あの後シャワールームでひと騒動起こしたが、それについては省略だ。
なんにしろ今は、食堂の一角でティータイムと洒落こんでいる。
素敵ヒゲでダンディーなおっさん、つまりはこの艦の料理長は、夜の仕込を終えて「さあ休憩に入ろう」と甲板に出てきたところで、あのフリーズ状態に出くわした。
そして、俺がシャワールームで騒いでいる間にもう一仕事。
ミホークにも自慢の紅茶を給しようとしたら、既に酒を飲み始めていたので、つまみとして即席カナッペを作ってきたらしい。
おつかれさまなことだ。
そんな話を聞く一方で、俺についても色々聞かれた。
あの全てを押し付けられた時に、情報収集も彼の仕事になったんだろう、確実に。
艦長がミホークの相手をしているとはいえ、何か聞き出せるとも思えないしな。
けれど、俺としても料理長と話すのは楽しかった。
たくさん話して、話すことにもずいぶんと慣れた。
一人だった時は声すら出していなかったのだと、しみじみ思う。
喉が閉じてしまっていたんだ、ずっと。
この調子でいけば、大猿の姿で話せるようになるのもきっとすぐだろう。
お茶と一緒に出されたのは、パンで作ったサマープディングだった。
これには海軍御用達のパンが使われている。
海の道が交わる島の特産品で、ドライフルーツをたっぷりと使ったパンは保存が効き、固く焼く製法が他のパンよりもウジがわきにくいという長所を生み出した。
しかし日持ちしたところで、だんだん固くなっていってしまうのはどうしようもない。
ただでさえ固いパンが日が経つにつれ更に固くなり、終いにはかなづちで割らないといけない程になるんだそうだ。
かなづちで砕いたパンとブラックベリーに似た果実をたっぷりと使いながら、大きなボール型に詰め込んでいく。
さて、このベリー。
やはりとある冬島の特産品で、ベリーにしては皮が固く実も大きく、その日保ちのよさが特徴となっている。
加工する前の生の実も食べさせてもらったが、甘酸っぱくも濃厚な果汁が詰まっていた。
果実酒や砂糖煮、蜂蜜漬にすると更に保存が効き、プディングを作る時には大抵ベリー酒に漬けてあった実をあげて使うのだが、今回は俺用ということで、シロップに浸したベリーを使ったものを出してくれた。
酒でいいのに。
サマープディングを更にシンプルにした感じで、見た目もシンプル。というかちょっとフォークを入れることをためらう黒いかたまりだったが、しかしこれが食ってみると美味い。
なんでも料理長がまだ見習いの頃に師匠が作ってくれたケーキで、冷蔵庫なんてない時代からコックたちに受け継がれてきた海軍レシピのひとつなんだそうだ。
本当は型にはめたまま重石をして一週間ほど置いておくと旨味が増すそうだが、今回はお茶の葉を蒸らす程度の時間に短縮。
俺はその大きなボールサイズを完食した。
満足。
だって俺、手の込んだ料理できねえもん。
俺ができないからには、こざるたちにもできない。
キッチン設備がジャングルにあるわけもなく、だから料理というにはおこがましいくらいにシンプルで、食材を適当に切った後は『生』か『焼く』か『煮る』かという三択だった。
まあ、それで十分美味しかったから、努力も成長も工夫もなかった。
普段の食生活でもこのざまだ。
すいーつ?むりむり。
甘味といえば、新鮮なフルーツばかり。
それが不満ってわけじゃなくて、でもやっぱり誰かが手間隙かけて作ってくれるっていうのは、特別だ。
そんなことを腹一杯になるまでに感謝を込めて伝えたけれど、多分何か勘違いされた。
というか、同情された。
俺の服装も誤解の増長に繋がった。
俺としてはお気に入りの一張羅による自慢のコーディネートなんだけど、あまりにもみすぼらしすぎたらしい。
ちょっと客観的に見てみれば、薄汚れてガリガリに痩せた子どもが、裾の破れている上にサイズの合わない、腰まわりは大きすぎてタイパンツみたいに端を折ったズボンを穿いているだけなんだ。
上半身は裸。
せめてムキムキマッチョなら見映えもよかったかもしれないが、残念なことに青っ白いガリガリ君だしな。
ついでに身寄りもないといわれたら、そりゃまあねえ。
だから、服も借り物だ。
借りたのはもちろん水兵服。
小さいサイズがあったからと、海軍見習い用の服を貸してくれた。
それでも、サイズは大きめだったけどな。
水兵服。ここを強調してみよう。
つまりセーラー服なんだこれが。
料理長の後ろについて、甲板をぽてぽて歩いている時のこと。
背中に正義を背負ったごつい軍人たちに、微笑ましい顔で見られていた俺の微妙な気分は察してくれ。
海軍レシピでは、釣り上げたものはなんでも入れる闇鍋ふう海鮮カレーなどが有名です。
全てを辛すぎる味付けで誤魔化せます。