食卓には豪勢な料理が並べられていた。
どれもこれも咲夜と奴隷の自信作である。
「奴隷、お嬢様とパチュリー様を呼んできてもらえる?」
「分かった」
奴隷はヴワル魔法図書館へと向かった。
その道中、窓から外を見ると雲が空を覆っていた。
「(これは一雨降りそうだな)」
そう思いながら歩いていると、ヴワル魔法図書館に着いた。
奴隷は扉をノックする。
「レミリア、パチュリー。夕飯の準備が整ったぞー」
少し扉の前で待ってみたが、返答どころか反応がない。
「(久々の親友との会話だからな。話が長くなると思うが…)」
あんまり料理を冷ましたくないと思い、奴隷は扉を開けた。
「失礼するぞ…」
室内は驚くほど静かだった。
広いこともあって会話の声すら聞こえない。
「おーい」
叫んでみたが返答はない。
あまりにも静かすぎて、逆に不気味に思えてきた。
しばらく探していると、ふと、レミリアの声が聞こえた。
そこにいたのか、と思い駆け足で本棚の角を曲がる。
「レミリア!ここにいたのか。夕飯の準備が出来たから食卓に…」
声をかけたが、レミリアは反応しなかった。
「レミリア?…そういえば、パチュリーはどこいったんだ?」
レミリアは奴隷に視線を合わせず、ただただ何かを見ていた。
奴隷から見てレミリアは横顔を向けており、何を見ているのかは本棚によって隠されている状態だった。
「あ…う…」
レミリアでもパチュリーでもない声がどこからか聞こえた。
「…レミリア、何を見ているんだ?」
奴隷はレミリアの後ろに立ち、彼女が見ている物へ視線を向ける。
「…!?」
視線の先には…この世のものとは思えないほど醜い、人型の化け物が立っていた。
「レミリア…これは」
一体、と言いかけた時、レミリアは驚くような発言をした。
「フラン…♡」
レミリアは醜い化け物に触れ、まるで妹を愛でるように抱きしめた。
それを見た奴隷は激しい嫌悪感に包まれ、急いでレミリアを醜い化け物から引き剥がした。
「レミリア、お前何やってるんだ!?」
「あー?」
レミリアは奴隷の手首を掴み、軽く放り投げた。
それだけで奴隷は宙を舞い、地面に落下した。
「何って、見てわからないの?フランは
レミリアは醜い化け物に頬を寄せた。
「ああ、フラン…♡もう離さないわ」
レミリアは再び抱きついた。
「ふざけるなレミリア!それのどこがフランドールなん…!?」
奴隷は自分が踏んだ物に目をやり、声が出せなくなった。
そこには、紫と薄紫の縦じまが入った、ゆったりとした服…パチュリーの服があった。
しかも、ところどころ血で滲んでいる。
奴隷は醜い化け物を初めて凝視した。
ところどころ浮き上がった体にデコボコした禿げた頭。
その禿げた頭に紫色の髪の毛が何十本か生えている。
「奴隷の目はおかしいの?フランよ、フランじゃない!何故喜ばなぶっ!?」
奴隷は月傘の銃床でレミリアの顔面を殴った。
「レミリアっ!お前…親友のパチュリーに何をした!?」
「パチュリー?ここにはフランしかいないわ。…何しているの?何故喜ばない、何故祝福してくれない!?」
レミリアは手を空高く上げた。
そこから紅色の弾幕が発生する。
奴隷は慌ててその場から飛び退いて弾幕を回避する。
レミリアは頭を抱えながらも弾幕を発生させている。
「狂ってる…」
奴隷は覚悟を決め、月傘をレミリアに向けて構えた。
「俺にこんなことをさせないでくれ!」
引き金を引いて発砲した。
レミリアは避けようともせずに受け、しかし痛がる様子もなくスペルを詠唱をし始めた。
「夜符『デーモンキングクレイドル』」
猛突進したレミリアを、奴隷は月傘を開いて防ぐ。
月傘を閉じて距離を取り、奴隷もスペルを詠唱する。
「銃符『ルナティックガン』!」
放たれた弾幕を、レミリアは恐るべきスピードで回避し、その勢いのまま奴隷を蹴飛ばした。
「(ごっ…!?ちくしょう、内臓は無事か!?)」
よろめきながらも床を転がり、追撃の弾幕を回避する。
一旦本棚の後ろに隠れた。
「(あれは…)」
奴隷の視線の先には、ヴワル魔法図書館の出口の扉があった。
レミリアに気づかれぬよう、そっと扉に近づいた。
「(よし、これで助けを呼べば……)」
ドアノブに手を掛けたところで動きを止める。
「(…いいのか?)」
食卓にいる皆は、レミリアがこのようなことになっているのを知らない。
今日はレミリアが復帰した事で皆、笑顔になっている。
『お嬢様が無事になって本当によかったわ!今日は張り切るわよ奴隷!』
厨房での咲夜との会話を思い出した。
あの時の咲夜は本当に嬉しそうだった。
目に涙を浮かべていた。
美鈴も、小悪魔も、メイド妖精もホフゴブリンも皆、レミリアの復帰は本当に嬉しそうだった。
彼女がいることで笑顔になっていた。
