猿王ゴクウ   作:雪月

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第弐拾五回 酒宴

 

 

 

 

 

 

 隣にはミホーク。

 

 目の前にあるのは鉄格子。

 

 ぐるりと周りを囲んでいるのは湿った洞窟の壁。

 

 手足に嵌められているのはごつごつとした岩の枷。

 

 更には太い鎖で雁字搦めにされて、冷たい床に転がって。

 

 足元ではこざるたちが5匹ほど団子状態で眠っている。

 

 

 

「なんで俺、つかまってんの」

 

 

 

 思わず、声に出た。

 

「お主も酒を飲んだろう」

 

 ミホークが簡単に答えた。

 

 俺は寝転がったまま目だけを動かして、隣に座るミホークの顔を見上げる。

 

 

 

 飲みましたよ。確かに飲みましたけどね。

 

 

 

 ごつごつとした岩崖に張り出した砦の屋上。

 

 剥き出しの岩肌に設けられた丸座。

 

 海賊たちの厳つい顔を照らす篝火。

 

 大皿からはみ出すくらいの巨魚の丸焼き、砕いた岩塩。

 

 そして、顔が隠れそうなほどの大きな杯。

 

 注がれた酒は随分と質が悪くて、何か混ぜ物がしてあっても気付かないだろう色と匂いだった。

 

 そんないかにも怪しそうな酒盛りに、とりあえずは理由も聞かずに喜々として参加した覚えは確かにある。

 

 だって、せっかくの酒だ。

 

 下手なこと聞いて楽しめなくなったら、もったいない。

 

 

 

「いや、そこじゃなくて。そもそも何でミホークはあいつらと酒盛りしてたのさ」

 

 

 

 海軍本部を追い出された俺が、金斗雲でひとっ飛びして見つけたのは、海に浮かぶ巨大な蟻塚のような島だった。

 

 ホールケーキをどこまでも高く重ねようとして途中で失敗して崩れたような丸ぼったいシルエット。

 

 斜面に散らばる穴は、まるで窓が並んでいるみたいだった。

 

 そんな島に猿船が停泊していたわけだが、こざるたちが留守番しているだけで船上にミホークの姿はなかった。

 

 船の甲板から島を見上げてみれば、ごつごつとした岩肌に砦みたいな建物が貼りついている。

 

 こうこうと篝火が焚かれているから寄っていったら、ミホークが見知らぬ海賊たちと宴会の真っ最中だったというわけだ。

 

 これで相手が見知った海賊であれば既にちゃんちゃんばらばらとひと暴れした後なのかと思うだけだが、そうではなくてどうにも雑魚雑魚した奴らだった。

 

 なにせ、ミホーク以外の人間の気配がしていたから大猿姿で現れた俺に、不安が入り混じるざわめきが押さえきれないくらいの雑魚なのだ。

 

 ミホークはそんな海賊に遠巻きにされながら、酒を飲んでいた。

 

「ゴクウか」

 

「うん。美味しい?」

 

「いや、不味いな」

 

 一番近く、ミホークの前に座っている大男がここのキャプテンかな?

 

 肩も首も太く盛り上がり、このごつごつとした島を根城にしているのが似つかわしい身体。かたい髭に覆われた厳つい顔の口端から顎にかけて引き攣れた傷が走る。

 

 手配書で見たことがある顔だ。

 

 しかしいっぱしの賞金首というには、杯を持つ手はかすかに震えていて、酒に口をつけた様子はない。

 

 青ざめた額とひっきりなしに拭われる汗。

 

 ミホークが杯を置いて俺を見ただけで、大きく揺れる肩。

 

 

 

 怯えが目に見えすぎなんだよな、まったく。

 

 

 

 何でミホークが暇潰しに壊滅していないのかと不思議に思いながら、海賊たちが慌てて追加した席に座す。

 

 そして次々と運ばれてくる酒をどれだけ飲んだのか。

 

 樽単位でみるみる消費されていく酒に、海賊の顔の傷がぴくぴくと痙攣していた。

 

 それが面白くてこざるたちも合流させて、全ての酒を飲み干した。

 

 流石に面白がりすぎたかも。

 

