猿王ゴクウ   作:雪月

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第弐拾八回 大人の事情と握りこぶし

 

 

 

 

 

 

 新七武海決定の第一報が海を駆け抜けた頃、俺は海軍本部に顔を出した。

 

 新しい七武海として名乗りを上げたのは、ボア・ハンコック。

 

 

 

 うわ、残念。ハートマークのメロメロリンを見損ねたか。

 

 

 

 ミホークいなくても、会議の間に顔を出していれば会えたのかな。

 

 いや、今回あのピンク色の鳥に会うのはヤバいから、会議期間中に近寄る気はなかったんだけれど。

 

 それにハンコックは一度も顔を出さないで七武海になったんだっけ?

 

 なんにしろ、会えなくて残念残念。

 

 

 

 大猿の姿で手土産担いで、ほてほてと廊下を歩く。

 

 

 

 おつるさんの執務室に顔を出したら、不在だった。

 

 会議中だからと言うのでしばらく待とうかそれとも帰ろうかと思ったけれど、部下の人はなんだか慌てた様子で「会議はそろそろ終わるから」と言い、結局俺はそのまま会議室へと向かうことになった。

 

 珍しい。

 

 だって俺、海軍じゃないもん。

 

 部外者過ぎて、会議室に限らず入ってはいけない場所は多い。

 

 だから今も一人ではなく、おつるさんの部下に案内されての道行きだ。

 

 あそこがそうだよと指し示された会議室の扉を見やると、丁度終わったのかぞろぞろと将校たちが出てくるところだった。

 

「やあ、ゴクウ」

 

「久しいな」

 

 幾人かの顔見知りが声を掛けてくれたので、俺も「久しぶり~」と挨拶を返す。

 

 すれ違う彼らは、ほっと安堵したような息を吐いて、足を止めることなく去っていった。

 

 思わず振り返り、正義が翻るコートを見送る。

 

 

 

 なんだ今の?

 

 

 

 会議室に入ると、おつるさんと一緒にセンゴクのじいさんがいた。

 

「ゴクウ。よくきた」

 

 煎餅があるからここに座って食べていけと、センゴクのじいさんは急須から熱々のお茶を注いで、自分の席のすぐそばに湯呑みを置いた。

 

 ちなみに、最初「センゴクさん」と呼んでいたが、「なんでガープはじいさんと呼ぶのに俺のことは呼ばんのだ」と駄々をこねたので、今ではじいさん呼ばわりだ。

 

 孫可愛がりされている代わり、人型になるように言われるけど。

 

 じゃあとおつるさんを「おつるばあちゃん」と呼んだら、怖かった。マジで怖かった。女って怖い。

 

 そんなおつるさんも、部屋が狭苦しいから大猿になるなとか言う。

 

 だからまあ、なんだかんだで。実は俺がろくに成長しないお子様だと知っている相手っていうのは案外いる。

 

 そういう人たちが俺を気味悪がったということもない。

 

 つまるところ、ちびっこなのを一番気にしているのは俺なのだ。

 

 俺が小さいままでも気にしない人が多いっていうのは分かっても、それができない。

 

 服着た熊なんかが能力者でもないのにいるし普通に買い物してるし、悪魔の実の能力者だったらもっとなんでもありだしと、俺が子供のまま海軍本部に出入りしていようが大猿の姿で街を闊歩しようが、驚かれない世界であるのになあ。

 

「ありがとう。これ、お土産」

 

 俺は背負っていた荷物を下ろして机に置いた。

 

 ガシャガシャとにぎやかな音を立てたのは、幾振りかの宝剣。

 

 いつもなら、ミホークの暴れた後始末は海軍に任せっぱなしなんだけど、今回はおつるさんのところに報告に来るつもりがあったから、これを手土産がわりに持ってきたのだ。

 

 それに由緒正しい宝刀に返すべきところがあるなら、こつこつと出所を調べるとか、わざわざ返しに行くとか、着服して裏に流すとか、そんな面倒ごとは海軍に押し付けるに限る。

 

 残り?

 

 その辺は賞金首も合わせて、結局海軍に丸投げだけどさ。

 

 おつるさんはドアのところで立ち番していた海兵に命じて、俺の土産を持って退出させた。

 

 センゴクのじいさんが戻ってこなくていいとか言って、追い出された海兵たちもなんだか心得たような顔で出ていった。

 

 

 

 あれ?俺ってなんだか飛んで火に入る夏の虫?

