務め、日々を過ごしていた。

 

ある時はレミリアの我儘を聞き、ある時はパチュリーから借りた恋愛小説に甘いため息をつき、またある時は門番をサボった美鈴とキャッキャウフフな鬼ごっこ(R-18G)を繰り広げたり、等々。道行く者に致命的な顔面をバカにこそされながらも、彼女はそれなりに充実した人生を送っていた。

 

だが、今の彼女は違う。

今の彼女には、まったく新しい『生きる楽しみ』がある。

 

 

「(真一様は約束してくださいました、『また来る』と。貴方と再び会える日が来ると思うだけでこの十六夜、毎日が楽しくて仕方ありません)」

 

 

「ちょっと奥さん。あれ、例の妖怪館の妖怪メイドよ。最近は一段と酷い顔ねー」

「あらやだホント。台所にこびりついたカビの方がまだ愛嬌があるわー」

 

 

「(ふふん、どうとでも言いなさい。あの方以外からの評価なんて毛ほどの価値もありませんわ)」

 

 

二人の主婦が言うように、今日の咲夜の顔は何時にも増して、そのブサイク度が上がっている。その理由は、咲夜が化粧を始めたからだ。

 

もちろん、普通の化粧ではない。咲夜がしているのは『真一の世界(あべこべせかい)』での化粧だ。

 

全ては、再び彼と出会えるその日のため。今の咲夜にとって陰口は誉め言葉。あまのじゃくも思わず二度見するレベルである。

 

 

「あ、おはようございます咲夜さん。お買い物ですか?」

 

「あら阿求。貴女が外を出歩いているなんて珍しいわね」

 

 

そんな上機嫌な彼女を見かけ、声をかけたのは『稗田阿求』。人里の名門『稗田家』の当主であり、幻想郷の全妖怪についてまとめられた『幻想郷縁起』の著者である。

 

 

「今日は身体の調子の良いんです。せっかくのお散歩日和ですし、動けるときに動いておかないと」

 

「良い心がけね。パチュリー様に聞かせたいわ」

 

「あはは……相変わらずのようですね」

 

 

動かない大図書館の二つ名は飾りではありませんね、と思わず苦笑いする阿求。

 

『稗田』の家系は『幻想郷縁起』を編纂するため、千年以上も前から転生を繰り返す一族である。転生の代償としてなのか、彼女は身体がとても弱く、寿命も30歳前後と非常に短い。阿求はまだ10代と若いが、体調を崩すことも珍しくない。

 

 

「そうだ。この前お借りした小説、ちょうど持っていたのでお返しします。どうぞ」

 

 

そう言って、阿求は懐にしまっていた小説を咲夜に手渡す。

 

阿求は咲夜を経由して、大図書館から小説を借りている。本当なら自分の足で借りに行きたい阿求であったが、彼女の身体がそれを許さない。そのため、買い物へよく人里にやってくる咲夜にお願いしているのだ。

 

元々本が好きな彼女だが、特に好きなのは恋愛小説である。阿求のまた、ブサイクにカテゴライズされる人間。リアルで恋愛できない欲求不満を、フィクションで満たしているのだ。

 

咲夜もパチュリーからそういう本を借りることが多いため、阿求と恋愛小説の話に花を咲かすことは珍しくない。そもそも2人は同じ人間であり、『程度の能力』を持っており、ブサイクだったりと、共通点が非常に多い。性格の相性が良いのもあって、2人はお気に入りの小説を貸し借りするほど友好度が高かったりする。

 

 

「あら、もう読み終わったのね。私のオススメだったのだけれど、お気に召してもらえたかしら?」

 

「それはもう! 特に告白のシーンなんて胸のキュンキュンが止まりませんでしたよ! あまりの面白さに徹夜で読んでしまいました!」

 

 

『まぁ阿求ったら、身体が弱いのに徹夜はダメよ。身体壊すわよ?』

 

 

