海賊の隠れ島。
のんびり過ごすためのこの島で、海賊たちは自生の草木で作ったらしきビーチチェアを並べて、骨付き肉やら酒瓶などを抱えてだらだらと過ごしている。
けれど空気はのんびりしたものからほど遠く、逆にぴりぴりと張り詰めていた。
正にバトル開始5秒前。コインの落ちる音ひとつで弾けるだろう雰囲気だ。
それもそのはず。
赤髪海賊団の皆が、既知の俺たちにすら警戒するのも分かるんだ。
手負いの獣が傷を癒すためにその身を休めながら、手負いであるからこそ敵を怖れて警戒を怠らない。
今の彼らの状態はまさにそれ。
なにせミホークと俺の前に立ち、にこやかな笑顔で「よう」と片腕上げて出迎えたシャンクスの、反対側の左腕は存在していないのだから。
ぞんざいに羽織ったシャツの下から見える上半身は、包帯でぐるぐる巻きだ。
巻かれた包帯は血の汚れが目立ち、出血が酷かったのだろう様を窺わせる。
「シャンクス、腕は?」
「おう。くれてやった」
俺の問いに返る答えは、軽い。
ミホークの目がすっと眇められたのは分かったが、俺はそれどころじゃないくらい気が動転していた。
もちろん、起こると知っていた事態だ。
物語の根底の名シーン。
でも目の前に持ってこられたら、そんなことは関係ない。
「お、俺、桃とってくる」
慌てて空を蹴って駆け出そうとして、ミホークに襟首を掴まれる。
足ばかりが先に行こうと空回りした。
「……いかにあの実でも、腕は生えまい」
ミホークの言葉にシャンクスはおっという顔をした。
「じゃあ、あの時の仙桃はゴクウがくれたのか?」
ちょいちょいと目の上の三本傷を指す。
「へ?」
ミホークの腕にぶら下げられたまま、俺はシャンクスを見返した。
「毒が塗られていたから大変だったんだ。ありがとうよ」
ぐしぐしと頭を手荒く撫でられた。
「ああ。あの時は覚悟したな」
シャンクスの後ろで咥え煙草の口元をきつく縛ったまま立っていたベックマンが、口を開いた。
なんでも、何日も高熱が続いたのちに死に至る、相手を長く苦しめることを目的とした嫌な毒を使われたらしい。
「しかしあれが伝説通りの果実なら、2つも食べるもんじゃない」
俺は視線から逃れるように後ろのミホークを見遣る。
ミホークも目を逸らした。
実はミホークが怪我をした時にも大騒ぎしたからな、俺。
そんなこんなで挨拶を交わした後、俺たちは場所を移した。
支柱を立ててバナナの葉で屋根を葺いただけの、南国らしき簡単な小屋に案内される。
バナナあるんだ。
俺の気が逸れた。
それを見てとったシャンクスが、ヤソップにバナナシェイクを頼んでくれた。
もちろん、ミホークの前に置かれたのは、シェイクではなく酒。
シャンクスも酒びんに手を伸ばして、けれどヤソップに取り上げられた後は大人しくシェイクを飲んでいる。
腰を落ち着けた俺たちに、ベックマンが事の経緯を説明した。
「ま、ルフィの未来の対価だ。安いものさ」
一通りの話が終わってシャンクスは、やはりあっけらかんと笑う。
ぎんとした鋭さでミホークがシャンクスを睨み付けた。
その上、座ったままではあるけれど、黒刀をシャンクスの首もとに突きつけた。
止めてくれ。せっかくの空気がまた凍る。
「赤髪、腕をくれてやったというのは謀ってのことか」
ミホークは硬い声でシャンクスに問う。
「貴様ほどの男がむざむざ魚ごときにそのざまとは解せぬわ」
「あー、副長たちにも散々叱られているから勘弁してくれ」
緊迫した空気を軽く受け流し、シャンクスは赤い髪をがしがしと掻くと、ミホークの剣を手のひらで横に退けた。
ああそうか。麦わら帽子もないんだ。
その赤を見ていたら、フルーツ盛りを持ってきたルウが、シャンクスの頭の上に南国の花で飾られたシュロの帽子を載せた。
「そうそう。直ぐに腹かっさばいて腕を取り戻してりゃ、繋げられる名医も能力者もいるんだから」
ルフィ宥めてる場合かってなあと文句をつけつつも、俺にはマンゴーのような果実を渡してくれる。
マンゴーは剥いてみるとバナナだった。何を言っているか分からないと思うが、美味しかった。
「うわっ、なんだよこれ」
ルウに載せられた帽子を手にとって、シャンクスが面白そうに笑う。
能力者か。
それなら、自前じゃなくて他人の腕でもくっつけられる能力あるよな確か。
「シャンクス、鉤爪とかはつけるんだ?」
マンゴーもどきなバナナをぺろりと食べて、聞いてみた。
「うーん。ありゃあ、もう少し先まで残っていないとなあ」
「じゃあ、ランスみたいなごついのつけて、ぶんて振り回すとか」
ドリルというロマンも捨てがたい。
「お、いいなそれ」
シャンクスは俺の言葉に目を輝かせ、ベックマンは反対に渋い顔をした。
「ゴクウ、お頭は冗談を本気でやる」
「この上更にそんな無様を見せてみろ。肩ごと切り落としてくれる」
ミホークの方がよっぽど本気でやると思う。
おお怖い怖いと肩をすくめた赤髪の海賊は、けれどずっと笑っていた。