猿王ゴクウ   作:雪月

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第四十九回 コック志願のいうことには

 

 

 

 

 

 

 グランドラインを半周するのに、思ったよりも時間がかかった。

 

 元海賊のくせして一流の腕を持つ料理人の存在が理由の半分を占める。

 

 食べ慣れた野菜だって釣り飽きた魚だって、コックの手にかかると上等な料理に生まれ変わるんだ。

 

 補給に寄る回数も増えるってもんである。

 

 なんでゼフのおっさんはこんなに料理上手いのに、海賊なんかになったんだ。

 

 あ、オールブルーのためか。

 

 じゃあ、仕方がない。

 

 時代の流れからして、海に出る時の合い言葉は「俺は海賊になる」だ。

 

 もしくは海軍でほぼ二択。

 

 だから海と島で成り立つ世界での海賊の定義って、といういつもの疑問はともかく。

 

 下ごしらえにひと手間、出汁にふた手間。

 

 そうやって丁寧に調理された食材たちの様変わりのしようといったら!

 

 コックって才能が必要なんだな。

 

 ていうか、俺って実は才能なかったんだな。

 

 並んだ料理食べながら、しみじみと思う。

 

 作るのは好きなんだけどなーこういう繊細さはないなー。

 

 とりあえず今は、船にコックが乗っている喜びをフォークと一緒にかみしめるばかりである。

 

 

 

 さて、残り半分の理由が何かというと。

 

 

 

 コック志願者が多いんだ。

 

 市場で食材を物色していたり、レストランメニューの参考にするという建前の元、郷土料理に舌鼓を打ったりしていると「あんたたち、レストランを始めるんだってな」と就職希望者が寄ってくるのだ。

 

 それがあまりにもひっきりなしで閉口した。

 

 どこでどう情報が流れるんだ。

 

 サンジが浮かれて吹聴したというわけでもないらしい。

 

 もしそうだったなら、船が港について俺たちが市場なり食堂なりに入ってサンジが「俺たち海上レストラン作るんだ」と話してそれからという時間経過があるだろう?

 

 でも、ある島では頬を赤く張らした家出少年が俺は広い世界に出るんだと、既に船着き場で待ち構えていたからな。母親に耳を引っ張られて帰って行ったけど。

 

 この船よりも速い情報網てどこで構築されているんだ一体。

 

 島っていうのは閉鎖された空間だっていうイメージあるんだけどなあ。情報に限らず個々の島でいろいろと孤立していてもいいんじゃなかろうか。

 

 

 

 誰を雇うかはゼフの采配だ。

 

 

 

 まだできてもいないレストラン、軌道に乗るかも分からないというのに雇うのは無理だと断っていた。

 

 それでも食い下がる奴らはいたが。

 

「俺たちを雇いやがれ」

 

「用心棒にもなるぜ」

 

 力こぶを作ってみせるのは、ほうれん草野郎にぶっ飛ばされるやられ役のような筋肉ダルマふたり。

 

 他の奴らと同じようにゼフに断られたが、ここが最後の頼みの綱で、もうどこにも行くところなんてないと訴える。

 

 俺たちはコックになりたいと。

 

 しかし短気は損気な性分でどこに行ってもいつも長続きしなかった。

 

 暴れて追い出されて。

 

 このまま島の厄介者でいるのも嫌だ。コックになる夢をあきらめるのはもっと嫌だ。

 

 そう泣きながら懇願し、出港する船を泳いで追いかけて溺れかけてゼフに救出され、最終的には倉庫の空きスペースで寝起きするようになった。

 

 サンジが先輩面して、コック見習いの心得を教えているのは微笑ましいというかなんというか。

 

「道具は心をこめて磨きやがれクソコックども」

 

「うるせえぞこのクソチビガキ」

 

 うん、サンジの言葉使いがみるみる汚くなっていっているけど、問題はない。

 

 

 

 そんなこんなで、まもなく新世界。

 

 

 

 新世界に入るならその前に、シャボンディ諸島である。

 

 とはいっても、俺は魚人島には行かないしコーティングもいらないからここは素通りしてもいいんだ。

 

 なのにどうして寄っていくのかって、べ、別に遊園地で遊びたかったとかそういうわけじゃないからな。

 

 巨大なシャボン玉に入って空を飛ぶとか、何度体験してもすげえ楽しいけど。

 

 これまた今回もメニューの参考を建前にして、屋台の食べ歩きをしたりかき氷の早食い競争に参加したり、遊びつくせとばかりにシャボンディパーク内をサンジと一緒に走り回ったとかそんな事実はあるけれど。

 

 元々の目的は違うところにある。

 

 実はここ数日、シャボンディ諸島にいる赤いこざるたちが何者かに潰されている。

 

 しかし定期的にこざるたちの駆除をしている海軍の姿を、俺が遊んでいる間に見かけることはなかった。

 

 パッションピンクな鳥さんの商売を邪魔した時も腹いせ的にとことん狩られるが、そんな様子もない。

 

 おかしいなと首を傾げながら、俺はサンジやゼフたちと別行動を取り、消失地点へと足を向けた。

 

 治安がよろしくない区画の、18番の樹。

 

 大きな根が複雑に絡みあい、天然の迷路のようになっているところがある。

 

 日も差し込まない迷路の奥というのは、その薄暗さがお似合いな連中の恰好のたまり場になりそうなのだが人気はなく、こざるたちが5匹ほどたまっていた。

 

 なんだ?

 

 何をしているのかと俺が近付くより先に、奥の暗がりからこざるたちに飛び掛かった人影があった。

 

 大きな顎をぱっくり開けて、こざるたちをひと噛みにする。

 

 ばふんっばふんっ。

 

 軽い音と煙を立てて、こざるたちが消えた。

 

 まあ、あれだけの衝撃を受ければ猿毛に戻ってしまうだろう。

 

 でもなんでその後にリンゴやバナナが転がっているんだと、俺はあいつらに聞きたい。

 

 襲撃者は消えてしまったこざるたちに唖然としたようだ。

 

 そして、ぼろぼろと涙をこぼして「っくしょう。どうしていつもいつも……」と悔しそうに地面を叩き出した。

 

 それにしてもその人相ときたら。

 

 大きく張り出したピンク色の額。目立つ肩骨。裂けた口に並んだ牙。涙に濡れた目は出目金のように飛び出していた。

 

 

 

 ――いったいどこのエイリアン様?

 

 

 

 

 

 


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