猿王ゴクウ   作:雪月

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第参拾壱回 棍

 

 

 

 

 

 

 町を襲う海賊、町を守る軍人、そして海賊に抵抗する町の人。

 

 今の物騒な世の中で、寸鉄帯びずに暮らしていくのは難しい。

 

 磨きあげられた大業物から台所の包丁まで、戦うために武器を持つ。

 

 しかし、刃物を振り回す海賊を指差して、あれは剣士かと問えば、誰もが否と答えるこの不思議。

 

 その違いがどこにあるというのだろう。

 

 

 

 剣士は、剣と対話する。

 

 

 

 一方的にねじ伏せてただ強引に斬るだけでは、そこに技はない。

 

 剣の心を読み剣と一心同体になってこそ、斬りたいものだけを斬る剛柔合わせた技となる。

 

 ミホークはそう答えた。

 

 剣士ってやつは皆そうなのかな。

 

 でも、剣と話せて初めて剣士を名乗れるのなら、剣士(自称)ばかりが殆どじゃないだろうか。

 

 剣士って、狭き門でエリートな上位職だったんだな。

 

 俺は、剣士にはなれない。

 

 合う合わないの問題でもない。

 

 だって、考えてみろよ。

 

 人斬りながら刃物と対話とか意志疎通とか、なんだよそれと思うだろ。

 

 刀は友だち怖くはないよとか、無理無理。

 

 逆に怖いよ、話す刀。青春語り合っちゃったらどうするんだよ。

 

 

 

 そんなエリート(奇人変人)の頂点に立つ男が、鷹の目のミホーク。

 

 

 

 あーうんごめん。

 

 今すごく納得した。

 

 もとい。ミホークは、件の黒刀とどのような会話を交わしたのか。

 

 使い勝手の悪いあの大剣をあっという間にものにして、やすやすと振るう。

 

 そして、俺の棍をすぱすぱと切り刻む。

 

 

 

 ……やってらんないよな。

 

 

 

 そんな嘆息的気分を振り払うように、俺は鍛練場で棍を振っていた。

 

 遠泳に行ったミホークとの合流待ちである。

 

 俺があの鍛練に付き合うことは、絶対にない。

 

 ないったら、ない。

 

 その間、棒術の型を繰り返して待つ。

 

 俺は自分の棍と会話する趣味はないから、ここはひとつと黒刀と同じ素材で新調してみた棍に慣れるため、ただひたすら型を繰り返すばかりだ。

 

 三本の黒鋼の棍を、両の端の石突きに並んだ金環が一本に束ねている。

 

 金環は止め金としての役割だけでなく、束ねを外して使えば三本の棍を繋ぐ鎖になる。

 

 

 

 ただの棍ではなく、折り畳み式の三節棍。

 

 

 

 一本の矢は折れても三本の矢は折れないという故事に習ったものではなく、長さの問題でこうなった。

 

 人型に合わせた武器は獣型には短すぎ、獣型に合わせた武器は長すぎて人型の時に持て余す。

 

 ミホークと出会った時、俺は獣型になるとミホークと同じくらいの身長だった。

 

 けれど今は、彼のつむじを見下ろすことができる。

 

 多分、2メートル半くらいには伸びただろう。

 

 しかしこれが人型になると涙がちょちょぎれることに、伸びた身長は精々握りこぶし程度。

 

 獣型の半分もなく、その落差は激しい。

 

 だからこその三節棍。

 

 折り畳んで棍として使えば人型でも使え、三節棍として使えば獣型に合う長さとなる。

 

 しかしこれがベストというわけではなく、どちらかというと苦肉の策。

 

 重さは十分だが、太さは合わない。

 

 長さも結局、人獣型になった時には帯に短し襷に長しという言葉通りの中途半端さである。

 

 

 

 ホントは如意棒が欲しい。

 

 

 

 長い太いが自由自在な如意金箍棒なら、こんな苦労はしなくていい。

 

 ただ、あれってもともと竜宮にあった海の重りだったか測量計だったかを、孫悟空が強奪したものなんだよな。

 

 つまり探すとしたら魚人島の宝物庫の線が一番濃厚で、そうじゃなくても海の底のどこかにあるのだろう。

 

 考えただけで、ぞわりと首の後ろの毛が逆立つ。

 

 

 

 ううっ、急に持病の「海の底に潜ってはいけない病」が。

 

 

 

 無い物ねだりをしても仕方がないから、今はこの新しい棍の鍛練に励むばかりだ。

 

 とりあえず、あっという間にミホークに輪切りにされる心配はいらない強度になったのだから、打ち合うに不足はない。

 

 まあ、ミホークの場合は剣気というか衝撃波がバンバン飛んでくるから、接近戦に持ち込むまでが大変だったりするんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 しかし、俺のやる気はあっさりくじかれた。

 

 現れたミホークは「行くぞ」と一言告げたきり、どこにさと聞いても答えてくれず。

 

 たどり着いたのは、とある諸島。

 

 グランドラインの入口近くに位置しているけれど、最初の選択肢である7つの航路からは外れているため、ログポースを頼りに辿りつく船はない。

 

 そんな辺鄙な海域だから、ほとんどの島民が外から訪れる人に会うこともなく、また、外に憧れて島から出ていくことも少ない。

 

 今が海賊の時代であることすら知らないかもしれない。

 

 そんな穏やかな人々が住まう穏やかなこの諸島を、俺は知っていた。

 

 指針に頼ることなく好奇心のまま海を渡る海賊が気ままな航海の途中に見つけ、それから時折、羽を伸ばすために逗留するようになった。

 

 とても気持ちがいいところだからと誘われて、俺も何度か訪れた。

 

 だから諸島の外れにある珊瑚礁にその船が停泊しているのを見た時、ああやっぱりと思ったのだ。

 

 掲げられた海賊旗に描かれているのは、ぶっ違いの剣と3本の傷が刻まれた髑髏。

 

 表すは、赤髪の海賊。

 

 ミホークはシャンクスと戦いに来たのかと、俺は納得した。

 

 前回の勝負は互いの剣が折れて引き分けに終わった。

 

 あれが相当消化不良だったに違いない。

 

 早速リベンジというわけだ、と。

 

 

 

 

 

 

 けれど上陸した俺達を出迎えた赤髪の海賊は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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