猿王ゴクウ   作:雪月

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第四回 金斗雲の術

 

 

 

 

 

 

 新芽が顔を出して花が咲き実が生って、種が割れてまた芽吹く。

 

 日本の四季とは違えど一年で季節が廻るなら、春は5回来た。

 

 

 

 ジャングルではもっぱら猿だ。

 

 

 

 この島、生き物がやたらとでかいんだよ。

 

 獣型でいても何倍もの体格差があるのに、人型でいた日には確実にぷちだぜぷち。

 

 小さくなりたい時――猛獣に襲われて逃げる時なんかには人型になったけれど、今ではほとんどそんなことはない。

 

 もともと身体のスペックは高い。

 

 約5年あまり、生きるのに必死で毎日と戦っていたら、今では島にいるどんな猛獣にも負けないほど強くなった。

 

 しかし不思議なことに、鍛えれば鍛える程強くなる実感があってもこのボディ、成長する様子が全くというほどない。

 

 

 

 なんでだ!

 

 

 

 いやいやいやいや、成長はした。

 

 少しだけだが、ほんの僅かかもしれないが、成長はしているんだ、そのはずだ。

 

 ……たぶんきっとめいびー。

 

 肉体年齢に実年齢がやっと追いついたんだ。これからみるみる成長するはずさ、ぜったい。

 

 

 

 あ?

 

 

 

 そんなことはどうでもいいから、どうやって洞窟から脱出したのかって?

 

 どうでもよくな……まあ、いいや。

 

 

 

 空を飛んだのさ。

 

 

 

 頭がおかしくなったんじゃないからな、言っておくけど。

 

 俺は猿だ。

 

 人型でいても、猿は猿だ。

 

 とっかかりの少ない天井も上れると思ったんだが、いざ上ってみると斜めになったり出っ張ってたりしていて、駄目だった。

 

 ネズミ返しに猿も負けた。

 

 落ちる!と思った時には落ちていた。

 

 洞窟の床に叩きつけられたら、ただでは済まない。

 

 やばいやばいやばい。

 

 俺は無様にも醜く空中でもがいて、何とか着地できるように体勢を整えようとした。

 

 ふいに。

 

 足がふわりと浮いた。

 

 余計にバランスを崩した。

 

 おかげで頭から落ちた。

 

 しこたま打った頭を抱えて七転八倒してたら、更に全身傷だらけになった。

 

 貴重な不思議桃をまたひとつ消費した。

 

 散々だ。

 

 

 

 しかし、なんだろう?

 

 

 

 滝壺に落ちた時。

 

 パニックに陥っていたからしっかりとは覚えていないけれど、あの時も同じような浮遊感があったと思う。

 

 試しにその場で足踏みをしてみた。

 

 足の裏には、何の抵抗も感じない。

 

 

 

 んー?

 

 

 

 その場で跳ねたり、宙返りをしてみたり。

 

 ただそれだけではあの浮遊感は生まれないようだ。

 

 いろいろ試行錯誤をしてみて、意識の問題じゃないかと気がついた。

 

 

 

 必要なのはイメージだ。

 

 

 

 跳ぼうとするのではなく、飛ぼうとしなければならないらしい。

 

 足の裏に気持ちを集中させると、空気の固まりのような、足場のようなものを感じるようになる。

 

 まずはこの段階で、宙を上に上にと駆け上がることを覚えた。

 

 体に、覚えこませた。

 

 

 

 ひたすら練習したのさ。

 

 

 

 広いと思った洞窟内の空間も、こうなってくると狭い。

 

 色んなところにぶつかって、しかしおかげで細かい制御ができるようになった。

 

 空気を踏み足場を強く意識することで、何もない空中に立つこともできるようになった。

 

 そのまま意識を集中させていると、足裏に霧のような空気の塊が発生する。

 

 更にしばらくすると霧が雲のようにもっと密度の濃い塊になり、足場が目視できるようになった。

 

 

 

 つまりこれって金斗雲かよと、やっとイメージがはっきりした。

 

 

 

 イメージが固まれば更に使いやすくなるかと思えば、そうでもなかった。

 

 金斗雲の術ともなれば、びゅんびゅんと空を飛べるはず!

 

 と思ったんだが、なかなかこれが上手くいかない。

 

 飛ぼうとすると雲に乗った足だけが先に進んですっ転ぶ。

 

 バランス取るのが難しくて一苦労。

 

 サーフィンやスケボをやっておけばよかったのかなあと今更嘆いても仕方がないので、ひたすら練習。

 

 練習あるのみでやっと飛べたとするだろ?

 

 うまく飛べた!と喜んで、集中が途切れた途端、雲が霧散するんだこれがまた。

 

 

 

 なんにしろ、こうして俺は洞窟からは出られるようになったんだ。

 

 

 

 天井には亀裂のような細長い穴が開いていた。

 

 人型でもやっとな縦穴で、これでよく洞窟内に日の光が届いていたなと思ったが、水晶みたいな鉱物や水に反射して煌めいていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 洞窟から脱出すると、待っていたのはサバイバルの日々だった。

 

 この島、やはり人間はいなかった。

 

 住んでいるのはビッグサイズで危険極まりない猛獣ばかりで、最初は逃げてばかりいたけど、今では重要な動物性蛋白質だ。

 

 

 

 サバイバルだけじゃない。

 

 

 

 広いところで、金斗雲の術にも磨きを掛けた。

 

 島からの脱出も可能になった。

 

 そう思って意気揚々と、海に向かったんだこれでも一応。

 

 

 

 でも駄目だった。

 

 

 

 山のてっぺんから見回しても島影一つ見えなくて、どちらの方角に向かえばいいのかも分からない、どれだけ海を飛び続ければいいのかも分からない、と考えた途端。

 

 雲は霧散した。

 

 精神力が足りないのだろう。

 

 それともイメージが弱いのか。

 

 多分、もっと強い精神を持ってすれば、どこまででも飛べるはず!

 

 精神修行だと座禅を組んでみたりもしたが、海に落ちる自分の姿しか脳裏には浮かばず、余計飛ぶのが恐くなった。

 

 

 

 無理無理無理。

 

 

 

 うん、おれまだ5さい。

 

 成長を待とう。

 

 

 

 

 

 


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