猿王ゴクウ   作:雪月

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第壱回 岩から生まれた猿

 

 

 

 

 

 

 ドカン!と轟音立てて割れた岩から生まれた俺は、随分と高い山のてっぺんに仁王立ちしていた。

 

 幾億もの雨風浴びて耐えるところから始まらなくて、なによりである。

 

 

 

 

 

 

 俺が「孫悟空になりたい」と言った時、釈迦如来像はその姿をポンッ!と変えた。

 

 猿の尻尾が生えた少年。

 

 つんつんとした黒髪で、オレンジ色の道着を着たその姿はもちろん。

 

「孫悟空というと『ドラゴンボール』の主人公の」

 

「そっちか」

 

 いやまあ確かに、孫悟空と聞いてその姿を思い浮かべる人は多いんだろうが。

 

 というか「マンガ読んでるのかお釈迦様」と聞いてみたら、「もちろん」と返ってきた。

 

 人間の知る全て、いや人間の知り得ないことまでの全てを知ってるってさ。

 

 ああそうかい。きっとそれこそ人によっては『アカシックレコード』とか『真理』とか呼ぶんだろうよ。

 

 考えてみたら最初から「ワンピース」って言ってるんだしな。

 

 

 

 どっぷりと俗世につかったお釈迦様だよ全く。

 

 

 

 それはともかく。

 

「スーパーサイヤ人になりたいわけじゃないんだ」

 

「猿にはなりたいのか」

 

 その表現やめてくれない?

 

 俺は野生の猿になりたいわけじゃない。

 

 西遊記の、どこまでも人間くさい岩猿になりたいんだ。

 

 そうか、と。次に現れたのは極普通の猿だった。

 

「では、アカゲザルということで」

 

「それはないだろう」

 

 思わず即座に否定した。

 

 いやいや、だって俺ちゃんと野生の猿になる気ないって言ったよね。人の話聞いてた?

 

 そりゃアカゲザルが孫悟空のモデルって言われているけど、俺としては俗説のキンシコウや、猿神のモデルのハヌマンラングールのほうがいいし。

 

 

 

 かりかりと頭をかいた猿の姿が、またポンと音を立てて、サイヤ人(連載初期)の姿に戻る。

 

 ……もしかしたら気に入ってるの、その姿?

 

「ひとつの願いに注文が多いな」

 

 注文っていうか、イメージと違いすぎたら文句のひとつやふたつくらい言いたくなっても、仕方がないじゃないか。

 

「人のイメージ次第でどんな姿にでもなる神さまが、俺のイメージする孫悟空が分からないなんて変だろ」

 

 

 

 変だろ、変だよな。

 

 

 

 釈迦如来像だって、イメージ通りと納得したわけじゃないけどな。

 

「……世界に孫悟空は無数に存在し、お前の中の孫悟空も数多く存在している」

 

 そう言ったサイヤ人の姿が曖昧にぼやけた。

 

 蜃気楼が幾重にも重なるように、いろんな姿に変わっていく。

 

 

 

 ああ、そうだよな。

 

 

 

 何度も読み返した小説だけじゃなく、たくさんの孫悟空が俺の中に存在している。

 

 子供の頃見た人形劇。

 

 ドラマやアニメの主人公たち。

 

 ああ、そういえばあの映画のキャラクターのモチーフも孫悟空だったけ。

 

 京劇や影絵。……見た覚えがあるような、ないような。

 

 俺が覚えていなかったものも、俺の中にはきちんと残っているらしい。

 

 万華鏡のように、陽炎のようにゆらゆらと揺れるイメージ。

 

「じゃあ」

 

 

 

 目指すはもちろん、いいとこ取りで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんななやりとりの後、なんとキンシコウをモデルに、動物系の悪魔の実に似た感じで、人型・人獣型・獣型になれるようにしてくれた。

 

 気前がいいな、お釈迦様。

 

 

 

 だから、今の俺は猿だ。

 

 

 

 ……あれだけ野生の猿はイヤだって言っていたのに何故かって?

 

 だって今の俺、生まれたてのすっぽんぽんよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、と。

 

 俺は禿山の上で周りをぐるりと見回した。

 

 

 

 どこだここ。

 

 

 

 ……とりあえず、山の名前は花果山でいいか?

 

 

 

 

 

 


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