猿王ゴクウ   作:雪月

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第弐拾六回 カタナかたなカタナ

 

 

 

 

 

 

 荒れ狂う高波。

 

 重くたれこめる雲。

 

 月はいつしかその姿を隠し、闇と不安と恐怖を紛らわすために焚かれた大量の篝火は、闇と不安と恐怖を深く彩る。

 

 吹きすさぶ風が無数に空いた虚を笛に嘆きの音楽を奏で、悲鳴と怒声に入り混じる。

 

 右往左往と逃げ惑う無頼どもの足音が、なんと心許ないことか。

 

 後ろを振り返っては怯えた顔で逃げ道を探す。

 

 逃げては行き場を失い、崩れ落ちた瓦礫に行く手をふさがれる。

 

 観念したかのように追っ手に向きなおり、己が武器を握りしめて立ち向かう者もいる。

 

 震える剣先を向ける相手はただひとりの剣士。

 

 つまり、現在ミホーク無双中。

 

 

 

 俺?

 

 

 

 俺は見つけたと思った宝箱がミミックで、只今別途戦闘中。

 

 ていうか、やばいよミミック。面白すぎ。

 

 連れて帰ってペットにしたい。

 

 乱暴にすると簡単に潰れそうだから、気をつけて気をつけて生け捕りにしようとしていたのに、けれど結局、ミホークが切り崩す砦の瓦礫に押し潰された。俺ごと。

 

 

 

 ……。

 

 

 

「うがーっ!」

 

 やけになって叫びながら、瓦礫の山を押しのけ立ち上がる。

 

 もちろんミミックは瓦礫の下で見るも無惨。

 

「ミホーク!」

 

「避けぬお主の怠慢だ」

 

 さらりと返事をした剣豪様は、とうとう海賊頭を追い詰めて俺の近くで足を止めていた。

 

 残り?

 

 ミミックと一緒で瓦礫の下だろ。

 

 

 

 

 

 

 ミホークに追い詰められた海賊は、あっさりと宝物庫に俺たちを案内した。

 

 砦の床から続く隠し階段から島の中の洞窟へと降りる。

 

 俺たちがいた牢屋も洞窟の一部が使われていたけど、この島全体が無数の洞窟でできている。

 

 海の下まで続く迷宮の表面のほんの一部を、ここの海賊たちは拝借していたらしい。

 

 案内されたところには、金銀で宝飾されたきらびやかな刀剣が陳列されていた。

 

 きらびやかだが、使えるのかこれ?

 

 ひとつを手に取ってしゃらんと抜き放つ。

 

 水晶のような薄い刃が煌めきを放つ。

 

「えい」

 

 軽い気持ちでその剣を、自分のもう片方の腕へと振り下ろした。

 

 パリン。

 

 簡単に折れた。

 

「ええええっ」

 

 刀狩りの海賊が悲痛な悲鳴を上げる。

 

「使えない」

 

 俺とミホークの声が重なる。

 

「いやいやいやいや。待ってくだせェよ。こういうお宝ってェのは、愛でるものであって使うものじゃァないんで」

 

 他の剣も全部試されたら敵わないと思ったのか、必死の形相で首と手を横に振る。

 

 愛でるとか似合わない顔の海賊頭は、宝剣というものは大体がどこぞの王族に代々伝えられて後生大事に飾られたり、よく分からん神事に使われたりするものであって、切った張ったに使われるものではないと主張した。

 

 つまり結局、使えない。

 

 俺たちというか、ミホークにはなんの価値もないということだ。

 

 しかし、あのジョン・ドウがそんななまくらをミホークに薦めるのか?

 

「他の刀はどこにあるの、おっさん」

 

 俺は折れた剣をぽいと捨て、歯茎を見せて笑う。

 

 大猿の威嚇に海賊は尻餅をつくと、傷跡を引きつらせて怯えた笑みを返した。

 

「こ、これで全部でさァ」

 

「本当のこと話さないと、そのヒゲ全部むしるよ」

 

「嘘なんかじゃ――!」

 

 チャリン、と。

 

 男が声を荒げた途端、ミホークの剣が喉仏を押した。

 

「ひ、ひい」

 

 情けない悲鳴を上げて、これ以上は下がれないのに、ずり上がるようにして背中を壁に押しつけ逃げる。

 

 その顔色は真っ青だ。

 

 俺はそれを更に追い詰めるように、目の前にしゃがみこんで顔を覗き込んだ。

 

「あんた、刀狩りなんだろう」

 

 なのに、刀がないだなんてと俺は首を捻る。

 

「ち、違いまさァ」

 

 怯えて震える声で答えが返った。

 

「へ?」

 

