猿王ゴクウ   作:雪月

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第参拾参回 退屈の虫

 

 

 

 

 

 

 その後はごく当たり前のように宴会に突入した。

 

 

 

 浜に大きく火が焚かれ、時折誰かが純度の高い酒を投げ込んでは炎が高く燃え上がる。

 

 周りではしゃぐ海賊どもは、適当にぶつ切りにされた食材をこれまた適当に木串に刺して焼いている。

 

 火力が強すぎて焼き加減まで適当だ。

 

 焦げたところを齧って、焼けていなければまた火に串を差し伸べて焼く。

 

 木串の方が先に焼けてしまい、具材が炎の中に落ちては落胆の罵声を吐き出し、周りが間抜けだと囃し立てる。

 

 食材のメインはもちろん魚。

 

 日がな1日、暇にあかせて釣糸を垂れ続けた戦果は随分と多い。

 

 大小さまざま色とりどりで目を賑やかす。

 

 なにせ、珊瑚礁に棲む魚はいつもデンジャラスだ。

 

 青と緑のストライプ柄なら可愛いほうで、紫に黄色の水玉模様の魚まで並んでいる。

 

 更には角があったり牙があったり、剣のように鋭いエリマキがあったり……魚かこれ?

 

 もちろん肉も並んでいるし、パパイヤなどの果実もある。

 

 

 

 ――野菜はどうした。

 

 

 

 賑やかな笑い声とジョッキが、何度も高く掲げられる。

 

 シャンクスはバナナシェイクに飽きたらしく、いつのまにやら酒を飲んでいた。

 

 俺も焼きバナナをツマミにお相伴に預かった。

 

 そして、ベックマンに二人並んで怒られた。

 

 なんで俺も一緒に怒られるんだと反論を試みたが、怪我人に酒を飲ますな一緒に飲むなと反論を封じられた。

 

 酒を取り上げられて暇になったシャンクスは、もくもくと酒を消費していたミホークに絡み始めた。

 

 流石に今日は無茶をしないだろうと楽観視していたら、子供の喧嘩のようなバカバカしいやりとりの後、いつのまにやら二人とも剣を抜いていた。

 

 

 

 そうなると誰に止められない。

 

 

 

 止められないというか、止めるのもバカバカしいというか。

 

 元々、二人が暴れはじめたところで止める顔ぶれでない。

 

 けれどそうはいっても今回ばかりは例外かと赤髪海賊団の面々の様子を伺ったら、呆れ半分の苦笑でジョッキを傾けていた。

 

 酒を飲むのは止めていたベックマンですら、諦めたように紫煙を溜息と一緒に吐き出しただけだ。

 

 大人しく養生しろと言ったところで、シャンクスの退屈の虫がそんなに長いこと静かにしているはずがない。そろそろ我慢の限界だと、誰もが思っていたらしい。

 

「3日持たないと思ったんだが」

 

「いやいや。俺はあのお頭がベッドに寝ているのは1日が限度だと」

 

「思ったより長かったよなあ」

 

「せめて、あと少し。明日の朝まで大人しくしていてくれたら」

 

「ちくしょう。これですっからかんだ」

 

 

 

 賭けてたのかよ。

 

 

 

 二人が丁々発止とやりあっているのを放っておいたら、シャンクスの傷が開いて包帯が新しい赤色で彩られ、でかい雷つきのドクターストップと相成った。

 

 船医に怒鳴られているシャンクスの姿にミホークは「興が醒めた」とひとつ鼻を鳴らし、またもくもくと酒を消費し始めた。

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝。

 

 醒めた興はどこへやら、二日酔いで唸る者や迎え酒を煽る者たちを余所に、ミホークがシャンクスに奇襲をかけた。

 

 シャンクスも、それを笑って受けて立つ。

 

 朝から元気だなあと呆れるが、それからも二人は寄ると触ると仲良く喧嘩していた。

 

 ミホークがいきなり斬りかかったかと思えば、シャンクスがからかい巫山戯て子供のような悪戯を仕掛ける。

 

 ただ、やはり万全には遠いシャンクスの身体への負担は大きく、夜になると熱を出しているようだ。

 

 養生するためにこの島に来ただろうに、あれでは治りが遅くなるんじゃないだろうか。

 

「止めないの」

 

 どおん、どおんと岬の方で水音が高く上がっている。

 

 剣で岬が削り落とされている音なんだぜ、あれ。

 

 お陰でせっかくの釣りポイントから魚が逃げ出し、今日も今日とて暇でしかたがない太公望たちはそれで釣りを諦めた。

 

 今は総出で釣り上げられた魚を干物にする作業の真っ最中だ。

 

「まあ、いいリハビリになるんじゃないか」

 

 ヤソップがカラフルな鱗(他の島では案外高くで売れる)を海水で洗っていた手を止めて、返事をくれた。

 

「ミホークにはそんなつもり全くないと思うけど」

 

 リハビリにしては手加減なしの真剣勝負すぎるだろあれ。

 

「あの大剣豪様にしてみればそうだろうけどね」

 

 大物だった魚の切り身と海獣の肉を天日干しではなく燻製にしようとドラム缶を用意しているルウが、シシシッと笑った。

 

「でも海に出ていきなり海軍や敵船に襲われるよりは、今の内にあの隙を矯正しておかないと」

 

「隙?」

 

 そんなもの見ていて全く気付かなかったと首を傾げる俺に答えたのは、ルウじゃなくて副船長。

 

 普段はそれほど気にならねえが、と前置きして言う。

 

「反射的に動こうとした時ほど身体が今までどおりに反応して今までと違うことに気付かず、バランスを崩していた」

 

 ミホークにしてみればバランスの崩れが隙に繋がるのを許せなかっただろうし、シャンクスももちろんそれは分かっている。

 

 ベックマンは、だからと続けた。

 

「ゴクウたちが来てくれて助かった」

 

「ちょっと俺たちも動揺しすぎて、過保護になっちまったからなあ」

 

 

 

 ――そろそろ長いバカンスも終わりだ。

 

 

 

 数日後。

 

「東の海へ行く」

 

 そう言いおいてミホークが珊瑚礁の隠れ島から出港した。

 

 ミホークの気まぐれは誰にも読めないと思っていたが、赤髪海賊団の頭脳は測ったかのように水の補給を指示していて、今、俺の目の前にはキャプテンコートを羽織ったシャンクスが立っている。

 

「じゃあな」

 

 別れの言葉は簡素だ。

 

 俺も「うん、じゃあまた」と返して、猿船に乗りこんだ。

 

 ミホークの航路を追おうとしたけれど、この近くの海域に今がちょうど秋の島で収穫祭があったはずと思い出して方向転換したら、その派手なお祭り騒ぎに参加していたシャンクスとさっそく再会することとなった。

 

 よくある話、よくある話。

 

 

 

 

 

 


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