猿王ゴクウ   作:雪月

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第四拾壱回 門の兄弟

 

 

 

 

 

 

「どうして同じ門の兄弟が海賊などに!」

 

 

 

 

 

 

 諸兄は『門の兄弟』という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 

 まず『門』というのは、とある武術の門派を指して生まれた言葉だ。

 

 つまり、その兄弟ということは門下生という意味になる。

 

 しかし、この門。

 

 ただ流派を指すだけではなく、実際に存在している。

 

 天を衝くほど大きな朱塗りの門が、東西南北の海にそれぞれひとつの計4つもある。

 

 辿りつくのは難しく、『南の門は水にあり、北の門は氷に閉ざされ、東の門は山に抱かれ、西の門は砂に隠れ』と吟われる。

 

 とある冒険家が見つけようとして見つけきれず、朱門は実在しないと嘯いたという、その幽幻な門の向こうは修行の地だ。

 

 ちなみにこの冒険家が門に辿り着けなかった理由は名声欲にまみれていたからだとか、武を尊ぶ気持ちがなかったからだとか散々に言われている。

 

 門を潜ると世俗と切り離され、ただ精神と肉体を鍛える日々が待つ。

 

 その武、鉄は帯びず。

 

 刀類は持たずに無手、使うとしてもせいぜいが棒の手だ。

 

 争いごとは禁じていて、同じ門の兄弟と武を競うことはあっても、他所の武芸者との手合わせなどはしない。

 

 弱きを助け、強きをくじく。

 

 もちろん、権力に屈することを嫌う。

 

 力があれば誇り、技を磨けば挑み、新しい武器が手に入れば使いたがるバトルジャンキーばかりかよと言いたくなるこの世界では珍しい。

 

 実際、グランドラインではある意味幻の珍獣扱いらしい。

 

 なんでこんな話を長々とする羽目になったかというとだ。

 

 聞いてくれよ。

 

 俺、知らない内にこの門の野良兄弟になっていた。

 

 

 

 何を言っているか意味が分からないと思うが、俺も絶賛混乱中である。

 

 

 

 もちろん俺は俗世を捨てていない。

 

 見りゃ分かるって?

 

 そりゃそうだ。

 

 ちょっと仙術使えたりするが、霞を食べる仙人には程遠い。

 

 非暴力にはなお遠い。

 

 なのに、なぜ俺が兄弟と呼ばれないといけないのか。

 

 

 

 

 

 

 とある島の酒がうまいと、足を伸ばしたのが発端だ。

 

 俺はほろ酔い気分で夜の町を歩いていた。

 

 ちなみに人獣型。

 

 人型のチビっぷりだと酒を飲もうとする度に起きる問答が面倒で、だからといって獣型の大猿では問答すら起きる前に猟銃を持ち出されかねない。

 

 いい酒をゆっくり飲みたければ、人獣型でいるのが一番だ。

 

 港に着いてみたら、ちょうど一隻の船が錨を下ろすところだった。

 

 海賊船か、とはためくジョリーロジャーを見上げて思う。

 

 こんな夜更けの港に、けれど自分の他にも船を見上げている姿がちらほらと増えてきた。

 

 海賊船がひと仕事終えて戻ってきたとなると、見物の一つもしたくなるのか。

 

 それともおこぼれに与ろうと袖を引く商売人たちか。

 

 ガヤガヤと賑やかに、いかにも海賊ルックでございといった格好の男たちが降りてくる。

 

 服や武器、戦利品だろう肩に担いだ木箱や麻袋は、血に濡れて赤い。

 

 近くでの仕事だったのか。

 

 手首を縛られた女たちも、引きずられるようにして降りてくる。

 

 あれも戦利品か。

 

 酒場の女を相手にしていればいいものを。

 

 それとも傷ものにはせず売るつもりか、さんざん遊んで売るつもりか。

 

 なんにしろ俺が酒を飲み終わった後でよかった。

 

 騒々しすぎるのも生臭いのも、美味い酒を不味くする。

 

 暴れたい気分の時には大歓迎な手合いだけどな。

 

 そう思っていたことが呼び水になったわけでもないだろうが、団体さんの端の方で既に喧嘩が始まっていた。

 

 功夫衣のような白い服を着たハゲが、櫂を武器に暴れている。

 

「なんだこいつ!」

 

「やっちまえ!」

 

 怒声が飛び交う。

 

 しかし、声高々な海賊どものほうが劣勢のようだ。

 

 ひとりの男にぽんぽんと殴り飛ばされている。

 

「ね、ねえちゃんをかえせ」

 

 勇ましいようでか細い子供の声が聞こえた。

 

 暗い海に寄って覗き込んでみると小さな残橋があり、帆もないような漁船が泊まっていた。

 

 震える子供が、それでも一端に櫂を構えている。

 

 なんだかベタだ。

 

 海賊に襲われた村。

 

 攫われる姉。

 

 一人で助けに行こうとする愚かにも勇敢な少年。

 

 それを助ける、通りすがりの旅の男。

 

 一本映画が作れそうである。

 

 ちなみに「通りすがりの旅の男」と決め付けてみたのは、男があまりにも強いからだ。

 

 そろそろこの一対多の乱闘も終わりそうなところまで来ているだろう。

 

 あれだけの腕を持つ男が元々村にいたら、その場で撃退できている。

 

「ううっ」

 

 俺の足元で地面に転がって呻いていた海賊の一人が、懐から短銃を取り出した。

 

 背を向けている男に銃口を向ける。

 

「無粋な真似すんなって」

 

 腰に差していた三節棍を抜いて、その頭を小突く。

 

 海賊は昏倒したが、倒れるはずみで引き金を引いてしまったらしい。

 

 ピストルの弾が、功夫衣のハゲ頭をかすめて飛んでいった。

 

 功夫衣が振り向く。

 

 短銃の出どころを確かめようとしたのだろうが、その視線は倒れ伏す海賊ではなく俺に向かっていた。

 

 あれ?

 

 もしかして、敵認定?

 

 思う間もなく、男が目前に迫る。

 

 櫂の柄での鋭い突きから入って連打を喰らう。

 

 慌てて自分の三節棍で迎え撃つが、誤解を解く暇がもらえない。

 

「ちょ、ちょっとまった」

 

 俺は大きく飛び退いて、体制を整える。

 

 間合いを取って対峙する中、男は目尻を鋭くして言ったのだ。

 

 

 

「どうして同じ門の兄弟が海賊などに!」

 

 

 

 

 

 

 


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