「兄弟って」
何言ってんのと思いながら、飛び退いて距離を置く。
「俺には親兄弟親類縁者全部いないから」
身ひとつで岩から生まれた岩猿だ。
血縁者なんているはずがない。
俺にしてみれば至極当たり前のことを言っただけなのに、なんだか痛ましげに眉をひそめられた。
勘違いさせたか?
不幸があって皆死に絶えたわけではないぞ。元々誰もいないんだ。
一瞬攻撃の手を止めた男の後ろでは少年が姉と感動の再会を果たしている。
二人が落ち着いて、村が襲撃された時にも船でここまで運ばれている間にも俺みたいな猿顔はいなかったと証言してくれるまで、俺はハゲの攻撃を凌ぎ続けた。
奪われた食料や酒、貴金属。そして攫われた女性たちすべてをあの小舟に乗せて帰るつもりだった少年に俺は呆れた。
どこのネギ背負ったカモだ。
またすぐに襲われるぞ。
それ以前に流石に乗り切らないだろうそれは。
仕方がない。これも多生の縁というやつだと、俺の猿船で送っていくことにした。
俺があんな雑魚海賊団の一味ではないという誤解がとけたのは、一応彼らのおかげだしな。
え、海賊なのは事実で勘違いじゃないだろう?
まあそうなんだけどさ。
とばっちりな分あの雑魚どもの仲間だっていう誤解は面白くないだろ。
それにこれでやっと落ち着いて「兄弟って何さ」と聞ける。
女性たちにはシャワーとキッチンを好きに使っていいと伝え、後は任せた。
身奇麗にして温かいものを腹に入れて、落ち着いた頃には彼女たちの島に着くだろう。
少年は温かいココアを入れてもらって、でも落ち着かずに、姉のそばにまとわりついてうろちょろしていた。
俺たちは多分その場所にいないほうがいい。
その判断にハゲも異論を挟まず、俺たちは二人で甲板に出ていた。
兄弟うんぬんの説明を聞くためだ。
ハゲの話を聞いての結論は、俺はその『門の兄弟』ではないというものだ。
孫悟空な俺は、元々身体のスペックが高い。
だからといってもちろん、それで強いとは言い切れない。
なまぬるくも平和な世界で生まれ育って死んだんだ。
そのなまぬるさが骨身にしみている性分のまま次の人生が始まったからといって、はいそうですかとすぐさま戦うことができるようになるわけがない。
けれど花果山で猛獣相手にサバイバルをしている内に鍛えられて強くなった。
それが自己流過ぎて目にあまり、ミホークに基礎から叩き直された。
しかし剣はどうにも手に馴染まなくて、棍を使うことにした。
そうなるとまた自己流になりそうなところを偶然、棒術に詳しい人がいたから型を教わることができた。
それだけだ。
門とは全く関係がない。
そんな俺が冗談にでも兄弟と名乗ったら、真面目に修行している奴らは顔に泥を塗る気かと怒るだろう。
――と思ったんだが、俺の言い分を聞いたハゲは「貴方の師が我らの兄弟であるなら、貴方も兄弟のひとりだ」と言った。
もしかして俺が天涯孤独だって勘違いはまだ続いている?
島に着き荷も全て下ろし生き残っていた家族との感動の再会も終え、少年は「俺、海軍になる」と宣言した。
「ねえちゃん守れるくらいに強くなる。それで大きくなったら海軍に入って、海賊に困っている人たちみんなを助ける」
目標が高いのはいいが、軍人さんになって村を出てしまったら姉さんは守れないんじゃないか?
そう思ったが口には出さなかった。
空気を読んだというよりも、子供の志を大人がくじいちゃいけないよな。
将来海軍本部で再会する日が来るかもしれない。楽しみにしておこう。
ハゲ頭の兄弟ともここで別れた。
彼は師範代の資格を得るために、他の門を順番に回っている途中だという。
他の門と交流し空気が澱まないような仕組みは他にもいくつかあるようだ。
別れる際、いつでも『門』に来てくれと言われ、彼の名を預かった。
どうせ乗りかかった船なんだから、門のある島まで送っていこうかと進言してみたが、世の中を見て回って困っている人を助けるのも修行だからと断られた。
……映画一本どころか、シリーズものらしい。
さぞかし行く先々でトラブルに見舞われているんだろう。
さて、俺もミホークの島に帰ろうか。
そして『門の兄弟』に会ったと告げたら、何と言うだろうか。
ちなみに俺に棒術を仕込んだのは、あの島で唯一のパン屋の営んでいるトマスというハゲである。
若ハゲじゃなかったんだなあ。
バレたら殴られること間違いなしなことを考えながら、俺は出港した。