「いや、違わないっていやァ違わないんでやすが」

 

「どっちさ」

 

「確かに俺も『刀狩り』の旗を掲げていやすが、あんたがたがいう刀狩りは多分違うんじゃねェかと」

 

 おっとこれはびっくりだ。

 

「どういう意味だ」

 

「昔、この辺一帯を縄張りにしていた海賊がおりやして、そいつが『刀狩り』と呼ばれていたんでさァ」

 

 俺はその名前にあやかった、とひげづらは言う。

 

 宝剣大好きなこの海賊は、元々ここが刀狩りの海賊の根城だったことを知り、訪れたのはまだ半年も経たないくらい前なのだそうだ。

 

 島には既に砦もあり、ただ、誰も住まなくなって随分と経っているふうであったという。

 

 求める宝剣はなく、島は迷路で地図はない。

 

 だからといって諦めるには惜しく、彼もここを根城することに決めた。

 

 そして趣味の刀狩りをしつつ、島の探索を進めていたらしい。

 

「だって」

 

 どうするのよ?

 

 俺はしゃがんだまま、ミホークを仰ぎ見た。

 

「うむ」

 

 重々しい返事をしたミホークは、「ゴクウ。任せた」と事も無げに言った。

 

「ミホーク。あんた、今考えるのも面倒くさがっただろ」

 

 呆れて首を振り、やれやれと立ち上がる。

 

 横暴なキャプテンだな。

 

 

 

 でも、任されましょう?

 

 

 

 俺は毛を一掴み抜くと噛み砕き、ふうと息を大きく吹きかけた。

 

 その息よりも大量の風が、まるで風神さまの風袋から解き放たれたかのように躍り出る。

 

 そしてその風に乗って、無数の猿も躍り出た。

 

 手のりサイズのこざるたちが床を走り、あるいは壁を跳ね、あるいは金斗雲で宙を飛んで、宝物庫を出て行く。

 

 この島が無数の洞窟でできている天然の迷路だというなら、こういう宝探しはこざるたちに限る。

 

 なにせ、こざるずネットワークを利用すれば、マッピングはお手のもの。

 

 人海戦術ならぬ、猿海戦術ってね。

 

 あ、一緒にミミックも探してもらおう。

 

 

 

 走る、走る、走る。

 

 

 

 こざるたちは正に波のようなうねりをもって、洞窟を駆け回る。

 

 道が枝分かれすれば、そのうねりも枝分かれをし、余すところはない。

 

 そして突き当たりにぶつかれば、引き返してうねりの中へと戻る。

 

 どれだけ複雑に絡み合っていようとも、袋小路にはまって同じ場所をぐるぐると行きつ戻りつすることなんて――たまにあるけれど。

 

 ちょ、止めてくれよな。俺のバカさ加減が露呈するだろ、それ。

 

 

 

「あ、ミホーク。何かある」

 

 

 

 俺とこざるたちの意思の疎通は漠然としたものだ。

 

 どこに何があったと細かいところを言葉にして教えてもらえるわけじゃない。

 

 だから、面白いものを見つけたらそこに溜まっておけと命じてある。

 

 そうしてできたこざるだまりを順にミホークと回る。覗いてみれば、やはりまだ宝剣類が隠されていたり、ミミックじゃないけれど宝箱があったり。

 

 もしかしなくても、のんびり冒険したほうが面白かったのか、これ。

 

 残念。

 

 ちょっと後悔しながらも、ミホークと共に洞窟を先へ先へと進む。

 

 通路はずっと下り坂。

 

 ほとんど崖を滑り落ちるような傾斜の終わりが、水没した通路だった。

 

 

 

 こざるたちがすずなりになって、俺たちを待っている。

 

 

 

 なんだか好奇心で毛先がムズムズする。

 

 野生の勘?

 

 でもきっと間違っていない。

 

「ミホーク。この向こうだ」

 

 俺はきっぱりと言って、水面を指差した。

 

 ……水面?

 

 どこまでも深い深い透明。

 

「うわ」

 

 つい、思わず腰が引ける。

 

 しまった。ムズムズしたのは勘じゃなくて恐怖のほうか。

 

 俺は慌てて逃げようと、踵を返した。

 

 しかしミホークはそんな俺の襟首を捕まえると、水の中へとダイブした。

 

 

 

 こうなると思ったよ。とほほ。

 

 

 

 

 

 








ミミック。
陸ヤドカリの亜種。
タコが蛸壺代わりにしているものをミミックと呼ぶ地方もある。
打ち捨てられた宝箱を巣にするため、貴重な宝を抱えていることも。
どちらとも、人間サイズくらいなら簡単に補食する。

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