猿王ゴクウ   作:雪月

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第五十二回 変化の術

 

 

 

 

 

 実は、変化の術を会得した。

 

 七十二般じゃないぞ。

 

 そこまではまだ無理。

 

 虻や木の枝なんかに化けられるものか。

 

 考える脳みそどこいったんだよとツッコミたくなる悪魔の実の能力を数々見てきたのに、今になっても常識が邪魔をする。

 

 じゃあ、何に変化できるのかって?

 

 聞いて驚け。

 

 

 

 それは『自分』だ。

 

 

 

 変化した姿は30歳の半ばの俺自身。

 

 つまり、自分が実際の年齢通りに成長していたらこうなっていただろうという姿に化けているのだ。

 

 ちなみに俺の見た目年齢35歳の主張はシャンクスに否定された。

 

 絶対もっと若いだろそれ、と。

 

 俺としてはシャンクスが老けて見えるんじゃないかと言いたいんだが。

 

 麦わら帽子を被っていたから若く見えていただけっていうこともないだろうに、いつの間にやら四皇の一人に数えられ貫禄がついて、あれで30代だとは思えない。

 

 というかミホークやクロコダイルは40代のはずだけれど、あいつらのほうが若く見えるってどういうことだ。

 

 話は戻って、身長は180を超えないくらい。

 

 前世の記憶が影響したんだと思う。大猿になれば250を余裕で越えるのに、人型としてはそんな目線の高さが想像できない。

 

 といっても、これでも5センチは見栄を張って嵩上げされている。

 

 細身の四肢には余分な脂肪どころか引き締まった筋肉もついていないように見える。

 

 これは前世の影響なしに、今のどうしようもない体質だ。

 

 肌の色も体質のせいで海の男のはずなのに日焼けした様子もなく、どちらかというと持病に貧血持っていそうな青白さ。

 

 着ている服は青地に黒い棒襟の上衣と裾が絞られていない黒いズボン。腰布は白。

 

 変化関係なく、いつも通りの商人セレクト。

 

 身体に合わせて、元のサイズより大きくはなっている。

 

 薄い金色の短髪。赤が混じる金目は少したれ目気味か。

 

 うーん、一番身近にいる比較対象が眼光鋭い鷹の目だから、ホントに垂れているかよく分からなくなってくる時もあるけれどな。

 

 

 

 いまのところ、変化できるのはこれひとつ。

 

 

 

 もちろんひとつで終わるつもりはない。

 

 人間に変化するなら内臓どこよと悩む必要はないのだから、後は明確にイメージできるかどうかだと思うんだ。

 

 馴染みの顔になら変化できそうだけれど、まだ試したことはない。

 

 最初は変化の参考に現物見ながら試してみたいんだけど、ミホークとか、目の前で変化した途端に微塵切りにされる未来しか見えてこない。

 

 実はそれ以前に、今のこの姿もあまり好評じゃない。

 

 けれど『猿王』の名前と姿がそれなりに有名になったから、人獣型や獣型でいると面倒くさいことが増えた。

 

 人型?

 

 迷子として保護されそうだよ、ちくしょうめ。成長速度は相変わらずのんびりで、多少身長は伸びたけれど年齢二桁には見てもらえないのが泣けてくる現状だ。

 

 そうやって考えると、今の姿が最適な気がする。

 

 やっと使えるようになった術に浮かれているとか、だからバラティエの皆の驚いた顔が見たかったとか、ないない。

 

 それにゼフのおっさんは驚かなかったしな。

 

 ん?

 

 ゼフにはもう会ったよ。

 

 バラティエに猿船を寄せると、屋根に大きな穴が開いていたんだ。

 

 興味津々で覗いてみたらゼフがいた。

 

 怪我はしていなかった。

 

 話を聞いてみたらいきなり砲弾が飛んできて、思わず蹴り返したので穴がふたつも空いたらしい。

 

 それが昨日の出来事だそうだ。

 

 バラティエ壊した不届き者に弁償させようとしたら金がないと言うので、雑用として働かせているんだってさ。

 

 ……バラティエ、特別仕立ての船だからな。修理するならどれくらいベリーが必要なんだろう。

 

 一か月の労働では足りないんじゃないかなあ。

 

 

 

 

 

 

 ゼフが腕によりをかけたお子様ランチは大変美味しゅうございました。

 

 食べ終わったプレートは片付けられ、俺は食後の一杯を飲んでいる。

 

 聞こえてくるにぎやかな声に顔を向ければ、サンジがハートマークを無駄に飛ばしながら給仕している。

 

 テーブルに座っているのは、ヘソ出しタンクトップに半袖のカーデガンを着た女の子。

 

 ショートパンツからすらりと伸びる足を組み替えて、サンジの目をくぎ付けにしている。

 

「このデザートもサービスよね」

 

「もちろんですともマドモアゼル」

 

 うふふと微笑んで、目の前に置かれたフルーツ盛りのてっぺんに乗ったチェリーを摘みながら、無料サービスに礼を言っている。

 

 それを呆れた顔で見ているのは、同じテーブルに着いている、ゴーグルを頭に乗せた長っ鼻。

 

「おいおいいい加減にしろよ。お前そのコックにどんだけたかる気だよ」

 

 彼の前には水が入ったコップしか置かれていない。

 

 お、ヤソップだ。

 

 違った。あれがウソップか。

 

 ふーん、やっぱりヤソップ父さんに似ているんだなあ。鼻の高さはともかく、苦笑いする口元なんかはそっくりだ。

 

「ずりー!ずりー!おれにもなんか食わせろー!」

 

 テーブルに顎を乗せてぶーぶー言っているのは、さっきサンジに蹴られていた雑用だ。というか、ルフィだ。

 

 ガープのじいさんには似ていない。

 

「割った皿の片付けはどうした、このクソ雑用」

 

 サンジにげしげしと蹴られながらそれでもルフィは、ぐにゅんと遠回りするように腕を伸ばしてフルーツを狙っている。

 

 もう一人、我関せずとまりもヘッドが椅子にもたれて高いびきをかいて寝ていた。

 

 刀が3本、テーブルに立てかけてある。

 

 麦わら海賊団の残りのひとり、ゾロ。

 

 俺てっきり、ゾロがどこでも寝るようになるのは大けがをしてからだと思いこんでいたんだが。

 

 

 

 

 

 


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