大パニックになって暴れた俺は、もう少しでミホークを溺れ死にさせるところだった。
らしい。
覚えてねえよ。怖かったんだから。
びしょ濡れになって、もういやだと洞窟の床に沈んでいる俺の横で、まったく消耗した様子なく立つミホークが「ほう」と感嘆の声を発した。
洞窟にあった美しく澄んだ泉。そこには今、某海賊映画のワンシーンを彷彿とさせるがごとくに、煌めく宝の数々が沈められている。
やったのは俺だけど。
以前。沈んだ海賊船から、やたら金貨の木箱や宝石箱が流れ着いたからな。
けれどそれだけじゃなくて、こざるたちが持ち帰った宝箱にはもっと年季が入った、フジツボやなんやらの張りついたものも多かった。
きっとあの船の他にも、昔沖合いで難破した船の貨物とか、流れ着いたまま手付かずで残っていた漂流物がたくさんあったんだろう。
そういうものを全部この洞窟に運んだ。
そして、このやたらとでかい水溜まりを埋めてやれとばかりに、全部箱から出して放り込んだ。
無人島でお宝なんて、食えない使えないで無用の産物よ?
空いた箱のほうがよっぽど生活の役に立ったさマジで。
金貨をぽんぽん放り込む時にはちょっとだけ「水があると賽銭を投げ入れたくなる日本人」てのが脳裏を掠めたけれど。
ちなみにここにお宝を運んだ時には、滝つぼを潜ったりなんかしなかった。もちろん。
狭いけど、天井の隙間からちまちまと運んだんだ。
今回だってミホークを滝に誘導した後で俺は金斗雲を使い、洞窟の上から中に入ってくるつもりだったのに。
どうしてこうなった。
「ミホーク、こっち」
気を取り直した俺はミホークの肩に乗り、髪をくいくいと引っ張ることで、洞窟の奥へと誘導していく。
そこにあるのは、葉もつかない一本の老木。
大きくなりきれなかった実がひとつ、木守りとして枝の先でしなびているだけだ。
多分、もう実はつかない。
ミホークの語った伝説のように、葉も花も実も同じ枝につくような賑やかさは、俺が初めてこの木を見つけた時から今までに一度も見たことはなかった。
それに、この洞窟以外の場所で、桃の木を見たこともない。
……ここがその伝説の渓谷だったとしたら、どうだろう。
つまり、この洞窟は俺が思っていたような水の浸食でできたものではなく、火山噴火や崖崩れで埋もれたものだとしたら。
この木が伝説の桃源郷にあった桃の木の、最後の一本ということになるのかもしれない。
「そうか。命の実はないか」
ミホークが呟いた言葉は、小さかったのに重かった。
俺はミホークの肩から飛び降りると、彼を見上げた。
ミホークの胸に去来するものは何か。
俺はミホークに誤解を与えたことに気付き、慌てて頭を振った。
「違う、ミホーク。こっち」
俺はミホークのズボンの裾を、くいくいと引いた。
俺が誘導したその先は、洞窟の壁が一ヶ所崩れて斜面になっている。
実は金斗雲の練習をしていた頃、加速制御に失敗して激突した箇所だ。
頭から突っ込んで壁が崩壊し、そして生き埋めの恐怖を味わった。
崩れた壁を見る度に鬱になるのでどうにかしようと、とりあえず食べた桃の種を埋めて水を撒いた。
こんな洞窟だ。
撒いただけでどうにかなるものではないともちろん思ったが、だからといって残念なことに、俺は緑の手も知識も持っていない。
分かることといえば、水と光、そして後は土に栄養が必要ということくらい。
だから、岩清水が途絶えないように、しかし水没はしないようにと(こざるたちを使って)水路を掘った。
そして採光。
反射してきらめく水晶や金貨を貼って、わずかな光が届くようにした。
後は昔どこかで聞きかじった曖昧な知識を元に、ジャングルから腐葉土を持ち込んだり、魚のあらや砕いた貝殻、焚き火の灰なんかを撒いてみたり。……それがまとめて腐ってひどいことになったり。
そうして今、地下温室のようになったその場所には、若木が数本育っている。
三年くらいかかって花が咲き、今年やっと一粒だけ実がなった。
ん?
まさか俺って桃の木と成長速度同じ?
いやいやまさか。
……。
ええ!?
俺が成長しないのって、まさか桃のせいじゃないよな。