猿王ゴクウ   作:雪月

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第弐拾九回 鰐とは案外仲良しです

 

 

 

 

 

 

「そうだ、ゴクウ。ドフラミンゴが探していたぞ」

 

 会議室を出ようとドアノブに手を伸ばす俺の背中に声が掛かった。

 

 思わず、足が止まる。

 

「え、帰ってないの」

 

 天竜人が来るから長期滞在中なのか?

 

 会議の参加率もサー・クロコダイルに続いて高いドフラミンゴは、人間屋――建前的には就職斡旋所――の都合もあり、海軍本部にいることが多い。

 

 あそこの取り扱いは、これまた建前的に犯罪者(及び未加盟所属)だからな。

 

 その引き渡しも必要だし、職業の斡旋先であるところの天竜人来訪の情報の仕入れも必要になる。

 

 そんな、人間屋に急いで商品を仕入れる必要ができて忙しいのだろうドフラミンゴが俺を探している理由には、こころあたりがある。

 

「じゃあ、俺急ぐから」

 

 俺は会議室を突っ切って窓の桟に足をかけた。

 

 さっきまで厳しい顔していたくせに、によによと笑ってないかおいこらそこの二人。

 

 ていと窓から飛び出しトンボをきって大猿に転じると、船が止まる桟橋へと一目散。

 

 海軍としては、ひょいひょい空を飛んで出入りする部外者なんていうものを歓迎できるはずがない。

 

 砲撃されるだけならまだしも、ガープのじいさんが面白がって一緒に砲丸投げて来るから、あまり金斗雲は使わないようにしてたんだけど。

 

 でも、これは緊急事態だから許されるはず。

 

 というか。

 

 ガープのじいさんみたいな理屈が通じないタイプは、今この辺の海域からは遠退けられているんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 猿船の甲板に降り立ち、さあ急いで帆を上げようとこざるたちに号令をかけた直後、俺は襟首をぐいと後ろに引かれた。

 

「ぐえっ」

 

 すごい圧力が首にかかり、絞められたニワトリさながらの末声が出る。

 

 そのまま後ろに引き倒されそうになったので、人型に転じて引き手から逃れながら飛び退き、距離を取って振り向いた。

 

「あ、ワニだ」

 

「ワニとはなんだ。この小猿」

 

 見上げた先に逆光背負って立っていたのは、サー・クロコダイル。

 

 優等生のふりしているクロコダイルは、海軍の呼び出しにもいちいち応じるし、会議にだってきちんと参加する。

 

 だからマリンフォードにいることには不思議はないけれど。

 

「会議終わったのに、まだ帰ってなかったんだ?」

 

「ああ。どこぞの剣術バカが迎えの船を沈めて足止めだ」

 

 こちらを見やるクロコダイルの視線が冷たい。

 

 ミホークか。ミホークだな。他にもそんな剣術バカがいたら、そのほうがびっくりだ。

 

「……。シャボンディに寄ってもいいなら、送っていくけど」

 

 

 

 

 

 

 鰐をゲストに迎え、出港した猿船も外海に出た。

 

 丁度お腹も空いたことだしランチにしようと、クロコダイルも誘う。

 

 だからって、そんなにたいしたもてなしができる訳じゃない。

 

 昨日の晩ご飯の残りのシチューがメインだ。

 

 けれど、新鮮な野菜と柔らかいパンは船で給されるにしては贅沢だろう。

 

 そしてクロコダイルは俺の下手な手料理でも怒ったことがない。

 

 クロコダイルって何をしてもやたら偉そうだから、ブルジョアっぽく贅沢なものばかりを選ぶイメージがあるんだけどな。

 

 食事も終われば、こざるたちがチーズとナッツ、ドライフルーツを盛った皿を運んでき、飲んでいる酒も度がきついものへと移行していく。

 

「まったく。あれはどうにかならねえのか」

 

 時間を無駄にすることが許せないんだろう。今回、足を斬られたクロコダイルは随分とご立腹だ。

 

「ミホークが退屈しのぎに喜びそうな、オモシロ剣士でも乗せていたんじゃないの」

 

 クロコダイルの下なら例え表向き用の真っ当なカンパニーだとしても、イロモノ集団バロックワークスのような変り種がごろごろしているだろう。

 

 ぎろりと睨まれた。

 

「飼い主が飼い主なら、小猿も小猿だ」

 

「え。なんで俺まで引き合い?」

 

「阿呆鳥の商品を駄目にしたそうだな」

 

「あー」

 

 相変わらずの情報収集力ですこと。

 

「でも、俺が見た船は商品積んだ船じゃなくて、普通の人さらった海賊船だった」

 

「その言い訳が通じないと思っているから、逃げているんだろう?」

 

 そのとおりです。

 

 

 

 王下七武海同士の争い事はご法度である。

 

 

 

 そりゃあ、世界政府としてはせっかく抱え込んだ抑止力が潰し合ったらたまらないのだから、禁止するに決まっている。

 

 部下同士の争いだってダメだし、子飼いの海賊に手を出さないのも暗黙の了解の内だ。

 

 バレなきゃいいって面もあるけど、バレても気にしないというか隠そうともしないのが、王下七武海のひとり、鷹の目のミホーク。

 

 ちゃっかりそれにならう、ミホーク海賊団(自称)の俺。

 

「飼い主共々見境がないとはタチが悪い」

 

 クロコダイルの文句は尽きないらしい。

 

 まさかこれ、ずっとループし続けないだろうな。

 

「いっそのことさ」と提案してみる。「斬れない素材の船造れば?」

 

 こんにゃくとか。

 

「面白がって追いかけ回されるだけだ」

 

 え。

 

「やったんだ」

 

「海軍がな」

 

 鷹の目に限らずとも、斬れない素材が開発できれば大きな益になると踏んだのだろう、とクロコダイルは言う。

 

 

 

「ミホークさ」

 

 

 

 俺はクロコダイルのジョッキに酒を注ぎながら、神妙な顔を作った。

 

「今度、新しい刀を手に入れたんだ」

 

 クロコダイルの微妙な顔はみものだった。

 

 見えた未来は言わずもがな。

 

 しばらくの間、海軍海賊の区別なく被害を被るだろう。

 

 

 

 ご愁傷さま。

 

 

 

 

 

 


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