東の海での用事が終わって、後はのんびりと寄り道しつつミホークの島に戻るんだろうと思っていたけれど。
「あれ?あの島」
白波弾ける海の行く先。
見えてきた島にそびえ立つ、赤茶けた火山には見覚えがあった。
少し先を行くミホークの棺船は、舳先がその島の入江へと向いている。
「ミホーク!」
俺は、船の上から船の上へと通すべく、大きな声を張り上げた。
「寄っていくんだ?」
珍しい。
率直な感想が声に乗る。
「寄らぬ」
素っ気ない返事が戻る。
え、ここまで来て寄らないの。
思った通りの返事だというべきか、だからこそ珍しいと思って訊いたんだけどさ。
俺は、ぽぽんと空を蹴って船を渡ると、ミホークの近くに寄った。
肩には乗らずに、そのまま金斗雲で宙に留まる。
ミホークの肩、乗りにくくなったんだよな。
黒刀の鍔が邪魔だから。
それにさ、聞いてくれよ。
当たり前なことに、斬りたいものだけ斬れる柔剣の技は、背負っているだけじゃ発揮されない。
この間、ミホークの肩に乗っていたこざるがもののはずみで落ちたんだ。そして運悪く、むき身の黒刀に触れてばっさりだ。
あり得ないだろ。
その内、コートが風にたなびいただけで、触れた裾がすっぱり切れたりするんじゃないか?
人混みなんて怖くて歩けなさそうだ。
「じゃあ、どこに向かっているのさ」
俺は金斗雲に胡座をかいてぷかぷか浮いたまま、返事があるとも思わずなにげに訊いた。
応えがあった。
「面白い技を使う魚人の話があっただろう」
ああ、うん。
無手の流派で、名前はジンベエ。
そう、あのジンベエだ。
「仕合うにはよい時だ」
ミホークが告げる。
時ね、時。
そりゃまあ確かに、剣を合わせるに適したタイミングというものがあるというのは、ミホークと一緒にいると分かるようになった。
出会うにしても、殺し合うにしても。運命とはまた別の熟すべき『期』があるんだろう。
――とは思うが、理解出来るかどうかはまた別の話。
だって俺、剣士じゃなくて海賊だもの。
ミホークは「オレは海賊だ」という主張をしない。
時折、海賊だと思っているかも怪しいと感じる。
多分置かれた状況さえ違えば、賞金首にはならなかった。
選ぶべき道が違っていたら、海軍だったかもしれないし賞金稼ぎだったかもしれない。
ミホークにとってそれは然程重要なことでなく、ジョリー・ロジャーへの思い入れもなく。
ただ、剣士であればいいのだろう。
なんていうか、サムライ?
この世界のワノ国の侍じゃなくて、ジャポンのサムライを海の向こうの国の人たちが勘違いして美化しすぎた、あれ。
そんな性根のままに戦うバカ(誉め言葉)が剣士を始めとした武人たちで、それは武器の種類や有無の違いではなくて心意気の違いなんだけど、それを突き詰めていくとできあがるのは我が道行っちゃう剣豪様だっていうことなんだろう。
話が流れたな。
とにかく、正々堂々とは違うが、我らが剣豪様には剣豪様なりの仁義というか流儀がある。
戦うべき時に戦う。
これもそのひとつなんだろう。
期が熟すのを待つ必要性はともかく、ジンベエという名の魚人は遠くなく七武海入りする。
原作知識だけで言うのではなく、海軍で既に何度か名前を聞いているから断言できる。
王下七武海になってしまえば、一応の不文律。
七武海同士の争いごとはご法度なのだから、確かに今が一番いい時期なのかもしれない。
けれど。
「行ってらっしゃーい」
魚人島!
もちろん行かない。
絶対行かない。
「ふむ」
ミホークはにこやかな俺のお見送り笑顔を全く無視して、顎に手を当てると並走する猿船を見遣った。
「この船にもコーティングが必要か」
いやいやいやいや、いらないって。行かないんだから。
俺の大切な船、海に沈めるなんて冗談じゃない。
そんな準備全然いらない。
否定の言葉が頭の中を駆けめぐり、巡りすぎて言葉として口から出てこない。
鯉のようにぱくぱくと無音の抗議の末、俺は。
「いややっぱりほら、クロコダイルに挨拶しないで素通りってわけにはいかないだろ。ここはひとつ別行動ってことで」
そういえば目の前に逃げ道があったと火山を指差し、そう言った。
「では、行ってこい」
いきなり伸びてきた手に襟首掴まれて、ぺいと放り投げられた。
ぎゃー!
ト、トラ、トラウマが。
海落ちる怖い。
じーさんこわい。
わたわたと色んなものを取り乱して、気付いたらぽつんと砂浜に立っていた。
いつしか島のすぐ近くまで来ていたらしい。
なんだかなー。
去っていく2隻の船の帆を、やっぱりシンボルマークはほしいよなと現実逃避しながら見送る。
追いかけるのは簡単だが、追いついてしまったら待っているのは海の底への旅路だ。
まあ、いいや。
お言葉に甘えて、クロコダイルに挨拶していこう。
で。ミホークのツケで遊ぼう。
この、低木が寂しく生える海岸の向こう。
赤茶けた火山の麓には、まるで西部劇に出てくるようなゴルードラッシュがあり、街があり、そしてカジノがある。
カジノのオーナーはもちろん、サー・クロコダイルである。