砲丸投げのように、海に投げ込まれた。
誰にって?
ガープのじいさんにだ。
海軍本部に着いた次の日の朝。
俺が起きた時には、既にドフラミンゴもミホークも居なくなっていた。
ええっ!なんでさー?!と、眉を八の字に歪めてみても、置いてきぼりは変わらない。
昨日の夜は、ミホークと一緒になんだかずいぶんと豪華な部屋に通された。
来賓用?
首を傾げていたら、王下七武海用の個室だと教えられた。
え、でもミホーク一回も来たことないって、おつるさん言ってたよな。
他の七武海もだいたい似たようなものだろ、きっと。
うわ贅沢。
ふかふかのベッドで眠るなんて、今世じゃ初めてのことで。
慣れなくて眠れないと思っていたが、逆にこれでもかってくらいぐっすりと眠った。
具体的にはお日さまがてっぺん近いくらい。
寝過ぎて目玉溶けそうと、まぶたを擦りながら起き出して、ミホークはもう部屋にいないから、どこかで鍛錬でもしてるのかなと廊下に出てすぐに、おつるさんに声を掛けられたのだ。
「鷹の目ならもういないよ」
眠気もすっかり覚めた。
ぶんと振り向く。
おつるさんが腕を組んで立ち、俺を見下ろしていた。
「お前を置いてすぐ、出て行ったよ」
多分シャボンディ諸島に行ったんじゃないかね、と言う。
ちょっ、昨日ミホーク海賊団結成したばかりなのに。
あの剣豪。人の話聞いてないな、まったく!
「安心おし」
むくれた顔で見上げる俺におつるさんが何を思ったのか。腕を下ろすと俺の前に屈みこんで、迷子を安心させるためのような大人の目で微笑んだ。
「すぐに戻ってくるよ」
「ホント?」
「もうすぐ定例会議があるんだ。軍の船使ってここまで来た以上、顔をお出しと言ってやったら存外素直に頷いたよ」
あー。うん。
「おれのせい」
置いていかれるのも嫌なんだが、無理をさせるのも嫌だ。
「本来なら、顔を出す義務があるんだ。気にしないでいいよ」
その間どうしようかねと、おつるさんは笑って言った。
「それとも、ゴクウ。ミホークを待たなくてもいい。あんた海軍になるかい?」
「や、海こわいからヤダ」
もちろん、即答です。
「海が怖いなら、海賊も無理だろう」
おつるさんの表情が微妙なものになった。
「それじゃあ、鷹の目も置いていかざるを得ないよ」
おっしゃる通りです。
ミホークがシャボンティ諸島に向かったというのはおつるさん(海軍)情報網だろうか。
なんにしろミホークは、目的地が近いからこそ海軍本部を利用したはずだ。
そして、その目的地は直接軍艦で乗り付けるには不都合がある場所ってことで。
でも俺はミホークのあの船には乗れない。
そりゃミホークとしては俺をここに置いていくしかないよな。ひとことあってもいいとは思うけど。
「なんだ海が怖いのか」
いきなり猫の子でも持つように首根っこを掴まれ、ぶらんと持ち上げられた。
「わしが鍛えてやろう」
俺をぶら下げながら豪快に笑っていたのは、ガープだった。
なにこの急展開。いいからおろして。
そして沖に出た途端、ガープの軍艦の上からあの砲弾投げの勢いで海へと放り込まれた。
ドボン!
そんな音と共に、俺は深く海に沈みこんだ。
そして大量の海水飲んで、部下に助けられたらしい。
パニックになる前に気絶して覚えていないけどな。
こうして俺に新しいトラウマが爆誕した。
しゃくにさわることに、あれを思えば甲板の上なら海が怖くはなくなった。
最初はじいさんに捕まらないようにちょろちょろ逃げるのに必死だった。
その内、海に投げ込まれても気絶しなくなった。
背筋が凍るような本能的な恐怖は消えなかったけれど、パニックを押さえて海面を目指すようにもなった。
更には半年で、海に落ちる前になんとか金斗雲の術で空を蹴って甲板まで戻れるようになった。
あー。昔、果てしない海の上を飛び続けるのは恐いとか言っていた頃が懐かしい。
今はぜんぜん平気。
ガープのじいさんの腕で海に投げ込まれたあの恐怖に比べれば、海の上くらいどこまでだって飛んでみせるさ。
ちなみに、ミホークと再会したのは更に一年後だった。
金斗雲の術で空を走っていると月歩に見え、そして孫悟空スペックな身体の頑丈さは鉄塊にも見え。
そのため海兵さんたちは、六式が既に使える期待のルーキーだと勘違い……してると面白いかもしれない。