猿王ゴクウ   作:雪月

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第五十回 石猿と深海魚

 

 

 

 

 

 エイリアンはエイリアンでなく、深海魚だった。

 

 

 

 

 あの後、ピンクのエイリアンは突っ伏した身体を起こそうにも起こせない感じで、ぐじぐじと平らな鼻を鳴らしながら周りに転がる果物をかき集めると、這うようにして迷路の奥へと戻って行った。

 

 なんなのさ。

 

 上を見れば、木の枝に潜むようにして赤い毛並みのこざるたちが顔を覗かせている。

 

 いいからお前らここに降りてきてちゃんと説明しろ。

 

 といっても、大猿の俺の前に小さくちょこんと並んで座ったこざるたちが言葉を話すことはない。

 

 俺ができることはできるこざるたちだ。

 

 声を出すことはできるはず。

 

 思考もしているっぽいし。

 

 こうしてシャボンティに野放しにしていても、勝手に動いているのがその証拠だ。

 

 天竜人が来たら地味に嫌がらせしておけとは言ってあるが、後は自由。

 

 最近はよく子供たちの腕に抱えられていたりもする。

 

 ペットか。

 

 いざという時、子を守る存在なのだと親が認識しているんだろう。

 

 更にはこざるずネットワークの様子からすると、例えば今俺が目の前のこざるたちを消したとしても、はたまた逆に新しくこざるを作ったとしても思考は共有されて継続しているみたいなんだよな。

 

 だけどこざるたちが喋り出すことはなく、俺には詳しいところは伝わってこない。

 

 今も「かわいそう」「たすけて」「ひもじい」とそんな漠然とした思いが伝わるだけだ。

 

 かりかりと首の後ろを掻くと、まるでリンクするかのようにこざるたちも頭を掻いた。

 

 

 

 とりあえず、さきほどのピンクのエイリアンを追う。

 

 

 

 迷路の奥の行き止まりは、洞穴のようになっていた。

 

 そこにはピンクおでこだけでなく、他にも2人いた。

 

 随分と細長い顔の、金属のように鈍く光る青白い顔をした奴が、洞穴の壁にようよう凭れるように座り、長い上体を丸めて力なくリンゴをかじっている。

 

 俺から見える横顔は、退化したかのように目も口も小さい。

 

 寝かされている最後のエイリアンは、なんだか丸くて小さい。

 

 子供なんだろうか。

 

 体の色は薄汚れた青。

 

 恐竜の背中に並んでいそうなギザギザしたメイプル形の板が、頭のてっぺんや左右、腕や足の先にも生えている。

 

 その子供を抱き起こしたピンクのエイリアンが、バナナを口許に持っていく。

 

「ほら、飯だぞ」

 

 しかし青い子供はぐったりとしたままで、口を開けるどころか目も開かない。

 

「食べてくれよう」

 

 ぽろぽろと大きな目から大粒の涙をこぼして、また泣いている。

 

 泣き虫か。泣き虫のエイリアンってどうなんだ。

 

 こざるたちにまとわりつかれながら近付いていく。

 

 まずは細長い奴が気付いて丸めていた上体を伸ばしてこちらを見る。

 

「なんだ猿か」

 

 ぼそりと呟くと、泣いていたピンク色も顔を上げてこちらを見遣った。

 

 そしてこざるたちの中に大猿が混ざっていることに驚いて目を見開いたかと思うと、すぐさま攻撃してきた。

 

「肉っ!」

 

 ばっくり大口開けて飛び掛かってくるから、反射的にその口を閉じさせるよう拳を降り下ろしてしまった。

 

 きゅうと撃沈する。

 

 こざるたちがその身体を踏みつつ、横たわった子供の脇に寄っていく。

 

 残った俺たちの間を沈黙という名の天使が横切っていった。

 

「あー。まあ、なんだ」

 

 うろっと視線をさ迷わせた。

 

「とりあえず医者か?」

 

 確か、ここから幾つか若い番号の樹に、闇医者がいる。

 

 エイリアンを看れるくらいの腕前を持っているかまでは知らないけど。

 

「やめてくれ!」

 

 慌てて否定される。

 

「なんでさ」

 

 わずかな逡巡の後、首を傾けて見せられた向こう側の頬。

 

 そこにあったのは、天竜人の紋章。

 

 ――奴隷の焼き印。

 

 あの極楽鳥!

