商人いわく、鷹の目の持ち船は他所とはちょっと違うらしい。
うん。あの船が特殊じゃなくて一般的だと言われたほうが困る。
だいたい「ちょっと違う」なんて可愛らしいものじゃなくて「だいぶ違う」だろう、あれは。
どこが違うんだと聞かれたら、一から十まで全部と答えたくなるくらいに変なんだぞ、ミホーク――じゃない、ミホークの船。
原因は、船を手掛けた職人にある。
その職人は鬼才と呼ばれ、一度はその技術を認められたものの、異色すぎて海軍は採用を見送った。
非採用の理由は詳しく聞いてもちんぷんかんぷんで右から左に抜けていったけど、つまりは危険すぎて実用化されていないし、するつもりもないということは分かった。
その海軍非採用となった最新技術が余すことなく使われている船に乗っているミホークは、体のいい実験台っていうことなんだろう。
と思っていたら、俺の船も同じ職人の手で造られることになった。
え、俺も実験台?
そんな帆船ができあがり、注意事項を聞いた俺は急ぐ時ならともかく普段は普通の帆船として扱うことに決めた。
そうすれば、いきなり海の上で木っ端微塵になることはないだろう。
――多分。
さて、俺の船。
つまりは、俺の城。俺の国。
いえい。
これで一国一城の主だって粋がっても、クルーはこざるたちだけどなー。
つまり、ある意味全部俺。
ぼっちじゃんと言われても反論はできない。
でも、技術的には任せてくれ。
名うての海軍中将仕込みの元雑用だ。腕は確かだぜ!
この船の型はフリュートがベースになっていると聞いたけれど、改造されすぎていて原形を留めていない。
更に俺もいろいろと注文をつけたせいで、ますます原形から遠のいた。
一番の改造は倉庫。
ぎりぎりまで大きくしてもらった。
中身のほとんどが食料だから、食料庫と言うべきか。
それ以外のものは最低限の必需品しか積んでいないが、それでももちろんミホークの船よりは充実している。
冷蔵庫も大きい。
盗み食いするキャプテンなんていう不届き者はいないので、鍵付きではない。
倉庫を大きくしすぎたせいで、船室は小さいものをふたつしか作れなかった。
ユニットバスもぎりぎりまで小さい。
なにせ、俺が水嫌いだし。
湯船にゆっくり浸かりたいなんて、全く全然思わない。どうせならシャワーも遠慮したいほどだ。
しかし、シャワーいらないと主張したら、不衛生により発生する感染病の危険性と密閉された空間での感染拡大の怖さを、とくとくと説かれた。
実際大きな船団が全滅して今でもさ迷っているって話は、夜眠れなくなりそうなくらい怖かった。
なんてゾンビホラー。
ふたつの船室の内、ひとつはミホークが乗船した時に使う。
もうひとつは、小振りだけど機能は充実したキッチン。というか、俺の船室。
寝る時は海さえ荒れていなければ上甲板にハンモックを吊るしたり、メインマストに登ってそのまま寝たりするので、あまり船室をキッチン以外の目的で使うことはない。
いいもんだぜ青天井。
広大な海と壮大な空が夜はどこまでも深い青に沈んで、星の煌めきを見上げるとまるで宇宙を航海しているみたいな気分で眠ることができるんだ。
クルーのこざるたちはミホークの船室だろうが俺のハンモックだろうが冷蔵庫の上だろうがお構いなしで寝ている。
俺の船に海賊旗ははためいていない。
ミホークに旗はないのかと聞いたら「ない」と言われた。
じゃあ作っていいかと聞いたら「いらない」と言われた。
だからこの世界の海賊の定義ってば……。
船に魂あるんならきちんと名前を決めなくてはと思ったが、考えすぎて決まらず、決まるより先に『猿船』と呼ばれるようになった。
クルーがこざるたちだからその名前は確かにしっくりくるけど、船の妖精が出てきた時も猿の姿をしていそうだ。釈然とはしない。
そして俺の船が『猿船』と呼ばれる頃には、俺もまた『猿王』と呼ばれるようになっていた。
というわけで。
「宝払いでマイシップ造ったー」と海軍のおつるさんに見せにいったら、「あんたも一端の海賊だね」と呆れられました。(第弐拾壱回『商人と』参照)