猿王ゴクウ   作:雪月

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第四十六回 遭難者

 

 

 

 

 

 電池の切れたおもちゃのように、スプーンを口に運んでいたはずのサンジの動きがぱたりと止まった。

 

 シチューの皿の中に落ちそうになったサンジの頭を、ゼフの手のひらが止める。

 

 ばちりとずいぶん威勢のいい音がしたぞ。

 

 おでこも真っ赤になってしまっている。あれではジンジンと痛むだろう。

 

 しかし、サンジが起きる様子はない。

 

 眠ったというよりも、気絶に近いか。

 

「安心したんだろう」

 

 ゼフが立ち上がって、サンジを抱える。

 

 俺は肩をすくめてキッチンを出ると、ゼフをミホークの船室に誘導した。

 

 俺の船だと、ベッドはここだけにしかないのよ。

 

 そして、ゼフも遠の昔に限界だったのだろう。

 

 サンジをベッドに寝かせるために屈みこんだ姿勢を立て直すことができないまま、そこで彼も撃沈した。

 

 

 

 それから丸一日寝っぱなしである。

 

 

 

 日も随分と高くなって、そろそろお昼時。

 

 ぐーぐーと高いびきでまだ寝ていると思ったら、腹の虫の合唱だったらしい。

 

 二人して腹が減ったとむくりと起きだしてきた。

 

 昨日の残りのシチューに米を入れて、じっくりと煮込んだものを出す。

 

 ゼフもサンジも、弱った胃にそれほどの量を食べることはできない様子だが、それでも夢中で食べている。

 

 でも、ちらちらと背中に視線を感じるあたり、俺の船のキッチン設備には興味があるらしい。というか、やっとそれだけの余裕が出てきたってことだろう。

 

 いいだろこのキッチン、俺の特注品だ。

 

 一応用意してあったベーコンとチーズは、俺が焼いて食べることにした。

 

 サンジがひどく悔しがった。

 

 

 

 あきらめろ。

 

 

 

「おっさん。これからどうするのさ」

 

 焼いたパンに火で炙ったチーズを乗せながら、俺はゼフに聞いた。

 

 俺の皿をうーうー唸りながら睨んでいたサンジも、テーブルから顔を上げゼフを見やる。

 

 足は残ったんだ。

 

 海賊家業を続けることもできるだろう。

 

「海賊はやめる」

 

 へえ。

 

「いつか、俺の仲間たちともう一度グランドラインに入ってオールブルーを探したかったが」

 

 ゼフが大きくため息をついて首を横に振る。

 

 失ったものは戻らない。

 

「あの孤島で考えた。もし生き残ったら、海の上で腹を空かせた奴が誰でも食いに来れるようなレストランを作りたい」

 

「俺もっ!俺にも手伝わせてくれ」

 

 サンジが喰いつくようにゼフに頼んだ。

 

 そしていつか、俺を仲間として認めてくれたら一緒にオールブルーを探しに。

 

 

 

 

 

 

 猿船が陸地を捉えた。

 

 近づく桟橋を見やりながら、俺はトンボをきって大猿に転じる。

 

「うわっ」

 

 隣で目をうるうるさせて生還の喜びに打ち震えて陸を見ていたサンジが、驚いた声を上げて後ずさる。

 

 いいね、その新鮮な反応。久しぶりだ。

 

 桟橋では、海軍アーミーを着た水夫たちがもやい綱を取ろうと待ち構えている。

 

 海軍基地。

 

 海軍に引き渡す気かと、サンジがぴるぴると震えてゼフの足にしがみつきながらも俺を睨みつけている。

 

 しかしゼフは、シチューが海軍風だったからなと訳知り顔をして、動揺を見せない。

 

 すごいな。そこまで分かるものなのかコック。

 

「一応言っておくけど。俺の知っている一番近くの医者がここだっただけだから」

 

 この基地に向かう途中で、二人を拾ったんだから。

 

 ここはガープのじいさんが東の海にいる時は定宿と化している。

 

 しかし港を見る限り、じいさんは不在。

 

 それでも顔なじみの兵はたくさんいるから、門前払いを食らうことはない。

 

 それどころか、俺がガープのじいさんの艦でしごかれていたころのメンバーがこの基地の上のほうを占めているから歓迎してくれる。

 

 軍医長もその一人だ。

 

「ちびすけが!でかい図体で見下ろすんじゃあない!」

 

 診察してもらった礼をしに行ったら、いきなり殴られた。

 

「いてっ」

 

 うん。歓迎といっても手加減はないけどな。

 

 ゼフは足の切断を免れた。

 

 しっかりリハビリすれば、歩けるようにもなるだろうと軍医長は言う。

 

「だが、元のようには動かん。……あれは赫足じゃろう?」

 

 俺はニッと笑って返事に代えた。

 

 俺が連れてきたのに逮捕とか。ないない。

 

 

 

 呆れられた。

 

 

 

 海賊なんて、止めようと言ったところで簡単に止められるものじゃない。

 

 ましてや顔が売れて、手配書も出ているのなら尚更。

 

 素性を隠してこそこそとレストラン始めても、それじゃあ後ろ暗い奴らしか寄ってこないだろう。

 

 でもゼフが作りたいのは、誰でも来れるレストランだ。

 

 たとえば海軍だって。

 

 だからこそ俺は、海賊に襲われて嵐に襲われて、かわいそうにたった二人生き残ったコックとコック見習いが遭難しているところを海で拾ったという主張を通した。

 

 もちろん訝しく思う者はいたが、そこはゴリ押し。

 

 ここで海賊じゃないと認めさせれば、レストランの開業許可が下りやすくなるからな。

 

 基地の司令官も軍医長と同じように呆れて苦笑いをしていたけれど、ゼフに懐いているサンジを見て思うところがあったらしい。

 

 お目こぼしは一度だけと釘を刺さしつつも、一緒に漂着した「海賊に奪われた宝」の所有権も認められた。

 

 

 

 

 

 

 

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