 

 

 

 

 

 

 とりあえず問答無用で猿船に運んだ。

 

 ベッドに3人は無理だから、倉庫に毛布を敷いた。

 

 体中傷だらけだった。

 

 背中にはたくさんの鞭の跡がある。

 

 ろくに手当はされておらず、それなのにあんなしっかりと休養ができるはずもないところにいたんだから、熱が出るのも当たり前だ。

 

 現在居候中のコック見習いたちが、彼らの傷を無言で治療した。

 

 時折、食いしばった歯から怒りの唸り声が漏れている。

 

 その頃には気絶していたエイリアンも目を覚ました。

 

 もう、暴れることはなかった。

 

 傷の手当てもおとなしく受け、横に寝かされた子供にゼフがスプーンで熱冷ましを与えている様子を見守っている。

 

 サンジがシチューを作って運んできた。

 

 俺が作り方を教えたシチューだが、俺の時と違い丁寧に裏ごしされている。

 

 シチューを夢中でかきこんで、三杯お代わりしてからその温かさにやっと気づいたかのようにほろほろと泣いて。

 

 彼らは事情を説明してくれた。

 

 今回はドフラミンゴの奴隷狩りではないらしい。

 

 彼らはエイリアンではなく魚人族で、深海魚の魚人だという。

 

 珍しがられて天竜人に飼われ、他の奴隷の例に漏れず、あっという間にぼろぼろになって遺棄されることになった。

 

 しかしどういう取引があったのか、次は怪しい研究所にいた。

 

 

 

 人工の悪魔の実。

 

 

 

 

 研究は失敗続きで、仲間たちが苦しんで死んでいった。

 

 彼らを売った天竜人は酒を飲みながらそれを見下ろしていた。

 

 僅かに生き残った者たちの中に悪魔の実の能力が顕現した者はいなかった。しかし、モンスターになってしまった者がいた。

 

 理性をなくし狂気に囚われ、巨大化して暴れた。

 

 彼らはその混乱に乗じて逃げ出し、隠れた。

 

 満身創痍で動けない。

 

 その上、人工の悪魔の実のデメリットだけは効力を発し、彼らはカナヅチになっていた。

 

 飛べないブタはただのブタだが、泳げない魚はそれ以下だ。

 

 深海魚なのに、海に戻れない。

 

 俺も海はダメだが、意味合いは全く違うよな。

 

 洞に潜んで体力の回復をはかろうとしたが、食べ物を調達しようとしても動けない。

 

 そんな時、こざるたちが寄ってきた。

 

 狩ろうとしたら噛みついた途端、ばふんと霞のように消えてしまった。

 

 それからも時折、忌々しい猿は目の前に現れた。

 

 無視すればいいのだろうが、それをするには仲間の衰弱が激しい。

 

 それに肉だ。

 

 反射的に襲って、手ごたえも噛みごたえもなくあっさりと消えていく。

 

 どんな悪魔の悪戯か。

 

 絶望に追い込むための幻か。

 

 しかし、消えた猿の後に果物や木の実が残るようになった。

 

 それで腹が満ちるほどではないが、なんとか命を繋ぐことができた。

 

 うんまあ、こざるたちだからな。

 

 あれが生きていないことは今更で、食えるはずがない。

 

 正に絵に書いた餅だ。哀れな。

 

 だからこそ捨て身で食糧を運んだんだろうけど。

 

 

 

 まさか、そうすれば数が減ったことに疑問を持った俺が来るだろうことまで計算したわけじゃないよなこざるたち。

 

 

 

 

 

 

 

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