進水式は派手に行われた。
色とりどりの布に飾り立てられて、まるで包装したプレゼントのようになった船を、巨人族が丁寧に抱えて海に降ろす。
そういう、進水式だった。
命名式も続いて執り行われ、この船はレストランになるのだからと、名前を彫った大きな看板が掲げられた。
船の名前はもちろん『バラティエ』だ。
しかしこれ、俺がレストランの話をする度に「バラティエ」「バラティエ」呼んでいたらしく、誰もがその名前に決まっているのだと思ったそうだ。
全く覚えていない。
覚えてはいないが、なるべくしてなった名前ということで勘弁してもらいたい。
深海魚たちはゼフがまとめて面倒をみることになった。
俺としてはタイヨウの海賊団あたりに転がり込めば無難だと思っていたが、カナヅチであることに随分と引け目を感じているらしく、魚人族の中には居たくないらしい。
いまいち分からない心境だけど、チビたちも仲良くなっているし、ゼフも彼らと一緒に抱えこむリスクの大きさを理解した上で決めたことだと言うのだから構わないだろう。
けれど、奴隷の紋章の上に大きな絆創膏が貼ってあるだけというのはいただけない。
何かの弾みに、お約束で剥がれるに決まっている。
七武海入りしたジンベエに会ったら、紋章の誤魔化しだけは頼むとしよう。
船の完成は待たなかった。
艤装は始まっていて、船を造ることに文句を言わせない船大工とキッチンにはこだわりがある料理人が、しょっちゅう角突き合わせては楽しそうに揉めていた。
残りのコック見習い(素人含)が何をしているかというと、料理の訓練や給仕の練習ではなく、戦闘能力の強化だった。
何がどうしてそうなったかというと、俺が全部お任せした相手が、ジョン・ドウだったからこうなったとしか言いようがない。
商人の持つ船はもちろん商船だ。
けれど、そこに乗り込んでいるクルーはグランドラインの海賊くらいになら襲われても負けない程度の戦闘能力を持っている。
売り買いを生業にしているのに、その商品を損ねたらお客様に申し訳が立たない。
だからこそ、金を払わない簒奪者には容赦しない。
商人としてのポリシーらしい。
そして商売上のつながりができる以上、コックたちにも同レベルのクオリティを求めたのだ。
海の上だけでの常識かというとそうでもなく、任されている館を守れなくてどうすると、やはり海賊とそれから山賊にも負けない執事やメイドが存在しているのだから、陸の上でもこれが常識のようだ。
別れの挨拶を大仰にするのは趣味じゃないのに、俺がもう行くよと告げたら、ゼフは改めて「すまなかった」と俺に頭を下げた。
サンジが「ありがとう」と礼を言った。
詫びられるよりは、感謝の言葉のほうが嬉しいな。
俺は「レストランに寄った時にはお子様ランチをご馳走してくれ」と機嫌よく手を振って彼らと別れた。
久しぶりにミホークの島に戻ったら、ミホークはまだ帰ってきていなかった。
じゃあ、合流しようかと思うか思わないかの内に、ちょっとうっかり忘れていた怒れるトマスに捕まった。
俺が4つの門を巡る旅に強制的に連れ出され、ミホークが暴れた痕跡に呆れたり、トマスがライバルと因縁の対決を果たした頃には、彷徨うレストランの噂が聞こえてくるようになっていた。
嵐で船から投げ出され、力尽きて諦めかけたところにその海上レストランが現れたんだ。ホントにホントだって、オレのダチの友達も助けられたって言っている――と、その友達は実在しているのかと聞きたくなるような噂話から始まって。
島を襲っては食糧までも根こそぎ奪っていく海賊を蹴散らしたとか。
売られたケンカは高値で買うが、美味い料理は安い値段で食わせてくれるとか。
オールブルーがどうだったとか。
海軍本部の将校にも常連がいるだとか、四皇が揃ったこともあるとか、七武海が「暴れるなら飯食ってからにしろ」と一喝されたけれどそれで大人しく言うことを聞くはずもなくコック総出の大乱闘になっただとか。
北の海にいたはずのに、スープを飲んでいたら南の海に着いていただとか。
そんな、都市伝説ならぬ海伝説と化した海上レストランの愉快な噂はよく聞こえてくるのに、なぜか俺は海の上でばったりとバラティエに遭遇する機会がなかった。
シャンクスやミホークは、海図もないような辺鄙なところでよく出会うと言っていたのに、俺とはどうにも航路が交わらずにすれ違ってばかりらしい。
だから結局、東の海で再会した時には随分と年月が経っていた。
「おまたせいたしました」
ぶっきらぼうな声と共に、俺のテーブルにかたりと大きなプレートが置かれる。
「ありがとう」
俺は待ってましたと目を輝かせた。
楕円形のプレートに様々な料理が並ぶ中央には、ドーム型に盛られたランチ。そのてっぺんには小さな旗が立っている。
旗に描かれているのはどくろのマークではなく、デフォルメされた魚の絵。
子供がクレヨンで書いた船の設計図を思い出すような。
「いただきます」
目の前に置かれたお子様ランチにさっそく取りかかろうとして、しかしプレートを運んだウェイターが、テーブルの横に立ったままだと気付いて顔を上げる。
黒いスーツのひょろりとした立ち姿。
長めの前髪に、本人いわくのおしゃれ眉がくるんと渦を巻く。
給仕のくせして煙草を手にして立つ彼が誰だと問う必要もなく、伝説の彷徨うレストラン『バラティエ』の副支配人様である。
「なんだ?」
「あー」
サンジは煙草を挟んだ手で困惑したように頭を掻いて、俺に聞いてきた。
「あんた、どこかで会ったことねえか?」
「下手なナンパだな」
「ばっ!そんなんじゃねえ」
俺がつい反射で茶化すと、サンジは不名誉だとばかりに慌てて吐き捨て、テーブルから離れて行ってしまった。
残念。
サンジが向かうのは厨房だろう。
そこからひょっこりと、麦わら帽子をかぶった少年が顔を出した。
「すっげェ!!あの料理、おれにも作ってくれよ」
目をきらんきらんさせて、こちらを見ている。
「雑用!てめえはさっさと割った皿を片付けろ!」
が、ご機嫌斜めのサンジに蹴り飛ばされて、あっという間に見えなくなってしまった。