「真一。紅魔館の執事になるつもりはない?」
美醜感覚の逆転という彼女たちにとって夢幻に近い事実が判明した余韻が残る中、レミリアは真一に一つ提案した。
「お前の運命は見てて飽きない。感謝するのね、私はお前を気にいったわ。うちのメンバーの
「さんせーい!私お兄さんにいろんな魔法教わりたい!」
「(ごめんよフランさん………オレはただの一般ピーポーなんですよ………)」
純粋無垢なフランは未だ真一を魔法使いだと勘違いしている。後で土下座して謝ろうと真一は決めた。
普通の男にとって、今のレミリアの言葉は勧誘の誘いではなく拷問の誘いだった。しかし、美醜感覚が逆転している真一の様な男には夢の様な誘いに聞こえるであろう。彼のヤバい親友たちであれば、レミリアの誘いにルパンダイブで飛びついたに違いない。
「魅力的な誘いだけど、断る」
しかし、彼の意志は揺らがない。
「一度電源を付けたゲームは、どんなことがあっても最後までプレイするのがゲーマーだ。オレは幻想郷を巡って、自分の世界に帰る」
エンディングが複数あるゲームにおいて、大半の者は最初のプレイでハッピーエンドを目標とする。それは真一も同じだった。他エンドの回収はクリアしてからじっくりと探すのが、ゲームの楽しいところである。
もちろん、初見でハッピーエンドを見れない時もある。しかしその過程において、真一がハッピーエンドを諦めることはない。
真一にとって、元の世界に帰ることがクリア条件でありハッピーエンドである。そこだけは譲れなかった。
「そう………そういうことらしいわ。残念だったわねぇー咲夜」
「!? た、確かに残念ではありますが、その………真一様がそう仰られるのなら、私に止める権利などありません」
「あれーそうなの?私はてっきり咲夜があの男を好「おじょうさま!?」むぐぐ」
時を止めてレミリアに近づき、咲夜は彼女の口を両手でふさぐ。真一には咲夜がワープしたように見えたが、図書館で彼女が『時を操る程度の能力』と言う単語を口にしていたのを覚えていたため、あまり驚きはしなかった。
元々真一は慌てふためくタイプではなかったが、幻想入りしてからというものの驚くことしか起こっていないためか、彼も幻想郷への耐性が付いてき始めていた。
そして彼は苦笑う。彼も鈍感ではない。幻想郷での美醜感覚がわかってしまった以上、レミリアが何を言おうとしたのかも、何故咲夜がそれを止めようとしたのかも、それを察するのは容易なことだった。
「ぷはぁ……そこまで焦らなくてもいいじゃん……まぁいいわ。真一、今晩は紅魔館に泊まっていきなさい。既にそう言う話にはなっているでしょう? 美鈴、門番に戻るついでに真一を一番広い客室に連れていきなさい」
「えッ、私が!? いいんですか!」
脳内でアハハでウフフな妄想をしていた美鈴は、まさか自分が指名されるとは思ってなかったので声を上げで驚く。本来、客人の案内は咲夜の仕事であるからだ。
「ええ。咲夜とは少し話があるわ。真一、悪いけれど夕食の時間まで部屋で時間をつぶしていてちょうだい。それじゃあ、頼んだわよ」
「わっかりました!ささっ、こっちですよ真一さん!」
「あ、ちょっと、引っ張らないでー……」
美鈴は真一の手を取り、引っ張るような形で大広間を後にする。
その姿を見た咲夜は、正体不明の怒りを美鈴に覚えた。今まで人を好きになったことのない彼女は今初めて、嫉妬の感情が心に生まれたのだ。
今すぐにでも引き剥がしたいと思った咲夜であったが、主人であるレミリアに話があると言われた以上、それに逆らうわけにはいかない。彼女は黙ってレミリアの話に耳を傾けた。
「ライバルは多いわよ。せいぜい頑張りなさい」
「………お嬢様は既に、真一様が誰と結ばれるかお分かりになられているのでは?」