普通ならそう言われそうな場面だが、そのセリフが咲夜の口から出ることは決してない。

 

阿求に限らず、夜更かしは不健康につながる行為である。しかし、不健康な身体つきが美人である幻想郷の常識において、夜更かしは特に注意されるようなことではない。寧ろ、早寝こそが美容の大敵なのだ。

 

たとえ身体を壊しても美しくなりたいと思うのが、幻想郷の女性である。もちろん限度はあるが、多少の夜更かしぐらいならどんな女性も当たり前にしていることなのだ。

 

 

「ふふっ、それならよかったわ。今度のおすすめも期待していて頂戴♪」

 

「……なんだか咲夜さん、今日は一段と上機嫌ですね。良いことでもありましたか? なんだか気持ち悪いです」

 

「気持ち悪いは余計だけれど……ええ。とある殿方と『また会う』お約束しましたの。その御方は私のようなブサイクにも聖人のような対応をしてくれて」

 

「あ、妄想のお話なら結構です」

 

「も、妄想じゃないわ! 真一様は実在する歴とした人間の殿方、私の唇にはあの方の頬の体温が残ってますもの! あの日から私、唇だけは洗ってなくてよ!」

 

「あはは。まったく、咲夜さんは寝坊助さんですねぇ。ここはもう夢の中じゃありませんよ?」

 

「夢じゃない! 夢のような現実よ!」

 

 

意地でも咲夜の話を信じようとしない阿求だが、当然の反応である。もし本当にそんな男性がいるのなら、稗田家で扱えるあらゆる権力を総動員して、その男を稗田家に婿入りさせている。

 

今の阿求には、咲夜が起きながら夢を見ているようにしか見えなかった。

 

 

「おーい! 咲夜さーん!」

 

 

が、その夢が現実であることに気づくのは、もう間もない話である。

 

 

 

 

 

 

*———*

 

 

 

 

 

 

あの後ろ姿はオレの見間違いではなく、やはり咲夜さんだった。流石にメイド服を見間違えることはなかったようだ。

 

 

「えっ、し、真一様!? なぜ人里(ここ)に!? 元の世界にお帰りになられたのでは」

 

「いやー、いろいろあってまだ帰れてなくてさ」

 

 

咲夜さんに駆け寄って話をする。数日ぶりの再会のはずなのに、すごく久しぶりに感じる。それだけこの数日の密度が濃かったんだろう。

 

 

「……っと、もしかしてお話し中でしたか? えっと、そちらの方は……」

 

 

隣の人は友達だろうか、花の髪飾りの良く似合う、日本人形のような人だな。

 

その人はオレを見て驚いたような顔をしていたが、ハッと、何かに気がついたのか口を開く。

 

 

「……私、寝不足が酷いみたいです。こっちに手を振って走ってくるイケメンさんが見えましたもん。寝不足でよかったぁー」

 

 

笑顔でなんかすごいこと言ってらっしゃる。

 

 

「真一ー、ちょっと待ってください。知ってる人とは一体———」

 

 

あ、すみません寅丸さん。先走っちゃって。

 

ちゃんと説明しないとな。

そう思って、後ろから追いかけてきた寅丸さんの方を振り向く。

 

 

「————っ!」クンクン

 

 

すると、まだ何も説明していないにも関わらず、寅丸さんは何かに驚くように目を見開いていた。

 

 

………ん?

 

 

 

「————っ!」クンクン

 

 

再び後ろを振り向くと、そこには寅丸さんと同じように目を見開いた咲夜さんの顔が。

 

 

 

………んん?

 

 

 

「(……何故でしょう、このメイドさんの唇から真一の濃い香りがします)」

 

「(……何故かしら、男嫌いのはずの毘沙門天から真一様の濃い香りがするわ)」

 

 

「(………何でしょう、この胸のモヤモヤは)」

「(………何かしら、この胸のイライラは)」

 

 

…………んんん??

 

 

 


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