「すまん。助けてくれ」
ゼフが、俺に向かって深々と頭を下げた。
場所はいまだ海軍基地の医務室。
白いシーツのベッドの上。
ゼフとサンジはふたりとも極度の脱水症状と栄養失調、更にはストレスやら過労やらも加わって長期の療養が必要だと診断されたが、流石に海軍基地ではあまり居心地がよくない。
すぐに出ていこうとして、軍医長に点滴だけでも打って行けと取り押さえられ、並んだベッドで点滴を受けている。
そして見舞い用のバナナを抱えて登場した俺に向かって、上体を起こしたゼフは頭を下げたのだ。
座っての体勢だったけれど、それは男気あふれる土下座だった。
「既に返しきれんほどの恩を受けていること重々承知の上で頼む。力を貸してくれ」
隣のベッドで唖然としていたサンジもはっと我にかえり、一緒に頭を下げた。
まあ、面倒をみるのはかまわない。
乗りかかった船でもあるし、軍医長は入院せずに逃げていく患者を俺に任せる気満々で、たくさんの注意点と薬を渡されている。
しかし今からお宝を元手に、海の上にレストランを作るんだろ?
何したらいいんだ?
自信をもって言おう。
俺には全然わからない。
わかっていないけど、大変そうだなと思う。
何をすることが手助けとなるのか、っていうか必要なんだろうか。
まず、宝払いで船を作るところからかな。
赫足を亡きものにするなら彼のツテを頼ることはできない。
スパイを作るつもりでもなければ、海軍はそんなことまで手助けはしない。
船大工がレストランのキッチン設備まで作れるかっていうのも疑問だ。
海のど真ん中で仕入れはどうするのだろう。
でも、それで俺に何ができるとも思わない。
ただでさえ普段から丸投げだからな。
手助けが必要なら手助けができる相手に助力を乞うべきだ。
と、いうことで。
スペシャリストに頼ることにした。
電伝虫で連絡したらちょうど東の海に来ているから、直ぐに合流できると返事があった。
流石「必要な時に必要な場所で必要なものを」をモットーにしている商人。
我らがジョン・ドウ。
俺たちは安心して、ジョン氏の到着を待つだけである。
え、丸投げすぎ?
だから普段から丸投げなんだってば。
ジョン氏との合流地点まで、俺の猿船で移動。
その間、キッチンは俺のものじゃなくなった。
ゼフが下ごしらえに準備に給仕、後片付けと朝昼晩陣取っている。
ジャガイモの皮の剥き方が雑だと叱られながら、サンジがそれを手伝っている。
大小並んだ二つの白い背中は、もうすっかり師弟……というか親子だ。
おっさんたち病人だろほどほどにしとけと一応注意はしてみるけれど、楽しそうだから仕方ない。
興味津々だったキッチン設備をここぞとばかりに使いながら、俺たちのレストランはああしようこうしようとうれしそうに話すサンジに、ゼフは時折きちんと相槌を打っている。
サンジは料理に使うハーブを摘みに行った時から船尾にある水耕栽培にも興味津々でいろいろ聞いてきた。
ついでに電伝虫に齧られまくりぼろぼろになった葉っぱを見て、どういう管理だと詰め寄られた。
前の船でもハーブなどはあり、その世話はサンジの雑用仕事のひとつだったという。
他にはニワトリの面倒などもみていたらしい。
でかい船がいい。そうしたら、ニワトリの他にもヤギやブタも新鮮に調理できると、サンジは目を輝かしている。
まあ、同じコネを使って船を造るのだ。猿船は良い参考にはなるだろう。
あれ?ちょっと船だと思い込んで船を造る話ばかりしていたけれど、船じゃなくてもいいのか。
ゼフに聞いてみる。
「おっさんが作りたい海上レストランって動く必要あるのか?」
ゼフたちが飢えたあの海域は確かに周りに補給地点のない航路だ。
けれどそこにレストランを作りたいのなら、あの岩礁を基盤にして人工島でも作ったほうが便利なんじゃないか。
船の中でやるよりよっぽど自由に畑も作れるし、畜産もできる。
自給自足地産地消?なんか違うか。
船乗りたちは仮初の大地に足を下ろして、ホテルのベッドでゆっくり眠ればいい。
クロコダイルのとこのカジノの支店でも置けば、娯楽施設もばっちりだ。
この話をしたらジョン氏ならノリノリで準備してくれるだろう。
ゼフたちは、そこでレストランを開けばいい。
「ちがう!」
俺の話に思うところがあったのか、ゼフは髭を擦りながら「う~む」と唸っていたがサンジが大きな声で否定を叫んだ。
「俺たちはコックだけど海賊だ!いつかオールブルーを見つけるんだ」
言い切った。
「いつのまに海賊になったんだよ、チビガキ」
せっかくなので茶化してみた。
だってゼフは海賊やめるって宣言したんだぞ。
「な、俺よりチビのくせにガキって言うな」
「お子様にお子様言って何が悪い」
「そうだな」
変なところでゼフが相槌を打った。
ガーンとサンジがショックを受けている。
「船のほうがいいだろう。目指すのは海で腹を空かせた誰もが来ることのできる店。どこの海にでも行こう」
サンジはこくこくと必死に頷いていた。
「ゴクウ様。おはようございます。風の心地よい朝でございますね」
ある朝突然、甲板にジョン氏が立っていた。
「うわびっくり」
警戒しているサンジに商人だと紹介する。
魔法のランプと偽っておんぼろなランプを金貨一箱で売りつけそうな怪しい風貌だけど、信用していいから。
ゼフは朝食を一人分増やすべく、キッチンに戻っていった。
それを見てサンジも慌ててキッチンに走っていく。
「さて、ゴクウ様」
「んー。あいつらレストラン始めるんだってさ」
「それは素晴らしい」
この商人相手に説明っていらない気もするんだけどな。
「あいつらの好きなように作ってやってよ。一応元手はある。――けど、金っていくらあっても足りないよなあ」
船を作って、そこでお仕舞いってわけにはいかない。
家具に食器に調理器具。
仕入れもあるし、スタッフも雇わなくちゃいけない。
でも最初は客なんてつかないだろう。
彼らの資金は、その時のために残しておきたい。
「だから上手いこと誤魔化してほしいんだ」
軌道に乗るまでの足りない分は、俺が出すってことを。
宝に思いがけない一品でもあったことにすればいい。
俺の言葉にジョン氏が苦笑いする。
「一度手にしたお宝の価値を分からない海賊ですか」
「もう海賊じゃないってさ」
にっと笑う。
「どうせだから自重なしで。例えばミホークでも斬れないくらい頑丈な船とか」
「……ミホーク様に追い掛け回されるだけだと思いますが」
そういえばそうだった。海軍が斬れない素材の船に挑戦した時は結局失敗して、ミホークにみじん切りにされたんだよな確か。
じゃあ方向性を変えて、面白おかしい機能たっぷり機動性ばっちりの高性能な船なんてどうだろう。
グランドラインも新世界もオールブルーもどんとこいだ。
面白いと思ったんだ。
夢を語る目の輝きが、死も絶望も知った目の強さが。
だからって、海で絶望した時に現れる『彷徨うレストラン』なんていう伝説じみたものになっちゃうなんて誰も思わないだろ?!