どんな仕組みか、小さな船が荒波を掻き分けて進む。
大海を渡るには危うい小船。
その船の真ん中に、剣士がひとり毅然と立つ。
え?俺がどうしたかって?
ミホークの足元で小さく丸まって、ぶるぶると震えているよ今現在。
「うみこわいうみこわいうみこわい」
あの後、俺たちは桃の実の生る枝を手折って、外に出た。
もちろん俺が洞窟から出る時は、金斗雲を使った。
またミホークが俺の首根っこをひょいと掴んで滝つぼに飛び込んだりしたら、堪らない。
天井近くまで上がると「先に出てる」と言い捨てて、とっとと逃げ出した感じだ。
そして滝の前で再び合流すると、俺はミホークにひとつ頼みごとをした。
「ミホーク、おねがい」
「よいのか」
「いいんだ」
海図が存在した。
それが発覚してわずか数年で、あの海賊たちが、そしてミホークがこの島に辿り着いてしまった。
つまりはもう、伝説が伝説ではなくなってしまったということ。
これからも海賊が現れる可能性がとても高くなったということ。
いつかきっとこの洞窟の仙桃にすら辿り着く者がいるということ。
だから、いいんだ。
悪用されるよりは、ずっといい。
ミホークが助走もなく跳躍した。
そして、日の光に煌めく一閃。
それだけで滝のてっぺんにある張り出した岸壁部分が、すぱんと切り落とされた。
ゴゴゴンッ!
轟音立てて滝つぼに落ち、洞窟の口を塞いだ巨岩。
凄まじい水煙。
その衝撃に一瞬滝の流れすら止まったが、直ぐに大量の水が流れ落ちてくる。
おいおい。
あまりにもあっけなく簡単に岸壁を切り落としたミホークの剣技に、俺は馬鹿みたいにあんぐりと口を開けていた。
できると思ったからこそ頼んだけれど、それでも凄すぎる。
包丁で大根輪切りにするのとは訳が違うんだからと言いたい。
でも。
「ミホーク、ありがとう」
俺はミホークに礼を言った。
ミホークはそれにどうと答えるでもなく、別のことを聞いてきた。
「おぬしはこれからも、この島にいるのか」
うーん、と俺は首を傾げた。
仙桃は守りたい。
今回の環境の変化で何が起こるか分からないし。
しかし、ここに残ったら。
今までの島での生活を思い返してみる。
猛獣との戦闘の他に海賊との戦闘が追加されるくらいで、後はまた変わらない日々を過ごすことになるんだろう。
その内マジで野生化するかもしれん。
「共に来るか」
「……いく」
桃の世話はこざるたちに任せよう。
というわけで、海に出たんだが。
「うみこわいうみこわいうみこわい」
俺はこうしてブルッているわけである。
ちなみに今は人型だ。
これが一番体面積が少ない。
少しでも海から遠のこうと必死なんだ。
こんなことなら島を出なければよかった。
ああ、でも今でなければ、俺は海に出ることなんてきっとできなかった。
忘れていた、今でなければ。
うん、そう。
忘れていたんだ。俺の本能が海を怖がることもミホークの船が小さいことも。
海はなー。遠目に眺める分には風景の一部と捉えるのか怖くはないし、前の人生では海で遠泳するの好きだったしな。それでもって、ここんとこ(あの海賊来訪以来だ)海に近づいてなかった分、すっかり念頭になかった。
問題なのはミホークの船だ。
ていうかさ。ミホークの船なんだけど、聞いてくれよ。
原作にあった厨二病全開の十字架マストを背負った棺おけにソファー的なあれではなく、もっと普通に公園の池に浮いていそうなボートを少し大きくした程度の船に、生成りの帆が一枚あるだけだった。
なにさそれ。反則だろ。
つむじ風にもてあそばれる木の葉のように、上下左右に大きく揺れる小船。
今にも転覆しそうな勢いで大波が襲いかかり、ざばざばと海水に濡れる。
一緒に船に乗り込んだこざるたち(半分は島に置いてきたが、半分は連れてきた)も、最初は一緒に船底で震えていたが、海水被ってことごとく元の毛に戻った。そして波に浚われていった。
塩辛いのが船の中でも溺死しそうな浸水のせいなのか、流したつもりもない涙のせいなのかも分からなくなった。
なんでミホークは平気な顔でぶれることなく立っていられるんだ?
信じられないふざけるな。
俺を島に帰してくれー!!