猿王ゴクウ   作:雪月

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第五十三回 モーニング・グッドモーニング

 

 

 

 

 バラティエ内に宿泊施設はない。

 

 彼らはコックであってホテルマンではないのだから当然だ。

 

 けれど、レストランの客としてバラティエに自分の船を横付けし、係留することまでは拒否しない。

 

 考えてもみろ。

 

 補給もままならない航海、すっぱくなったエールで堅いパンとチーズを流し込んでいたところに出会う、海上レストランはどれほど魅力的か。

 

 美味いディナーで満腹となり、更にはアルコールでほろ酔いとくれば、このまま船は波任せバラティエ任せにし、ご満悦気分のまま自分のベッドへダイブしたくなって当然。

 

 更には、無敵のコックたちが安眠を保証してくれている。

 

 この夜ばかりは、不意打ちの海獣も海賊の夜襲も心配しなくていいのだ。

 

 そして次の日、モーニングを食べてからのんびりと去っていく。

 

 

 

 ということで、俺もただいまモーニング中。

 

 カリカリのベーコンに半熟卵。サラダは瑞々しく、更にはミルクとフレッシュジュースまで添えてある。

 

 海の上で出てくるメニューとしてはあり得ないが、レストランとしてはありなんだろう。

 

 トーストにメープルシロップ入りのクリームチーズを塗りながら、今後の予定について考えてみる。

 

 レストランの屋根に穴が空き、変な雑用が働いているってことは、ミホークがもうすぐ来るってことだ。

 

 だったら、このままバラティエでミホークを待っていようかなと。

 

 実はどこかで蝶がはばたいた影響で鷹の目が来ないってことも想定すべきかもしれないが、うん、きっとそれは大丈夫。

 

 恒例の剣術大会の開催が近いからだ。

 

 ミホークは必ず東の海に来るし、棺船に猿船が並走していないからにはバラティエに寄らないはずがない。

 

 今回、ミホークに猿船が呼ばれることもなくどうして別行動をしているかというと、ミホークが島で鍛錬に打ち込んでいたからである。

 

 こうなると飽きるまで島から出ないのが常だ。

 

 その上、東の海で凄腕の剣士と会う予定があるとくれば、よほどのことがない限りぎりぎりまで出歩かないだろう。

 

 そう思って、俺はここ一ヶ月ほど里帰りをしていた。

 

 島は至って平穏。

 

 宝探しブームも下火となり、めっきり船が寄らなくなった。

 

 一度、悪魔の実の能力者が来たことがある。

 

 大がかりな海賊団のキャプテンで、荒れ狂う海を凪に変えてしまう能力を持っていた。

 

 そのため、多くの人間が島に上がり込んだ。

 

 しかし探索は上手くいかず、桃はいつまでたっても発見できず。

 

 その上、立て続けに大型猛獣に襲われ怪我人続出で、これは実りがないと撤退していったらしい。

 

 島にいるこざるたちが、猛獣の誘導や海賊の誤誘導をこっそりやった結果である。

 

 帰った海賊団の噂が広まれば、島を探す人間はもっと減るだろう。

 

 このまま再び、伝説として風化するといい。

 

 

 

 

 

 

 朝食も取り終え、コーヒーを飲んでいたらテーブルの横に誰かが立った。

 

 白いテーブルクロスについと乗せられた指は細い。

 

 見やればまず目に飛び込んできたのは、たわわに実ったふたつの大きなメロンである。

 

「お兄さん、私に朝食おごってくださらない?」

 

 こほん。

 

 立っていたのは、ナミだった。

 

 大きな花柄がプリントされたTシャツにハーフパンツ。シンプルな分ボディーラインが際立っている。

 

 その魅力を十分自覚しているだろうナミが、余所行きの顔して微笑んでいた。

 

 どうぞと向かいの椅子を示すと、ウエイターを呼び止め注文を始める。

 

 今朝のウエイターはサンジではなかった。コックたちで持ち回りなんだろう。

 

「何で俺なんだ?」

 

 他にもちらほらと、客はいる。

 

「だってお金持ちでしょ」

 

 服見れば分かるわよと、ナミは頬杖ついて言う。

 

「そうなのか」

 

 俺は自分の服を見下ろした。

 

 全く分からない。

 

「そうなの。なんでそこで他人事なのよ」

 

 随分掛かったでしょその服と言うが。

 

 そんなのもちろん商人に丸投げしているので分からない。

 

 王下七武海としての威信がどうのと言っていたことがあるジョン・ドウの手配だ。

 

 ミホークのために作られた服が安物であるはずがない。

 

 一緒に作られる俺の服も安物じゃないだろう。

 

 多分生地からして良いものだろうし、仕立ても上等。

 

 けれどある日突然ぼろくなったとしてもそれが俺に分かるかどうか。

 

 ミホークは分かるかどうかという以前で、絹だろうが襤褸だろうがまったく気にしないだろうしな。

 

「まかせっきりだから」

 

 俺は肩をすくめて、全然分からないと正直に口にした。

 

「あら」

 

 ナミの目がキランと光った気がした。

 

 お金持ちじゃなくてすごいお金持ちなのね、と。

 

 あれ、もしかしたら俺ピンチ。

 

 背中を大きな冷や汗が流れていった気がする。

 

 鴨がネギを背負ってるなら、猿はバナナでいいだろうか。

 

「ただいま戻りやしたー」

 

 俺のヤバげな状態も、しかし聞こえてきた声に中断された。

 

 自然にそちらへと視線を投げる。

 

 ナミが、驚いたように息を飲むのが分かった。 

 

 

 

 

 

 

 

 


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