「そんなわけないじゃない。運命なんてものは、雲の形みたいに簡単に変わるものなんだから。貴女の恋路を邪魔するつもりはないけれど、一つだけ忠告しておくわ。あの男には気をつけなさい」
「気をつける、とは?」
「真一が幻想入りした原因は間違いなく八雲紫のスキマよ。……あのイケメン大好き妖怪が、彼の存在に気づいていないはずがない」
「!」
特別な力を持たない人間が幻想入りする起因は主に2つ。一つは全てのものたちに忘れ去られ、存在そのものが幻想になること。もう一つは幻想郷の生みの親であり妖怪の賢者、八雲紫のスキマを通ること。ほとんどの外来人は後者によって幻想入りをする。
イケメンを愛し、イケメンに愛されない女である彼女もまた、男に飢えている。全てのスキマを管理している彼女が、真一の事を知らない理由はないのだ。
「アレの性格からしても、男が幻想入りしたらすぐに会いに来るはず。けど、真一が幻想入りしてかなりの時間が経過しているはずなのに、その素振りすら見せないのは不自然だわ」
「確かに………」
仮にスキマで覗き見していたとしても、特別な力を持つ彼女たちなら、その妖力に気が付けないはずがない。そもそも、男が幻想入りしたとわかれば、八雲紫が覗き見程度で我慢できるはずがない。
「それに、真一自身も大概おかしいわ。フランにでこピンされて無傷で済むなんて私でも無理よ」
もしも普通の人間がフランドールにでこピンされたら、真一のようにぶっ飛ばされるだけでは済まない。100%、頭と身体がサヨナラバイバイしてしまうだろう。たとえレミリアであろうと流血は避けられないほど、彼女の力は絶大なのだ。
咲夜もそれは不審に思っていた。思い返せば、クレーターが出来るほどの高度から落ちてきたはずの彼が、気絶だけで済むわけがない。
「真一は"何か"を隠してる。おそらく、彼自身も自覚していない"何か"をね。それだけには気をつけなさい。話はおしまいよ」
「………ご忠告、感謝しますお嬢様」
「じゃ、さっさと貴女も真一の元へ向かいなさい。でないとアイツ、中国に襲われるわよ」
「…………………ええ!?」
*―――――――――――――――*
「ちょっとメーリンさん!? マズいって! 冗談にならないから!」
「ハァハァ……いいじゃないですかぁ………"なんても言ってくれ”って言ったのは真一さんですよぉ……?」
「確かに言ったけど!確かに言ったけどぉ!ああやめて!?服を脱がさないで!?」
「先っちょだけで良いですので………ねっ?」
「ねっ? じゃねーよ! 全然良くねーよ!」
「
「今中国語で何て言った!?ちょ、待って、タスケテ!?あああああああァァァ…………………」
その後無事(?)咲夜さんが助けてくれました。咲夜さんマジ女神。
*―――おまけ――――*
不思議に思った方もいるのではないだろうか。
真一の『可愛い』発言に唯一、何の反応も見せなかった者がいることを。
「パチュリー様、医務室に着きましたよ………ダメですね、完全にのびちゃってます」
パチュリーの使い魔、小悪魔である。
彼女も女である以上、男に褒められたなら何かしらの感情を抱いてもいいはずだが、彼女は全くと言っていいほどノーリアクションであった。
その理由はとても単純なものだった。
「……………ああ、たまりません………!パチュリー様の寝顔…………とってもとっても、お可愛い顔ですよぉ…………!」
男に愛されない女は、時にその愛を拗らせて、その矛先を同性に向けることがある。
「男が現れたのは正直驚きましたが……この様子ならパチュリー様があの男に惚れる心配はないですね。…………私たちはずっとずっと一緒ですよ………パチュリー様ぁ…………!」
その後、医務室で何が行われたのか。彼女以外誰も知る者はいない。
愛の形は、さまざまなのであった。