そんな皆の笑顔を…奴隷には壊せなかった。
扉に内鍵をかけた。
これで後戻りはできない。
背後から足音が聞こえる。
「そこにいたのね奴隷」
レミリアは手にスピア・ザ・グングニルと呼ばれるスペルカードが握られている。
「さぁ、喜びなさい。フランが…フラン、フラゴホッ、ゲホゴホゲホ」
突然レミリアは咳をし始め、本棚に寄りかかった。
「レ、レミリア?」
奴隷は急に心配になった。
レミリアはハイパーベンチレーションを行なっているかのごとく、深呼吸を何度も何度も繰り返していた。
その体は小刻みに震え、とうとう膝から崩れ落ちた。
奴隷は駆け寄ろうとしたが、レミリアが何をしでかすかわからなかったので近づけなかった。
「ああ…嫌だ、フラン、フラン、貴女を失いたくない。駄目、来ないで…!嫌、嫌だあ!」
レミリアは何かに怯えているようだった。
「あれ、あれがないと…」
レミリアはポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。
「…注射器?」
レミリアはそれを躊躇なく自らの腕に刺した。
中に入っていた液体がレミリアの体内に入っていく。
「フゥー!ハァッ、ハァッ…!」
レミリアは目をカッと見開き、呼吸を荒らげた。
体の震えが止まり、言葉も平常に戻った。
「さぁ、第二ラウンド開始よ奴隷」
レミリアはグングニルを構えるが、奴隷は足元に転がってきた空の注射器を調べるのに注意を割いていた。
その隙を突かれ、奴隷は注射器を握ったまま吹っ飛ばされた。
それでも奴隷は注射器に目をやっていた。
「(もしかしてこれは…)」
床に叩きつけられて思考が途切れる。
奴隷は、注射器の中身が薬物だと思った。
「くそっ!」
奴隷は床を叩き、跳ね上がるように立ち上がる。
奴隷は持っている空の注射器をレミリアに向かって投げた。
今まさに攻撃しようとしていたレミリアが、空の注射器をキャッチしようと必死になった。
その行動は薬中の証で奴隷の心が傷ついたが、同時にチャンスでもあった。
「銃符『ルナティック砲』!」
大きめの弾をレミリアの足に命中させ、転倒した。
迫り来る奴隷にレミリアは高速でスペルを詠唱した。
「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」
奴隷は避けることも、月傘を開く余裕もなかった。
普段のレミリアなら、目と鼻の先にいる奴隷に当てることなんて造作もない。
そう、普段のレミリアなら。
薬物の影響で幻覚や幻聴、さらに積み重なっていたダメージがレミリアの手元を狂わせた。
奴隷のすぐ横をグングニルは通り抜けた。
奴隷は月傘を強く握る。
レミリアを落ち着かせるために、スペルカードは必要ない。
奴隷は月傘の銃床で再び顔面を殴った。
「ひ、ひいい!」
レミリアは地を這うゴキブリのように逃げ出した。
そんな情けない姿に、奴隷は怒りがこみ上げてきた。
レミリアを三度銃床で殴り、とうとう追い詰めた。
奴隷は月傘を構える。
レミリアはビクビクと体を震わせていた。
「レミリア…お前は俺に負けるような奴じゃないだろ!?
ただの人間の俺に!こんな…こんなカリスマも吸血鬼としての威厳も無いレミリアなんて、こんな薬物に身を染めるレミリアなんて…俺が誇りに思っていたレミリアじゃない!答えろレミリア!何故薬物に身を染めた!?何故パチュリーをあんな醜い化け物にした!?なんで…なんでだ!」
怒りの質問に、レミリアはただうーうー唸るだけだった。
「答えろ、答えろよレミリア!」
奴隷はさらに月傘を突きつけた。
しかしレミリアは、身体を震わせ、言葉もろくに喋らず、人間の奴隷に怯える、変わらない反応だった。
「答えろレミリアアアアアアア!」
奴隷は引き金に手を掛けた。
今まさに発砲しようとした奴隷の耳に、あの醜い化け物の声が聴こえてきた。
「どれー…どれー…」
奴隷はハッとして醜い化け物を見た。
醜い化け物は奴隷のレミリアの間に入った。
醜い化け物は必死に首を横に振っている。
「…自分を醜い化け物にしたレミリアを許すというのかパチュリー?」
その質問に、
「そうか…」
奴隷には、それ以上言葉が見つからなかった。
誰よりもレミリアを思っていたのはパチュリーだった。
「なら、一刻も早くレミリアを八意先生の元につれてって、パチュリーも元の姿に戻さないとな。…仲直りしないとな」
奴隷が月傘を下ろした。
その次の瞬間だった。
「ご苦労、パチェ」
レミリアが手にグングニルを発生させ、それを奴隷に突き刺そうとした。
奴隷はほぼ反射的に月傘を構えた。
ヴワル魔法図書館中に銃声が鳴り響いた。
醜い化け物の見た目は、ウーマでも想像すればいいと思います。