水路を越えた先で、船が一隻朽ちていた。
ランタンの灯が暗闇を照らし出す。
ゆらりゆらりと揺れる灯りの下、俺の目の前に広がっているのは鍾乳洞だ。
たぶん。
剣山のようにつらら石が下がり、無数の石柱が並ぶさまは確かに鍾乳洞なんだけれど、鍾乳洞という表現が本当に正しいのかは、ちょっと微妙。
なんというか、ファンタジーなゲームに出てくる天然水晶でできた地下神殿に似ている。
荘厳な雰囲気に飲み込まれそうな感じが、特に。
鍾乳石の色は金。
金属的な色合いではない。
まるで軍艦の片隅で密造されている、濁りのきつい蜂蜜酒に似た闇に沈む黄金色の輝き。
ガラスのような氷のような結晶のような鍾乳石は、澄みきっているのに奥を見透すことのできない不思議な透明感を持っていた。
その鍾乳石に、船の残骸が埋没している。
船の形として残っているのは、折れたマストと竜骨に貼りつく僅かばかりの船板。
転がる樽や、ランタン。
崩れた机。
唯一残った船室は船長室か。
金銀財宝が無造作に積まれている。
そしてそれを玉座に骸骨が、一振りの野太刀を抱きしめて座っていた。
更には彼の周りを守るかのように、無数の剣が鞘ごと宝の山に刺さっている。
まるで剣の墓。
「琥珀か?」
圧倒される光景に目を瞠る俺の隣で、ミホークが呟いた。
その肩に灯を入れたランタンを持つこざるが座り、俺たちを囲む洞窟を照らし出している。
琥珀ってあれだよな。恐竜の血を吸った蚊が閉じ込められていたやつ。
つまりこれぜんぶ宝石?
俺は興味津々で目の前にぶらさがる細いつららに手を伸ばす。
人差し指と親指で摘んで、パキリと手折ろうとした。
しかし力を込めた途端、あっさりと崩れて細かい結晶となり、ばらばらと落ちる。
えー。
「脆いな」
足元の砂を唖然と見下ろす俺を気にも止めず、ミホークは歩を進める。
そして、座す骸骨の前で足を止めた。
骸骨の抱えた刀の柄を握り、引き抜く。
ぱきぱきと、琥珀が剥がれ落ちていく。
その鞘のほとんども、共に崩れて落ちていく。
こうして引き抜かれた一振りは、黄金色の輝きの中で黒い光を弾いていた。
帰りはやはり、ミホークに首根っこを掴まれての強制水泳になった。
船があったってことは、あそこはきっと海賊の隠し港だったと思うんだ。
その入り口がどういう理由で潰れたのかは知らないけれど、海は近い。
ミホークが壁面をちゃっちゃと切り崩してくれたらいいんじゃないかと、俺は主張したが認められなかった。
用は終わったとばかりの速やかな撤収だった。
持ち帰った刀は直ぐに研ぎに出されることとなった。
長らく放置されていた割にはほんの少しの手入れで大丈夫だろうと、俺たちの帰りを待ち構えていた商人は言った。
ただ、鞘や柄はまったくの作り直しとなるそうである。
「初期装備ひのきのぼうに見えて実は仕込み刀とか、鮫の革を柄に巻いただけのむき身の剣とか」
「失礼ながら、ゴクウ様。王下七武海の一角を担う故の品格も求められるものでございます。それに最近のミホーク様のお召し物の傾向から申しますといささか不釣合いかと」
俺が剣の拵えについて相談する相手はジョン・ドウだ。まかり間違ってもミホークではない。
「その落差がインパクトあって面白いだろ」
言いながら、我関せずでソファに座って酒を飲んでいるミホークを見やる。
袖付のベストには贅沢に刺繍が施され、襟や袖口は幅広のレース。
そのまま、舞踏会に行けそうな豪華さである。
「服を仕立てているのはお主らだろう」
俺たちの視線に気づいたミホークが「これはオレの趣味じゃない」と口を挟んだ。
そうなんだけどね。
「ミホークに任せると真っ黒じゃん」
どうせ何がいいか聞いても、なんでもいいと言うくせに。
まあ、最近調子に乗りすぎてどこの舞台衣装かって感じになっているのは否めないけれど。
「じゃあ、そろそろ路線変更して海賊らしさでも求めてみる?」
「コートですかな」
「コートか」
「あーそうなんだー」
おっと思わず棒読みに。
でも確かにそうかもなと、七武海の面々他見慣れた海賊たちを思い出す。
「では、何着か仕立ててまいりましょう。剣の装飾はいかがいたしますか」
「任せた」
ミホークが簡単に答えて、そうなった。
せっかく見栄えがする野太刀。
その上ミホークが持つのだ。
「派手によろしく」
地味にして堪るものかと俺は笑ってそう言った。
蟻塚の島。
元は緑豊かな島だったが、蟻タイプの巨大昆虫が襲来。
全てを食べつくし、蟻塚を築く。共食いの末、女王蟻のみが生き残り、彼女が飛び立った後は、生きるもののいない不毛の島となった。
長い年月をかけ大地に染みこんだ水に蟻塚の成分が溶け、地下に鍾乳洞ができた。
つまりは琥珀というよりも蜜蝋に近い。とある病の特効薬になる。