幻想郷は静まり返った。
月側は豊姫の命によって引き返した。
ただ一人、賢者の豊姫が紅魔館に来ていた。
「嫦娥様を引き取りに来た」
「ああ、こっちだ。そこまでの穢れは消したから」
「感謝する」
レミリアに頼みこんで、皆紅魔館にいない。
綿月豊姫と奴隷だけだ。
ヴワル魔法図書館を抜け、地下室に進む。
「…ここに嫦娥がいる」
奴隷は扉を開ける。
「!」
「あー…お迎えだ」
「嫦娥様…!」
嫦娥は一枚の布に隔てられて表情まで読み取れないが、安心しているようだ。
ちなみに、布で隔てている理由は嫦娥が頼んだからである。
「確かに嫦娥様ね」
豊姫は月の羽衣を嫦娥の前に置く。
「さあ、帰りましょう」
二人は天高く飛び上がり、星空が見える美しい夜空に消えていった。
奴隷はそれを見送った。
時計塔の鐘を鳴らし、終わったことを知らせる。
しばらく待っていると、レミリア達が帰ってきた。
「何とか終わらせたよ」
「ご苦労様奴隷」
「あとは話し合いだけど…そこんとこは紫さんが何とかしてくれるはず」
奴隷の仕事はここまで。
どう転ぶかは紫にかかっている。
少なくとも、奴隷はそう思っていた。
「あー…紫さん。ここに書いてある文字がよく見えないのですが」
「冗談言っている場合じゃないわよ」
翌日、朝から早々に紫に呼ばれて霧の湖へと来ていた。
月から書状が届いたらしい。
何故奴隷が呼ばれたか?
なんと、紫と奴隷の二人が名指しで書いてあったのだ。
「夜にお迎えがくるわ。それじゃあ、確かに伝えたわよ」
「えっ、紫さ…」
紫はスキマの中に消えてしまった。
消える瞬間、紫の顔が見えたが緊張が現れていた。
「…俺が?あんの賢者め」
豊姫のことを思い浮かべながら、書状を再度見る。
「場所は…月の都。日時は今日の夜、八雲紫と奴隷は博麗神社に。月からお迎えにあがります、と」
ため息をつく。
まさかこんな大役を押し付けられるとは。
霧の湖の近くの大きな石の上に座っていると、後方から声をかけられた。
「ん?貴方は紅魔館のところの…」
振り返ると、見覚えのある顔が目に映った。
「えーと…ルナサさん?」
「奴隷…だよね?」
あの綺麗な音色を奏でていたルナサに会えるとは。
奴隷はルナサに話し合いのことを話した。
「そんな大役を…」
はい、と答える。
奴隷は遠くに見える紅魔館を見つめた。
先程まであそこで寝ていた時が懐かしい。
今は緊張で心が痛い。
心臓が紐で締め付けられているようだ。
全く、いつからこんな弱気になったんだ。
己の心の弱さに嘆いていると、ふと、ルナサが楽器を取り出して演奏し始めた。
「ああーーいい音色だ。やっぱり、ルナサさんが奏でる音を聴いてると落ち着くな」
「緊張、どう?」
「ありがとうルナサさん。月で過呼吸になることはなさそうです」
ルナサはくすりと笑った。
奴隷はルナサに会釈してその場を後にする。
奴隷は時計塔を確認する。
そろそろか、と呟いて準備をする。
旅行をするわけではないのでそんなに荷物を持つ必要が無いが、証拠だけは頑丈な箱ーー外の世界で言うアタッシュケースに入れる。
メイド妖精にパンとスープを頼む。
「今頃ご飯を食べるの奴隷?」
「ああ。最後の晩餐にならなきゃいいが」
フランドールの質問に冗談を交えて返す。
今日は積極的にフランドールと遊んだ。
そしてメイド長の美味しい料理。
パンをスープにつけて完食し、スープも一気に飲み干す。
「それじゃあ…行ってきます」
レミリア達は心配そうに博麗神社に向かう奴隷を見届けた。
アタッシュケースを片手で持ち、霧の湖まで歩く。
「奴隷」
目の前のうさ耳の二人組ーー清蘭と鈴湖が奴隷を待っていた。
「博麗神社っていう場所まで」
奴隷はそう言ってイーグルラヴィの乗り物に乗る。
しばらく眠っていたら起こされた。
博麗神社に着いたらしい。
「奴隷、もし上手くいったら一杯呑まない?いい店を知ってるんだ」
「酒は呑まないが…分かった。必ず呑もう」
博麗神社の長い階段を上り、境内に入る。
紫の姿が見当たらない。
賽銭箱に座っている巫女を発見した。
「巫女さん、八雲紫って妖怪を知りませんか?」
「ってことはあんたが奴隷ね」
紅白の巫女、博麗霊夢は紫の名を呼んだ。
すると、のそのそとスキマから紫が現れた。
「んー、もう時間?」
「らしいわよ」
むーむー言ってる紫を眺めながら、奴隷はイーグルラヴィを通す。
「お迎えですよ」
「今行くわー…」
イーグルラヴィが紫と奴隷に月の羽衣を羽織らせる。
奴隷は、紫と自分の羽衣に程度の能力をかけた。
霊夢が手を振った後、奴隷達は月に向かって飛んでいった。
人里では逆流れ星ならぬ、上り星が見えたという。