「ひとつ磨いて船のため~ぇえ。ふたつ磨いて船のため。命あずけたこの船が、おいらのカワイイ恋人さァああ」
ジャッジャカ、ザカザカと。
調子外れの即興歌のようでもあり、しかしはるか昔から歌い継がれてきた伝統歌のようでもある船唄。その拍子を取るかのごとくに、椰子で甲板を磨く音が幾重にも重なって響く。
甲板での原始的な音楽を、ピーッ!と甲高い笛の音が切り裂いた。
お?
顔を上げた俺は「おわりかー?」と立ち上がって、広い甲板を見渡した。
クルーたちは皆作業を終えて三々五々片付けに動いているが、今回初めて参加する俺には勝手が分からない。
「おーい、ゴクウ。おまえは椰子割り集めてくれ」
きょろきょろしている俺に声が掛かった。
「あいあいさー」
微妙に間違っている気がする敬礼をしてから、近くにある木のバケツを抱えて、甲板の端のそこかしこに転がる椰子を拾い集め始めた。
あの後。
渦潮の海域を脱出した後、ミホークが軍艦を探してくれた。
うん、多分あれは偶然出会ったんじゃなくて、船底で丸くなってブルっている俺を見かねてわざわざ探してくれたんだと思う。
なんの計器もついていないのに、どうやって見つけてどうやって方向転換したのかは全くの謎だけどな。
遠洋航海が基本の軍艦はでかかった。
縁に6つも括り付けられた端艇ひとつとってみても、ミホークの船よりでかいくらいだ。
だから、船の上だけど海は遠い。
船の縁に近付かなければ怖くないと、俺は暢気に甲板を歩くことができる。
ちなみにミホークは譲り渡されたキャプテンルームで、当たり前の顔をしてくつろいでいる。
気障ったらしくぎやまんグラスでワインなんか飲んでるんだぜ。
似合っているけどな。
俺はミホークみたいに悠々とお大臣さましてるってのは、無理。
身体を動かしていないとダメなんだ。
貧乏性?
そんな事実、俺の耳には聞こえないよ。
だからタワシ代わりの椰子の実を手に持って、海軍の水兵さんたちと一緒に甲板磨きに精を出していたというわけだ。
水兵さんたちとは、随分と仲良くなった。
最初は不審な目で見られたぜ。
なにせあの鷹の目のミホークが、ぐったりした子どもの首根っこをぶらさけてのご登場だ。
海に疲れて歩く気力も起きず、ミホークに荷物さながら運ばれているこの俺ですら、周りから聞こえてくるざわめきっぷりには、いいから落ち着けと言いたくなるほどだった。
なのにミホークは説明ひとつせず俺を甲板に放り出すと、海軍本部へ行けと命令しただけ。
そして、キャプテンに案内されて艦長室へと退場。
そりゃ困惑もするさ。
ミホークにぼてりと放り出されたままだった俺は、色々諦めて顔を上げると、きょろりと状況を見回した。
俺を遠巻きにした水兵さんに、ぐるりと周りを囲まれている。
「いったいなんだこの子ども」
「まさかどこかから拐ってきたのか」
「いや、あの格好。遭難者かもしれんぞ」
「あの鷹の目が人命救助?!」
「ないない」
「じゃあ、鷹の目の子どもとか?」
「ええっ」
いいのかミホーク、好き勝手言われているぞ。
そして俺がミホークの子どもってのは無理があるだろ流石に。
というか、前の人生合わせれば俺のほうが年上だ。
「何をしてるんだ、お前ら」
フリーズ状態に陥りそうになった甲板に、状況を打破する声が届いた。
視線を巡らせてみると、周りを囲んでいたクルーの一角が割れていて、コックコートにスカーフの素敵ひげなおっさんが立っていた。
「料理長!」
「丁度いいところに」
「この子、お願いします」
そして料理長と呼ばれた男に、すべてが丸投げされた。
え?
クルーたちは海軍本部へと進路変更するために、各々の持ち場に戻っていく。
――っておい。
後を任されたおっさんと甲板に座り込んだままの俺が顔を見合わせた。
「うむ、あー」
コックのおっさんは困惑気味に顎ひげを擦る。
持て余し感が満々だ。
本当に申し訳ない。
「ゴクウ。おれ、ゴクウ」
とりあえず、挨拶だ。
挨拶が基本だ。基本が挨拶だ。
「おじゃましていますよろしくおねがいします?」
「うむ」
厳格なじーさんがそれでも孫には相好を崩すかのように、目許が緩んだ。
「では、ゴクウ。一緒にお茶でもいかがかね」
自慢の茶葉を振る舞おう。
そうお誘いを受けたが、案内されたのはシャワールームだった。
臭いか、俺!?