水が豊富な土地での水に価値はない。それどころか時には害にすらなる。
しかし水が乏しい土地であれば?
貴重な命の水は万金に値し、富の象徴となるだろう。
だから、壁一面が滝になっているVIPルームだなんてふざけたものを作っちゃうのだ。
「あーもー信じられない。何が富だ権力だ」
今は障壁が下ろされて、壁はただの壁である。
メンタルな部分をガリガリと削られた俺は、人型でごろごろと肌触りのいいソファーに懐きつつクロコダイルへの愚痴をグチグチと零している。
獣型だと本能が逃げるんだよ。
壁一枚隔てているとはいえ、不意を突かれすぎたせいでまだ大猿には戻りたくない。
ちなみに滝はそのまま吹き抜けでホテルの一階フロントへと流れ、レストランに涼を与えているそうだ。
食事がまだなら食ってくかとふざけたことを言われたが、ガラス張りの水上レストランなんて誰が行くか。
「だいたい自分だって水が怖……」
「何か言ったか」
いつの間にかソファーの後ろに立ったクロコダイルに後頭部を鷲掴みにされた。
そのまま持ち上げられるのはちょっと癪に障る。
「……怖くなくても弱点には変わりないだろ」
「いい度胸だ」
クロコダイルの顔は見えないが、きっと獰猛な笑みを浮かべたはずだ。
視界の端をさらさらと砂が流れる。
つまりこのままだと猿の干物ができますよ、と。
「いいじゃん。水が嫌いで苦手で怖くても」
「誰の話だ」
呆れたように、ぺいとソファーに放り出された。
あれ。そういえばアラバスタでも巨大な水槽作るんだから、ホントにただ能力的に弱点なだけで、嫌いじゃないのかもしかしたら。
「そういえばさ」
俺は頭をさすりながら、ソファーに座り直す。
「クロコダイルの秘書のおねーさんて軍人さん?」
気になっていたので聞いてみた。
ちなみにそのおねーさんは、カジノのドレスコードのために俺用の蝶ネクタイとやらを取りに行っている。
「そりゃ野生の勘か」
やっぱり軍人さんでいいんだ。
「勘ていうかさ」
俺が滝にびっくりして人型になる時は一応驚いてみせたけれど、でもあれは『猿王』を知っている反応の域を出なかった。
こんな島じゃ、能力者を見る機会だって滅多にないはずなのに。
でも、ホントに海軍のスパイならこうあっさりバレてもいいものか。
優等生ぶっているクロコダイルが裏で何をしているか分からないから、素性がバレること前提で送り込まれた監視役ってところかな。
「小猿。飼い主はどうした」
クロコダイルが葉巻を噛みながら、言った。
まあ、二隻並んでこの島に近付いたんだから気にもなるか。
「海の底」
「魚人島か。ああそりゃあ水が嫌いで怖くて苦手なエテ公には無理だな」
無理です。
考えたくもない。
再び大猿になって、クロコダイルとカジノに向かう。
ミホークのツケで散財するためだが、もちろん楽しむさ。
「俺、カジノ初めて」
わくわくする。
「一般に解放されているフロアではワンコイン100ベリーでお手軽に楽しめる遊戯が揃っております」
今度は黒服に止められることもなく入口を潜りつつ、秘書のおねーさんが説明してくれる。
そこにはスロットマシンが並んでいた。
「ワンコイン10000ベリーの高額チップもございます。こちらはポーカーなどディーラーがつくテーブルの掛金として使われます。他には特別室専用のコインが一枚100万ベリーとなっております」
「お子様はスロットで十分だろう」
クロコダイルが一台のスロットマシンの前に立って嫌味ったらしく言うが、まあ初心者だからそんなものか。
説明ぷりーず。
「ここにコインを入れてレバーを引くと目が揃う」
まるで自動販売機でお金を入れたらドリンクが出てきますと説明するかのごとく、さも当然のことのように言ってクロコダイルはレバーを倒した。
それが事実だからぱねえ。
同じ絵柄が並んで、コインがジャラジャラと落ちてくる。
「社長が経営者ではなく顧客に回ったら、カジノが1日で潰れますわね」
秘書のおねーさんが言うのもごもっともだった。
でも言われるままにやってみると、簡単に柄が揃った。
「壊れてるんじゃない?」
振り向いて聞いてみたら、おねーさんは呆れた息をついていた。
ポーカーをやってみると、クロコダイルの一人勝ちだった。
俺には向いていなかった。
ルーレットとは相性が良く、ひとつの数字に全部つぎ込んでも当たった。
ミホークのツケで散財するはずなのに、大儲けしてどうするよ。
「お二人が揃うと、カジノが潰れるまで一日も掛かりませんわね」
いや、クロコダイルが用意したチップなんだから換金なんてしないって。
そう主張してみたが、結局秘書のおねーさんにクロコダイルと二人カジノを放り出された。
勝つばかりでは面白くないと嘯きつつ、火山の廃坑へと宝探しに行くことにした。
溶岩の中に変な生き物が潜んでいたりレアメタルを見つけたり地底湖があったり地底人がいたり恐竜が滅んでいなかったり古代文明が埋もれていたりして面白かったが、思う存分に冒険を楽しんでいる間、島の沖に猿船の姿すら現れなかった。
え、もしかしたら置いていったっきりお迎えはなしですか。