 酒にくらくら回る頭と千鳥足で、ミホークと共に客室へと案内されて、そのままベッドにダイブした。

 

 そして、気付いたらこの牢獄の中。

 

 

 

 ――という訳でもない。

 

 

 

 流石にこれだけ怪しいと、寝たふりのひとつもしますよ。

 

 だから、海賊がこそりと部屋の様子を伺っていたのも、手には物騒な刃物を持っていたのも、足音忍ばせて近付いたはいいが殺気に反応したミホークが、オートで抜刀し相手の武器をみじん切りにしたのも知っている。

 

 声なき悲鳴の大きさと無理だとキャプテンに懇願する必死さに、ベッドの中で笑いを噛み殺していた。

 

 それでもなんとか頑張って、彼らは俺たちの手足に海楼石の枷をはめ、太い鎖でぐるぐる巻きにし、この牢屋に閉じ込めることに成功したのだ。

 

 つまり、オートが発動しなくなった時点でミホークも起きていたんだろう。

 

 ミホークだってのりのりで捕まったってことだよな。

 

 

 

 なんでさ?

 

 

 

「ゴクウ、おぬしは海軍本部に行ったのではなかったのか」

 

 ない頭をひねっていたら、ミホークに問いかけられた。

 

 ああ、そうだった。

 

 ごろんごろんと転がって、鎖を鳴らしながら一回転する。

 

 これがなかなか気持ちいい。

 

 ツボ押し健康法みたいな。

 

「おつるさんが会議サボるなって、ミホーク呼んでる。行こう」

 

「代わりにおぬしが行けばよいではないか」

 

 いつもそうしているだろう、と言う。

 

 いつもっていつよ。

 

「だから俺が行ったら追い出されたの。要るのはミホークだって」

 

 ふんと鼻で笑われた。

 

 全く行く気ないな。

 

 それならそれでいいけどね。

 

「新しい七武海決めるって」

 

「誰でもよいだろう、そんなもの」

 

 そんなものってそんなものってそんなものって、ミホークも「そんなもの」の一人だからね一応。

 

 ごろんごろんと反対側に2回転ほど転がって、呆れた気分を表現してみる。

 

 ああっ、こざるたち。じゃれるな千切るな絡まるな。

 

「で、なんで捕まってるの。俺たち」

 

 改めて、訊く。

 

「刀狩りをしている海賊がいると聞いた」

 

 今度はきちんとした答えが返ってきた。

 

 刀狩りね。

 

 ジョン氏からの情報かな。

 

 海軍なら、七武海の会議を開くこのタイミングで情報を渡す愚は犯さないだろう。

 

「そういえばこの間シャンクスと遊んでいた時に、また剣が折れたんだっけ」

 

 二人がちゃんちゃんばらばらと遊び始めると、互いの剣がよく折れる。

 

 ああ、だからジョン氏が島に来たんだな。彼は欲しいものがある時には必ず島に来る。

 

 そして、剣が必要なら剣を。

 

 それなりの業物を手に入れてもなかなか長持ちしないのに業を煮やした剣豪には、海賊情報を。

 

 必要なものを必要な時に。

 

 それが商人、というかジョン・ドウ。

 

「この島は天然の迷宮となっているらしい。探すのも面倒だから案内させるつもりだったが、酒が出てきたので馳走になった」

 

「ふーん」

 

 俺はごろりと回転するのを止めて、上体を起こした。床に胡座をかく。

 

 じゃらりと千切れた鎖が音を立てて落ちた。

 

 ついでに、絡まったこざるたちも床に落ちる。

 

 残っているのは手枷足枷。

 

 随分とでかい海楼石。

 

 海に愛された悪魔の実の能力者なら身動ぎひとつできなくなるに違いない。

 

 しかし。

 

「俺、海楼石効かないけどな」

 

 悪魔の実は食べていないんだ残念なことに。

 

「解せぬのは、なぜオレにまで海楼石が使われているかだ」

 

 ミホークが不満げに言った。

 

「……ミホーク、能力者より異能だから」

 

 言い返しながら、手足の岩を砕く。

 

 

 

 さあて、宝探しと洒落込みましょうか。

 

 

 

 

 

 

 


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