乾いた大地、乾いた川。取り残された渓谷。
舞う砂ぼこり。
赤茶けた荒野に不釣り合いなほど、青い空と白い雲。
そびえたつ山に木々はなく、てっぺんで煙をもくもくと吐き出している。
ちろちろと赤く燃えているのは溶岩。
地を這う雜草と背の高いサボテン。
タンブルウィードって知っているか?
西部劇にはよく出てくる、決闘前の男たちが向かい合う誰もいなくなった街道で、風に吹かれてコロコロと転がっていくアレだ。
コロコロと転がる枯れ草の固まりは、ああやって種を蒔いているのだとどこかで聞いたことがある。
でも、どうして目と足と尻尾があるんだろうなー。
風だまりに溜まっていると思ったら、その内のちょっと大きめの固まりの芯の部分、暗がりになっているところからきょろりと目が開き、ちょこりと足が出た。
そして障害物のないところまで移動すると、また何事もなかったように転がりだす。
「あれはタンブルラットです」
案内のおねーさんが、俺の視線から察したのか説明してくれる。
「繁殖期になるとタンブルウィードに入って荒野を移動します。タンブルウィードで巣作りし、子育てをします」
俺の隣を歩いて案内してくれているおねーさんは、クロコダイルの秘書だってさ。
でも、きっちりとまとめた髪やハーフフレームの細いメガネは確かにやり手秘書って感じだけど、スレンダーなボディーを包んでいるのはキャリアウーマン然としたタイトなスカートではなく、バニーさんだ。
重要だから二度言おう。
バニーさんだ。
けしからん程に生地の少ないレオタードには丸いしっぽ。
ラメが入ったタイツにピンヒール。
白襟に赤いネクタイ。カフス。
頭の上にはうさぎの耳だ。
――まさかこれ、クロコダイルの趣味だとかは言わないよな。
このおねーさんとはカジノの入口で会った。
海岸から火山に向かって、「シェーン、カンバーック!」と叫びたくなるような荒野を観光気分でてくてくと歩き、目的地に着いた。
着いた町もオールド・ツーソンみたいで、これまた観光気分でのんびり歩いて、それでもカジノはすぐ見つかった。
しかし、入口でがたいのいい男が二人、俺の前に立ちふさがったんだ。
ドレスコードで入店拒否。
というか遠くもない言い回しで「猿は帰れ」と言いやがった。
喧嘩売ってんだな言い値で買うぞ倍値でもOKだと背中の毛を逆立てたところで、スマートに割って入ったのが、クロコダイルの秘書を名乗るおねーさんだったのだ。
「大変失礼いたしました。私がサーのところへご案内いたします」
そんなふうに丁寧に述べられた謝罪よりも、バニースーツに毒気を抜かれた。
助けてもらってよかったな、黒服ども。
もう少し遅ければ、お前らが伸されるだけじゃなく、せっかくのカジノが潰れるところだったさ。
ここはクロコダイルランド。
もちろん、正式な名前ではない。
ちゃんとした町の名前は火山がまだ休火山だった頃に起きたゴールドラッシュにあやかって、ゴールドを冠したものだった。しかし、すっかり寂れてからはその名前で呼ばれることもなくなった。
貧困と過疎化が進み、犯罪者が流れ込み、この町ももう終わりだと嘆く日々に登場したのが、僕らのヒーロークロコダイルダンディー!
――もとい、サー・クロコダイルである。
悪人どもを駆逐し、町の復興のためとカジノを建設。
無法者が往来し海賊が跋扈する危ない時代だが、七武海の守る町なら安全である。
近くの島を回る遊覧船も、運賃は高いが安全保証は鰐印。
カジノは大繁盛。街は観光名所。
昔の栄華が戻り、誰もが感謝している。
ということを賛歌混じりに道行きつらつらと語ってくれたのも、秘書のおねーさんである。
王下七武海。
クロコダイルはこの名前を上手く使っている。
七武海が経営するカジノと聞いて、何をイメージするか。
海賊?
いかさま賭博?
いや。
海軍と、そして世界政府の影を見るのだ。
カジノ自体が政府公認であり、海軍の後ろ盾があると考える。
実際、優等生のクロコダイルはこのカジノをおおっぴらに経営しているし、事前の届け出をして承認も受けているのだろう。
そして、七武海の名が怖いから、金が集まるところにはありきたりな海賊の略奪も心配しなくていい。
クリーンで安心なイメージはばっちりだ。
やっていることは賭博だけどな。
ちなみに現在、カジノの他にホテルやレストラン等も併設。
町は完全にクロコダイルの支配下のようだ。
アラバスタが一号店じゃないのな。
まあ、考えてみればそれまで表向きの収入が一切ないわけないし、クロコダイルがぶっつけ本番でことを起こすとも思えない。
こうして実績を積んでいったからこそ、本番で真実味が増すんだろう。
クロコダイルのところまで案内してくれているはずが町の観光案内になりつつも、秘書のおねーさんはクロコダイルのことを救世主だなんだとまるで崇拝するかのように褒め称える。
でもなー。
この町で生まれ育ってクロコダイルに感謝している口ぶりでありながら、それが真実な気がしない。
海軍将校のコート羽織っておつるさんの後ろに立っている方が似合う気がする。
いっそのこと聞いてみようかと思ったところで、おねーさんの足が止まった。
「こちらでサーがお待ちです」
宮殿のようなホテルのVIPルーム。
クロコダイルが特別な客と会う時に使うというその部屋は、ドアを開けると滝だった。
葉巻を燻らせた男の口元は、随分といやらしく歪んでいた。