 

 

 

 人型になって、勧められた椅子にちょんと座る。

 

 うーん、湯飲みが遠い。

 

「鷹の目はどうしたんだい」

 

「帰った」

 

 湯呑みを引き寄せながら、おつるさんの聞くまでもないような質問に答える。

 

 二人だって答えは分かっているだろう。

 

 ただ、呆れた息を小さく吐くだけだ。

 

 ずずっとお茶をすすって、今度は煎餅に手を伸ばす。

 

「ゴクウ」

 

 しばらく煎餅をかじる音ばかりが響いた後、やっとセンゴクのじいさんが口火を切った。

 

「なに?」

 

「シャボンディ諸島で猿が繁殖している」

 

 睨みつける勢いの厳しい顔で言った。

 

 あーうん。

 

 もちろん知ってる。

 

「でも、将校クラスまで出して大々的に駆除したんじゃなかったっけ?」

 

「小賢しい猿どもが。討ちもらしがあったのだろう。また異常に増えている」

 

「あまりにも悪さをするんでね。困っているんだよ」

 

 センゴクのじいさんに続いて、おつるさんも厳しい表情で言った。

 

 

 

 さて、察しはついたと思うけれど、その小賢しい猿どもっていうのはこざるたちのことだ。

 

 

 

 俺がシャボンディ諸島に遊びに行くことは多い。

 

 マリンフォードに来たついでに寄ったりもするしな。

 

 だからといって、俺の船からこざるたちが逃げ出したというわけではない。

 

 更にそれが鼠算で繁殖しているという事実もない。

 

 というか、あいつらには繁殖能力がない。

 

 だって分身の術だぞ俺のイメージ式神だぞ。そんなものがあるはずがないって。

 

 じゃあどうして繁殖していることになっているかというと、シャボンディ諸島で遊んでいく度に、いつもこざるたちを増やして置いていくからだ。

 

 

 

 そんなことになった元々の発端は、話せばもう5年以上も前に遡る。

 

 

 

 その日、ひょいと寄ったシャボンディはいつもと違い、どこか様子が変だった。

 

 なんでだろうと不思議に思っていたら、いたのだ。

 

 

 

 天竜人が。

 

 

 

 世界政府の役人を付き従えて、海軍将校を護衛にして。誰も彼もが怯えていた。

 

 俺としてはあのふざけた支配階級に関わるつもりはまったくなかったさ。

 

 けれど、彼らが下賎の民と蔑む、なんでもない普通の人が鞭打たれていた。

 

 顔見知りの将校が歯を食い縛り、拳を白くして耐えていた。

 

 そんな様を見せられるのは気に食わない。

 

 だから、ちょっとこざるたちを暴走させてみた。

 

 もちろん慌てふためいた天竜人は、それに激怒した。

 

 そして海軍将校たちに退治を命じた。

 

 あっさり退治されたというか、斬られて撃たれて何匹かは猿毛に戻ったが、残りはがんばって死屍累々と屍を晒した。

 

 その後、この無様はなんだという叱責に、その場にいた海軍が「観光客の逃がした猿が繁殖して野生化した」と言い訳してたから、その言い訳に乗るようにこざるたちをシャボンディに残すようになった。

 

 

 

 嘘が誠ってね。

 

 

 

 猿を見たら即座に退治せよって話になって近付く全てを撃たれるけれど、海軍将校だって、目の前で人が殺されるの見るよりサルを撃ち殺すほうがマシだろうし、それで天竜人の気がすむなら万々歳だ。

 

 シャボンディ諸島に置いているこざるたちは一応のごまかしのために赤毛だが、顔見知りの奴らなら、それでもどこぞの船でよく見かける猿と同じだって分かるだろう。

 

 更に詳しければ、ホントは生きてない猿だってことも知っているはずだ。

 

 大波被る度に補充しなければならないこざるたちだ。

 

 隠すつもりがあってもなくても、バレて当然であると思っている。

 

 そうであれば、罪悪感は一気に減ってマッチポンプな茶番劇だ。

 

 

 

 しかし相手が天竜人である以上、何を言い出すか分からない。

 

 

 

 全てを焼き払えって言われても困るから、定期的に駆除され、世界政府の黒服の前にこざるたちの屍が山積みされる。

 

 ついこの間も行われたこの作戦は、ああそうか、また天竜人がシャボンディ諸島に来るからだったのか。

 

 

 

「じゃあ、シャボンディに遊びにいったら、俺、ついでに猿を“減らす”の手伝うよ」

 

 

 

 よっと椅子から下りながら俺がそう言うと、二人は安堵の息を吐いた。

 

 廊下で擦れ違った将校ほどあからさまではないけれど、厳しい表情も少し緩んだようだ。

 

「頼んだよ」

 

 頼まれましたよ。

 

 さて、じゃあちょっと寄り道してシャボンディ諸島で遊ぶついでに、こざるたちを“増やす”としますか。

 

 

 

 

 

 


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