猿王ゴクウ   作:雪月

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第五十五回 後悔の涙

 

 

 

 

 

 ――ベルメールさん。

 

 血はつながってないけれど私のお母さん。

 

 かき混ぜるばかりだったサラダを食べ始めながら、ナミが言う。

 

 

 

 ちなみに俺の目の前にはバナナがひとふさ置かれている。

 

 朝酒は出さないと言った以上、そのポリシーを曲げてくることはないとは思ったが、まさか捻りもなくバナナを房ごと持ってくるとは。

 

 ゼフの指示かパティかカルネか。

 

 俺が誰かまだ分かっていないサンジの指示だったら誉めてやる。

 

 と、もの申したかったが、シリアスなナミを前に流石に自重。

 

 でもバナナの黄色が白いテーブルクロスによく映えている時点で、シリアス逃げ出しているけどな。

 

 

 

「姉のノジコと私は海賊に襲われた町の生き残り。海軍と戦争になって、終わった時には他には誰も生きていなかったんですって。でも私、赤ん坊だったから覚えていないの。だから家族全員海賊に殺されたと聞いたからって海賊を怨んだりはしなかった」

 

 今はこんなに憎いのに、とナミはため息をつく。

 

 周りの子供たちにいじめられたの。

 

 親がいないとか、貧しいとかそんな理由で。

 

 悔しくて泣いたり悪さをしたりお母さんに当ったり、でも海賊のせいだって憎むことはなかった。

 

 

 

 ……誰かを憎む必要のないくらい幸せだったの。

 

 

 

 けれど、あの日。

 

 アーロン一味が村に来たあの日、すべてが終わった。

 

 荒くれの海賊。

 

 今まで見たこともなかった魚人族は大きくて凶暴で怖かった。

 

 命の値段を提示され、抵抗した者は殴られ蹴られ、家族に武器を向けられて。

 

 村の人たちはお金を払った。

 

 仕方がないこと。

 

 でも、一人で私たちを育ててくれていたお母さんにそんなお金はない。

 

 自分はいいから娘たちの分だって死のうとした。

 

 ……私、お母さんが大切にしまっている宝石があることを知っていたから、必死で取りに行って泣いて差し出した。

 

「私のお母さんを殺さないで!」

 

 ふふ、その時初めて「お母さん」て呼んだの。

 

 それからの生活は息苦しかった。

 

 村中誰も彼もがびくびくしていた。

 

 私は宝石のことを後悔していた。

 

 初めて見つけた時こっそり持ち出して日にかざした。

 

 キラキラして、綺麗で、心奪われた。

 

 喧嘩して隠したこともある。服を買ってもらえなかった時に持ち出して売ろうとして怒られたこともある。

 

 あれはミカンのお釣りなの返さなければならないものよってお母さんはいつも言っていたわ。

 

 ちょっと意味分かんないって今でも思っているけど、お母さんが大切にしていたもので、私たちの思い出のひとつ。

 

 いつか絶対取り戻してやろうとチャンスをうかがったわ。

 

 そしてある日、アーロンの根城に忍び込むのに成功した。宝石も見つけた。

 

 そこで満足しておけばよかったのに、欲が出たの。

 

 お宝全部持ち帰ろうとして見つかった。

 

 見せしめにと村人皆が集められた前で、何度も何度も殴られた。

 

 お母さんたちは私を助けようとして、武器を持ってアーロンたちと戦った。

 

 勝てなかった。

 

 そこからは地獄よ。

 

 あいつら、人を殺さずに痛めつけることに慣れていたわ。

 

 散々痛めつけられた。

 

 そして心が折れた。

 

 後から知ったことなんだけど、大人たちは子供の未来のためにとずっと戦う準備をしていた。

 

 それが、私のせいでふいになったのよ。

 

 私のせいでチャンスを逃しちゃった。牙はすっかり抜け落ちてしまった。

 

 

 

 私のせいで。

 

 

 

 ナミはぽろぽろと涙をこぼしていた。

 

「私のせいで大怪我をして、なのに助かってよかったって笑うの」

 

 今まで、ずっと吐き出したかった後悔なんだろう。

 

 俺が、彼女の人生に無関係だからこそ重い口を開いた後は止まらなくなったんだろう。

 

 しかし困ったな。

 

 頭の後ろをガシガシと掻く。

 

 今の状況をどうしたらいいか分からない。

 

 困った困った。バナナでも食うかと現実逃避してテーブルに手を伸ばしたら、横から衝撃が来た。

 

 がっしゃんがらがらがっしゃんと、いくつものテーブルと椅子をなぎ倒して吹っ飛ばされる。

 

「おー、いて。びっくりした」

 

 横倒しのテーブルを押しのけて上体を起こす。

 

 女の子の涙に動揺して、完璧に不意を打たれた。

 

 そのナミは目を真ん丸にして、俺のほうを見ている。

 

 彼女もびっくりしたのだろう。涙は止まっていた。

 

 ナミが座る椅子の横には足を振り上げたサンジが、咥え煙草で立っていた。

 

 

 

「レディを泣かしてんじゃねえ」

 

 

 

 ごもっともです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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